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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第3章 鬼哭恋歌
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3-1 戻った日常の中で

 あのオークとの戦いから1ヶ月。魔術を用いた治療もあり、レイジたちは全快していた。今日はレイジとショウヘイ、ケイスケに美春の4人でピザ作りに挑んでいた。ちなみにアリソンとルフィナはどこからかピザ作りと聞きつけ、試食に来ている。


 レイジもケイスケも戦闘服ではなく、ラフな格好で調理に励む。雑貨屋で買ってきた適当なジーンズやらポロシャツの2人は自衛官の服を脱ぎ、どこにでもいるような青年の姿だった。


「よーしショウヘイよ、薄力粉と強力粉のまぜまぜはできたな?」


「もちろん、薄力粉50グラムに強力粉200グラムだね?」


「班長は逆にして惨劇起こしましたよね」


「黙れ馬鹿野郎!」


 そんなことをしている間にも美春が塩を3グラム、砂糖を20グラム、ドライイーストを5グラム、オリーブオイルを20グラム測りとっていた。電子天秤という便利グッズはないので、天秤に重りを乗せて測っているのだ。


 全ての材料を投入し、水を170cc程投入する。あとは捏ねるだけだ。


「美春、やっちゃえ!」


「うん!」


 美春はショウヘイに言われるまま、捏ね始める。最初はベタっとしていて、泥か粘土のようだ。だが捏ねているうちに生地がまとまり始め、ひとつの球になる。潰せば弾力で押し返され、手に粘つきはするが、綺麗に生地がひとつの塊になった。美春はそれが楽しくなり始めていた。


 鷲掴みにした生地をボウルへ叩き付ける。それを繰り返す姿を見て、どれだけストレスがたまっているのだろうと薄ら恐ろしいと感じた。誰を想像して叩きつけているのだろうと、勝手に妄想して勝手に怖がる馬鹿野郎3人衆はそろそろストップをかけることにした。


「美春、そろそろ3つに分けてくれる?」


「3つに?」


「そうだよ」


 ショウヘイは生地をちぎり、丸めてみせる。レイジと美春も同じように丸め始める。手持ち無沙汰なケイスケはかまどの火力を調整する。暗号で温度を調節するかまどが一般的ならしく、パスカルから使い方を習い、漸く火力を思いのままに操れるようになったのだ。


「班長、余熱オーケーっす」


「ステイステイ、まだだ早まるな」


 丸めた生地をボウルへ戻し、ラップがないので適当に新聞紙を蓋にして乾燥しないようにする。これで15分ほど発酵させるのだ。


「皆坂、具材は?」


「ソーセージにトマト、ゆで卵にコーンを揃えてあります」


「パーフェクトだ皆坂」


「感謝の極み!」


 15分が経ち、ケイスケが新聞紙を外す。15分程度ではそこまで発酵していないが、パンではなくピザなのでそれほど問題ではないのだ。


「そんなに膨らんでないじゃない」


「お姉ちゃんの胸くら」


 アリソンはルフィナの口を無理矢理塞ぐ。レイジとケイスケ、ショウヘイは顔を見合わせた後、その生地に手を伸ばすが、即座にアリソンのチョップが3人を強襲した。


「揉むなバカ!」


「触らなきゃピザにならねえよ!」


「そうだ! 合法だ!」


「仕方ないんだ!」


「このスケべ!」


 ※


 3人の男たちは頬に綺麗な紅葉を作ってピザ生地を伸ばし始めた。丸く広げ、24センチほどに広げ、耳を膨らませる。ショウヘイは丁寧に伸ばし、綺麗な円を作った。そんな横で、ケイスケと美春がなにやらレイジを煽っていた。


「やっちゃえ! エース? エースしちゃう!?」


「レイジ……できたらかっこいい!」


「何々、お祭り?」


「レイジ、また何かしでかすの?」


 アリソンとルフィナもやって来た。ピザ生地でここまで煽られるというと、やることは1つに絞られる。


「バカ兄貴! 早まるな!」


「だが俺はやるぞー!」


 レイジはピザ生地へ回転を与えながら放り投げた。遠心力によってピザ生地は広がり、伸びながら上昇する。そして、上昇が止まり、落下が始まる。回転しながら重力に従って落下してきた。


 レイジはその生地をキャッチしつつ腕を捻り、回転を徐々に殺す。そして、綺麗に受け止めてみせたのだ。それをもう一度やってみせると、拍手が巻き起こっていた。


「おい皆坂、誰がエースって?」


「あはは、どこの誰ですかねー」


 ケイスケも真似てピザ生地を投げてみる。それは勢いをつけすぎたのか、バン、というよく響く音とともに天井に貼り付いてしまった。


「あー! ピザ生地が!」


「皆坂てめえ!」


「あれ掃除大変!」


「エースやらかした!?」


 美春が悲鳴をあげ、レイジとショウヘイは待ち構える掃除の事を考えてケイスケに詰め寄り、ケイスケは狼狽えた。アリソンとルフィナは爆笑し、呼吸困難に陥りかけていた。


 ※


「よーし、トッピング行くぞー!」


「おー!」


「おー!」


 レイジの号令に、ショウヘイと満面の笑みの美春が返す。ケイスケに関しては『私はエースをやらかしました』と書かれた板を首からぶら下げ、天井に張り付いたピザ生地の片付けを命じられていた。自業自得である。


 オリーブオイルを薄く塗ってからケチャップを塗りたくり、そこに切ったソーセージやゆで卵、コーンをばらまいて行く。そして蓋をするようにチーズをばら撒き、出来上がりだ。あとは焼くだけ。かまどに投入して焼くのだ。


 レイジはピザをかまどへ投入し、蓋を閉じる。腕時計を見て焼けるまでの時間を計算する。ケイスケは漸く後始末を終えて脚立を降りた。


「はんちょ〜……終わりましたよ……」


「おつー、あとは焼けるの待つ間にコーヒー淹れようか」


「じゃ、俺の出番だね」


 ショウヘイは雑貨屋で買ってきたコーヒーミルで豆を挽く。アーロンから習ったブレンドで、パンによく合うと聞いている。ならばきっとピザにもよく合うだろう。


 ドリッパーに湯を入れ、コーヒーを淹れる。香ばしい香りが辺りに広がり、食欲をそそる。コーヒーが滴り、ガラス製のポットへ落ちていく様子を美春は興味津々に見つめ、ブンブン振るわれる尻尾に突撃したおバカな野郎トリオは揃いも揃ってモフモフにダメ人間にされていた。


 モフモフに骨抜きにされたレイジだが、腕時計のアラームが鳴り、なんとか立ち上がる。ピザが焦げてしまう。その前に出さなければ。レイジはピザを取り出すために両手にフライ返しを持ち、かまどの扉を開けた。


 こんがり焼けたピザからチーズのいい匂いがする。ジュウジュウとチーズが膨らんでは弾け、思わずかぶりつきたくなるがぐっと堪え、両手のフライ返しを器用に動かしてピザを引き出し、皿の上に滑り込ませる。それをもう一度。


 それをピザカッターを構えていたケイスケが綺麗に8等分にする。切断面のチーズがカッターに引っ張られて伸び、具材をこぼすまいとしているかのように包み込む。嗚呼、なんと食欲をそそるのだろうか。


「よし焼けたぞ! 翔平、コーヒーを! 皆坂は皿を分派、美春はピザを皿に載せるんだ!」


「イエッサー兄貴! 美春!」


「ピザ、準備よし……!」


 美春はピザを乗せた大皿を持ってワクワクしている。ショウヘイはコーヒーカップを並べてはポットでコーヒーを注ぎ、美春はケイスケが皿を並べたところへ次々とピザを配っていく。この間にレイジは使ったものを洗う。そうすることで後の片付けが楽になるのだ。


「片付け終わったぞー。そっちは?」


「出来たよ、後は食うだけ」


 ショウヘイは既に席に座っている。アリソンとルフィナは待てをされたようで、よしが出た瞬間ピザに飛びつかんばかりの勢いだった。


 こりゃ早くしないと俺が(物理的に)喰われると判断したレイジは滑り込むように着席する。レイジも腹が減ったのだ。久しぶりの携行食ではなく、みんなで作った暖かい飯。心すらも凍るような極寒の演習場で何度も求めたもの……レイジは、友や兄弟と食卓を囲めることに感謝しながら、その手を合わせた。


 ——いただきます


 そんな一言がありがたく思える。懐かしくも、何か暖かく思えて仕方なかった。


 ※


「あー美味しかった……!」


「……満足。また作ってくれてもいい」


 アリソンとルフィナは満足したようで、椅子に深く腰掛けて幸せそうな顔をしている。仕方ない。モチっとしたピザ生地にこんがり焼けた具材とケチャップの甘みが絶妙な美味さだったのだ。レイジは満足そうに皿洗いを始める。


「班長、俺やります」


「いいよ、休んでろ。ここは自衛隊じゃねえんだから気を遣わなくていいよ。美春の遊び相手にでもなってくれ」


「班長はいいんすか?」


「いーの。みんなが幸せそうな顔してるなら俺はどーだって」


 レイジは自分のことは後回しに誰かを笑わせたいと言う。ケイスケはよくレイジと出かけたりバディとして行動したりしているが、いつもそうだ。大丈夫と言って全部1人で抱えてしまう。


「俺もやりますよ。班長1人じゃ皿割りそうですから」


「ぶっ飛ばすぞこのやろー。俺がそんなエースとでも?」


「夜の演習場で自分の掘った掩体の場所忘れた挙句、落っこちたのどこの誰です?」


「うぐっ」


 痛いところを突かれたと固まるレイジの隙を見て、ケイスケは横から入り込み、皿洗いを始めた。


「学生時代のバイトで培った腕見せちゃるけんねー」


「見せちゃるけんねー、って、お前九州生まれじゃねーべ」


「へへ、バレました?」


「バレるもクソもお前が埼玉ってことは知ってるから。宇都宮の餃子また食いてーな」


「俺は飽きましたよ」


 はは、と2人は笑いながら皿を洗う。ケイスケは陸士ということもあり、入ってすぐの頃はよく小間使いばかりさせられていた。どんな無理難題でもやらなければならないし、1中隊の同期も少なく、上の陸士はそんなに手伝ってはくれない。ほとんどケイスケに押し付けられるような形だったのだ。


 そんなケイスケを最も手伝っていたのはレイジだった。レイジは最短で昇任試験をパスしたため、陸士であった期間は1年程度。それもあいまって、後輩の面倒を見る機会が少なかったのだ。だからこそ、ケイスケを放っておけなかったのだ。


「……班長、なんで俺のこといつも助けてくれたんです?」


「オタク仲間ができて嬉しかったから」


「そこ!?」


「それもひとつだけどさ、まーなんか放っておけなかったんだよ。ほれ、一個上にとんでもないクソ野郎がいたしさ」


「あー……奴は先輩って呼びたくないっすわ。走ればどんケツ、自分はやらかしてばかりのくせに人にはネチネチ」


「そそ、あのアホがお前に目つけてたから俺も昔を思い出したわけで」


「班長には助けられましたよ」


「レンジャーじゃその分助けてくれただろ?」


 レイジは笑ってみせる。山道で足を挫いてしまい、自力での下山が厳しい状況に陥ったレイジの背嚢の中身を持ち、肩を貸してくれたのがケイスケだったのだ。


「バディを見捨てないのがレンジャーでしょ?」


「言うねえ」


 2人は笑いながら皿洗いを続けた。階級も年の差も忘れて、2人はバディなのだ。

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