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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第3章 鬼哭恋歌
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3-5 飛鳥への旅路

 いよいよ出発の日が来た。カレリアには海がなく、まずは南下してオルレアン南部都市トゥーロンを目指す。そこから船でローラシア大陸とゴンドワナ大陸の間に細長く続くリマ海を東へ進み、飛鳥を目指すのだ。


「にしても馬車とはこれまた体痛くなりそうだな……んで、くじ引きとはいえお前と一緒かよこの野郎」


「うるせえ。俺もお前と一緒の馬車とか何か起こりそうで怖えんだよ」


 馬車の中でレイジとパスカルは憎まれ口を叩き合う。ちなみにこの馬車には御者にハミドが乗り、シャロン、ルフィナ、ミランダが乗っている。残りのメンバーは後続の馬車だ。アーロンが御者をしている。ショウヘイ、ケイスケ、美春、アリス、ニーナは今頃楽しくお喋りしているのだろう。


 ルフィナはさっさと居眠りを始め、シャロンはどうやらパスカルと距離を詰めて座っているようだ。胃に穴が開いてしまう。レイジは本能的に危機を察していた。危険な雰囲気だ。目の前にリア充がいるのだ。


「俺御者台行くわ」


 レイジは走行中だがドアを開けると、縁に掴まって馬車の屋根へよじ登り、御者台へ無理矢理乗り込む。ハミドは何が起きたと思いつつも、席を詰めてくれた。


「パスカルとシャロンが一緒にいるところに放り込まれるとか拷問かよ」


「おーおー、大変だなオメーは。俺とてミランダと引き離されて御者よ」


「それでいい。リア充2組のところにぶち込まれるなんて胃が溶けてなくなる。すぐに馬車から飛び降りるわ」


「業が深いなお前は……」


 ハミドは苦笑いを浮かべてレイジの愚痴を聞く。レイジとしては、ショウヘイと共に美春を可愛がっていたいところだが、今日はそのポジションをケイスケにとられてしまっている。中でべったりなパスカルとシャロンに、レイジはひたすら爆発しろと呪詛を唱えることしかできない。


「俺も御者出来れば変わってやるんだがな」


「教えてやろうか?」


「お、頼む」


 レイジは手綱を握り、ハミドに教わりながら馬車を制御する。車とはまた違ったコツがいるが、馴れればレイジにとってそう難しいことではなかった。


「お、上手いじゃねえか」


「車運転できるならな」


「んじゃ、すこーし代わってもらっていいか? 疲れちまった」


「ごゆっくりー。風に当たってのんびりしてるわ」


 トゥーロンまでは街道をひた走ればいい。迷うような道はなく、レイジは練習がてらにと馬車を進ませる。背もたれに体を預け、風を浴びるのが気持ちいい。冬の初めであり、もう少ししたら雪が降りそうな寒さだ。


 風が目に入ってくる。てっぱちに引っ掛けてあったゴーグルを掛け、前を向く。そろそろ指ぬきのグローブが寒く感じる。確か背嚢の中に指先を切っていないグローブも入れてあったはずだが、生憎取り出している暇はない。背嚢に入れたまま粒子化したのが悔やまれる。


 1人で景色を見ているのもすぐに飽きてしまう。演習に行く時の車内では大抵ワイワイ騒いでいたか、誰かがスピーカーを持って来て音楽プレーヤーで音楽をかけていたから眠くなかった。途中休憩の時に道の駅で買い食いもした。それが、なんだか懐かしい。


『兄貴、聞こえる?』


「どーした?」


 ショウヘイが突然グライアスを同調させて来た。何かあったのかと、レイジはすぐに返事する。


『居眠り運転防止』


「うるせー馬鹿。まあ助かるけど」


『寝そうだったの?』


「だって暇だし寒いだけなんだもん。御者も楽じゃねーや」


『美春とか俺もそっちだったら話し相手になれたんだけどね』


「グライアスでいいだろ」


『直接話す方が伝わることもあるでしょ?』


 確かに、とレイジは思う。声だけよりも、相手の表情や仕草がわかる方がコミュニケーションも取りやすい。電話やメールと同じようなものだろう。直接の方が伝わるものもあるのだ。


「馬鹿話は宿か船の中でな」


『りょーかい』


 ※


 レイジのいなくなった馬車の中は無言の空間になっていた。パスカルが大体何も喋らないことと、ハミドとミランダはもはや言葉を交わさずともイチャついているのが原因といえよう。シャロンは少し不満げに思いつつ、パスカルとの距離を詰める。


「……狭い」


「馬車が狭いんですよ」


「そこまで狭くも無いだろ」


 馬車の席は向かい合うように設置されていて、片側に3人は座れる。そして、ルフィナはハミド側に座っていることもあり、パスカルとシャロンの席は後1人分余裕があるのだ。


「もう、本当に乙女心が分かってないんですから……」


「俺は男だぞ」


「そういうところです!」


 シャロンは少し膨れっ面をしながらもパスカルへ寄りかかる。どういうことだとハミドに助けを求めるように視線を向けるが、自分で考えろと肩をすくめられてしまう。仕方ないのでパスカルはシャロンの頭を撫でてみることにした。


「……及第点、です」


「合格ラインがイマイチわからねえな。やれやれ」


 シャロンは目を閉じて少し嬉しそうにしている。パスカルの右手は今だけはリストブレードも、ワイヤーで繋がれているグローブも取り外されている。シャロンを傷つけまいという、パスカルの無言の気遣いなのだ。


「パスカルさん……付き合わせてごめんなさい」


「……別に、迷惑ではねえ。暗号屋だからあちこち旅すんのは馴れてる。飛鳥に行くのも別に初めてじゃねえからな」


「そうじゃなくて……時空の地図の証明、あれって建前なんです。やろうと思えば近場でもできたけど……パスカルさんと、旅行がしてみたかったんです。ずっと、ずーっとそう思ってて……」


「そうか、ならいいんじゃないか? 俺もお前もたまに息抜きは必要だろ」


 シャロンの表情が明るくなる。こんなパスカルの答えではあるが、それはパスカルが口下手なだけで、イマイチ感情が伝わりにくいだけだ。実際のところ、パスカルも満更ではない。


「楽しみましょうね、飛鳥旅行!」


「楽しむのもいいけど卒論もな。留年とかなったら覚悟しろよ?」


「そうなったら、パスカルさんのスパルタ教育……頑張ります……」


「いや、そもそも留年するなよ。俺がついてるんだ。留年なんかさせるかよ」


 ちなみに、パスカルの卒業論文は魔術と科学の複合をテーマとして、エンジンの基礎理論を荒削りながらも作り上げ、そのまま研究員として残る話も持ち上がったものの、結局士官学校へ進学している。


「負けませんから。私だって……首席になって、パスカルさんに恩返ししちゃいます!」


「ま、意気込むのもいいがたまには休めよ」


 表彰の変わらないパスカル。シャロンはそんなパスカルの感情を表情ではなく仕草で感じ取る。楽しい時は大抵、話を聞きながらわずかに頷いてくれるのだ。それに、パスカルは鈍感ではない。気付いていて、気付かないように振舞っているだけなのだ。


「宿の部屋、一緒でいいですか?」


「……好きにしろ」


 照れている時は耳たぶがピクピク動くのも、またパスカルの独特の仕草なのだ。シャロンはそれをみて、クスリと笑っていた。


『もうすぐトゥーロンだ。降りる準備しろ。レイジ、事故るなよ?』


『フラグ立てんなよアーロン!』


 あの野郎に手綱を任せたのは間違いかもしれない。パスカルは薄々そんなことを考えていた。


 ※


 トゥーロンで船に乗り換え、ショウヘイは美春とともに甲板へ出ていた。大きな水車が左右についた外輪式の動力。パスカルが基礎理論を作った魔術発動機を用いた船だ。このエンジンは、ショウヘイたちの世界のエンジンによく似ていて、化石燃料の混合空気の代わりに爆発の暗号を用いて動力を生み出す。


 だがそれには触媒の魔晶石の大きいものか量が必要であり、さらには機関の耐久性の問題で小型化には至らず、こういった大型船に搭載されるに止まっている。


「翔平、あの鳥は何?」


「カモメじゃないかな? その辺の小魚でも狙ってるんだよ」


「あれが……この前の零士みたいな目してる……」


 この前のレイジといえば、バイトから帰るなり飢えた獣のような目で肉を食わせろと叫び、台所へ飛び込んでいった時の事だろうか。確かにあの時の虎視眈々としたレイジの目と魚を狙う海鳥の目は似ているかも知れない。


「兄貴と同じで食い意地張ってるんだね」


「腹ペコは人を変える……恐ろしい……」


 ショウヘイは笑いながら手すりにもたれ、美春と話す。そこへ、何か面白いものを見つけたとばかりにアリソンがやってきた。


「ヤッホー、ショウヘイにミハルちゃん。海見てるの?」


 やはり言葉の違いだからだろうか。ショウヘイとアリソンでは美春の発音が微妙に違う。その微妙な違いにももう馴れてきた。この世界に来てから、まだ半年も経っていないのだが。


「まあね。アリソンはルフィナ見てなくていいの?」


「ルーなら疲れて寝てるわよ。というか酔ったみたいね」


「ついてないね。兄貴は御者台でケツ痛いってさ」


「こういう時ってこう言うんだよね。ざまあみろ」


「美春、それ言っちゃダメ」


 狐耳巫女にざまあみろなんて罵倒されようものなら、レイジは迷う事なくマゾヒストの道に堕ちてしまうだろう。どう考えても事案発生である。


「あはは……まあ、飛鳥まで時間もあるし、そこのテラスでトランプでもする?」


 アリソンが指し示す先には、甲板の上に作られたテラスがある。暗号で守られているため、風も穏やかであり、トランプをするにはもってこいなのだ。ここならうってつけだと席に着くと、トランプの箱を持ったケイスケもやって来た。


「アリソン、持って来たよ」


「じゃ、何にする? ポーカー? セブンブリッジ?」


「ポーカーは……賭けなしね?」


 ケイスケが何やら遠い目をしている。何かポーカーに嫌な思い出でもあるのだろうか。


「皆坂さん、ポーカーにトラウマが?」


「俺じゃない。同級生が日本のヨハネスブルグって言われる地域のヤン高行っててさ、先輩にポーカーで散々にやられて10万単位で破産して、ポリスが出てくる騒ぎになった」


「おかしいでしょそれ!?」


「だからポーカーはトラウマなんだよ。自衛隊も賭け事禁止だしね」


「いや、賭け事はしないわよ。勝てないし」


「賭け事しないのが1番だよ! せめてジュースくらいにしないと……」


 ジュースはジュースで、自衛隊にはもはや伝統とも呼べる地獄のジュージャン——敗者が参加者全員にジュースを奢る地獄のじゃんけん大会があるのだが、ショウヘイには知る由もない。


「じゃ、シンプルに大富豪でいいかな。美春はルールわかる?」


「翔平から教わったからできるよ」


「何教え込んでるのさ……」


 ケイスケは苦笑いしながらも馴れた手つきでトランプをシャッフルする。そして、各人の前へカジノのディーラーかのように手際よくカードを振り分けた。


「皆坂さん、どこで覚えたの?」


「暇な姉ちゃんとしょっちゅうポーカーしてたからね。姉ちゃん、ポーカーフェイス下手くそなのに毎回ジュースとかアイスとか風呂掃除賭けて挑むんだもん。ボロ勝ちだったよ」


 懐かしいな、とケイスケは笑いながら手札を見て、眉を引攣らせる。どうやら手札がよろしくなかったらしい。


 ショウヘイは手札にジョーカーはないが、8が1枚、Jはなし。2が2枚、Aが1枚。4人対戦でこのカードは微妙と言えるだろう。8切りとJバックありなのが救いだ。この世界にもそのルールがあることが驚きである。


 序盤はそんなに波乱もなく、お互いの手の内を読みながら慎重にカードを出していく。美春の尻尾がピコピコ動いているのが気がかりではあるが、大丈夫だろう。


 そろそろだ。一気に決めよう。ショウヘイは2を準備する。アリソンが4を2枚出し、ケイスケが6を2枚。次の美春がパスするか出したとしても、2を2枚出せば出せる者はいないはずだ。そこに、残り5枚、7を3枚とAが1枚、ついでに8が1枚だ。一気に畳みかけよう。


「……これでどう?」


 美春が出したのは8を2枚。つまり、8切りだ。強制的に流れが切れて美春からのスタートになる。崩された、ショウヘイは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべそうになりつつも、ポーカーフェイスを貫く。だが、悲劇は終わらない。


「みんな、ごめんね? 悲しいけどこれって勝負だから……」


 そう言って美春が出したのは9を3枚にジョーカーを1枚。合計4枚を一度に出した。場が凍りつく。このカードが意味するのは、革命だ。カードの強さがジョーカーを除いてひっくり返る、まさにちゃぶ台返し。まさに番狂わせ。美春以外のプレイヤーはもちろん悲鳴をあげた。


「嘘、本当に革命!? 出せるカードがないじゃない!?」


「あー……死ぬかも?」


 ショウヘイは出せる言葉もなく、ワナワナと震えた。こんな時に限ってAも2ももはや使い物にならないし、革命返しも出来ない。これは詰んだ。ショウヘイは自らの負けを確信した。


 ※


 美春の幸運に打ち負かされたショウヘイはのんびり甲板で夜空を眺めている。人工の光のない海からは天頂の星がよく見える。星と星を繋ぐと、そこには星座が浮かび上がる。太古の昔の人々が考え出したおとぎ話。それは、夜空の星々へ、宇宙への幻想を抱かせてくれる。


 この世界にも星座はあるのだろうか。もしないとしたら、自分で作ってしまっても面白いかもしれない。センスはないが、自分で星座を作って遊ぶ事を幼少期にした事がないからこそ、今やってみたいのだ。街からはこんなに綺麗な星を見ることができず、暗い夜空しか知らずに育ったのだから。


「どうした、オリオン座でも見つけたか?」


 そこへ、レイジがひょっこりとやって来た。船内の談話室あたりにでもいたのだろうが、パスカルとシャロンかハミドとミランダ、またはその両方が醸し出す雰囲気に耐え切れずに逃げて来たのだろう。


「ううん、星座作ろうかなーって」


「センスなし、エースって言われるからやめとけ。俺らは神じゃねえんだから」


 レイジはそう言って笑い、ショウヘイの隣に立つ。暗いからレイジの顔の細部はよくわからない。昼間でも近くへ寄らないと見えない、薄っすらとした頰傷も、漆黒の瞳も、今は闇に隠されている。


 ちなみに頰傷は名誉の負傷というわけではなく、演習場で藪を漕いだ時に枯芝に叩かれたものらしい。レイジにとっては不名誉な傷なようだが、そんなことは誰も気に留めていない。


「ねえ、兄貴。美春の事なんだけど……」


「ああ、親元に帰すかどうかって?」


「うん……親元に帰すのが1番幸せなんだろうけど、やっぱりさ……美春がいるのが当たり前になってたから、やっぱり寂しいかなーって……」


「帰るかどうか決めるのは俺らじゃねえ。美春自身だ。俺らはその決定に従うだけさね。出会いがあれば別れも付き物、だろ?」


「俺と兄貴も?」


「そういうことさ。兄弟とていつ別れ、どっちが死ぬかも分からねえんだからな。美春の判断に委ねろ。そして、受け入れるんだな」


「……そうだね。帰るっていうなら、笑ってお別れを言おうか。何か美味しいものも作ってあげる?」


「それがいいな」


 レイジの表情が相変わらず見えない。ショウヘイは、レイジは内心でどう思っているのか気がかりではあったが、そこを訊く事はせず、ただ、宵闇の海を見つめ、寂しさを波音で掻き消してしまおうとした。


「……兄貴、いつかはごめん」


「急にどうした、どれの事だ?」


「最初の射撃訓練の時、酷いこと言っちゃった。その撃つ事がどれだけのことか知って、兄貴に悪いって思ってて……」


 肩を落とすショウヘイの頭をレイジは小突く。レイジは優しい兄としての顔を見せて、ショウヘイを見ていた。


「気にするな。俺たちはそう言われても仕方ねえんだから。でも覚えておいてくれ。お前のために血を流してもいいって言う人間が、いるってことを」


 レイジはそう言って去っていく。誰かのために自らの血を流すことを厭わないと誓った自衛官。そして、優しい兄。2つの顔を持つレイジは、果たしてどちらが本物の神崎零士なのだろう。


 まるで、合わせ鏡のようだ。同じ神崎。違う零士と翔平。どちらが実像か。どちらが虚像か。鏡を殴って、割れてしまうのはどちらか。


 褒められることを知らず、認められることを知らず、終わりなき業苦を普通なのだと信じて生きてきたレイジの背中をショウヘイは知っていた。試験で顕著な、得意なものはとことん得意だが、ダメなものはとことんダメな尖った性能。


 そして、両親は褒めることを知らない。認めることを知らない。試験のたびに満点の理科のテストを持って帰ろうが、数学がダメだと、英語がダメだと怒鳴りつけられるレイジの姿があった。きっと、レイジにとって自衛隊とはパンドラの箱だったのだろう。


 無数の業苦。その中に残った唯一の希望。レイジはそれに縋ったのだろうか。今なら分かる気がする。シュレディンガーの名の所以を。神崎零士の意思はどこへある。どれが神崎零士の意思か。レイジ自身が観測するまでそれはわからない。それこそが、シュレディンガーの名の所以なのだ。ショウヘイはそう思い、自分の兄へ底知れぬ闇を感じていた。


「あら、何やってるの?」


 そこへやってきたのはアリソンだ。何も知らず、ショウヘイのことを不思議そうに見ている。ショウヘイは気が抜けてしまい、手すりにもたれかかった。


「色々、かな。ねえアリソン。俺って、変われるかな?」


「どうしたのよ急に?」


「銃、撃てたけど……狙っては撃てなかった。怖かったんだ、俺が殺したって直視するのが。適当な狙いで撃てば、誰がやったかわからない。本当に俺がやったのかわからないから……変わりたいよ。俺も戦えるようになりたくて……」


 そんなショウヘイをアリソンが突如抱きしめたかと思うと、その頭をわしゃわしゃとかき回して笑い始めた。割と真面目に悩んでいたショウヘイはそれに面食らってしまう。頭に柔らかい双丘が当たっていて、ショウヘイはドギマギしてしまいそうになる。


「あはは! よしよし! 少し背伸びしたけどやっぱり私に比べたらショウヘイはまだ弟代わりに十分そうね! 弟欲しかったのよ!」


「な、何するのさアリソン!」


「背伸びしてるのが可愛くて!」


 アリソンはある程度楽しんでからショウヘイを解放してやる。ショウヘイは呼吸を整えつつ、アリソンへ向き合う。アリソンはいつも通り笑みを浮かべながら、ショウヘイへとしっかり向き合っていた。


「あんたはあんたのままでいいの! 変わってどうするのよ? レイジになる? あんたはショウヘイのままだからいいの! チキンでもなんでもね!」


「チキンは余計だよ! 刀は振るえたし!」


「震えて援護もままならなかったじゃない! そう言うわけであんたはまだガキンチョ!」


 ショウヘイは言い返せなかった。あれだけ震えて、アリソンたちが罠を張っているのに自分は震えながら敵が来ないことを祈っているばかりだったのだ。


 答えに詰まるショウヘイを見て、アリソンはまた笑顔でショウヘイの頭を撫でる。アリソンの方が背が高く、やはりショウヘイの方が弟に見えてしまう。


「ショウヘイはショウヘイのままでいい。誰がありのままの自分を否定する権利があるって言うのよ?」


 嗚呼、そうだ。あの世界では自分が自分のままではいけなかったのだ。自分を切り捨てて、ただ機械のようになってでも受験戦争を戦い抜かなければならない。その先にあるものも知らずに、ただ自分を切り捨てることが正しいと思い続けていた。


 だが今はどうだろう。こうして自分のままでいていいと言ってもらえる。漸く、ありのままの自分でいられる。レイジの背中を見て、その影に隠れるように、盾にするようにして平穏に過ごしてきた。でもそれは仮初め。レイジの犠牲に成り立つもの。


 でも、今度はレイジを犠牲にして平穏に生きようなんて思わない。本当の自分でありたい。そう思えた。ありのままでいい。そう言ってもらえた。


 ならば、俺はこの世界で生きてやる。ありのままの自分で、神崎翔平として。無理に変革を求めなくていい。他に代わりのいない一個体。上位互換が今日もあちこちで活躍しようが知ったことではない。


「ありがとう、アリソン。俺は俺のままでいるよ。でも、強くはなりたいな」


「そこは頑張りどころ。なったならその時は褒めてあげるわよ!」


 アリソンはいつも通りに元気に笑ってみせる。それが、揺れ動くショウヘイの心を癒し、支えてくれる。ありのままを肯定してくれる。それは得難く、とても有り難いもの。願えども得られることはない、大切なものなのだ。

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