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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第3章 鬼哭恋歌
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3-2 美春との1日

 朝の7時。ショウヘイはゆっくり体を起こす。窓からは日が差し、ショウヘイの体内時計をリセットする。あの戦いから時は流れてカレリアは冬になったようだ。朝は冷え込む。暖炉の排気管を家中に巡らせているおかげで、多少はマシになっている。


 隣で丸くなっている美春はまだスヤスヤと夢心地だ。どうも1人で寝ると怖い夢を見るらしく、このところショウヘイが添い寝しているのだ。ウィンザーのせいでトラウマを負ってしまったのだろう。


 こんないたいけな少女にあんな仕打ちをしたウィンザーを許せないと思いながらも、何も手出し出来なかったのがとても悔しく思える。だから、代わりに美春のケアをしてやろうとショウヘイは意気込んでいたのだ。


 そっと頭を撫でてやる。綺麗な金の髪の毛は秋に実る稲穂のように見える。ボロボロだった髪もアリソンの必死の手入れの甲斐あってサラサラのいい手触りになっている。今は寝ている耳も、フカフカの手触りだ。


「んぅ……? おはよう翔平……」


「おはよ。よく眠れた?」


「うん……ご飯……」


「当番の兄貴が起きてるといいけど」


 レイジもケイスケも起床ラッパの縛りが消えてからは失った体力を取り戻すかのように眠りこけていることが多い。携帯が使えない分夜更かしはしないのだが、それ以上に寝るのはどういうことだろうか。


「……大丈夫、台所から音がする……!」


 美春の耳がピクピク動く。これは好物を察知した時の仕草だ。美春が喜ぶものといえば、カリッとソテーしたソーセージだったり、チーズ入りのオムレツだ。まさか……とショウヘイが耳を澄ませると、台所からパチパチと音がする。何かを焼いているようだ。


「美春は耳がいいね……」


 そういえば美春は頭に狐耳があるが、人の耳はついているのだろうか。気になったショウヘイは撫でるついでにそれを確かめてみることにした。


 結論から言うと、一応人と同じような耳はあった。だが耳たぶは美春ほどの年齢の少女に比べて一回りほど小さいようにも感じる。頭の狐耳が集音するから人の耳はその分退化したのだろうか。


「耳、気になる……?」


「うん。2つも要るの?」


「近くのものを聞くときはこっちの方がいい」


 美春は人の耳の方を触る。どうやら無意識のうちに使い分けているらしい。生物は専門外なので、そういうものなのだと納得することにした。


「俺はモフモフな狐耳の方が好きなんだけどね」


「敏感だから……あまり触りすぎないでね?」


 ピコピコ動く耳やユラユラ揺れる尻尾がとても可愛らしく、思わずモフりたくなるものの、ショウヘイはその衝動に耐えて朝食を食べに行くことにした。これ以上のモフモフは目に毒だ。


 ※


 朝食は確かにチーズ入りオムレツとカリッとソテーしたソーセージにトースト、暖かいコーヒーというメニューだった。ケチャップをつけるとこれまた美味い。


「翔平、俺と皆坂今日からバイト行くから家事頼んだわ」


「うーす」


 今日からレイジとケイスケは雑貨屋でアルバイトすることになっていた。自衛官は副業禁止だが、レイジ曰く"異世界だからバレやしないし、金がなきゃ生きていけないんだから仕方ない"とのたまっていた。それでいいのか自衛官と思いながらも、金がなければショウヘイも美春も生活できないし、かといってまたトゥスカニアと戦闘にぶち込まれるのはご勘弁願いたかった。


「美春ちゃんと服でも買いに行って見たらどうかな?」


 ケイスケにそう言われた聞いたショウヘイは美春を見る。確かに服はルフィナにもらった服くらいしか持っていない。新しい服を仕立ててあげるのもいいだろう。


「そうしようかな……とりあえず掃除と洗濯だね」


「……頑張る!」


 美春はよく喋るようになっていた。少しずつ明るくなって来たのもいい兆候だろう。ショウヘイはそんな美春を微笑ましく思いながら、今日やるべきことを頭の中でピックアップし始めた。


「おっと時間だ。済まねえ翔平、皿頼んだ!」


「やべっ、行って来ます!」


 レイジとケイスケは席を立つと、飛び出すように出かけて行った。やれやれ、とそれを見送ったショウヘイは美春とともに皿をまとめ、流しへと持っていく。


「美春、俺が洗うから拭いて棚に戻してくれる?」


「うん!」


 美春は踏み台を持って来て棚の前へ置く。以前は棚に手が届かず悔しい思いをした故の行動だ。美春は耳を含めずに145cm程度だろう。棚はなかなか届かない。


 ショウヘイはアルバイト禁止の進学校通いではあったが、夏休みはこっそりアルバイトをしていた。皿洗いはそこで手に入れた技術だ。手早く綺麗にテキパキとこなす。


 それを美春が次々布巾で綺麗に吹き上げ、棚へ戻す。縁を棚の縁に合わせる——レイジ&ケイスケ曰く『面合わせ』をする事により、見栄え良く仕舞われていく。


 レイジとケイスケは調理しながらも使い終わったものから逐次洗っていたおかげでそんなに洗い物も多くない。すぐに洗い物は無くなってしまった。


「美春、次は洗濯物やろうか」


「取り込み?」


「うん」


 美春は濡れた付近をハンガーにかけておき、踏み台から降りる。早くやろうよとばかりに揺れる尻尾はショウヘイにモフりたいという衝動を起こさせるが、それでも我慢してみせていた。


 外に干していた洗濯物は既に乾いていて、冬の入りのせいもあってかヒンヤリとしていた。それを片っ端から取り込み、適当に山積みにして行く。とりあえず取り込んでから畳めばいいという考えだ。これはショウヘイが担当する。美春は背が届かないのだ。


 山積みの洗濯物を美春が畳む。男物の下着も混ざってはいるが、もはや美春は気にしていないらしい。大雑把というよりは、なぜ恥ずかしがるのか不思議にしか思っていないようだ。


「うは、兄貴の靴下穴空いてるじゃん。これは捨てようか?」


「あとで繕えばまだ使えるよ?」


「じゃ、その方針で」


 ショウヘイは微笑み、とりあえず穴空き靴下を列外へ置いておく。美春は家事に馴れたこともあり、テキパキとシャツも何もを畳んでしまう。もう教えることはないだろうとショウヘイは思いながらも、美春に負けじと洗濯物を畳む。


 母はいつもこんなことをしていたのだろうか。ショウヘイはふと思う。いつ帰れるかもわからないあの世界。帰りたいのか、このままの日常を享受したいのか、ショウヘイの心はまだ揺れていた。


 戻ればまた受験戦争に放り込まれる。人が死なないだけまだマシにも思えるかもしれないが……ここには、自分を自分として認めてくれる人たちがいる。歯車でも記号でもなく、個体として扱ってくれた。それが、ショウヘイの心を揺るがしていたのだ。


 ——前線に行けそうな部隊って……戦争になったら兄貴死ぬよ? 受験戦争の方がまだ誰も死なないだけマシだよ!


 ——受験戦争は人が死なない? じゃあ、精神はどうなんだよ?


 かつてレイジが言っていた。重圧に屈し、自分を見失っていたレイジが自衛隊へ入隊する前にショウヘイへ残した言葉だ。うちの親は悪い所を怒鳴りつけ、いいところは見ない。褒めることもなく怒鳴りつけるだけ。テストのたびにそれで、レイジが目に見えて疲弊していたことを薄っすらと思い出す。


 レイジはだからこそ、救いを自衛隊へ求めたのだろうか。何かで聞いたことがある。頭ごなしに否定し、過程より結果を否定し、行動より人格を否定して、出来ている事を無視して出来ない事を責める。それを繰り返せば自己決定能力を奪うのは容易いという。


 そうならないように、と自分は気を付けていた。自分だけが気を付けていた。だから、レイジが死ぬ事すらもどこ吹く風という考えがわからずにいた。レイジは自己決定せず、神崎零士の意思を殺して自衛官として判断していたのだ。バイトを始めるようになっただけ、少しずつ変わっているのだろう。


 あっちに戻ったとしたら、両親は何というだろうか。生きていて良かったと言ってくれるのか? 遅れた受験を心配するのだろうか? 疑念は絶えない。少なくともレイジを見ている限りは後者の可能性が高いと見える。


 こっちにいるほうが、自分でいられるのだろうか。未来が見えない。誰かの辿った線から逸れたから、その先がわからない。自分で道を拓くのだ。


「翔平? 終わったよ?」


 ショウヘイは我に返った。気付けば洗濯物は全て綺麗に畳まれ、カゴへ納められていたのだ。考え事をしているうちに意識が飛んでいたらしい。いけないいけないとショウヘイは首を振って意識を戻す。


「それじゃ、仕舞おうか」


 ショウヘイは美春とともにタンスへ洗濯物を仕舞っていく。雑念を振り払うかのように、ただ我武者羅に。


 ※


 午後は美春とともにお出かけだ。空のような水色のカーディガンとその下に見える白のカットソー、ベージュのスカートにローファーという、ルフィナからもらった服に身を包む美春はとても可愛らしい。思わず目を奪われそうになるがそれは我慢する。


「ところで美春、服買うにしてもどんな服がいいの?」


「予備があればいいから……こんな感じのでもいいと思う」


 美春は自分の着ている服を見る。それならすぐに見つかるだろう。ところで美春は故郷でどんな服を着ていたのだろうか。ショウヘイは少し興味をそそられた。


「故郷でどんな服着てたの?」


「巫女服……知ってる?」


「わー、狐耳巫女とか兄貴が泣いて喜びそう……って、前もこんな話ししてたね。懐かしいや」


 ショウヘイにはその姿が安易に想像できた。アリだな。そう思ってしまうあたりちょっと危ないかもしれない。ショウヘイは後で水を頭からかぶろうと心に決めていた。


「そんなに喜ぶものなの?」


「少なくとも兄貴とか一部の人にとっては」


 ショウヘイは確かに巫女服姿の美春も可愛いだろうとは思うが、レイジ程熱狂はしないだろう。何がどうしてあんなに兄貴がヒャッハーしてるんだ、とショウヘイはずっと謎に思い続けている。


 近所の服屋のショーウィンドウにフリルをあしらった服が飾ってある。美春はあまり興味を示していない。派手すぎるのだろうか。


 もちろん中にはありふれた服がそこかしこに並んでいる。美春のを選ぶついでに自分の服も選ぼうかとショウヘイは考えつつ、美春に付き添う。


 美春はどれにしようか悩んでいる間、尻尾や耳がピコピコ動き、これだと決めるとピンと立ったりする。そんな姿が面白くて、美春の服選びよりそっちを見ていた。


 美春は気に入った服を手に満足そうな顔をしてショウヘイを見る。可愛らしいその姿に、思わず心が温まる。そんな美春を少し撫でてから会計へ向かった。


 買い物が終わって店を出てからも、美春は紙袋を持って嬉しそうにしている。ルンルン気分とはまさにこのことだろう。こんなに喜ばれるなら買いに来て良かったとショウヘイは心から思う。


「美春、次はどうしようか?」


「うーん……石鹸、もうなかったと思うよ」


「やっべ、買いに行こう」


 ショウヘイはすっかり忘れていた買い物を美春のおかげで思い出す。石鹸なんてどこにでも売っているには売っているが……ただ買いに行くだけでは面白くない。だから、面白そうなことをすることにした。


「兄貴と皆坂さんの店行こうか?」


「うん!」


 ※


「いらっしゃいませ!」


 カランカラン、という鈴の音を台無しにするかのような野郎のデカイ声。慣れないエプロンを着たレイジがレジへ立っていて、ショウヘイは思わず笑いそうになっていた。


「なんだ翔平かよ。冷やかし?」


「石鹸買いに来たよー」


「んなもん帰りに買って来たのに……とりあえず美春が可愛くて元気出たからいいや」


 美春は尻尾を振っている。少し喜んでいるのだろうか。平常運転のレイジにショウヘイは何か少しだけ安心感を覚えた。奥からはケイスケと、いつものお姉さんも出て来た。


「おい皆坂、翔平が冷やかしに来たぜ。おっと、レーナさんまで来たか」


 長らく雑貨屋のお姉さんと呼んでいたあの人の名前はレーナと言うらしい。さりげなく女性のメアドゲットとでも言いたげなレイジの目に、ショウヘイは哀れみの目を向けた。


「いらっしゃい! 美春ちゃん、前より可愛くなったんじゃない?」


「そ、そうですか……?」


「うんうん! 服もよく似合ってるよ! 特別に割引してあげちゃう!」


「やった……!」


 美春は満面の笑みを浮かべる。最初に比べて美春は喜怒哀楽の表現が増えたし、言葉も多く交わすようになった。幸せそうな美春の姿を見ていると元気がもらえる。嗚呼、本当に良かったと思う。ショウヘイ はそっと美春を撫でた。


「ほいじゃま、俺の鍋つかみもついでに買っといてよ」


「レイジの分は通常価格!」


「うぇぇ……キツイっすよレーナさん!」


 レーナに背中を引っ叩かれたレイジは苦笑いを浮かべている。ケイスケはほうきを持って店内の掃除をしながらも、楽しそうに笑っていた。


「美春、晩飯は冷凍してるピザ生地あるから解凍して焼いて食べな。材料もあらかたあるぞー」


「はーい!」


「ちなみに醤油はもう少し我慢してくれ」


 レイジはうどんへの夢を諦めていないらしく、あの手この手を尽くして醤油を入手しようと躍起になっていた。


 カランカラン、と再びベルが鳴る。全員の目線が一気に入り口に集中し、レイジとケイスケがよく通る声でいらっしゃいませ、と出迎える。その男はフードをかぶって顔を隠すようにしている。怪しい、ショウヘイの本能が危険を呼びかける。


 男は無言のままレジへ駆け寄ると、懐からナイフを取り出し、レーナへ突きつけた。強盗だ。どうしてまたこう自分たちは事件に巻き込まれるのだろう。この巻き込まれ体質はどうにもならないものかと、ショウヘイはポルックスを実体化させようとして、フードが取れた男の顔に見覚えがあると気付いた。


「あ! あの時路地裏でカツアゲしようとしたもやし野郎!」


「うるせえ! あん時のガキか! どーでもいい、金出せ!」


 嗚呼、絶対これはまずいやつだ。どう考えてもやばい。レーナよりも犯人の方がやばい。ショウヘイは美春の前に立って庇うように位置取る。今までのレーナだけが店番なら強盗は成功しただろう。だが、今日は自衛官2人組がバイトをしているのだ。どう考えてもやばいのは犯人の方だ。


「なんや!」


「なんやなんや!」


「なんやコラなんや!」


 レイジが、ケイスケがなんや攻撃を繰り出す。ショウヘイも自然と反応してしまい、加勢した。もちろんあっけにとられる犯人。次の瞬間、ケイスケが繰り出したほうきの柄による鋭い刺突が犯人の手首に直撃。痛みに犯人はナイフを落とした。


「強盗逃げて、早く逃げて!」


「くたばれやゴルァ!」


「強盗死すべし慈悲はない!」


 レイジはレジのカウンターを飛び越え、手頃なところへあったフライパンを手に取る。ケイスケも犯人を叩きのめすべく、ほうきを振り上げた。堪らず犯人は逃げ出すが、レイジとケイスケは容赦しない。もちろん、折角の平穏な日常を謳歌しようとしたその出鼻をくじいたのだから烈火のごとく怒り狂っているのだ。


「待てやゴルァ!」


「いてまうぞワレェ!」


「お助けぇぇぇぇぇ!?」


 3人のリアル鬼ごっこinラドガは続く。この事件は翌日の新聞を飾り、犯人は警察の取り調べに対し、命があるだけありがたい。女1人の店番と思ったら死神2人が店番をしていた、と語ったという……


 ※


 家へ帰り着いた2人は夕食を用意して、テーブルへ並べていた。ちょうどレイジとケイスケも帰ってきたので、今日は全員で食卓を囲める。


「兄貴、帰り遅かったね」


「ポリースのお取り調べ。やりすぎだって怒られたわ」


「どこの戦闘民族だって言われましたね」


「2人とも、鬼みたいだったよ?」


 美春に鬼と言われた2人は少しショックを受けたように肩を落とす。少しはこれで反省してくれるといいなとショウヘイは思いつつ、ピザを切り分けている。


「そーいや、明日はパスカルにツラ貸せって言われてるんだったな。なんか詳細聞いた?」


「ううん、何も?」


「じゃ、迎えが来るまでみんなで爆睡してよーぜ」


 レイジはそう言って笑う。何時間寝る気だとショウヘイも笑いながら、夕食に用意したピザとグラタンとサラダをテーブルへ並べる。


 ——いただきます


 今日も1日を締めくくるかのように、いつも通りの声が響いた、

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