表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第1章 未知との出会いは唐突に
5/66

1-4 兄の苦労

 暗い闇の中、俺はポツリと浮かんでいた。何もない、黒で塗られた球体の中に閉じ込められたような感じだ。何もない。孤独だ。それが恐怖心を煽る。もし、ノイズや暴風でも吹き荒れていたなら、少しは安心できたのかもしれない。


 重力も浮力も何も感じない。光はない。出口も何もない。自分の存在すらあるかどうか怪しい。恐怖が心を満たしていく。このまま自分は消えて、何もない空間に同化してしまうのだろうか。


 どうせいつもそうだ。俺という個なんて誰も見たりしない。周りに溶け込んで消えてしまう。それだけのものだ。無くした歯車は代わりをはめ込めばいい。それだけの話なのだ。


 目を閉じてしまおう。きっと、眠るように安らかに消えてしまえるだろう。眠りに落ちる瞬間、誰かに引っ張り上げられたような気がした。暖かい。湯船に沈んでいるような気分だ。


 だけど、次に目が覚めると光があった。窓から差し込む穏やかな陽光が眩しい。思わず手で目を覆ってしまう。傷だらけで、ゴツゴツとした指。俺はまだ生きているようだ。


 レイジはゆっくりと体を起こす。ズボンが皺くちゃだ。プレス(アイロンがけ)をしていない。これは分隊長にドヤされる。小隊長からも呼び出しを食らう。そう思ったところで、自分がいるのが駐屯地ではないことを思い出した。


 ふかふかのベッド、大きい窓に女の子らしい可愛らしい部屋。そこでレイジの脳みそはやっとまともに動き始めた。客間じゃない。ならばここはどこなのだと。


 Tシャツを誰かがつまんでいる。ルフィナだ。綺麗な銀髪はあちこち好き放題な方向を向いている。動揺しても仕方ない。お互い服はちゃんと来てる。ならまず間違いは起こしていない。レイジはゆっくり昨日の記憶を手繰り寄せる。


 ショウヘイとビンタ対決した後、ルフィナに部屋まで引っ張られてそこで治療を受けていたのだ。それで、2人揃っていつの間にか寝ていたようだ。レイジは美少女の添い寝というこの状況を役得と思うことにした。


 レイジがもぞもぞ動いたせいか、ルフィナが目を覚ました。そして、レイジの姿を見るや否やルフィナはふにゃりと笑みを浮かべてみせる。


「おはよう、レイジ」


「おはよう」


 レイジはうっかり見惚れそうになり、目をそらす。普段男しかいないむさ苦しいところで生活していたのだ。耐性は皆無に等しい。


「よく眠ってたね……怪我、痛くない?」


 レイジはやっと頬が腫れていたことを思い出した。棚に置いてあった手鏡で見てみると、頬の腫れは引いていた。もう大丈夫なようだ。


「大丈夫だ。治療、ありがとな」


「ううん、面白いものを見せてくれたからそのお礼」


 ルフィナはクスリと笑って答える。一本取られたとばかりにレイジは苦笑いを浮かべて角刈りの頭をかきむしった。


「ご飯、食べに行こう」


「ああ。道案内頼むよ」


 レイジは半長靴を履くとルフィナの後ろにくっついて広間へと向かった。慣れない広い廊下は上官が歩いていないから一々敬礼する必要がない。それがなんだか寂しく思えていた。


 特に道中はこれといったこともなく広間に到達する。そこには既にレイジとルフィナを除いた面々が勢ぞろいしていた。つまり、レイジは珍しく寝坊したということだ。


 レイジにはゼップの館はかなり特殊な事情があるように思えた。この館は大きいのに、住んでいるのはゼップとアリソン、ルフィナに加えて護衛兼家政婦の3人組。いくら何でも少な過ぎはしないだろうか。もっと人を雇って館の維持をしそうなものだが、この世界の貴族はこんなものなのだろうか。ショウヘイも同じように疑問に思っていた。


「どうした? そんなにキョロキョロして……ああ、館が珍しいか?」


 パスカルがショウヘイに声をかける。ゼップは護衛の3人も食事に同席させるようで、館に住んでいる6人プラス2人が一堂に会しているのだ。


「まあ、それもそうだけど貴族のイメージと違うなーって思ってさ……」


 その一言にゼップは苦笑いを浮かべる。レイジとショウヘイ以外も全員そんな感じだ。何かあるのだろう。


「まあ、ゼップは庶民派だからな……」


「うるさいぞハミド。一緒に食事を摂ったほうが絆も深まるというものじゃないか」


「俺たちゃ傭兵ですけどね」


 だから円卓なのかとレイジとショウヘイは理解した。円卓の騎士のお話のように、上座も何もない。力のあるものが平等に座れるのだ。


「まるで円卓の騎士だな」


「円卓の騎士? 何だそれは?」


 ショウヘイの呟きにアーロンが興味を示した。ショウヘイは余興がてらに円卓の騎士の物語を話し始める。ゼップたちも話に夢中になるが、既に知っているレイジだけは変わらずフレンチトーストと紅茶に舌鼓を打っていた。


 アーロンの作ったフレンチトーストは美味い。外側がカリッと、中はトロリ。絶品だ。程よい量のミルクと砂糖を入れた紅茶もまた格別。レイジは普段食べられないようなものを心の底から堪能していた。駐屯地の飯は美味いが、貴族の食事は格別だ。


 ショウヘイが話を終える頃にはレイジは食事を終えていた。ご馳走様でしたと合掌して席を立つと、顔を洗うために洗面所へと足を運んで行った。


 ※


 数時間後。ゼップは執務室から庭の様子を眺めていた。半長靴にズボンとTシャツ姿のままレイジがランニングをしている。外で庭いじりしながらそれを眺めるルフィナが人ならざるものを見る目をしているのは気のせいではないだろう。ルフィナは体力がないのだ。体力が有り余るレイジが化け物に見えるのだ。かれこれ1時間くらい走っているのではなかろうか。


「パスカル、あの2人をどう思う?」


「ゼップの言う通り、クロノスの招き人だろうな。今の所敵意はなさそうだが、ヤバイ時は俺が殺る」


 パスカルは手首を返して一瞬だけ暗器を出す。細く鋭利な刃は真っ向勝負では使えそうにないが、奇襲での一撃なら猛威を振るうだろう。


「そうか……こっち陣営に引き入れられると思うか? 結界を貫通できるあの銃、こっち陣営に入れられたらかなりの戦力になるだろう」


「……反乱軍制圧のための、か」


 パスカルは窓に指先で触れ、ランニングするレイジを追う。ショウヘイはアリソン、ルフィナと庭いじりしている。


「まあね。それに、アリソンとルフィナは少し変わる必要があるから、いいきっかけになるはずだ」


「あの2人に変わる必要があるのか?」


「ああ。2人はまだ現実の厳しさを知らない。それを知るきっかけになってくれるんじゃないかな?」


 パスカルは何も言わなかった。自分の主人の方針に逆らう気はないが、心の中では疑問を感じていた。あの2人の少女が変わる必要があるのだろうかと。


「パスカル、あの4人を買い物に行かせる。影から見守ってやってくれ」


「監視の間違いだろ。武器はどうする?」


「返してやれ。何かあったら使わせてやれ」


「御意。第一王子閣下」


 パスカルは踵を返すと、保管してあるレイジの装備を取りに向かった。部屋に残されたゼップは、窓の外で腕立てをする兄弟に目をやっていた。


「僕の助けになってくれるか、試させてもらうよ」


 ゼップの真意を知らない兄弟は、姉妹の声援を受けながら腕立て伏せに勤しんでいた。痙攣する二の腕を叱咤し、体を無理矢理持ち上げようとする。その姿にゼップはクスリと笑っていた。


 ※


 昼食を済ませ、外出が決まったレイジとショウヘイは服装を整えていた。2人とも最初に着ていた服装に、必要最低限の荷物を持っている。ショウヘイはリュックの中身を空にして背負い、レイジは銃を手に持ち、背嚢は荷物を入れるために中身を最低限だけ入れて持っていく。勿論、LAM(ロケットランチャー)は置いていく。あんな物持って歩くのはごめんだ。レイジはそう語った。


「見れば見るほど珍しい服装よね……」


 アリソンはショウヘイの制服をまじまじと見つめる。どうやら、タータンチェックに興味が湧いたようだ。新しいドレスはこの柄にしようかしらなどと呟いている。もしかしたら自分が新しい流行を作るのではないかと、ショウヘイは心の中でうろたえていた。


 ルフィナは何も言わずにレイジの迷彩服の胸元を引っ張る。ダイヤと月桂樹からなるレンジャー徽章が気になるようだ。


「言っておくけど、あげられないからな」


「……わかってる」


 そういうルフィナは明らかにしょんぼりとしている。レイジはその顔を見て僅かながら罪悪感を感じていた。だけど、そう簡単にあげられるものでは無いのだ。


「代わりにこれを貸すから機嫌なおしてくれよ……」


 レイジは肩に付けていた小物入れを取り外してルフィナに渡す。二の腕にバンドを巻き、戦闘服の肩にある肩章で固定する外付け式の小物入れだ。ベルクロには中央即応集団のワッペンが貼り付けられている。


 それを肩に付けたルフィナは嬉しそうに笑みをこぼした。年相応の可愛らしい笑みだ。


「そんな事はいいから、早いところ行くぞ。晩飯の買い物をしなきゃならないんだからな」


 パスカルは黒いブーツを履き、黒のズボン、ライトグレーのシャツの上からグレーのロングコートを着ている。いかにもダルそうな表情だが、眼光の鋭さは鈍らない。


「パスカル、今日の夕飯は何?」


 アリソンがパスカルの顔を覗き込みつつ訊く。それにパスカルは一片の動揺も見せることなく返答した。


「ゼップのご要望でステーキ」


 それを聞いたアリソンは両手を挙げて喜ぶ。ルフィナはステーキに喜んでいるのかどうかは分からないが、薄く笑みを浮かべている。レイジは小さい頃の自分とショウヘイの姿とそれを重ね合わせていた。自分たちもそんな時があったなと感慨深くなった。


「早いところ行くぞ。売り切れが怖い」


 パスカルはそう言って4人を急かす。案外、家庭的な一面もあるようだ。4人はパスカルの引率のもと、館を出て街へと出かけていく。健康的な事に、街までの移動は徒歩だ。


「……パスカル、疲れた……」


 歩き始めて10分もせずにルフィナがしゃがみ込み、そんな事を言い出した。アリソンはそんな姿を見て苦笑いを浮かべる。


「あちゃー、この子体力なしなの忘れてた……」


「行くも引くもままならない……ルフィナ嬢連れてきたのミスかもな……」


 ルフィナはうう、と呻いている。レイジはその姿を見て、初めての行軍を思い出していた。足が痙攣して歩けなくなった奴がいたっけ、懐かしいな。その時は肩を貸して歩ききったが、今回は荷物はそんなにない。ならば、ルフィナくらいの体重なら背負って歩けるだろう。多分、レンジャー訓練の時に持った荷物の総重量よりは軽いはずだ。


「ほらよ、乗れ」


 レイジはルフィナに背中を向けてしゃがむ。ルフィナを背負って歩く気なのだ。街までは2kmほどの道のりで、平坦だ。だから、重い荷物を持って道無き道を歩いていたレイジにとっては大したものではないのだ。


「ん……ありがとう……」


 ルフィナはのそのそとレイジの背中に乗っかる。そして、レイジの肩にしっかり掴まると、そのまま全体重を預けた。レイジはルフィナの重さも物ともせずに立ち上がると、銃を負い紐で首からぶら下げ、ルフィナの膝裏を手で支えた。


「よし、行こうぜパスカル」


「いいけどバテるなよ」


 パスカルはそう言うと先頭を歩き始める。アリソンは時折レイジの方をチラチラ見てルフィナの状態を見る。レイジの心配は全くしていないようだ。ショウヘイと腕立て腹筋をしたり、持続走をしているのを見ていたから多少は安心しているのだろう。


 ルフィナはレイジの背中に揺られ、スヤスヤと寝息を立て始めた。レイジはタクシー代わりにされても嫌な顔をするどころか、涼しい顔で歩いていた。


「本当、兄貴の体力って人間超えてないか?」


 ショウヘイはため息まじりにレイジに言うが、レイジは何を言っているのかわからないといったふうに答えた。


「誰でもこれくらいはなるぞ? 演習なんてクソ重い荷物持って何十キロも歩かされた挙句、戦闘までさせられたからな。レンジャーなんてもう地獄。それに比べれば美少女背負って2km歩く方が楽なんだよ。」


「……お前、つくづく苦労人なんだな」


 パスカルはレイジに哀れみの目を向けていた。一般人から見れば頭がおかしいとしか言えないような訓練に日々勤しんでいるのだ。何でそんなことをやるのかと人は訊く。答えはひとつ。人を守るために自分を犠牲にしているのだ。


「働かずに食う飯ほど不味いものはねえぞ」


「タフな奴だ。気に入った」


 パスカルは静かに笑みを浮かべると、再び前を向いて歩き出す。鬱蒼と茂る森林が目の前に広がっている。まるで、自分たちを飲み込もうとしているかのようだ。森林の中へと続く道はレンガが敷かれ、道路のようになっている。これがなければ遭難してしまうのは確実だろう。まるで富士の樹海だ。


 レイジは恐れることなく森に入っていく。ショウヘイにはパスカルの先導があるとはいえ、見知らぬ森林に入って行くのに恐怖心を抱いていた。危険な野生動物が出るのではないか、道に迷って帰れなくなるのではないかと心配でたまらなくなった。


 暗闇は死を連想させる。それが恐怖を煽っているのだろう。パスカルたちは何度もこの暗闇を通ってきたから恐れることなく通れる。初めての自分は死が怖いから当然だ。ならば兄貴、レイジはどうなのだろう? 死を乗り越えたのか? それとも、恐怖という感情が麻痺しているのだろうか?


 いくら考えても答えは出ない。そうこうしている間に森を抜けてしまい、思考は中断された。目の前には中世ヨーロッパを思わせる赤い屋根の家が立ち並ぶ街が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ