9
「にゃあ」
「あ、猫の名前何にする?」
「カイなんてどうでしょう?」
日向さんはクククッと笑う。
「なんでその名前にしたのか聞いてもいい?」
「え、ただ単に猫が灰色だったからです。灰を音読みして、カイです。それより早く家にはいりませんか?」
「そうだね。入ろうか。」
数十分ぶりに入る我が家は、特に何も変わっていなかった。当たり前である。
「思ったより綺麗だな。男の一人暮らしだから、もっと汚いと思っていたのだけど。」
日向さんは、あごひげをぽりぽりと掻きながら呟いた。木くずやら、葉っぱやらが大量に服についていて、日向さん自身が、ほこり帝国の伏兵のようだ。
「掃除や、料理は週分担制にしませんか。一週間での区切りの方が、お互いわかりやすいと思いますし。」
「なんでもいいよ。ただ、僕は論文の締め切りが近くて、掃除とかの家事ができない時があるかもしれないけれど、それでも大丈夫?」
「暇になった時、2週連続でやって貰えばいいだけですから。」
「手厳しいね。」
僕らは2手に分かれて、それぞれの部屋にこもった。初めて会った人と、共同生活をしたことなんてなかったから、もっと緊張してしまうのではないかと思ったが、思ったより安眠できた。
そうして次の朝がまた巡ってくる。その繰り返しがなんども続いた。
僕ら2人は、お互い一日数回しか会話をしない。それも食事の時や、カイを撫でたいタイミングがお互いにかぶった時など、話さなければならないことがあった時だけだ。初めは、僕もこんなに人と一緒にいるのに話さなかったことはないから、戸惑いもあった。しかし、日を重ねるごとに、この状況が、全く気にならなくなっていった。きっと慣れたのだろう。人間は自分と異なる人がいなければ生きてはいけない。そんなことを言ったのは僕のおじさんだったっけ。話さないことと話せないことは根本的に異なることだと思う。話さないという行動の中には自分と相手が対等だという自分自身の認識があるが、話せないということにはそれが感じられないような気がするのは僕だけだろうか。