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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第2章 異世界の生活
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2-27 辿り着いた場所

「……以上が、作戦の顛末です」


 リョーハはラドガ駐屯地の連隊長室でゼップへ報告していた。作戦完了から2日が経過している。ありとあらゆる記録を探しても、シュターレンベルグとヤーリの痕跡は無く、本当にこの世に存在しなかったことになっているらしい。恐らく、知らないだけで他にも同じような者はいるのだろう。


「パスカルからも聞いている。王にはオークの脅威は減ったと報告するけど……君はどう思う? オークたちの腕、調べたらどいつもこいつも鍵の刺青があった」


「刺青、ですか……」


「反乱軍、ライプシュタンダーデの連中はみんなつけてる。ワッペンにせよ刺青にせよ。君も留意しておいてくれ。ルナチャルスキー軍曹。いや、中尉殿?」


「……わかりました。連隊長殿」


 リョーハは何もリアクションを見せず、連隊長室を後にする。ゼップはそれを見送り、瞠目して静かに笑いつつ、何もないはずの空間へ声をかける。


「パスカル、聞いていたんだろう?」


 何もないはずの空間が歪み、パスカルが姿を現わす。透明化して隠れていたのだ。パスカルはため息を一つ吐いた。


「ああ、大体な。この前邸に来た連中もオークも、狙撃兵もグルだろう。時空の歪みの向こうを隠れ蓑にしているんじゃねえか?」


「出たり消えたりするアレをどうやって行き来しているんだ? どこへ出るかもわからないんだろう?」


「それを解決するのが俺たちだろう? 護衛とは名ばかりの俺たちが、な」


 パスカル、ハミド、アーロンの3名はゼップの個人的な護衛というのが今の立場だ。時折トゥスカニアとともに作戦に当たるが、それはゼップがその間だけ連隊長権限で編入しているだけに過ぎず、実際のところは『軍の規律や上の命令などのしがらみに捕らわれない手駒』なのだ。


「まあね。頼んだよ、僕が王位に就くまでは君たち暗号屋の働き次第なんだから」


「クロノスの招き人、反乱軍。この問題の解決の糸口を見つけた者なら、カリニスの神託も下るだろうってか? それは保証はしねえよ」


 それだけ言うと、パスカルは窓から飛び出していった。また諜報活動へ出かけるようだ。働き者な傭兵だとゼップは感心しつつ、窓の外を見続けていた。


 ※


 ショウヘイは軍病院で目を覚ますまでに2日を要した。現地の野戦病院で応急処置を受けた後、最寄りのオウル軍病院へ担ぎ込まれたのだ。それはレイジも同じで、目を覚まさないまま隣のベッドで眠り続けていた。


「ショウヘイ、まだ寝てなきゃダメよ?」


「わかってるよ……」


 お見舞いに来てくれたアリソンがベッドの側でリンゴの皮を剥いてある。お見舞いに来たはいいが、疲れてている美春は椅子に座りながらショウヘイのベッドへ突っ伏し、眠っていた。


「兄貴、起きないね……」


「ルフィナが手当てしたのはいいけど、本当に死ぬギリギリだったもの。目が醒めるまでには時間がかかるわ。生きてるんだからいつかは起きるわよ」


 レイジが一命を取り留めたのは本当に奇跡だったといえよう。ケイスケの圧迫止血と暗号の甲斐あって、失血死より先にルフィナの詠唱が終わったのだ。


「俺も安静、か……」


 ショウヘイは手を握りしめる。銃は照準を覗いて撃つことができず、適当な狙いで敵の武器を奇跡的に弾くだけに終わった。それが刀に持ち替えたらどうだろう。慣れた手つきでオークを切り捨てられたではないか。


 レイジが、ケイスケが抵抗なく撃てるのも訓練の甲斐あって、なのだろう。まだオークを斬った時の感触が、この手に残っている。これが、命を奪う手ごたえなのだと言わんばかりに。


「まあ、あんたはよくやった。それでいいの!」


 アリソンはそっとショウヘイの頭を撫でる。もう子供じゃないよと言いたかったが、それがどうにも心地よくて……払いのけることも抵抗することもせず、されるがままに撫でられていた。


 ※


 視界が悪い。物凄い吹雪の中に立っているのだから当然だろう。後ろには山が聳え、例外なく雪化粧に覆われている。自分が立っている大地も雪が降り積もり、全てを凍りつかせていく。絶対零度にはまだ遠く、されど体を全て凍てつかせるかのような極寒の世界がそこにはあった。


 その視界の先に薄っすら見えるものがある。雪の中地面に突き立てられた89式小銃には、見慣れたてっぱちが被せられていた。バトルフィールド()クロス()じゃないか。なぜここにある?


 それも一つではない。ひとつふたつ、数えてみれば7つはそこにあった。1個分隊分といったところだろうか。括り付けられたドッグタグ(認識票)に刻まれているのは、全て自分のいた分隊の人たちの名前だった。そこにないのは自分とケイスケのものだけだ。


 89式小銃の中に、紛れ込むようにエクリプスMk-Ⅲが突き立てられている。被せられたピッケルハウベはトゥスカニアのものだろう。括り付けられたドッグタグを、凍え、赤くなって感覚すらも失った手で手に取り、見てみる。どれも知らない名前ばかりだ。その中でも、シュターレンベルグ、ヤーリの2名のものがあった。


 シュターレンベルグは面識はないが、ショウヘイが一緒にいたという。ヤーリは途中一緒に戦った。そして、目が覚めたらそこに2人はいなくなっていた。死んだのではない。パスカルやリョーハ曰く、生まれてこなかったことになったのだ。


 凍てつく世界の墓標に、1人だけ立っている。行くべき道もわからず、ただ立ち尽くし、死を待っているだけなのだろうか。


 吹雪の先に人影が見えた。白。そう認識したのは、愛しいと思う彼女、ルネーの姿だ。


「ルネー……」


 ルネーは振り向く。悲しげな顔をしているようにも見える。レイジはおぼつかない足取りで、ルネーの元へと歩く。


「レイジくん……生きて。まだ貴方は生きて」


 何を言っているんだ? レイジは極寒の中で思考すらも鈍り始めていた。ただルネーの元へ行くことしかもはや考えていないのだ。


「背追い込まなくていいのに……貴方のせいじゃないのに……」


 何を言っているんだろう? もう少しで触れられる。そんなところで、誰かに足を掴まれたかのように、レイジは倒れ、雪の中に埋もれてしまった。ルネーはそんなレイジを、憐れむように見つめていた。


「どうして、無数の死を背負っているの?」


 次の瞬間に見えたのは、白銀の雪ではなく白亜の天井だった。伸ばしていたのは凍える手ではなく、しっかりと血が通い、肌色の手だ。体はうまく動かないが、どうやら生きていたようだ。


「……あれ?」


「あ、起きた……」


 そんなレイジをルフィナが見下ろしていた。地味に銀髪が目に入って痛い。レイジはゆっくり世界に色が戻るかのように、意識が覚醒し始めた。


「ここは病院か?」


「……そう。5日は寝てた。私が手当てしなければ死んでた。感謝して欲しい」


「あざーす」


「……誠意を感じない」


 ルフィナは少しふくれっ面でレイジの腹を軽く叩いた。手当てしたとはいえ、傷はまだ完全には塞がっていないのだ。レイジは腹を押さえて悶絶する。


「いてーよバカ!」


「……それで済んだんだから感謝してよ」


「それはまあ……助かったよ」


 ルフィナはこつりとレイジの頭を叩く。心配させるなどでも言いたげだった。


 窓の外には青空が広がっている。銃声や爆煙に包まれた戦場ではなく、人々の喧騒に包まれた街並みが広がっていた。非日常な戦場から帰り、ようやく日常に戻ってきたのだ。


 そろそろ旅行でも行こうか。ゆっくり休んで、また日本へ帰る方法を探そう。目的をかなり外れて戦っていたが、きっとこれも、何かに繋がるのだろう。


 レイジはもう一度目を閉じ、しばしの眠りについた。


 ※


 眼が覚めると、リョーハがいた。どうやらお見舞いに来たはいいが、レイジが爆睡していてどうすべきか迷っていたようだ。


「起こしちまったか?」


「勝手に起きたのさ。どーした?」


「見舞い」


 リョーハは小さなカゴいっぱいのクルミを差し入れに持って来ていて、ベッド近くの棚へそれを置く。そして、そこからクルミを2つ取り出すと、手のひらで握りつぶして自分で食べ始めた。


「今回の作戦の成功で、参加した連中にはごっそり報酬が払われたってよ。お前も金持ちだ」


「もうしばらくドンパチは行かねーぞ。しばらく休みながら帰還方法探すわ」


「そうするといいだろ。帰れるといいな」


「あの時空の歪みの先は?」


「廃墟」


「ハズレか」


 レイジは気を落とす。日本に繋がるものではなかったのだ。今度はいつどこへ繋がる時空の歪みが現れることか。レイジは気が遠くなりそうだった。


「気を落とすな。何年かかろうとも、な……」


 リョーハは何か遠い目をしていた。何かを見ているようで何も見ていない、虚空を見ているかのような目をしていた。レイジの疑念が確信に変わりつつある。ひとつの仮説が、レイジの中で確信になりかけていた。


「それじゃ、俺は駐屯地に戻る」


 リョーハは踵を返して病室を出ようとする。今しかない。レイジはリョーハを呼び止める代わりに、ある単語を言う。リョーハに聞こえるように。


「ベスラン」


 リョーハが足を止めた。病室を重い雰囲気が漂う。急に空気が重くなったのは、レイジが地雷を踏んだからだろうか。それでも、レイジは続けた。


「リョーハ、お前たちは何者なんだ? スペツナズか? ヴィンペル部隊か……アルファ部隊か?」


 ベスラン、リョーハの呟いた単語で、レイジにはひとつだけ覚えのあることがあった。ベスラン学校占拠事件。ロシアの北オセチア共和国ベスラン市の学校で起きた人質事件であり、多くの子供を含む人質が犠牲になった事件である。


 そして、その事件解決のために投入されたのが特殊部隊(スペツナズ)アルファ部隊とヴィンペル部隊だ。レイジはリョーハたちの動きを、話から、その疑念を強めていたのだ。


「どうしてそう思う?」


「この時代の兵士にしては動きが俺たちに近い。それに、オークどもの封鎖を突破するときにお前とグリーシャが先行しただろ? その時聞こえた銃声がおかしすぎる。エクリプスの弾とは違う音に、発射間隔が短すぎる。連射が効く銃隠し持ってるだろ? あとは……報告書で読んだと言っていたが、狙撃兵相手にLAMを撃つなんて発想、その場でできるものじゃないだろ」


「……スペツナズ、か。CRR(中央即応連隊)はよく見てるな」


「なんで俺の所属を……」


 リョーハはレイジが二の句を告げる前に病室を後にした。そこにはレイジが不完全燃焼のまま、取り残されていた。


「リョーハ……お前もクロノスの招き人か? お前は何年、この世界に閉じ込められているって言うんだよ……?」


 ため息をつくレイジの枕元に、ちょこんとルネーが座っていた。いつの間に、なんて野暮な事は言わない。レイジは体を起こそうとするが、ルネーがレイジの胸にそっと手を当て、それを制した。


「まだ寝てなきゃダメ」


「そうするかな……ルネーがいてくれるならゆっくり休めるし……」


「すぐに恥じらいなくそんなこと言うんだから……」


 ルネーはそう言いながらもレイジの髪を撫でる。少し伸びてきた髪がサラリとした手触りで、ルネーは気に入ったようだ。そんな事はつゆ知らず、レイジは心地好さそうに目を閉じる。


「今回はやばかったよ」


「まだ死なないでって言ってるのに……」


「ルネーは、どうして俺に死んでほしくないのさ?」


「……必要だから。今はそれしか言えないわ。いつか、話せるようになるまで待てる?」


「……仕方ない。ところで、いつも出てはすぐ消えるけど、ルネーは……俺が見てる幻なのかい?」


「いいえ、ちゃんとここにいる。触れているのも話しているのも、全部現実」


 ルネーはレイジの手をつかみ、頬に触れさせる。確かに上質な絹のような手触りの頬がそこにはあった。ちゃんと、触れているのだ。


「もう、どれだけ疑り深いのよ?」


「仕方ないだろ。何があるかわからんような世界にぶち込まれて、何を信じたらいいのかわからないんだから……」


「私を信じてくれれば、それでいいわ。レイジくんは大丈夫。私が保障する」


 ルネーの手がレイジの頬を撫でる。その言葉がレイジの心を甘く溶かすかのように響く。ルネーの手が心地よく、レイジはまたいつものように意識を手放し、深い眠りに落ちていった。


「……そう、信じて。私の願いを叶えてくれるなら、レイジくんのこと、守ってあげるから……」


 レイジが目覚める時には、既にルネーはいなくなっていた。また夢でも見ていたかのようにも思える。窓から差し込む朝日が早く起きろと急かす。今度は何をしようかと、レイジは少しだけ期待に胸を膨らませることにした。

今回で2章は終わりとなります。3章も鋭意執筆中です。来週も投稿できるかは進捗次第となります。(新作の構想もしているのでペースダウンしています)

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