3-17 過去への旅路
ケイスケが息を切らしながら墓標の元へたどり着くと、更科の亡霊がそこで待っていた。傍らには、あの光る球体——時空の歪みが待ち構えていたのだ。
「雪葉……班長と翔平くんが……」
「お察しします。大方、高嶺の手の者でしょう。再生者……西の方では、レヴナントと呼ばれているそうです」
「レヴナント……」
ケイスケはミニミ軽機関銃のグリップを握る手に力が入るのを感じた。どうやって倒せばいいんだという思いと、むざむさレイジを殺されてしまった悔しさが入り混じっていた。
「啓介さん、この未来を変えるためには方法が2つ、思いつきました」
「……教えてください」
「まず、過去の私が死なないこと。私は再生者を倒す術を持っています。私が生きていれば、もう少し持ちこたえられるでしょう。また、鬼たちが礼拝に来る理由もなくなり、そもそも襲撃されることも無くなるかもしれません」
なるほど、とケイスケは頷く。では、もう一つの方法とはなんだろうか。
「もう一つは、あなたが再生者を倒す術を思い出すことです。私はかつてあなたに教えましたが、どうも記憶喪失している様子。もし過去で思い出し、高嶺の再生者を仕留められたなら、変わるかもしれません」
「どのみち、奴らを始末しないと変わらないのか……」
ケイスケは覚悟を決めた。この先に希望があるのだとしたら、それに縋ろう。2度と帰れぬ片道になるかもしれないが、このままではみんなが死んで終わるだけ。
ならば、ホラティウスになってやろう。1人の命で、多くの命を守ってみせよう。
「行ってきます」
ケイスケはそう言うと、振り向くことなく時空の歪みへと駆け込んで行く。光の中に吸い込まれ、視界を失い、またあの脳みそをかき回されるような感覚に耐え、ケイスケは過去へと飛んだ。
※
——例え祖国が僕を見放して
使命を失って道に迷い
誰もが僕らを悪と呼んで
誇りを存在を奪おうとしても
歌が、聴こえる。何か懐かしい。これは自分の声だろうか。響き渡る声。悲しげに、それでも強く訴えかけるかのように。
でも、叶わなかった。何が叶わなかったのかは思い出せない。それでも、まるで指の隙間を溢れる砂のように、何かを取りこぼした。そんな感覚だけは覚えている。
ぼやけた視界がはっきりとして来る。そこにあるのは青空と、まだ廃墟になる前の村。だが騒がしい。戻り始める視界の中辺りを見回すと、鬼たちが柵越しに敵と睨み合っていたのだ。
「動くな」
時空の歪みの前に立っていたケイスケへ刀が向けられる。その刀を向けてきた相手は、他でもない更科雪葉その人だった。
ヤバい、警報が脳に鳴り響く。とりあえずゆっくりと手を挙げ、抵抗の意思がないことを示す。敵と間違われて斬り捨てられたら何にもならない。
「抵抗の意思はありません。時空の歪みを越えてきたばかりですから」
「……何者だ」
「皆坂啓介。仲間を救う為に過去に来ました」
ケイスケの目には強い意思が見て取れる程の眼光が宿っている。更科は暫く睨み合ったのちに、その刀を下ろした。
「奇遇だな。過去から来た皆坂啓介が戦っていて、今度は未来から来た皆坂啓介か」
「過去……?」
次の瞬間、ケイスケの"てっぱち"を何かが掠めた。何が当たったのかを確認する前にしゃがんで姿勢を低くし、ミニミ軽機関銃を構える。
後ろを見ると、矢が転がっていた。敵は遠くにいるはずなのに当たったということは、それだけ腕のいい射手がいるという事なのだろうか。
「高嶺め、いよいよ攻めてくるか……」
「……それ、俺にも参加させてください」
「何故だ?」
更科は訝しむ。来たばかりのケイスケに助太刀する理由なんて無いはずなのだ。
「仲間を死なせないために、ここで高嶺のレヴナントを倒すか……あなたを死なせないようにするしかないんです」
「……事情は後で聞こう。敵は正面から突撃してくる。防げるか?」
「俺が側面から仕留めます」
「任せた」
不思議と更科は信じてくれた。どうやら、滑落した時の自分が既に来ているらしい。それの影響だろう。断片的にではあるが、一緒に戦った事は多少思い出したのだ。
確か、正面から通常の歩兵が来るはずだ。それなら、迂回して陣に攻めて来る敵を横から撃てばいい。準備に時間はない。
柵を越え、茂みに入って走る。地形は大して変わらない。覚えて来た地形の通りに進めば、いい位置に陣取れるはずだ。
「……班長、俺がなんとかします」
ここだ、いい場所を見つけた。ケイスケはその場に伏せ、二脚を地面に固定する。丁度敵が突撃を開始するところだった。
3倍眼鏡の向こう、自分の姿が見えた。過去の自分だ。まるでそこにいるかのように、景色が目に浮かぶ。震える足を抑えて、戦ったあの時の光景が。
でも今は違う。過去の自分を俯瞰して見るかのように、ここから見ている。
撃て! 声が聞こえた気がして、引き金を引いていた。眼鏡越しの景色、次々と敵が倒れていくのが見える。弓矢と側面からの銃撃で、敵はその数を減らす。
あの中にレヴナントはいるのか。いるなら出てこい。俺が相手になってやる。
——神崎班長と翔平くんの仇だ。そして、ここで奴らを仕留めれば未来は変わる。変えてみせる!
ケイスケは必死に戦う。倒し方を思い出すにせよ、更科を生存させるにせよ、更科が死んでしまえばどちらも達成できなくなるはずだ。
つまり、最悪の場合でも更科だけ生きていれば、未来は変わるのだろう。更科の生存。これを最優先目標に掲げることにした。
「あとは、何が足りない? 倒し方は教えたという。なら、どうして俺はレヴナントを取りこぼした……?」
ケイスケにそんな疑問が浮かぶ。そんな大きなことを何故思い出せない? 死にゆく更科の姿は思い出した。でも、レヴナントを倒すなんて真似をした覚えがないのだ。
——過去の自分と今の自分。違いはなんだ?
相変わらず過去の自分は空砲と弓矢で応戦している。実弾がないから仕方ない。でも、他に攻撃手段はないのか? ホラティウスだって……
嗚呼、そういう事か。思い出した。魔晶石が無かったんだ。アレはパスカルに埋め込んでもらったもので、この時はまだ魔法の類を使えなかったのか。
それなら合点が行く。でも、肝心の倒し方を思い出せないのでは仕方ない。丁度敵は退却を始めた。ここは乗り切った。
だから、戻って訊いてみよう。倒し方を、あの日取りこぼしてしまったものを拾うために。後悔をここで清算するためにも。
※
過去の自分と顔を合わせるのはマズイような気がして、ケイスケは村の隅っこの小屋を借りて休んでいた。記憶を手繰り寄せ、思い出したことをメモにまとめて見る。
まず思い出したのは、この戦いは3日間におよんだということ。それまでに時空の歪みが閉じてしまわないように祈るばかりだ。そして、更科が死んだのはその最後の日。
少なくとも、レヴナントが現れたのはその最後の日だ。そこで戦線が崩壊して、退却の最中だったのだから。つまり、更科はレヴナントによって命を落としたことになる。
そして生まれた仮説もあった。更科はケイスケにレヴナントの倒し方を教えたという。もし、そこで使おうとして上手く発動できず、更科を討たれてしまったとしたならば?
「……情報が足りるようで足りないな。いつも思い出すあの歌は何か絡んでるのか?」
ケイスケは溜息をつく。もしや、詠唱魔法の類だと言うのだろうか。だとしたら、思い出した通りに歌えばいいと言うのか? わからないことが多すぎる。
ケイスケは寝転がる。そういえば戦い詰めで寝ていないのだ。休息を取ろう。今はきっと、疲れているから何も思い浮かばないだろうから。