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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第1章 未知との出会いは唐突に
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1-5 舞う姿は風のように

 ゼップの館があるのはカレリアで景色の良い南部地域で、レイジたちは館に近い南部地域の中心都市、ラドガに到着した。


 街は活気に満ち溢れていた。市場なのだろうか、出店が立ち並び、客を呼び込む活気に満ちた声が聞こえてくる。街が活気に溢れているということは、領主の政治が上手くいっていると言う事なのだろう。ショウヘイはローファーで石畳を歩き、カツカツと小気味の良い音を立てながら歩いていた。


 パスカルは買い物メモを見て、左肘に買い物かごをぶら下げながらあちこちの店を転々としている。庶民の店で食材を調達するゼップのあまり贅沢をしないという一面と、パスカルの意外と家庭的な一面を見て、ショウヘイは感嘆していた。


「いやー、屋敷に篭ってるよりこういう所に出てきた方が清々するわねー!」


「なあアリソン、ここってなんていう街なんだ? 初めて来たんだけど……」


「ショウヘイ、ラドガにも来たことないの……ってああ、カレリアに来たこともないし、そもそもこの世界の人じゃないから仕方ないか……」


 アリソンはありえないものを見るような表情で言う。ショウヘイは仕方ないだろうと肩を竦めると同時に、この街の名前がラドガであることを知った。他の街はどんな名前なのだろうかと、ショウヘイは疑問に思っていた。


 赤いレンガの建物と石畳の道は、アニメやラノベで見る異世界の風景というより、イタリアに残る街並みのようにも思えた。ガラスの向こうにはいい香りのパンが並んでいたり、女性用の服が売っていたり、楽しそうな街だ。


 道行く人は人間だけではない。ホビットなのか背丈の低い人もいれば、エルフなのか耳の尖った人もいる。猫耳の女性に目を取られるのは仕方ない。見た限りでは人間も亜人もあまり関係なく共存しているようだ。出身地が違うとかそんな感じのノリなのだろう。


「良いところだな」


 迷彩服がかなり浮いているレイジだが、そんなことは気にせずに半長靴の底でコツコツと小気味の良い音を立てながら歩いている。その足取りはご機嫌そうだ。ルフィナを背負っているのに足取りは軽い。ルフィナはそんなレイジに、疑惑の眼差しを向けて問いかけた。


「……レイジって、もしかして巨人族か何かなの?」


「バカ言うな。俺は純生の人間だ」


「嘘。こんなに怪力なのに……」


「人間でも頑張りゃこうなれる」


 ルフィナはやはりレイジを化け物か何かのように思っているようだ。自分にはないこの体力と筋力を前にして驚いているのかもしれない。レイジはかなり不本意に思いつつも、山の中で道無き道を40kg超えの荷物を持って歩くような奴はそう思われても仕方ないかと考えていた。何せ、ルフィナは体力なしなのだ。


「……お姉ちゃん、やっぱりレイジは怪物だよ。きっと」


「こらルフィナ。怪物でもちゃんと人間らしくしてるんだからそんなこと言わないの」


「俺の扱い怪物で決定なのか!?」


 そのやりとりにパスカルは苦笑いを浮かべつつ、任務である買い物を淡々と遂行していた。クールで、多分元の世界にいたらアイドルグループにいてもおかしくなさそうなパスカルが主婦のように淡々と買い物をこなす姿は滑稽にも思えた。


「……そろそろ自分で歩く」


 ルフィナはふと、そう呟くと同時にレイジの背中を降り、自分で歩き出した。足取りは軽く、さっきまでへばっていたとは思えないくらいだ。


「……自分で歩けたの?」


「うん。レイジが背負ってくれたからそれに甘えてただけ」


 レイジは驚愕の表情のままアリソンの方を向く。


「言うの忘れてたな……その子に甘くすると痛い目みるわよ?」


「拾った犬は最後まで面倒見るものだろ?」


 そこにパスカルまで追い打ちをかけてきて、レイジは膝から力が抜けそうになってしまった。ルフィナは何か不満そうな表情を浮かべてパスカルを睨んでいる。


「……犬じゃないもん」


「いやそこかよ……」


 ため息を吐きそうになりつつも、レイジは背筋を伸ばす。その瞬間、パスカルの胸ほどの身長の少年がパスカルに体当たりし、そのまま走り抜けて行った。


「野郎! ゼップから渡された財布盗りやがった!」


 パスカルはコートを棚引かせながら全力疾走し、ひったくりを追いかける。その姿を見てレイジはため息をひとつ吐くと、背中に吊っていた89式小銃を手に取り、パスカルを追いかけ始めた。


「あ、ちょ……兄貴って……行っちまった……」


 ショウヘイは止めようとしたが、時既に遅かった。レイジの足についていけるわけはないし、パスカルもいるから大丈夫だろうと、自分はアリソンとルフィナと一緒に待つことにした。


 ※


 逃げるひったくりを追いかける2人は人混みを突破しつつ、徐々に距離を詰めていた。パスカルは息ひとつ乱さないが、流石に武装しているレイジは呼吸が荒くなりつつある。それでも、一向にスピードを落とすことはない。ハイポートで散々鍛えられたおかげだろう。こんなところで役に立つとはレイジ自身、思ってもいなかった。


「仕方ねえ、回りこむから撒かれるなよ!」


 パスカルはそう言うと飛んだ。少し地面を蹴り、高く飛び上がって3階建ての家の屋根に飛び乗ったのだ。重力なんてないとでも言わんばかりの軽業に、レイジは舌を巻いていた。


「アレも魔法なのかねぇ……」


 レイジはそう呟きつつも目標を見失わない。目はしっかりと目標を捉え、どう障害物を越えればいいか、どう進めばいいかをすぐに考え、追跡を続けた。半長靴の底はしっかりと石畳を捉え、レイジの加速を助ける。


 パスカルがひったくりの目の前に飛び降り、どこからか取り出したV字の銃を向ける。レイジはさすがに子供に銃を向ける気にはなれず、腰のナイフに手をやるだけだった。


「やれやれ、手間取らせてくれたな。憲兵送りは勘弁してやるから財布返しな」


 パスカルはひったくりとジリジリ距離を詰めていく。ひったくりの少年は財布を抱きしめるようにして、放そうとしない。


「やだよ……姉ちゃん助けるのに必要なんだよ……」


「……レイジ、そのナイフから手を離してくれ。ちょっと面倒ごとになりそうだ」


 レイジは縦に頷くとゆっくりナイフから手を離す。パスカルの手の中の銃が細かい光の粒になって消え、パスカルは少年の前にしゃがむ。


「坊主、姉ちゃん助けたいってどういう事だ?」


 すると、少年は泣きそうになりながらも口を開き、嗚咽を漏らしながら訳を話し始めた。


「姉ちゃんが人狩りに捕まったんだ……売られちゃうからお金を用意しないと……」


 パスカルが舌打ちするのがレイジにはしっかりと聞こえた。レイジには話の内容から、この少年の姉が捕まり、売り払われそうだという事が読み取れた。


「パスカル、人身売買ってやっていい事なのか?」


「国法で禁止だ。それに、ゼップの野郎が許す訳ねえだろ。まさかカレリアにまで奴隷商が手を伸ばしてくるとはな……ぶちのめしてやる。おい坊主、場所を教えろ」


 パスカルが掌を開くと、その上にホログラムのような街のミニチュアが浮かび上がった。これも暗号なのだろうか、レイジはそれを見て自分の居場所を確認する。


「ここ、カルキノス通りのこの袋小路だ……」


 パスカルとレイジは少年の指差す場所を確認する。辺りからは見通しの悪そうな袋小路だ。確かに、そういう非合法な事をするにはうってつけだろう。


「よし。坊主は家に帰っていろ。なんとかしてやる」


「本当……?」


「ああ。約束する」


 パスカルは微笑んで少年の頭を撫でる。そんな顔もできるじゃないか、根はいい奴なんだろうとレイジはパスカルの評価を変え始めた。


「レイジ、悪いが手伝ってもらう。そういう事をする以上、強力な護衛がいるはずだ。拒否はさせない」


「いいけど俺は飛べないぞ?」


「これがあれば出来る」


 パスカルは翠に輝く小石をレイジに見せる。エメラルドのような石で、長さは5ミリくらいだろう。パスカルはそれをレイジの掌に乗せ、押し込む。すると、その石は溶けるようにしてレイジの手の中に入ってしまった。最初の魔晶石のようにだ。


「グラビライト石。反重力を形成する鉱石だ。これがあればお前も飛べるだろ。ついて来い」


「んな無茶な」


 パスカルはジャンプしてまた3階くらいの高さの家の屋根に登ってしまう。冗談半分に思ってレイジもジャンプすると、急激な加速感を感じつつ、体が高く空に舞い上がり、気づけば屋根の上にいた。心なしか体が軽い。


「出来ただろ? 時間が勝負だ。ついて来い」


「敵は殺しても?」


「どのみち死刑だ。許可する」


 パスカルは走りながら掌の暗号を起動する。グライアスという暗号で、遠くにいる人に話しかける事ができるものだ。無線機のようなものなのだろう。


「ゼップ、人狩りが出た。始末に行く」


『本当か? トゥスカニアに出動命令を出す。そっちで初動を頼む』


「いつも通りだろ。トゥスカニアにはカルキノス通りを封鎖させてくれ。レイジと仕留めてくる」


 パスカルは用件を伝え終えるとグライアスを消し、走り出す。レイジは疑問に思った事をパスカルに訊いてみることにした。


「トゥスカニアって何だ?」


「ゼップが名誉連隊長を務める王国軍第1連隊、通称トゥスカニアだ。王国、領地の防衛及び治安維持を担当している。今回のは通常の衛兵には荷が重い案件だからな」


「じゃあ、交戦規則は敵の無力化及び誘拐被害者の解放、だな。領主様のお墨付きも貰ったし、全力で行くぞ」


 レイジは89式小銃を手に持つと、安全装置を解除し、弾を装填した。いつでも撃てる。いつでも傷つけられる。いつでも殺せる。いつでも守れる。レイジは一旦瞳を閉じ、意識を切り替えた。武器を自分の判断で使うことに抵抗を感じていたが、それすらも忘れたかのように、意識をすっかりと切り替えていた。


 ここは異世界で、ここにいるのは守ると誓った国民ではない。自分が手を汚す必要は無いはずなのに、戦おうとしている。別に、意味のわからない正義を振りかざして立ち向かおうなんていう気は無い。だけど、1つだけ言えることがあった。許せない。これは自分のエゴだ。


 銃身の上に乗せてある照準器、ダットサイトのカバーを開き、パスカルとともに屋根を駆け抜け、現場へとどんどん近付いていく。グラビライト石のお陰か、体が軽く、いくら走っても疲れを感じない。


 パスカルは両手にV字の銃を持っている。ハンドガンなのかサブマシンガンなのかよく分からないが、とりあえず実弾を撃つのは無理そうだ。


「パスカル、その銃は何なんだ?」


「魔術銃だ。魔力をを弾丸として弾き飛ばす。俺のはV-22オリオン」


 黒い銃身には幾つもの赤いラインが入っており、妖しい光を放っている。銃とグラビライト石をどう組み合わせて戦うのか、レイジはとても気になってしょうがなかった。


 パスカルがたなびかせるコートを追いかけるように飛び回ると、眼下の世界が広がった。街の中央広場だ。噴水を中心として円形に広がる大通り、遠くに見える高い塔、コロッセオのような建造物……その上を、レイジとパスカルは飛んでいるのだ。


 レイジの目が好奇心に輝く。小さい頃夢に見た空を飛びたいという願いが叶ったのだ。パラシュートも飛行機も使わない、自分の体1つでの飛行だ。恐怖心よりも喜びの方が大きかった。


 頬を撫でる風が心地よい。慣れない浮遊感に心が躍る。陸士の頃に所属していた第1空挺団での基本降下過程の時にパラシュートを背負って飛び降りたのとはまた違う浮遊感がなんとも言えぬ感覚だった。


 レイジは屋根に足を着き、そのまま前へと前転して起き上がると、しっかりと89式小銃を保持して走る。


「あそこが例の袋小路だ」


 屋根の上に男が2人立っている。こちらに気づいたのか、その手に銃を出現させた。パスカルのとは違い、レイジがよく知る拳銃に近い形をしている。


「左はもらった。右は頼むぞ」


 パスカルは跳ね上がって両手のオリオンを構える。2つの銃口から絶え間ない弾幕が張られ、敵の体を覆い隠すが如く降り注ぐ。連射速度から見てサブマシンガンの類だろう。敵の体を中心に広がる半球体の結界が弾を防ぎ、逸れた弾は屋根の一部を弾けさせている。


 とりあえず、自分の担当を終わらせよう。レイジはそう決めて伏射姿勢を取った。基本的な姿勢で、正面からの被弾面積が小さく、構えが安定するのだ。


 セレクターを単発に合わせ、狙いを定める。ダットサイトの中心に浮かぶ赤い点が敵の胴体を捉えて離さない。情も人格も捨てた。ここにあるのは理に従う兵士だ。レイジは自分に言い聞かせている。目の前の人間を撃つ理由を考えるのは後回しだ。


 撃たれる前にトリガーを引いた。銃が震え、銃床から頬骨を殴られたような衝撃が伝わる。実体のある弾丸は銃口を飛び出して螺旋を描きながら空間を切り裂き、飛翔する。


 撃鉄を落として1秒もかからず、弾丸は敵の体に突入した。鳩尾に命中し、心臓を弾丸が食い破る。1人の命を刈り取った。それが遠く離れたレイジにも感じ取れた。敵が体の力を失い、膝から崩れ落ちる。壊れたマリオネットのようだ。その目はありえないものを見るかのように、レイジを見つめていた。


 胸糞悪いこの感覚が、なぜか初めてではないように思える。だがいい。こいつらはこれまでに大勢の人間を死より苦しい目に遭わせているのだ。この程度の苦しみで死ねて、むしろ感謝しろ。そのくらいに思う事にした。


「1人仕留めた!」


「前の侵入者の時から思ってたが、お前の銃の仕組みどうなってるんだよ!? 何で結界をぶち破ってるんだ!?」


 パスカルはそう叫びながらも敵と空中での銃撃戦を繰り広げている。敵側の結界からはガラス片のような燐光が飛び散り、あたかもガラスを細かく砕くような音まで聞こえてくる。


 敵の結界が砕け、飛び散った。流星のように破片が降り注ぎ、体に直接パスカルの放った弾丸が当たる。だが、それは致命傷となるような場所には当たらなかった。2丁のサブマシンガンを同時に撃てば精度は下がるだろう。だが、パスカルには結界さえ割れればそれで良かったらしい。


 急加速で敵に肉薄したパスカルは手元の銃を消すと、代わりに肉厚の両刃を持つ大剣を出現させた。何もないところからいきなり現れたのだ。これも魔法なのだろうか。


 大剣は敵の左肩から右脇腹までを容易く切り裂いた。2つに割れた体が舞い、ベチャリと気持ち悪い音を立てて落下する。血飛沫が遅れて噴き出したのは、それだけ大剣の斬れ味が良いからだろう。


「やっぱ肉薄して仕留めた方が撃ち合いよりいいな。おいレイジ、その銃の音がデカすぎる。下の連中に見つかったかも」


「音がデカいのはご愛嬌だ」


 レイジは耳栓を外し、双眼鏡で下の様子を見る。確かに慌ただしい様子が見て取れた。奴隷とされる人たちを入れる為であろう檻と馬車、そして隠す為であろう天蓋、奴隷を買いに来たであろう人々……レイジにはその中に今すぐLAM(ロケットランチャー)を撃ち込んでやりたくなったが、生憎置いてきてしまっているし、救出対象も巻き込んでしまう恐れがあった。


 パスカルは様子を見つつ、グライアスを起動してゼップと連絡を取った。


「ゼップ、俺だ。トゥスカニアはまだか?」


『ラドガ駐屯地から出動した第3大隊が間も無く展開完了。少なくともその路地は抑えられる。それに遅れて他の大隊がカルキノス通り全域を封鎖、民間人の避難を終わらせる。そっちは?』


「俺とレイジで2匹始末した。突入しても?」


『待て、アーロンとハミドが行ったから合流次第突入しろ。レイジには屋根から監視させておけ』


「御意。レイジ、ハミドとアーロンが来る。俺は2人と突っ込むから、お前はここから援護」


「分かった」


 レイジは屋根に伏せ、下方の敵を監視する。準備は整いつつある。そこに、謎の闖入者が現れなければの話であったが。

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