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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第3章 鬼哭恋歌
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3-8 想いと記憶の眠る場所

レイジの立ち絵を妹に描いてもらいましたので、掲載します。妹にはまた感謝です!


神崎零士

挿絵(By みてみん)

 夢はあまり見ない方だ。普段疲れて、よく眠るからかもしれない。でも、今日は夢を見た。夢とわかったのは、戻れるかも分からない世界で、この前の続きだったからだ。


 オークの投石、レイジに突き飛ばされて間一髪で躱したあの瞬間。あの時は直後の投石で足を潰され、途中で目が覚めてしまった。その続きはどうなるのだろうか。


 体が勝手に起き上がり、積もった破片やチリをはたき落とし、ミニミに付着したチリも吐息で吹き飛ばす。弾詰まりを起こすのが怖いのだ。


「クソ、生きてるか皆坂?」


「異常なし、ですがさっきのデカブツ……」


 言ったそばからのそりと奴は現れた。曲がり角から棍棒を持って現れたオーク。恐らく初めて見た自分は、底知れぬ恐怖に襲われたことだろう。


「クソが!」


 レイジがしゃがんだ状態のまま、射撃する。3点バーストによる3発の連射。至近距離射撃はレイジの得意分野ということもあり、全弾が頭や心臓といった、弱点であろう場所を撃ち抜く。


 オークは後ろに倒れた。念のため、レイジはもう1発脳天へ撃ち込み、確実にとどめを刺す。人間は寝転んでいる状態なら、立っている状態より低い血圧で意識を保つことができる。だからこそ、とどめを刺さなければ反撃される恐れがあるのだ。


「なんなんだこいつ? オークか?」


「近衛班長が見たら喜びそうっすね」


 また意思とは違う言葉が出る。そう言うシナリオ通りなのだろう。意識と違う言葉が出ると言うのは、やはり気分が悪い。夢であれ、現実で本音と建前を使い分ける時であれ、それは変わらない。


『シュレディンガー、こちらデメキン(近衛)、生きているか?』


 レイジのトランシーバーから近衛の声が聞こえる。レイジは防弾チョッキの胸のあたりに引っ掛けてあるトランシーバーを手に取り、応答する。


「シュレディンガー、生存。オークのような敵と交戦、撃破した。送れ」


『こっちもやりあった! こりゃ異世界ファンタジーか?』


「私用通信したら怒られますよ。どうかご無事で!」


 レイジは無線を切ると、手招きする。ケイスケは体を起こし、レイジの背後にぴったりと張り付いた。


「いくぞ、この通りをクリアすればビックサイト東ホールだな」


「コミケで地理を覚えてよかったっすね」


 嗚呼、こんな風に軽口を言っていたのか。記憶が抜け落ちていた。この夢は、俺の記憶なのだろうか。


 半長靴でしっかりアスファルトを踏みしめ、道路をひた走る。ミニミの重さが体にずっしりとかかる。重さも、気温も、体の感覚の何もかも、しっかりある変な夢だ。


 次の瞬間、何があったのだろう。爆音が響き、土煙が舞い始めた。高くそびえ立つホテルが、音を立ててこちらへ傾いてきている。倒れてくる、そう知覚するのが遅れたのは、高層ビルが倒れると言う発想がなかったからか。


「ヤバい、逃げるぞ!」


「はい!」


 2人でひた走る。ゴーグルをかけ、土煙の中でも視界を確保し、突き抜ける。そして、衝撃と土煙と、降り注ぐ瓦礫に全てを遮られ、意識は途絶えた。


 ※


 起き上がると、シャツは汗に濡れていた。寝ていたのに呼吸は乱れている。腕時計を見ると、時間は午前5時。微妙な時間に起きてしまった。


 ケイスケはゆっくり体を伸ばし、深呼吸をして酸素を脳へ送ってやる。ぼんやりした頭が覚醒せず、さっき見た夢のことも忘れ始めそうだ。


 雑魚寝するレイジやショウヘイは布団を蹴飛ばし、パスカルは壁に寄りかかって座るように寝て、ハミドは布団に埋もれている。


 夜明けまではまだ時間はある。もう一度寝よう。そう決めたケイスケは布団に寝転び、ゆっくり息をした。それが効いたのか、意識は徐々に途絶えて行き、次目覚めた時には日が昇っていた。


 陽の光が差し込み、パスカルとレイジが眼を覚ます。レイジは伸びをして、パスカルは首を回す。


「はよっす皆坂……」


「眠そうっすね。エナドリ無しじゃダメっすか?」


「かもな……」


 パスカルはシャキッと眼を覚ましたようで、既に戦闘服を着てポンチョを纏っている。いつでも出られると無言で言うかのようだが、まだ早い。


 むくり、とハミドが起き上がる。ふああ、とあくびを一つしつつ、不機嫌そうに起き上がった。頭の布、クーフィーヤに隠されたワカメのような髪が寝癖がついてしまい、好き放題あちこちを向いている。


「クソ眠い」


「わかりみが強い」


 レイジはハミドへそう答えつつ、無理矢理頭を起こす。女性組を起こしに行かなければ。レイジたちは眠い目をこすって隣の部屋へと向かう。


 女性組が寝ている部屋は嫌に静かだ。ショウヘイが扉をノックし、声をかける。


「美春、起きた? 朝だよー」


「翔平……助けて……」


 美春の苦しそうな声が聞こえる。何かあったのか。ショウヘイは美春が危ないと判断し、ポルックスを実体化させる。レイジとケイスケもそれぞれ魔術銃を構え、パスカルとハミドは嫌に冷静だった。


「突入!」


 レイジの突入の合図でケイスケが扉を開き、レイジ、ショウヘイが突入する。小回りのきくレイジがカストルを構えて前衛を受け持ち、ショウヘイが後ろから備える。


「助けて……」


 布団の上で苦しそうに呻く美春は、アリソンとミランダに抱き枕にされて苦しそうにしていた。レイジとショウヘイは安堵感を覚えつつも、脱力感を感じていた。


 美春の救助作業はかなり難航したものの、ミランダとアリソンが起きた事で救助には成功した。


 ※


 神社までは徒歩で移動になる。その間、美春はショウヘイにくっついてアリソンとミランダから距離を取ろうとして、アリソンとミランダは美春に謝り倒していた。


「ゴメンってミハルちゃん……」


「ハミドがいなくて眠れなかったからつい……」


 美春はもふもふ尻尾を隠すようにしてショウヘイに縋り付いている。どうやら美春に相当なトラウマを植え付けてしまったようだ。ルフィナも何かを察したように黙祷している。


「お姉ちゃん……寝ぼけてキス魔になるもんね……」


「こ、こらルフィナ! 余計なこと言わないの!」


「これは班長、薄い本的展開?」


「アホ抜かせ」


 ケイスケの頭をレイジのチョップが襲う。道中、山道での襲撃に備えて戦闘服姿であったため、チョップの衝撃はてっぱちがほとんど殺してくれた。


「いって! 酷えっす班長!」


「次美春で変な妄想したら俺と翔平で拷問にかける」


「エゲツなさそうなんで肝に命じておきます」


 ケイスケは苦笑いを浮かべながら答える。襲撃も何も来ない。徒歩で歩くだけ。それはそれでまた飽きが来てしまう。こうして話をするだけでも徒歩移動のキツさが違うのだ。


 やがて、山の麓に整備された参道と鳥居が見えた。逸波神社。これが美春の母のいる神社なのだ。レイジとショウヘイ、ケイスケはお互いに顔を見合わせる。いよいよなのだ。美春との別れも近いと悟っていた。


 石積みの階段を登る。歪な形の石が積み上げられた階段は気をつけないと足をくじいてしまいそうになる。美春の足取りは軽い。それに反比例して、ショウヘイは躊躇うようにしながらも前へと進んでいる。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。ショウヘイの頭をそんな言葉が埋め尽くす。あの日々を、不便ながらも暖かく、楽しい日々を終わりにしたくない。まるで駄々っ子のようにショウヘイは言ってしまいたかった。


 だが、美春は優しい。行かないでと言えば、きっとそうするだろう。だが、美春を縛る権利は自分にはない。皆等しく自由がある。


 隣のレイジは前だけを向いている。これから来る別れも何もを受け入れたかのように。だから、自分も笑ってお別れを言おう。お母さんのところに帰れて良かったね、と笑って言おう。そう決めていた筈なのに、ここで心が揺らぐ。なんて弱いのだろうか。


「翔平、具合悪い?」


「ううん、なんでもないよ」


 美春に心配されてしまい、咄嗟になんでもないと答える。人は何があっても何でもないと隠してしまうものだ。本当の事なんて言えるはずもない。


 とうとう、階段は終わる。ショウヘイは記憶の通りに、参道の中央を避けて端を歩く。中央は神様が通るから避けるのだと、誰から聞いたのかは忘れてしまった。


 鳥居の先に、荘厳な雰囲気を醸し出す神社があった。大きい。そして、日本に似たものだからだろうか、なんとなく心が落ち着くのがわかる。時空を超えて異世界に来たがゆえに、故郷のものを見ると安らぐのだろう。


「あ……」


 美春の視線の先には、美しい白い毛並みの狐耳と尻尾を持つ巫女がいた。美春の声に振り向いた巫女は、どこか美春に似ているように見える。それが意味することは、ただ一つだ。


「お母さん!」


 美春は走り出していた。ショウヘイはそれを見守る。向こうも気付いたようで、驚いたような顔をした後に、目を潤ませながら美春へ駆け寄るのが見える。そして、しっかり美春を抱きしめ、涙を流す姿もしっかりと見ていた。


「……よく堪えた。翔平」


「俺たちの本来の目的、だもんね。美春と暮らしていたのは、この日のためだもん」


 ショウヘイは下手くそな作り笑顔をレイジへ見せようとする。感情を全て隠して作った仮面を被る。難しい人間関係の中で生きるための上手いやり方だ。


「生まれて生きてはいつか死ぬ。その中で出会いも別れも無数に存在する。長い人生のほんのひと時だ」


 パスカルが諭すようにいう。それがパスカルなりの考え。拘泥することなく、受け入れ、その一瞬を生き抜く刹那主義な傭兵。ショウヘイは、そう簡単には割り切れそうにはないのだ。


「出来事は一瞬でも、記憶は永久に、ね」


 確かに体験することは一瞬だけ。それでも、記憶は根強く残り、無くしてしまうということはないだろう。忘れてしまうような些細な出会いも、生涯忘れることのない別れも、この脳の何処かへ残っているのだろう。


「翔平、声掛けに行くか?」


 レイジが言う。美春と母親は抱き合って再会を喜んでいるが、こちらも用事というものがある。少し気は引けるが、そろそろ声を掛けてもいい頃合いだろう。


「そうだね。パスカル、いい?」


「好きにしろ。シャロンは?」


「訊くことがあるので行きます」


 パスカルが後ろを振り向くと、決まりだな、とでも言いたげにニヤけるハミドがいた。ハミドがああならミランダも同意見なのだろう。パスカルはなら仕方ないと、ポンチョを翻して先に歩みを進めるレイジたちを追いかけた。

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