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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第3章 鬼哭恋歌
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3-16 散華

 レイジたちはハミドが陣取っている監視塔へ辿り着いた。ハミドは既に魔術銃Vz-15"マホメット"を手に持って襲撃に備えていた。


「ハミド、どこだ」


「正面の茂みにいるぜ」


 パスカルとハミドの会話を横耳に聞いていたレイジは双眼鏡を取り出し、茂みを観察する。注意しなければわからないが、確かに黒い何かが茂みからこちらを見ていた。


「いるな」


「寄越せ」


 パスカルはレイジから双眼鏡を受け取り、茂みを観察する。パスカルにも、その影は確認出来たようだ。間違いなく何かがいる。


 先制すべきだろうか。レイジは既に照準を合わせ、いつでも撃てるように準備している。ケイスケも隣でミニミ軽機関銃を二脚で地面に固定し、射撃態勢を整えていた。


「動きがあったら撃て。何もしてこないうちに手を出すなよ」


「手遅れにならなきゃな」


 緊張の糸が張り詰める。石が転がっただけでも戦闘が始まりそうな雰囲気だ。レイジのグローブから突き出した指がじっとりと汗ばみ、トリガーが滑りそうになってしまう。


 指先を切り落としてあるにも関わらず、グローブの中が蒸れているのを感じる。それでも、見るのは前だけだ。息を潜め、心臓すら止めるかのごとく。そうして、照準を安定させる。


 ——奴らか。どうすればいい?


 ——仕留めるだけでいい。俺たちの後ろに残るのは死体と鉄屑だけだ。


 ——征こう。我らが不死を捧げよう。


 ダットサイトのレンズ越しに、レイジは強烈な殺意を感じ取った。背筋が凍りつくかのような悪寒。そして、キラリと何かが反射し、光った。


 咄嗟に横に飛ぼうとする。"てっぱち"に衝撃が加わり、そのショックをクッションパッドが和らげてくれたおかげで痛みはないが、攻撃されたと言うことだけはわかった。


「狙撃!」


「ハミド、奴らをやる!」


「おうよ!」


 パスカルとハミドは監視塔を飛び降り、左右に散開して敵を狙う。ケイスケは監視塔からレイジ、ショウヘイとともに制圧射撃で敵を足止めした。


 敵が散らばるのが見えた。3人いる。


「皆坂、ここは任せた。俺も下に降りてやり合う!」


「了解!」


 レイジも監視塔を飛び降り、残る1人を狙う。89式小銃は粒子化させ、代わりに黒刀"黒ノ呪縛【零ノ式】"を手に走る。


「援護するよ!」


 ショウヘイも監視塔を飛び降り、レイジの少し後ろを走りながら白刀"白ノ意思【零乃型】"を手に走る。接敵まで20秒。レイジもショウヘイも刀を構え、その時に備える。


 敵も逆手に持った短刀を構え、応戦の姿勢を見せる。上等だ。レイジが斬りおろし、敵にそれを敢えて防がせる。そこを、ショウヘイが横合いから切りつけ、ガラ空きの左腕を奪う。


 血液を撒き散らしながら腕が吹き飛ぶ。レイジは鍔迫り合いの状態から敵に蹴りを入れて押し返し、距離をとる。


 パスカルはまだリストブレードは出さず、素手で敵へ格闘戦を挑んでいる。絡みつくような滑らかな動き、変幻自在の攻防で相手を翻弄し、徐々に追い詰めて行く。


 ハミドはカトラスの二刀流で豪雨のような斬撃を繰り返し、反撃の隙を与えない。おまけに一撃が重く、防ぐたびに敵は後ずさる。


 敵の腕を絡め取ったパスカルは確実に仕留められると判断し、敵の腕を捻り上げ、喉をリストブレードで貫く。仕留めた。だが、パスカルには何か違和感がした。


 それは、ほぼ同時に敵を滅多斬りにしたハミドも感じていた。普通の人間なら確実に仕留めたはずなのに、何故こいつらは倒れないのか。


 反射的に距離をとる。次の瞬間には、自分がさっきまでいた空間を短刀が切り裂いていた。致命傷のはず——致命傷すら負っていないかのようだ。


「まさか……こいつら!」


「パスカル! ウィンザーの時と同じだ! こいつら不死身だぞ!」


「クソが! どうやって倒せと……!」


 それはレイジとショウヘイにも聞こえていた。LAMの直撃すら物ともしないような奴を、どうやっては相手にしろというんだ。


 目の前で敵の切り落としたはずの腕が生えてきた。誰か嘘だと、夢だと言ってくれ。レイジもショウヘイも、離れたところで見ているケイスケもそう思っていた。


「兄貴!」


「何しようってのかわかった気がする!」


 レイジはバックジャンプで敵と距離をとる。ショウヘイはポルックスにディレイの暗号をこめ、敵を撃った。被弾した敵は動きが遅くなる。


 レイジは動きの遅くなった敵の腹部を黒刀で貫き、そのまま木に磔にする。殺せないなら動きを止めればいいのだ。


「パスカル! こっち仕留めた……っ!」


 激痛と高熱がレイジの左腕を襲う。どこをやられた!? 左腕に目をやると……肘が無くなっていた。いつの間にか斬り落とされたのだ。ディレイの暗号が切れるのが早すぎる。耐性持ちだろうか。


「兄貴!」


 ショウヘイは咄嗟に敵を斬りふせる。レイジの腕は出血が酷く、意識が遠のき始めた。さらには脚へ短刀を投げつけられ、突き刺さってしまう。もはや姿勢を保てず、仰向けに倒れてしまう。


『班長! 早く止血帯を!』


 ケイスケはグライアスでレイジへ呼びかける。撃ちながらも敵へ弾幕を浴びせて動きを封じ、レイジが逃げる時間を稼ごうとしているのだ。


「もうない……使っちまったよ……」


 レイジは後ずさりながら弱々しく答える。ケイスケはミニミ軽機関銃の制圧射撃で敵の体へ次々と弾丸を撃ち込み、ショウヘイは魔術銃で何発もディレイの暗号を重ねがけして動きを止める。


『使った!? いつ……』


 ケイスケの脳裏によぎったのは、前のオーク討伐の時のこと。投石で破壊された馬車から助け出されたときに、脚を潰された自分を助けるためにレイジ自身の止血帯を使っていた事だ。


『班長、俺も持ってますから早く逃げてきてください! 失血で死にます!』


「脚やられた……動けねえ……」


「諦めないでよ!」


 ショウヘイはレイジの襟首を掴んで引きずる。負傷したレイジは重いが、文句一つ言わない。兄を助けるために、ショウヘイは必死にレイジを引きずる。


 敵は突き刺さった刀を引き抜き、追いかけてくる。ケイスケはそれに弾幕を浴びせ、レイジも拳銃を抜いて、霞む視界とふらつく腕で、なんとか反撃していた。


 視界が霞む。追いかけてくる黒い人影が見える。片腕で、フラつきながらもなんとか撃ち、牽制する。思考が停止していく。これが、死か……


 ——ごめんね、レイジくん。そこまで私の力が届かない……


 ——声が聞けただけでもありがたいさ。ルネー、ごめん。君の願いとやら、何かわからないままで……


 ——諦めないで! 生きて!


 ——いい声だよ、ルネー……


「兄貴? 兄貴!」


 ショウヘイはレイジの射撃の手が止まったのに気付き、様子を見る。弾切れだろうか。どうだっていい。もう直ぐだ。アリソンとルフィナもいる。2人のところまで行けば助かるんだ。


 前へ、前へ! レイジの重い体を引きずり、ショウヘイは進む。67kgの体に武器弾薬装具、更には地面との摩擦で中々進まない。それでも、行かなければ。


 刹那、体を熱い何かが貫く。遅れて激痛を脳が知覚し、鉄の味が口に広がり、ドロっとした液体が口に溜まって窒息しそうになる。


 堪らず吐き出すと、それは血液。腹部に広がる熱いものは、自分の血だ。白銀の刃が腹を貫通していた。振り向けば、あの敵が激しい制圧射撃を受けながらも短刀を投擲したらしい。


 追い討ちがくる。そう覚悟した次の瞬間、射撃が止み、代わりにパスカルとハミドが割り込んできた。どうやら2人は2人でどうにかして敵を倒したか封じ込めたかしたらしく、援護に駆けつけたのだ。


「早く逃げろ!」


「ハミド……お願い!」


 ショウヘイは痛みを堪え、霞む視界の中、弱まる力を振り絞って漸くたどり着いた。アリソンとルフィナが、いつの間にか来ていた美春が駆け寄ってくる。


 ショウヘイは膝をついた。もう立つ力も残っていない。崩れ落ちるその体を美春が抱きとめてくれた。なんで、泣いているの?


「アリソン……兄貴を……」


 しかし、アリソンは首を横に振った。何もしないうちにどうして? 目をやると、アリソンもルフィナも悲しげな表情をしていた。


「ごめんね……死んだ人までは助けられない……」


「何言ってるの……? 兄貴は死んでなんて……」


 顔が見えた。レイジは半目で虚ろな目をしていた。肌からは生気が消え失せ、白くなっている。ここまでにずっと血の川が流れていて……レイジが死んでいると、納得させるには十分すぎた。


「班長!」


 ケイスケが到着し、脈をとる。しかし、ケイスケもうなだれ、首を横に振るばかりだった。


「脈、呼吸なし……出血多量……班長、俺に止血帯を使ったばかりに……」


 ケイスケは涙を堪えているようだ。レイジは、もう動かない。ショウヘイも、視界が白く染まり始めた。何も見えない。美春の姿も、もうわからない。


 意識の向こうで誰かが叫んでいる。脳はそれを知覚することもできない。聞こえても、言葉の意味がわからない。命が終わるのって、こう言うものなのか。


 ※


 ケイスケは立ち上がれなかった。目の前にはレイジの遺体、側ではショウヘイの亡骸に取りすがって泣き叫ぶ美春。アリソンもルフィナも、最早涙を堪えられずにいた。


 ここは地獄だ。この世の地獄。救いはない。パスカルとハミドも奮闘しているが、時期に2人も持ちこたえられなくなるだろう。不死身の敵に、どう勝てというのだ。


 迫り来る絶望、聞こえてくる終わりの足音。もう、何が残っているというんだ。


 ——啓介さん、時空の門が開きました、すぐ戻ってください!


 耳元に聞こえてくるのは更科の声。もう遅い。もう終わった後だというのに……


 ——まだ望みはあります。啓介さんが過去を変えられたなら、今も変えられるはずです。どうか、お早く!


 その声に、ケイスケはフラリと立ち上がり、レイジのドッグタグを片方引きちぎってポケットに仕舞い、あの墓標のところへと走り出していた。


 過去を変えて未来が変わるなら、2人を生き返らせることもできるかもしれない。そんな希望を抱いて。

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