2-21 トゥスカニア砲兵隊
明日夜勤で投稿できるか怪しいので、今週は金、日に更新しようと思います。
砲兵隊は本隊と別れて陣地候補のひとつに来ていた。見晴らしのいい丘で、2km先にオークたちの陣地がよく見える。洞窟の入り口を守るように塹壕が掘られているのだ。
「メリニコフ大尉! 知らせ通りここは最適の陣地です!」
「よし、野戦砲展開!準備できた砲から直接照準開始! 命令あるまで観測射撃は準備だけしておけ!」
「よし聞いたな、1番砲準備急げ!」
シュターレンベルグは担当の1番砲の兵士たちに叫ぶ。それからほどなくして野戦砲は展開が完了し、砲撃支援要請がくるのを待つだけだ。
報道陣が撮影を始める。明日の朝刊を堂々飾るのは間違いないだろう。それまでに終わるとは到底思えない。夕刊か明後日の朝刊はどうなることやら。ショウヘイは報道陣を一瞥してため息をついた。
「よーし、ショウヘイ、あの丘に敵が見えるか?」
「確認します」
ショウヘイはシュターレンベルグから双眼鏡を受け取り、丘を偵察する。そこにはジグザグに掘られた塹壕があり、オークたちが陣取っていた。岩山の麓に作られた塹壕で、端っこは岩山の後ろくらいに伸びていた。それが3列ある。
「なんでジグザグに掘られていると思う?」
「わかりません」
「砲弾から身を守るためさ。直線だと砲弾落ちてきたら、いっぺんにやられるし、1人飛び込んだら直線でやられるだろ? ジグザグにしてそれを防ぐのさ」
シュターレンベルグの説明になるほど、とショウヘイは頷く。砲弾というものはなかなか狙ったところには落ちない。範囲に数を落としてあとはお祈りなのだ。
「直接あそこに砲弾をお届けできたら楽なんだがな」
シュターレンベルグは苦笑いしながら呟く。ショウヘイもそれと同じようなもどかしさを感じていたのだ。
※
トゥスカニア第1大隊"サジタリアス"の主力部隊は漸く目標地点へたどり着き、先に来ていたオウル駐屯地の第2大隊"トーラス"と合流し、野営地の設営に取り掛かっていた。その間、リンデンはしばしの休息を取ることとなり、一足先に天幕で休んでいた。
「おい皆坂ァ! 半長靴脱ぐなら外で脱げよ! お前の足臭えんだよ!」
「そんなこと言って! 行軍したんだからみんな臭いでしょう!」
「お前のは特段臭えんだよ! 消臭剤もってこい!」
「うるせえ、お前らそんなに変わらねえぞ」
パスカルから怒られ、2人は少し肩を落とす。脱いだ靴下はすぐさまチャック付き袋へとぶち込み、厳重に蓋をした。臭い足は濡らしたタオルでよく拭いて、しばらく裸足で乾燥させておく。
「で、これからどーするんだ?」
「とりあえず今日はサジタリアスはゆっくり休息。明日からオーク防御陣地へ突撃を仕掛ける予定ならしい。これからアマゾネス義勇軍とエルフからも支援部隊が来るとか」
「ベラのねーちゃんも来るんだったな」
レイジはパスカルと雑談しつつ、実体化させた背嚢に足を置いてゆっくり横になる。ふくらはぎや足裏をマッサージしたり、服を緩めて風を通し、体の回復を促す。
「レンジャーに比べたら楽な行軍ですよね」
「戦闘があるのがキツイくらいだろ。背嚢背負わなくていいし」
ケイスケはレンジャー訓練を思い出し、レイジもつられて思い出しては苦笑いを浮かべた。アレはもう経験したくない地獄の訓練だったが、おかげで自分たちはこうして生きている。行ってよかったと初めて思うことができた。
「……班長、レンジャーといえば、休息中に非常呼集とか」
「嫌なこと思い出させるな馬鹿野郎! フラグか!? フラグなのか!?」
「おい煩い。少し眠らせてくれ。血圧低いんだ」
「血圧低い吸血鬼とか人間臭すぎるだろうよ!」
アーロンに文句を言われ、レイジは最早本能的にツッコミを入れる。吸血鬼が夜行性の理由が低血圧なんて本当に夢のない理由である。
「班長、とりあえず俺は銃の手入れします」
「あ、俺も」
2人は背嚢に入れていた武器手入れ具を取り出し、それぞれの銃を分解してクリーニングを始めた。こいつが壊れたら自分が死ぬ。切っても切れない関係なのだ。
薬室や銃口内の煤を落とし、可動部には油を塗ってやる。ケイスケのミニミは弾数が多い分、汚れも酷くなる。発射ガスが通るガス管は最早真っ黒で、ブラシで擦ればボロボロと煤が落ちる。
レイジの89式小銃も薬室を少し油付きの布切れで拭けば真っ黒になる程汚れていた。散々戦ったのだから仕方ない。作動不良が起きなかったのが救いといえよう。
クリーニングを終えて、パーツを組み合わせる。そして最後の作動点検を終わらせ、さあ寝よう。そんな時、遠くから遠雷のような爆音が響き渡ってきた。砲撃だ。そして、集合ラッパの音が響き渡り、本部へ行っていたリョーハが慌てた様子で天幕へ入ってきた。
「サジタリアス非常呼集! リンデンは装備を整えて本部位置まで来い!」
「やっぱ非常呼集フラグじゃねえか皆坂の馬鹿野郎!」
レイジは叫びながらもレンジャーで鍛えられた早着替えを発揮し、即座に装備を整えた。フラグを立てたケイスケはやはり、レイジに叱られる運命にあった。
※
少し前、ショウヘイは敵陣地の監視を命じられていた。第2大隊トーラスはオーク陣地と睨み合うように1個大隊を持って前哨基地を作り、本隊との正面衝突を避けていた。その間には背の高い草が覆い尽くしている。お互いの動きは見えなさそうだ。
「……ベルグ軍曹!」
「どーした?」
ショウヘイはシュターレンベルグを呼び、草地を指差す。
「おかしくないですか? 風はオーク陣地へと吹いていて、草もそっちに揺れてるのにあそこの一帯だけ……」
「草が逆に動いてる? ということは何かが根元で前哨基地側へ動いてるのか! ショウヘイ、お前はこのまま監視しろ。俺はメリニコフ大尉に報告する!」
シュターレンベルグは砲兵隊長のメリニコフの元へと走る。メリニコフは天幕で会議中であり、すぐに見つけることができた。
「メリニコフ大尉! 敵の兆候あり、前哨基地へ接近中の模様!」
「なんだとあん畜生どもめ! 砲兵隊はすぐにそこへ狙いをつけろ! 命令あり次第砲弾の雨を降らせる!」
メリニコフの動きは早い。グライアスで連隊長のゼップに敵襲の兆候を報告し、攻撃命令を受ける。それに返事しつつも走って天幕を飛び出し、ゼップとの連絡が終わるなり腹の底から叫び、砲撃命令を出したのだ。
「サジタリアス砲兵中隊! 1番砲を基準として草地に隠れている敵へ砲撃! 必ず仕留めろ!」
「待ってました! 野郎ども直接照準であの草っ原に狙いをつけろ! 出来次第観測射撃開始!」
砲手が照準器で狙いを合わせ、まずは1発砲撃する。爆音が響き、ショウヘイは耳を塞いでいたにも関わらず、鼓膜がはちきれそうだった。ふらりとしながらもしっかりと着弾点に目をやる。
「だんちゃーく、今!」
土煙が上がる。狙いより手前だが、何かが舞い上がるのが見えた。吹き飛ばされた敵の体だ。オークの体の一部が砲撃で吹き飛ばされたのだ。それを見てしまったショウヘイは胃の内容物が逆流しそうになるのを感じ、なんとか抑え込んだ。
「砲手、修正! もうちょい奥! 今度こそやれ!」
「照準よし!」
2発目の修正射。今度はやや奥へと落ちた。それは誤差の範囲と言えるズレだ。
大砲というものは基本的に狙い通りに飛ぶことはない。気象条件や砲身の熱膨張、空気抵抗や砲自体の癖でズレが生じる。範囲に数撃って確率で当たることを期待するものだ。
「砲手、諸元そのまま3発目撃て!」
照準を変えずにもう1発撃つ。それは、今度は手前に落下し、目標を挟んだ。これを夾叉といい、これは目標までの距離などの諸元を正確に取れているということであり、このまま撃ち続ければいずれは命中するのだ。
「メリニコフ大尉! 目標夾叉!」
「全砲、1番砲諸元を基準として照準調整! 準備出来次第各砲毎射撃開始!」
メリニコフの命令と同時に、やる気満々の1番砲手は紐を引き、摩擦信管を作動させる。真っ先に放った砲弾は夾叉した真ん中に落ち、隠れていたオークの群れに今日1番の被害を与えた。
「2番砲! 遅れをとるな!」
「3番砲もガンガン撃て! 戦場の女神ここにありって見せてやれ!」
「4番砲! 砲弾のお届けだ! 腹一杯食わせてやれ!」
この世界に存在する魔術化部隊は暗号化部隊と詠唱魔法部隊に分かれている。詠唱魔法部隊は高威力の詠唱魔法を後方からピンポイントに撃ち込み、敵に大打撃を与えることを可能としているため、正確さに欠ける大砲は日の目を浴びることはない。
今回は詠唱魔法中隊がさらに北方にある強固な陣地の攻撃に向かっているため、野戦砲にお株が回ってきたのだ。砲兵たちはここぞとばかりに奮い立っていた。
砲弾が雨のように降り注ぎ、地面に着弾して炸裂する。そして爆風と、それ以上の範囲に飛び散る破片がオークを襲い、草地が赤く染まっていく。草が刈り取られるかのように吹き飛ばされ、隠れていたオークの姿があらわになる。
猛烈な砲撃が巻き上げる土煙で何も見えなくなる。メリニコフの撃ち方やめの号令すらも爆音にかき消されてしまい、グライアスで指示をしてようやく砲撃は止まった。
「……ベルグ軍曹、やりすぎでは?」
オークは地上から姿を消し、そこにはクレーターがポツンと残されているだけだった。ようやく非常呼集を受けた部隊が前哨基地に集まったが、その頃には初戦の決着はついてしまっていた。
※
「なんだこりゃ、ミンチよりひでぇや」
降り注ぐ砲弾の雨あられを前哨基地へ向かう途中に目撃したレイジは双眼鏡でその様子を観察しつつ、肝を冷やしていた。腹の底へ響く遠雷のような爆音が原始的な恐怖を呼び起こす。
「仕事が楽でいいじゃないですか。野戦特科とかいたらこんな感じだったんですかね?」
ケイスケは自衛隊が採用している155mm榴弾砲FH70を思い出す。とはいえあれに比べたらトゥスカニアの野戦砲はかなり原初的なものだ。ナポレオンの時代より少し後、南北戦争あたりに使われていたような代物だろう。
「つまり、野戦砲の分野は遅れ気味、と」
レイジはわかったことをメモする。詳しいことは砲兵隊についていったショウヘイに聞けばいい。今頃弾道計算に駆り出されて涙目だろう。このところもらったテキストで弾道計算の方法を学んでいたのだから。
レイジは呑気にそう思っているが、実際のところは双眼鏡を使って着弾観測をしているとは予想だにしていなかった。流石に本職の計算班を差し置いてぽっと出のショウヘイにそんな大役を任せてもらえるわけがないのだから当然といえば当然である。
「それにしても班長、ファンタジー世界だと思ってたから、剣に弓に魔法で戦う世界で、銃持ってる俺らつえー! 出来るかと思ったのになんですこのザマ?」
「うるせえアホ。俺はチートもん嫌いなんだよちょうどいいだろ? 主人公も死ぬ時は死ぬんだよ」
「それ打ち切りのパティーンですわな。ファンタジーじゃなくてガチめな架空戦記に思えてきたこれ」
2人とも初歩的な暗号は覚えているにもかかわらずいつも通りに戦っている。これは別段暗号が使いにくいとか言うわけではなく、訓練の賜物で戦い方が身にしみているため、暗号を使う発想が抜け落ちているだけなのだ。
「帰ったら魔法のお勉強しようぜ」
「そうしますか。班長後何年で魔法使いでしたかね?」
「殺すぞ」
レイジはケイスケをギロリとひと睨みしてからもう一度双眼鏡を使って監視に戻る。それに対してケイスケはおお怖い、とわざとらしく肩をすくめてみせた。
前哨基地はオークの攻撃を受けかけたことで慌ただしく、各所へ斥候を行かせているようだった。スペンサーが前哨基地に駐屯する第2大隊長の元へ行き、情報の共有を図っている。その間にレイジたちに出来るのは戦闘準備というわけだ。
さっさと準備を済ませたレイジがうとうととしているうちに、分隊長が呼び出されて状況の説明をされたらしく、リョーハが微妙な表情で戻ってきた。
「リョーハ、何かあった?」
ケイスケはミニミの棹桿をガシャガシャと引き、組み立て後の機能点検をしながら訊く。リョーハは苦笑いしながら縦に頷いた。
「これから伝える。リンデン集まれ」
「リョーハが苦笑い、やばいことの前触れだな」
グリーシャが酷くだるそうにしながら集合に応じる。その辺の空の木箱に適当に腰掛けると、リョーハは地図を開いた。既にあちこちに線や記号が書き込まれている。
「斥候によると、この正面の陣地はダミーの可能性が高いということになった。主力を誘引するためのものだと上は結論付けて、主力をここより北の陣地へ移す。詠唱魔法中隊がそっち行ったのはそれが理由だな。トーラスは全軍移動。俺たちサジタリアスは1個小隊、後はアマゾネス義勇軍、エルフ自警団1個小隊、砲兵中隊で前哨基地正面の陣地を奪取しろと」
「ふざけてるの?」
「大真面目だ。他は移動だ」
レイジは頭が痛くなりそうだった。今の砲撃で殆どを吹っ飛ばしたとしても、その先がどうなるのか不透明なのだ。敵の母数が不明故にどれだけの戦力が塹壕に残っているかもわからない。無茶振りも程がある。
「ここが偽陣地なら戦力はそんなにいないはずで、さっきの砲撃でほぼ壊滅したと見ることができる……せめて斥候出してから判断してほしいものだ」
アーロンもこれにはため息をつく。レイジはチラリとアリソンとルフィナを見る。2人も軍事には詳しくないようだが、大体の状況は理解したらしく、首を横に振っていた。
「……リョーハ隊長? 何か案は?」
アリソンの問いにリョーハは即答せず、地図とにらみ合って少し考える。
「斥候を出す。情報が欲しい。レイジとケイスケ、ミーシャとサンヤ、グリーシャとセリョーガの3組を斥候に出してそれから決める。いいな?」
誰も異議はなく、そのように行動することが決まった。