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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第3章 鬼哭恋歌
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3-4 故郷の思い出

 ショウヘイとケイスケは美春と、まだどっちがどっちだかわからないがアリス、ニーナとともに学内のカフェテリアへと来ていた。レイジとパスカル、シャロンで飛鳥行きの計画作成の間、話が聞きたいと連れてこられたのだ。


「ところで、名前を聞いてたけどどっちがアリスでどっちがニーナなの?」


 ショウヘイがずっと抱いていた疑問をぶつけると、2人はクスリと笑った。


「私がアリスで」


「私がニーナよ。そっちは……まだら模様の方がミナサカとかケイスケで、ブレザーの方がショウヘイかしら? そこの獣人の子はミハルね?」


 黒髪の方がアリスと名乗り、銀髪の方がニーナと名乗る。ショウヘイとケイスケの名前は会話の中で名前を覚えたのだろう。


「よろしく。俺は皆坂啓介。皆坂が苗字で啓介が名前」


「俺は神崎翔平。さっきいた兄貴は零士」


「鈴城美春……です!」


 ふんす、という効果音がつきそうな美春に、ショウヘイたちは思わず笑いそうになる。


「アレ、ショウヘイのお兄さんだったんだ……確かにどこか似てると思ったら……違うとしたら、目かな」


 アリスはレイジの顔を少し思い出してから改めてショウヘイの顔を見る。目を指摘されたショウヘイは少しだけ首を傾げた。


「目元は似てるってたまに言われるけど?」


「目元じゃなくて、目の光よ。あなたの方がどこか輝いているというか……うん、お兄さんの方、どこか諦めたような目をしてた」


「そうかな?」


 ショウヘイは思い返してみるが、レイジがそんなに死んだような目をしているかどうかはわからない。ただ、てっぱちを被っている時のレイジの目は、てっぱちの影で暗く見え、どこか底知れぬ深淵のように見えるのは確かだ。


「そんなことより、異世界ってどんなところなの?」


 ニーナが興味津々に訊く。レイジの目のことよりもまずはそっちが気になるようだ。それは仕方ないだろう。見ず知らずの目の死んだ男よりもまずは卒論のテーマと自分の知的好奇心が優先されて然るべきだ。


「あ、それなら俺のスマホに写真あるよ」


 ケイスケがスマホの電源を入れる。この世界に来てからというものの、電源を切って放置していたのだ。充電は出来ないし繋がらないし、基地局がないから異世界組で電話もできない。というよりグライアスの方が便利で、使わなかったのだ。


 スマホの光が灯る。未知の道具にニーナは目を光らせた。アリスも横から覗き込んでいる。


「どうやって使うの?」


「グライアスみたいなものさ。1対1だけど、遠くの人と話ができる。あとはこうして、景色を写しておけるのさ」


 ケイスケが出した写真は、どうやら東京らしい。東京スカイツリーの前で変なポーズをとるレイジとケイスケがそこにはいた。観光中の写真らしい。


「この後ろの凄いなぁ……リベトラみたい」


 アリスがスカイツリーにそんな感想を漏らす。他の写真に写る高層ビルの街並みも新鮮なようで、2人は必死にメモを取りながらケイスケの話を聞いていた。


 東京以外にも、駐屯地のある宇都宮の街並みの写真もある。最後に出て来た写真は宇都宮にある栃木県護国神社の写真だ。神社の写真を見た美春はその目を見開いていた。


「啓介、これは神社……?」


「うん、護国神社っていう、かつての戦死者とか警察とか消防や俺ら自衛官の殉職者を祀ってるんだ。班長が俺らの偉大なる先輩方が祀られてるんだから一度は行こうぜって言って、行って来たのさ」


「そうじゃなくて……そっちの世界にも神社あるんだ……」


 そういえば美春は普段巫女服を着ていると言っていた。ならばこの世界にも神社があるのだろう。ショウヘイは釘付けになる美春に何と言おうかと考える。


「偶然なのかな?」


 ニーナは興味ありげにメモを取る。異世界同士の共通点のようなものを炙り出すつもりなのだろう。参考資料には十分だろう。


 これは飛鳥へ行って、実際に確かめてみたい。本当にこれは同じ神社なのかを。そこへ、レイジとパスカル、シャロンがやってきた。レイジは手に何か紙を持ってかなりルンルン気分に見える。


「野郎ども旅行計画決まったぞ! ゼップから非常呼集かけられようと知ったことじゃねえ、ガン無視で羽伸ばしてやる!」


 レイジはよっぽど溜まっているものがあるらしい。パスカルは隣でやれやれとばかりに肩をすくめていて、もはや制御不能とでも言いたげだ。


「班長! 計画やいかに!?」


「明後日出発! 船で行くぜ! 電話予約みたいなノリでグライアス予約! 便利だねこれ!」


「グライアスが電話扱いかよ!?」


 ショウヘイは思わず愕然とする。グライアスの使い方がいきなり現実味溢れる使い方をされていて、カルチャーショックを受けていた。夢がない。それが感想だ。


「じゃあ、続きは船の中で聞こうかな。レポートが纏まりそう」


「あ、ニーナずるい。私と内容被せないでよ?」


 船で遠く離れた飛鳥へ行くには7日もの日数を要する。それだけの長旅ならば有り余るほどの話ができるだろう。何を話そうか。何を語って聞かせようか。ショウヘイは少しだけ話のネタを思い浮かべ、少しだけ楽しみを覚えていた。


「パスカルさん、船旅ですよ! 楽しみですね!」


「そんなに楽しいものか?」


 はしゃぐシャロンにパスカルはいつも通りのローテンション。それでもシャロンはパスカルと話をするのがとても楽しそうに見える。理由はどうあれ、シャロンはパスカルへ好意を持っていることは明白だ。パスカルがそれに応える気があるのかないのか、はたまた熟年夫婦が如く、シャロンにしかわからない何かがあるのは当人のみぞ知る。


「楽しいですよ! 景色は綺麗で、潮風も気持ちよさそうですし、夜の星空だって綺麗と聞きますよ!」


「景色って、一面の海じゃねえか。飽きるなよ?」


「もう! 夢がないんですから! そんなパスカルさんは私が旅の魅力をきっちり教えてあげますから!」


「そうか、楽しみにしておく」


 やはり無表情ではあるが、レイジたちはパスカルがシャロンの頭を撫でたのを見逃さない。無表情でデレている。誰もが衝撃を受けたのは言うまでもないことだった。


 ※


 出発となれば荷造りはやはり必要だ。粒子化できるとはいえ、粒子化しなければ持ち歩けないのだから、準備して、忘れ物がないと確認してから粒子化しなければならないのだ。


「はーやれやれ、荷物多くてたまらねえよ。あれ、皆坂どうした?」


「皆坂さんならもう寝たよ。兄貴とか俺とかがごちゃごちゃやってる時に一緒にやったら混ざりそうってさ」


「まあ、慌てても知らんってだけだな。着替えとかその辺ありゃ十分なんだけど……あと洗面用具と、櫛と何がいるかなー……」


「兄貴に櫛とか要らなくない?」


「阿呆、美春のだよ」


「私、自分の持ってるよ?」


 ほら、と言いたげに美春は自分の櫛をつまみあげてみせる。美春の櫛と自分の用意した櫛を交互に見てから、レイジは持っていた櫛を適当にその辺にしまった。


「それにしても、美春は持ち物コンパクトだね。少なくていいの?」


「うーん、あんまり困らないよ? 零士と翔平が面白いから娯楽には事欠かない」


「俺たちを芸人扱いするのやめようね!?」


 ショウヘイは思わず声を上げてしまった。こんな扱いとは思わなかった。それが正直な感想だ。レイジは気にしていないようだが。


「そーいやさ、飛鳥って日本っぽいところみたいだよなー。ちゃんとした耳かき棒とか売ってねえかな?」


 レイジは小物入れから耳かき棒を取り出す。暇を見つけて銃剣で削って作っていたらしいが、あまり具合が良くないと良くぼやいていたのだ。今でも削って、最高の出来を追求しているらしい。


「あると思うよ? それに、この耳かきも悪くない出来だと思う」


 美春はレイジから耳かき棒をひったくると、その場に正座して膝を叩いた。まさかの膝枕耳かきのお誘いだ。レイジは本当にいいのかと急にオロオロし始め、ショウヘイはそんなレイジを肘で小突いた。


 レイジがおずおずと美春の膝に頭を置くと、美春は微笑みながらレイジの耳たぶを摘み、耳かきを始めた。


 カリ、カリ。適度な力加減でヘラが耳の壁を撫でるように掻く。くすぐったいようで、気持ちいいと知覚する、まさに熟練技。聞こえる美春の吐息と合わさってこそばゆい。


 人肌のぬくもり、丸まった尻尾が後頭部に当たってモフモフさが心地いい。人肌恋しいレイジにとっては暖かく、優しい耳かきが心に染み渡るかのようにも思えた。


 耳かきの音が心地いい。ヘラ先が引っかかると、美春は耳垢を取ろうと適度な力でそこを集中して掻く。ちょうど痒みを感じるところでそんなことをやられたレイジは、声を漏らしてしまっていた。


「もう少し、奥まで行くね?」


「これ気持ち良すぎるのに……さらに奥いくのか……」


 レイジはカーペットを握り、快楽に耐えている。そんなに凄いのか。ショウヘイは思わず息を飲む。


 美春は真剣そのものだ。その手管に、レイジが撃沈される様はまさに神の領域とでも言うべきなのではないか。自分もやってもらいたい。美春はそんなショウヘイの想いを感じ取ったが、クスリと笑ってみせた。


「翔平は次、ね」


「うん!」


 耳かき棒を引き抜き、最後に吐息で細かい垢を吹き飛ばす。突然息を吹きかけられたレイジはまるで痙攣するようにびくりと震え、足に力が入りきっていた。


「次は反対だよ?」


「やべえ、翔平、俺ダメ人間になるわ……」


 反対側も同じように耳かきをされ、レイジは猫のように丸まって声を我慢している。今日ばかりはあのレイジが美春に手玉に取られているのだ。打ち寄せる快楽の波にレイジは抗う術を持たず、翻弄されるばかりだ。


 溶かされていく。快楽に溶かされ、体の力が入らない。暖かさが伝わってくる膝枕にモフモフの尻尾がレイジの精神を甘く溶かす。疲労に悲鳴をあげていた体が、歓喜に打ち震えているのだ。


「ほら、おしまい」


 美春はそう言ってレイジの頭を撫でる。レイジは恍惚とした表情で意識を手放していた。気持ちよさそうに眠っている。これは旅支度はまた今度になりそうだ。


 美春はそっとレイジの頭を膝から下ろして寝かせてやる。尻尾で頭を撫でてやると、レイジはとても安心したような顔になる。スヤスヤと眠り、朝までは起きないだろう。


「次、翔平だよ?」


 美春は再び正座しつつ、耳かき棒をウエットティッシュ(レイジの私物)で拭いている。歳下であろう美春に膝枕してもらうのが少し気恥ずかしくも思えるが、一緒に生活している仲であることも相まって、ショウヘイはそんなに抵抗なく膝に頭を乗せた。


 尻尾が頭を撫でる。モフモフで心地よい。レイジがダメになるわけだ。そして、耳たぶの溝を耳かきでカリカリと掻かれるのがこれまた気持ちいい。耳たぶを掻かれながらもう片方の手で耳たぶをマッサージされるのがなんとも言えぬ気持ちよさで、癖になりそうだ。


 気持ちいい、その情報がショウヘイの脳へ溢れんばかりに流れ込んでくる。掃除というよりはマッサージのようだ。


「中、いくね?」


 カリ、カリと美春が耳の浅いところを掻き始める。耳垢はないかと探るようにヘラの先で耳を撫でるように掻く。細かい耳垢が束になって取れ、その度に美春はそれをちり紙へ擦りつける。


「あまり大きいのはないかな……結構綺麗だよ」


「そう? ずっとしてなかったんだけど……」


「耳は自浄作用がある。あまり頻繁に耳かきしなくで大丈夫だよ?」


「でも気持ちいいんだよね」


「うん。困ったことにね。奥いくよ?」


 美春はさらに大物を探して奥を探る。優しい力加減で探るように耳を掻かれ、ショウヘイは体をビクビクと震わせている。痛いと思わないちょうどいい力加減。そして、ヘラがへばりついた耳垢に引っかかったような感触がショウヘイにもわかる。ガリッ、という音もした。


「みーつけた」


 美春は少し嬉しそうにしつつ、その手応えのあった耳垢をカリカリと引っ掻く。ふちを捲れさせ、そこから一気に取り除くのだ。絶妙な力加減で引っ掻かれ、痒いところが刺激されて更に快感が脳に伝わる。歯を食いしばって快楽に耐えるのがやっとだ。


 そして、とうとう貼り付いていた垢が取れた。最高に気持ちよく、ショウヘイは思わず声を漏らす。美春はそれを落とさないように慎重に耳から取り出し、ちり紙へと置いた。


「うん、あとは反対だね」


 そう言いつつ、耳に息を吹きかけて細かい垢を飛ばす。やはりショウヘイは体を震わせ、手を思い切り握りしめていた。


「反対、向いてくれる?」


「うん……どうしてこんなに上手いの?」


 ショウヘイはその場で寝転び、反対の耳を向ける。美春は同じように耳たぶを掻きながら、うーんと少し考えるように唸った。


「お母さんが教えてくれたから……かな?」


「美春のお母さんかぁ……今度会えるかな?」


「行けたなら、会いたいかな……」


 美春は耳の中を掻きながら呟く。元々は人狩りに誘拐されてここまで来たのだ。本来なら親元で暮らしているはずなのに。つまり、今回の旅行は美春を帰すと言う目的も兼ねているのではないかとショウヘイは直感する。あのレイジが忘れるわけもないだろう。


 この楽しい毎日も、もうすぐ終わりなのだろうか。ショウヘイはもの寂しさを感じていた。美春がいて、レイジがいて、ケイスケもいるこの家での毎日が楽しくて仕方なかっなのに、もう終わってしまうのだろうか。


 行かないで。そんな一言をショウヘイは言うことができずに飲み込むしか無かった。そんなことをつゆ知らず、耳かきを終えて美春はショウヘイの頭を優しく撫でていた。

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