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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第2章 異世界の生活
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2-26 蜘蛛の巣にかかって

 レイジは敵と、無数に伸びる足場を頼りに対峙している。100m以上離れたところの人影に撃ち込まなければならない。照準器の射距離メモリを100mに合わせ、足場を次々飛び回り、射撃タイミングをうかがう。


 目は移動先と敵を交互に見る。入ってきた情報をすべて脳が処理する。思考が加速し、はち切れそうになる。体は無意識かのように、反射のように動き、足場を次々と変えて自らに有利な状況を作り出そうとする。


 それは敵も同じだ。狙撃手にとっては近すぎる距離。連射も出来ず、1発外すだけでもかなりの不利を生み出してしまう。だから、外さないという確信が得られるまで射撃を控えている。


 レイジは足場から敵への射線を確保するなり、躊躇いなく射撃する。小銃は狙撃銃に比べれば精度は劣るし、スコープもないのであまり遠い距離の射撃は難しいが、今は高低差がついたとしても300m。小銃でも十分当てられる。


 跳ぶ、鉄骨を蹴飛ばし、反動でさらに跳ぶ。そして、エレベーターを文字通り垂直に駆け上がり、狙っていた足場へ飛び乗る。手早く射撃姿勢をとり、敵を撃つ。


 止まるのは一瞬だ。そうでもしなければ狙撃手の良い的になってしまう。レイジは呼吸の時間もないほどの激しい戦闘の中にいる。あまりの激しさと素早さに、ショウヘイは援護射撃出来ずにいた。


 射撃、跳躍。次の瞬間、足場へ火花が散る。間一髪。必殺の弾丸を喰らうところだった。当たらなかったものへ興味はないと言わんばかりにすぐに思考の外へと追いやり、敵を倒す方法だけを考える。


 上へ、上へと飛び回り、結構な高さまできた。レイジは敵の射撃に合わせ、思い切り前へと進み始めた。肉薄して、狙撃のできない距離での戦闘に持ち込むのだ。敵も察したのか、それをかわそうと接近するレイジに対し、上へ跳躍しながら狙撃する。


 レイジは横へ飛び、急降下する。少し下の足場へ着地し、また足場から足場へ跳躍して迫る。どうやら敵もそろそろ決着をつけるつもりなのか、狙撃銃を粒子化させる。そして、その手をかざすと、紅い刃を持つ刀が姿を現した。レイジも黒ノ呪縛【零ノ式】を実体化させ、白兵戦へと持ち込む。


 跳躍しながら黒刀を構えるレイジへ、敵は足場から飛び降り、赤刀を大上段に構えて突っ込む。空中で刀同士が激突し、火花を散らす。2人は重力に体を任せるように落下し始める。


 お互いが押し返し、距離をとる。レイジも敵も、近くの足場を思い切り蹴飛ばして推進力を得ると、その勢いに乗せて刀を振るう。空中で何度も火花を散らし、切りつけ、蹴り、落下しながら戦う。


 また押し返し、レイジは鎖を出して上の足場へと絡みつかせる。その鎖に掴まり、振り子のように落下の勢いをそのままに上昇に転じ、高度優位を取り、下方の敵へと襲いかかる。


 地面が迫る。このまま敵を地面に叩きつけてやりたいが、そこまで押さえつけていればレイジも落下の衝撃で死ぬだろう。ギリギリで離さなければならないチキンレースが始まる。


 敵の動きが早かった。レイジへ膝蹴りをお見舞いし、レイジが怯んだ隙に拘束を抜けたのだ。レイジも敵も離れて着地する。


 2人は同時に思い切り地面を蹴り、急接近する。再び刃が火花を散らす。加速された思考で相手の動きを判断して防御し、攻撃へと転じる。高速で打ち合う2人に、ショウヘイは見ていられず、その手に白ノ意思【零ノ型】を実体化させた。


「翔平くん、行くの?」


「うん……俺はずっと兄貴に守られてばかりだったけど……今なら俺も戦える。今度は、俺が守るよ」


 ずっと恐れていた。戦い、誰かを殺してしまうこと。自分が殺されること。でも、それで兄が目の前で死んでいくのは、さらに耐え難いことだと思えた。


「いつも……そうだった。テレビで世界情勢を見てやいのやいの言って……俺は何もしないで、全部兄貴たちにやらせてることを忘れて……だから、もう見てるだけじゃない。1人で行かせはしない!」


 ショウヘイは走り出した。大丈夫、剣道と同じだ。ショウヘイは自らにそう言い聞かせ、白刀を手に2人の間に割り込み、斬撃を繰り出す。


「面!」


 敵は咄嗟に反応し、左腕で振り下ろされる白刃を受け止めた。刃が肌を、肉を切り裂き、骨で止まった。なんて無茶をするものだとレイジもショウヘイも目を見開く。


「それで、次はどうする?」


 ショウヘイは咄嗟に刀を敵の腕から引き抜き、摺り足で下がる。レイジとショウヘイは刃を向けたまま、ゆっくり後ずさるように敵と睨み合う。


 敵の腕は既に出血が止まり、傷の修復が始まっていた。目に見える速度で肉が、皮膚が再生されて行く。衝撃の光景だ。敵は鼻で笑っていた。


「お前らに俺を殺せない。だが、俺はお前らを殺せる」


「ほざけ!」


 レイジは突きを、ショウヘイは袈裟斬りを繰り出す。敵は袈裟斬りを刀で防ぎ、レイジの突きを体を捻って紙一重でかわしてみせた。高い反応速度だ。レイジは突きから刃の向きを変え、後ずさりながら切りつける。ショウヘイはそのまま押し返すようにして後退する。


 レイジとショウヘイはそこからさらに連続で斬撃を繰り出す。何も言わない。何も見ない。それでも2人の動きはお互いを邪魔せず、片方が隙を作り出し、もう片方がその隙を突く。そんな連携を繰り広げる。


「リョーハ!」


 そこへ、アリソンとルフィナが援軍を引き連れてやってきた。陣地で待機していたのだが、奥のオークの巣がもぬけの殻で、洞窟内で苦戦しているというリョーハの報告を聞き、オークの巣へ向かった部隊を引き連れてやって来たのだ。


「アリソンとルフィナか! 時空の歪みが上に!」


 少し目を離した瞬間だった。レイジとショウヘイの同時攻撃を押さえ込んだ敵は、まずショウヘイへ回し蹴りを繰り出した。人間の力とは思えぬ衝撃を腹へ受け、ショウヘイは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。呼吸ができない。激痛が襲う。骨も折れたかもしれない。


「翔平!」


 美春が悲鳴のような叫び声をあげる。意識を保つだけでも難しい。そして、ぼんやりと見える視界の先では、レイジがその腹に刃を突き立てられ、貫かれていた。赤いのは刃そのものか、レイジの血液か。


「あに……き……?」


 敵は刀を引き抜く。レイジは力なく、壊れたマリオネットのように崩れ落ち、倒れた。地面が赤く、血に染まる。命が溢れていく。


「撃て!」


 リョーハの号令で我に返った兵士たちが敵へと銃撃を繰り出すが、敵はまた跳躍していき、すぐに射線から外れてしまった。


「わかったか、お前たちはその程度だ」


 その敵はそう言い残し、時空の歪みへと消えていった。


「リンデン! 奴を追うぞ! アリソン! レイジとショウヘイを!」


「わかったわ! ルフィナ! レイジをお願い!」


 リョーハはセリョーガ、グリーシャ、ミーシャを引き連れて時空の歪みへと向かう。ルフィナは倒れるレイジへ詠唱魔法で治療を試みる。出血が早いか詠唱が終わるのが早いか……サンヤと同じように手遅れになるのではないかと、ルフィナは自然と早口になっていた。


「ああクソ……!」


「ショウヘイ、動いちゃダメ! じっとしてて!」


 ショウヘイはレイジの元へ行こうとするが、アリソンがそれを制止して治癒魔法をかけ始める。ショウヘイは腹への回し蹴りと叩きつけられた衝撃で吐血し、あばらにヒビが入っているのだ。軽い脳震盪も起こしている。


 レイジは砂時計の砂が如く血液が漏れ、意識がない。顔も唇も青くなり始め、命のタイムリミットが迫りつつあった。ケイスケはひたすらにその傷口を強く圧迫し、少しでも死を遅らせることしかできずにいた。


「アーロン……教えてくれてありがとよ!」


 ケイスケはアーロンに習った止血の暗号を片手に転写し、レイジの傷口に押し付ける。暗号が発動し、レイジの出血を抑えようと作用し始めた。ケイスケは圧迫止血と暗号による止血を試み、ルフィナが詠唱を終えるまで時間を稼ごうと、奮闘し続けた。


 ※


 リョーハたちは時空の歪みへと突入していた。案の定頭を引っ掻き回されるかのような感覚がして、吐き気もする。だが、体が馴れているためか、比較的軽微で済んだ。


 あたりは廃墟になった市街地だった。レイジがいれば、日本の街並みだとわかっただろう。電柱や信号の案内板にある文字できっとわかったはずだ。


「ああ……何度やってもこれは好きになれねえや……」


 グリーシャは頭を押さえる。ふらつく頭を無理矢理叩き起こすと、戦闘服や銃を粒子化し、代わりに別な戦闘服と銃を実体化させる。


 カレリアに、あの世界にあるものではない。ゴルカ戦闘服に防弾チョッキ、ロシア製自動小銃"AK-74M"といった、レイジたちのいた世界にある武器や装備に身を包んでいた。リョーハたちも遅れて同じような装備に着替えている。


「久し振りに着たが、こっちがしっくりくるな」


「まあな。あっちで着るのは抵抗大きいけど仕方ない」


 リョーハは肩を回して久し振りのゴルカ戦闘服の着心地を試し、ミーシャはそれを見てクスリと笑いながら、ヘルメットを被りなおす。


「リンデン、行くぞ。あいつがここへ飛び込んだということは、ここに何かあるってことだ。探し出そう」


 リョーハが言うと、3人は即座に態勢をとる。リョーハもそれに加わり、全ての方向を警戒する。パスカルたちが先に来ているはずだ。どこにいるのだろう。


 不意に、前方の曲がり角から人影が現れた。それはおよそ人間のものではなく、身の丈2m以上はあろうかと言う、オークだった。棍棒を手に、のそのそ歩いていた。リョーハたちがいることは全く知らなかったようだ。


「撃て!」


 先頭のリョーハはしゃがみ、2番目のグリーシャは立ったまま射撃する。胸と頭に数発の小銃弾を食らったオークは反撃のいとまもなく息絶えた。


「……この廃墟はオークの住処か?」


「かもな」


 グリーシャはオークを蹴飛ばし、死んでいることを確認する。廃墟になった後にオークが住処としたのか、オークに廃墟にされたのかはさておき、リョーハはわずかに落胆していた。


 ここは、俺たちの探している場所ではない。


 進もう、リョーハが前を向いたその時、パスカル、ハミド、アーロンがこちらへ走って来ているのが見えた。何かに追われているかのようにも見える。


「パスカル!」


「逃げろ! あの狙撃兵だ!」


 遠くの建物で何かが光る。スコープの反射光だ。リョーハたちは咄嗟に伏せる。次の瞬間、近くのコンクリートブロックを積み上げた塀で何かが弾けた。狙撃されたのだ。


「この先はどうなってる!?」


「オークどもの住処になってるよ! どうやらここに逃げ込んでたらしい!」


 7人は走りながら知り得たことを擦り合わせる。パスカルたちが先に入って見て回った限りでは、この破壊はオークによるものではなく、破壊された後に時空の歪みを通ってオークたちが住みつくようになったらしい。


「あの狙撃兵が指揮をとってやがる。レイジと同じ服着てるが何者なのかね。恐ろしいまでに頭がキレるしよ……」


 ハミドは忌々しげに狙撃手のいるであろう位置を見る。ゆうに500mは先だ。そして、レイジたちが何度切りつけてもその度に回復した。体に魔術的処理を施してあるのだろうか。パスカルにすらも分析するだけの余裕がない。しかも、時空の歪みから離れるほど魔力が弱まるのだ。


「おい、あれ見ろ!」


 ミーシャが叫ぶ。指差す先では時空の歪みが膨張と収縮を繰り返していた。パスカルは前回の経験から、それが歪みが消える予兆であると気付いた。


「早くアレを超えろ! じゃないとここに取り残される!」


「急げ!」


 リョーハは叫ぶ。叫びながら装備をまたトゥスカニアの物に戻す。直接体に戦闘服を実体化させることで、即座に着替えられるのは便利なものだ。


 オークが追いかけてきた。仲間をやられた仕返しだろうか。だとしても捕まるわけにはいかない。歪みへたどり着いたものから順にどんどん飛び込み、元いた場所へ帰還する。そして、オークが上半身を歪みに突っ込んだ時、時空の歪みは収縮し、消滅してしまった。向こうに残されたオークの体は切断され、上半身がリョーハたちのところへ転がっていた。


「戻ってきたな……アリソン、ルフィナ! 2人はどうだ!?」


「峠は超えたわ。ショウヘイはなんとか平気だったし、レイジもルフィナが間に合って間一髪、よ」


 レイジとショウヘイは担架へ乗せられ、まさに運ばれるところだった。坑道は静けさを取り戻し、時空の向こうへ消えたオークたちは2度とここへ戻ることはないだろう。


「塹壕の奥のオークの住処に連れ去られた女性たちがいましたが……衰弱や精神的ショックで再起不能なものも多数、遺体は数え切れません…生存者は軍病院に搬送はしていますが、どれだけが助かることやら……」


 兵士の1人がリョーハへ報告する。あまりにも悲惨。そうとしか言えない状況だ。殺してやったほうが幸せなのではないかと思えるほどの惨状だったようだ。リョーハは瞠目し、その死を悼む。生きている者は……どうなるのだろうか。


「ケアは時間がかかるな。自殺者もどれだけ出ることが……ところで、ヤーリやシュターレンベルグ軍曹はどうした?」


「誰ですかそれは?」


 リョーハは報告してきた兵士に問いかけたが、その返答に困惑した。別の部隊が支援に来ていて、2人を知らなかったのだろうか?


「所属は?」


「砲兵隊です。メリニコフ大尉が指揮官」


「ここまで一緒に来ていた軍曹は?」


「ヴィットマン軍曹の事ですか?」


「どういう事だ……? ヤーリ! ヤーリ・ノヴァクはいないか!? パスカル、ヤーリのこと覚えてるか!?」


「ああ、トゥルク奪還作戦で一緒だったからな。忘れねえよ。どこへ消えちまったんだ?」


 パスカルはヤーリを覚えている。だが、他の誰に問いかけても帰ってくる答えは全く同じであった。


 "ヤーリって誰だ?"


 リョーハたちは時空の歪みがあった場所を見つめる。たどり着いた可能性の一つがそこにはあったのだ。


 オークたちが過去の世界へ渡ってしまったせいで、未来に変化があったのではないか?


 オークたちによって、ヤーリやシュターレンベルグの先祖に当たる人物が殺されたとしたら、2人が生まれなかったことになっていても不思議はない。こんな結末があっていいのか。パスカルは指が手のひらに食い込むほどに、その手を握りしめていた。

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