3-10 時の門
一方、神社裏の山へ偵察に向かったショウヘイたちは険しい登山道を歩いていた。登れば登るほど、太ももが重く感じる。一歩踏み出しても果てしなく続く山道に、心が折れそうになる。
そんな道を、レイジとケイスケはフル装備でスタスタと歩いている。防弾チョッキと背嚢なしとはいえ、銃や弾薬があるのに軽々と歩いているのだ。
化け物かあいつら。ショウヘイは内心で悪態を吐く。美春も少し疲れ気味のようだ。休憩が必要な頃だろう。
「兄貴、美春がバテる。休憩しよう」
「そーすっか」
レイジがそう言うと、ケイスケも立ち止まって適当なところへ腰掛ける。それでもまだ余裕そうな表情だ。ショウヘイと美春はもうヘトヘトだと言うのに。
「おい大丈夫か?」
「兄貴……流石にキツイ……」
「まあしゃーないわな……ほら、美春と飲め」
レイジは腰の水筒を手に取り、ショウヘイへ渡す。ショウヘイは蓋を開けて、先に美春に飲ませてから自分が飲む。ただの水ではあるが、とても美味い。
「美味いね、この水」
「美春のかーちゃんに、いい湧き水があるって神社の裏手の水源教えてもらったんだ。マジでいい水だよ」
「お清めにも使う、いいお水なんだよ?」
美春は尻尾を振りながら微笑む。楽しそうにしているが、足はそろそろ限界だろう。長めに休憩を取るべきか。レイジはそう考え始めた。
「……班長、なんか聞こえません?」
「聞こえるって何が?」
「泣き声ですよ」
「……まさか」
レイジはいくら耳を澄ましても泣き声は聞こえない。だが、ケイスケと美春だけは聞こえているようで、美春は耳をピクピク動かせている。
「……俺を、呼んでる?」
ケイスケはふらりと立ち上がると、道を外れて茂みへと入っていく。レイジたちも慌ててそれを追いかける。
「待て皆坂! どこへ行く!?」
「わからないですけど……懐かしい気がして……こっちへ来いって……」
「待てって……クソ、なんて足の速さだ!」
ケイスケは木と木の間の狭い森の中でも構わずに突っ切る。レイジはそれを追いかけながらも、ショウヘイと美春を見失わないようにしなければならないので、思うように追跡できないのだ。
やがて、ケイスケは立ち止まる。遅れてレイジたちもそれに追いつき、呼吸を整える。
「お前……何勝手に……」
「班長……ここ、見覚えがあります……」
「あ?」
目の前に見えるのは、無残に壊され、朽ち果てた廃村だった。人の気配はない。どの建物も壊れて相当な時間が経っている。何かいるかもしれない。レイジは咄嗟に89式小銃を構えるが、ケイスケは無防備なまま廃村へと足を踏み入れた。
「待て皆坂! 勝手に行くな! ……仕方ねえ、翔平、ここで待っててくれ。連れ戻してくる」
「援護しようか?」
ショウヘイは自身の魔術銃、V-34ポルックスを実体化させる。ディレイの暗号を込めたそれならば殺すことはないから、撃てるはずだ。
「お前が狙撃か……美春を頼むぞ!」
レイジはショウヘイに背中を託してケイスケを追いかける。坂を滑り降り、ふらふらと歩いて行くケイスケを追ってただ真っ直ぐに。
「皆坂! おい待てって!」
レイジがケイスケの肩を掴んで止める。その時目の前にあったのは、ひとつの墓標だった。彫ってある文字はすり減ってはいるが、辛うじて読める。レイジは周辺を見渡し、危険がないことを確認する。
「翔平、俺のところまで来れるか?」
『見てたから道はわかるよ。すぐ行く』
グライアスで連絡を取ってから程なくして、ショウヘイと美春がレイジの元へとやってきた。
「兄貴、どうしたの?」
「これ見てくれ。何か分かるか?」
レイジの指し示す墓標を、ショウヘイは目を凝らして読む。レイジや美春も文字を読み取るべく、目を凝らすが、途切れ途切れで断片的にしかその内容はわからない。
「これは……ここは鬼の里で、昔に人間に攻め滅ぼされたって事かな?」
「ああ、この後の記述が気になる。鬼を助けた異邦の青年が鬼を看取る……これって、鬼哭恋歌の事だろ? おい皆坂、大丈夫か?」
ケイスケは虚ろな目で何かを呟いている。何かに取り憑かれたかのように。その中で一つだけ、聞き取れた単語があった。時の門。やはり、鬼哭恋歌の異邦の青年はケイスケのことなのだろうか。レイジの疑念は膨らんで行く。
「皆坂!」
「あっ……はい、なんですか?」
「なんですかじゃねえよ、どうしたいきなり?」
「……少しだけ、記憶が戻りつつあるようです。断片的ではありますが……」
「なんだと? ……ちょっと待て、パスカルからだ」
パスカルがレイジとグライアスを同調させた。レイジは一度話を切ってパスカルの方へ対処することにした。
「どうした?」
『シャロンが招集かけろと。何かわかったか?』
「皆坂がなんか思い出したらしい。すぐ戻る」
レイジはグライアスを切ると、ため息を一つつく。
「戻るぞ。パスカルたちがなんか見つけたらしい」
「早いね。美春、歩ける?」
「うん、まだ歩けるよ」
「ならよし。皆坂、歩けるか?」
「ええ……歩けます」
「よし、行くぞ」
レイジはそう言って一行を率いて、神社へと歩いて行く。レイジたちは、よくわからない事へ対しての不安を感じていた。
※
神社の広い部屋を借り、一同は円陣を組むかのように座っている。シャロンは傍に1冊の本を置いており、ケイスケはかなり緊張している様子だ。
「漸く資料が見つかりました。時の門こと時空の歪みは、今から10年前に飯盛山に発生したそうです」
シャロンがそのページを開いてみせた。時の門が現れ、1人の異邦人が迷い込んだ事、祇園の隣国の軍勢と戦い、鬼哭恋歌の話の元となったことが記されていた。
「やっぱり鬼哭恋歌にはクロノスの招き人が絡んでいたのね」
ミランダは興味深そうにその話を聞く。これはいいネタになりそうだと思う一方、個人的な興味も強まっていたのだ。
「はい、そのクロノスの招き人は銃を持っていたそうです。雷のような音を出す、杖のような武器だったとされています」
「杖?」
レイジは89式小銃を実体化させる。確かに知らない人からしたら杖に見えなくもなさそうだ。ケイスケのミニミ軽機関銃はあまりにもゴツゴツしすぎて杖には見えない。
「俺がこの前借りてたエクリプスも杖みたいだよね」
「確かに。で、皆坂。そろそろ思い出したことを喋ろうか」
レイジはケイスケへと話を振る。視線が集まり、ケイスケは緊張感を感じながらもお茶を一口すすり、口を開く。
「まず、思い出したのは行軍中に滑落したことと、気がついたら鬼たちに捕虜にされていたあたり。村に行って思い出せたのはそれと、89式小銃で……空砲だけど鎧武者と戦ったところ。他はまだぼんやりしていて思い出せていない。……こんなところです班長」
「あれ、お前機関銃手……いや、あの時お前小銃手だったな。やっぱり滑落して見つからないわけだ。空砲使ってたのもそれが原因だったんだな」
空砲とはいえ、実は至近距離なら噴出する高圧ガスで缶に穴を開けるほどの威力を持っていたりする。つまり、空砲でも至近距離なら人を殺すくらいの威力はあるのだ。文献の裏付けが取れた。
「この文献が正しいなら、過去に出現した時空の歪み……時空の地図とピッタリの場所です! あとはもう一つが証明できるなら……」
「待てシャロン。繋がっている場所は?」
「ケイスケさんの世界につながっていて……今回の歪みは、推測ですが鬼哭恋歌の時期に重なっています」
「つまり、その時に実際は2つの時空の歪みがあったってことか」
「そうなります」
パスカルは頷く。それを聞いていたケイスケは考えこんだ。もし本当にその時へ行けるのなら、欠落した記憶を取り戻せるのだろうか。助けられなかった鬼のことも思い出せないのが悔しくて、記憶を取り戻したい。そう思うようになっていたのだ。
「皆坂、過去に飛ぶ気か?」
「班長……出来ることなら」
「その時は俺の89貸してやるよ。一言言ってから行けよ?」
「うっす」
ケイスケは強く頷く。そんな時、襖が開いてアリスとニーナが入ってきた。そういえばこいつらもいたな、と一同は思いながらも、なぜかご機嫌な2人に視線を向けていた。
「あら、どうしたの2人とも?」
「見てよシャロンちゃん! 街であれこれ買い物してきたんだけど、これ似合うんじゃないかな?」
ニーナは桜を模した髪飾りを実体化させ、シャロンの髪にそれをつける。白く、ほんのり赤みがかった桜の花びらが可愛らしく、それをつけてはにかむシャロンもまた愛らしい。
誰もがちらりとパスカルへ目をやる。いつもの仏頂面を保っているかと思えば、口が少し開いて、頬がほんのり、桜のように薄く、赤みがかっていた。
「どうです、パスカルさん?」
「……良いんじゃねえか?」
そこは言い切ってやれよとレイジたちギャラリーはやきもきするが、シャロンは嬉しそうに笑っている。本人たちが幸せならいいのだろうか。もうちょいグイッと行けと煽りたい気分ではあるが、そこまで無粋な事はしない。
「それで、噂話も仕入れてきたよ。なんだか、明日か明後日くらいにね、飯盛山に鬼たちが集まるから気をつけろ、って」
「鬼ですか? どうしてまた……」
「明後日、鬼の頭領の命日だったはず……」
美春がその答えを教えてくれた。つまり、山に鬼たちが集結し、更科雪葉の墓をお参りするのだろう。嫌な予感がする。鬼たちが集まる事で、何か一波乱起きるのではないか。不安がよぎるが、どうも行動のしようがないのだ。
「……明日、飯盛山に行って調べるか。どうせ時空の歪みも探すんだろ?」
「おいパスカル、マジか?」
「ああ」
ハミドはあまり乗り気ではなさそうだ。ミランダを危険な目に遭わせたくないのだろうが、当のミランダが行く気満々だ。最早止める事はできないだろう。
「ええ、今日はゆっくり休みましょう」
「それなら、少し歩いたところに温泉があるよ」
「お、いいね! 兄貴、温泉だよ!」
「行くっきゃねえなこれは!」
美春が温泉の存在を教えると、にわかにレイジたちが活気付いた。日本人のサガなのか、温泉にはやはり浸かりたくなるのだ。よって、一行は美春の案内で温泉へと行くことになった。




