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おじさんの家を訪ねてみたら、以前よりも汚くなっていた。おじさんは、僕以上の掃除嫌いのようだ。きっと、ほこり帝国初代皇帝自ら、領土を広げるべく活動しているのだろう。
「森山くん、いらっしゃい。こちらが、僕の友人の日向です。」
「どうも、初めまして。日向と申します。日向灘の日向と同じです。本日はお日柄もよく…」
「日向、そういうのはいいから。ごめんね、こいつちょっと最近哲学の研究で有名になって、いろんな人と会う機会が格段に増えて、なんか疲れてるみたいで…」
日向さんはここまでの自己紹介をカンペを見ながらやっている。僕の知り合いの中でも指折りの変人と言っていいだろう。
「こちらこそ、初めまして。K大学2回生の森山と申します。日向さんの著作、『腕時計の時間』大変面白く読ませていただきました。お会いできるなんて光栄です。これから、一夏の間、よろしくお願いいたします。」
日向さんは一心不乱にカンペを読んでいる…。
「あ、ねえ佐藤。僕の自己紹介どうだった?」
「それを今聞いてもしょうがないだろ?森山くんにお願いしたいことは、2つある。一つ目は、本来の業務。二つ目は、日向の見張り番。お願いできるかな?」
「別に僕はいいですけど…。見張り番ですか?」
「そう、日向は論文の締め切り前とか、何かに追われている時とか、基本的な生活習慣を忘れて、一心不乱に仕事をするんだよね。H大学でも哲学科一の変人として有名だったし…。人と会うのが苦手で、彼女もできたことがないしね。そんなやつだから、下手にどこにも出かけられないし、そもそもこいつはものすごい出不精だしね。だから、僕の山の家を紹介したんだ。」
「そうですか…。」
どうやら僕は非常にめんどくさい男と知り合ってしまったらしい。いわゆる変人は何人か僕の知り合いにいるが、ここまでの変人は初めてだ。
「めんどくさいだろう?でもそこをなんとかお願いしたいんだ。本当に一緒に暮らすだけでいいから。」
「あ、いえ大丈夫ですけど…」
「あ、僕も大丈夫ですよ」
いきなり割り込んできたのは今話題の日向さん。両手に猫を抱えている。…猫?
おじさんが大きなため息をつく。
「日向、その猫はどうしたんだ?」
「拾った。飼っていい?」
「僕はいいけど、森山くんはいいの?」
「もちろんです!僕も猫は大好きで、ずっと飼って見たかったんです!将来大人になったら叶えたい夢の一つです」
まさかこんな形で僕の夢が叶うことになるなんて。夢にまで思い描いた猫との暮らしが手に入ってしまった。
「どっちが飼いたい?」
「僕が一緒に暮らしたいのはその灰色の猫かな」
「日向には聞いてないんだけど…。森山くんはそれでもいい?」
「僕なら大丈夫です。」
日向さんは思ったより弱ってないようだ。
「日向って、あんまり疲れてないよね?」
「まあ、どっちかっていうと僕の周りの人間が僕に疲れてる感じかな?」
僕は思わず無表情になる。そういう人だったのか、日向さんは。もっと哲学者ってお堅い人だと思っていたが、これは先入観だったというわけだ。
「森山くんてさ、もっと名前からして、アウトドア派だと思ってたんだけど、違うんだね」
日向さんが僕をジロジロ見ながら言う。
「ご期待に添えなくて残念です。」
「なんで日向はそんなこと言うのかな?森山くん怒っちゃったよ?」
それは佐藤さんも同じだと思います。僕が許さざるを得ない状況を作り出す、その手腕、まさにほこり帝国皇帝にふさわしい。
「いえ、怒ってないですよ、佐藤さん。」
僕は精一杯の作り笑いでそう答える。
「作り笑いなんてやめちゃいなよー。ほら、僕に怒ってるんでしょ?」
あなたは何歳ですか?日向さん。人がせっかく誤魔化されてあげようとしたのに。
「では日向さん、家へ行きましょうか」