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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第2章 異世界の生活
42/66

2-20 怖いものとしっかり向き合え

 レイジたちがグライアスが通じないと慌てている頃、ショウヘイは馬車の上で周囲を観察していた。遺棄された市街地は不気味なまでに静まり返り、待ち伏せにはもってこいなところに思えた。


「なんかここ、出そうじゃないかな?」


「うーん、確かにそう思えますけど、パスカルさんがきっとなんとかしてくれます」


 シャロンはそう言って柔らかな笑みを浮かべている。うっかり惚れそうだが、ショウヘイは何もないとばかりにふるまう。さもなくばパスカルにブチ殺されてしまうような気がしてならないのだ。


「でもさ、ここまで間に合うのかな?」


 ショウヘイはもう一度エクリプスMk-Ⅲに触れる。本当にこれを撃つ事になるのではないか。ショウヘイはやはり不安で仕方なかった。


 次の瞬間、銃声が響いた。音が反響してどこからのものかわからない。味方なのか敵なのか、それすらもわからなかった。


『リール10! リンデンは観測位置にいる。その先ゴブリンの待ち伏せ! 武装はライフルと未知の銃! 警戒されたし!』


 味方からグライアスで連絡がきた。待ち伏せを先に見つけたようだ。ならば、先制攻撃したのは味方だろう。


「おいお前ら! ボヤッとしないで早く降りろ! 狙われるぞ!」


 馬車の外からシュターレンベルグがショウヘイたちへ呼びかける。我に帰ったショウヘイたちは後部に取り付けてある昇降用の梯子を使って馬車から降り、馬車を盾にするように身を隠した。


「ベルグ軍曹! どうすればいいんです!?」


「ともかくその辺の建物に入るぞ! 馬車は狙われる! 付いて来い!」


 シュターレンベルグはエクリプスMk-Ⅲを構えつつ、機敏な動きで建物に敵がいないかを確認し、ショウヘイたちを誘導して次の遮蔽物まで移動する。石積みの塀が敵からの視線を遮り、射線から守ってくれている。シャロンやミランダ、美春も塀から頭が出ないように屈んでシュターレンベルグへ付いていく。


「ベルグ軍曹! 敵は!?」


「ゴブリン共だ! その辺の市街地であんたの兄貴が相手してるらしいぞ!」


 散発的に銃声が聞こえるのはレイジたちが応戦しているからだろう。既に主力の前方は待ち伏せを知るなり、待ち伏せしていたゴブリンの殲滅にかかっているらしい。


「左の高い建物! ゴブリンメイジ!」


「伏せろ!」


 周りの兵士の叫び声にいち早く反応したシュターレンベルグ軍曹は自身の後ろにいたシャロンとミランダに覆いかぶさり、その場に押し倒す。ショウヘイもなんとか反応し、美春に覆いかぶさるようにしてその場に伏せた。次の瞬間、爆音が轟き、酷い耳鳴りがした。頭が痛い。意識がおぼつかず、平衡感覚も失った。


 ゴブリンメイジの放った暗号が近くの馬車に命中、爆発したのだ。伏せていたおかげで破片を喰らわずに済んだが、馬車に乗っていた兵士はその体が砕けて目も当てられず、近くにいた兵士は破片が体に刺さってもがき苦しんでいた。


「衛生兵! 負傷者だ!」


「こっちも負傷者! 早く来てくれ!」


 あちこちで衛生兵を求める声がする。ショウヘイは呆然として、体を起こしてぼんやりとしてしまった。全てがスローに見える。走り回る兵士、反撃する兵士。そして、被弾して倒れる兵士。命が舞う。命が散る。それが現実感がなくて、まるで夢でも見ているようだ。


 駆け寄って来たシュターレンベルグがショウヘイの肩を掴み、揺する。美春も肩を揺すって何かを叫んでいる。だが、ショウヘイには何を叫んでいるのかが聞き取れない。それでもシュターレンベルグと美春は必死に肩を揺すり、叫び続けた。


「しっかりしろ! 早く逃げるぞ!」


「翔平! しっかりして!」


 やっと我に返ったショウヘイはシュターレンベルグに肩をつかまれながら走る。シャロンとミランダも散発的に起こる爆発に悲鳴を上げつつ、一緒について来ている。


「敵! 1時方向!」


 シュターレンベルグは止まり、建物の陰から接近して来たゴブリンに発砲する。1体目は胸に一撃食らうと、つんのめるようにして倒れた。だが2体目が来る。シュターレンベルグはボルトハンドルを引いていて、まだ撃てない。その間にもゴブリンは狙いを合わせていた。


「これで!」


 シャロンが投げた暗号がシュターレンベルグの前の地面にあたる。そこから、空中にホログラムかのように青白い光の線が浮かび上がり、煉瓦積みの壁のような模様を作り出す。そして次の瞬間、その線を埋めるかのように土の壁が現れ、ゴブリンの銃撃を防いだのだ。


「今です!」


 次の瞬間、土壁は崩れ、視界が開けた。その先には、ボルトハンドルを引いて次弾を装填しようとするゴブリンの姿があった。今度はこっちの番だと言わんばかりにシュターレンベルグはそのゴブリンを狙撃。見事頭に命中させた。


「助かったぜ嬢ちゃん!」


 シュターレンベルグはシャロンに礼を言い、次弾を装填しながらまた先頭を走る。ショウヘイは銃を持っていても、やはり撃てずにいた。


「こっちだ、しゃがめ!」


「クソ、早く終わってくれよ……!」


 ショウヘイは物陰で小さくなる。撃たなければ。それでもやはり手が震える。やるしかない。それでもその覚悟を実行に移すのがとても難しい。


「怖いか?」


「……はい」


 ショウヘイはシュターレンベルグの問いに正直に答える。何が怖いか。それは聞かず、シュターレンベルグはショウヘイの肩を叩いた。


「それじゃ、その怖いものとしっかり向き合え。いいな?」


「……はい!」


「なら行くぞ。嬢ちゃんたちも大丈夫だな?」


 次の瞬間、銃声が響き、シュターレンベルグが倒れた。シュターレンベルグは肩を押さえて呻いている。戦闘服の袖は徐々に赤い血のシミが広がり始めている。


「ベルグ軍曹!」


「伏せろ! 撃たれた……!」


 シュターレンベルグはなんとか匍匐前進で下がりつつ、壁際により、敵の死角に入ろうとする。そんなシュターレンベルグにシャロンとミランダが駆け寄り、暗号で応急処置を始める。


「ミランダさん、暗号で止血をお願いします!」


 シャロンは物陰に隠れながら詠唱魔法の準備にかかる。目を閉じて意識を集中し、詠唱を始めた。その間にミランダが手早く発動できる暗号で止血等の応急処置を施す。美春は呪符を使い、苦しまないよう痛み止めの処置をしている。


 そして、それを守れるのは現状、ショウヘイだけだ。今度こそ、照準器越しに敵と向き合わなければ。怖いものと向き合う時が来たのだ。


 そっと壁から顔を出す。建物の2階のバルコニーにゴブリンがいた。銃を構えている。ショウヘイは照準器を覗き、狙いを合わせる。リアサイトのリング中心にフロントサイトがきた。そして、そのフロントサイトの先端はしっかりゴブリンの胴体を指している。


 呼吸が乱れる。手が震えそうになり、頭が真っ白になる。照準器越しに向き合うのが怖い。これから起こることが手に取るように分かってしまう。


 それでも撃たなければ。後ろにいる人たちはどうなるというのだ?


「クソ、ちゃんと……!」


 ショウヘイは銃は動かさず、顔を動かして照準器から目を離した。目を逸らし、引き金を引こうとする。


 目を背けた、今度は指があっさり引き金を引いてくれた。肩を反動が襲い、銃が跳ねる。初めてではないが慣れない銃声に、ショウヘイは咄嗟に目を閉じた。


 目を開いた時に見えたのは、血飛沫ではなく火花だった。狙いもつけていないも同然の射撃だったが、奇跡的にゴブリンの持っていた銃に命中し、弾き飛ばしたのだ。


 ショウヘイはその場にへたり込む。殺さずに済んだのか? 緊張の糸が切れてしまい、隠れるという選択肢を忘れてしまっていた。ショウヘイの位置はすぐに特定され、別のゴブリンがショウヘイを狙う。


 ショウヘイはそれを呆然と見つめる。殺される。殺そうとしたんだ、仕方ないよね……そんな考えを思い浮かべている。


 だがその時はこなかった。屋根から降ってきた人間が、そのゴブリンも、武器を失ったゴブリンも2振りのカトラスの餌食にしたのだから。


「仕置の時間だぜゴブリンども! 小便は済ませなんだろーな!」


 それはハミドの声だ。救援に駆けつけたのだ。さらにはパスカルが路地を駆け、時には壁すらも足場にして駆け回りながらゴブリンに銃撃や、リストブレードの斬撃を繰り出す。暗号で強化された身体能力で常人以上の速さで走り抜けては次々とゴブリンを仕留める。


「パスカルさん!」


「待たせた!」


 パスカルはリストブレードを格納し、塀を飛び越えてシャロンのそばに着地する。その頃にはシュターレンベルグの手当ても終わっていた。


「おーいミランダ! 無事かー!?」


 ハミドはまだ突撃してくるゴブリン相手に両手のカトラスを振るい、次々と斬り伏せていく。ハミドにとっては片手間仕事のようなものだ。遠巻きに撃たれたらその限りではないが、銃剣突撃ならハミドには対処しやすいものだ。


「ハミド! 生きてたのね!」


「勝手に殺すな!」


 ハミドは咄嗟にゴブリンを蹴飛ばして道を開けると、手頃な壁の後ろに飛び込んだ。次の瞬間、ハミドのいたところへ弾幕が張られた。連射だ。


「ハミド! アレがレイジの言ってた銃じゃねえか!?」


「サブマシンガンとか言ってたな! どうやって仕留める!?」


 弾幕相手には分が悪く、ハミドもパスカルも身を隠している。応戦しようと立ち上がった近くの兵士は1発目を外してしまい、その間に猛烈な弾幕を浴びせられて絶命した。


「やられたぞ! クソ、あいつはもう助からねえ!」


 シュターレンベルグは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。相手は再装填のためか物陰に隠れてしまい、攻撃できない。


「ミーシャ! 2階建ての家の庭! 厄介なゴブリン!」


『ダメだ! 手前の建物が邪魔で狙えねえ! ケイスケはどうだ!?』


『ここも無理!』


「クソ!」


 パスカルは支援のアテが外れて舌打ちする。無茶な突撃はあの兵士の二の舞だろう。ショウヘイも、斃れる兵士を見てしまい、恐怖で動けなくなってしまった。


「パスカルさん、プロテクトの暗号で突破できませんか?」


 シャロンがパスカルへ提案する。パスカルは少し考えたが、首を横に振った。


「耐久性が足りない。銃弾を短時間でアレだけ浴びせられたら耐えられないな」


「どれくらい耐えられればいいんですか?」


「……レイジ、あのゴブリンズのサブマシンガンだったか? アレって何発入る?」


『アレか? そうだな……ザッと30発程度だろ』


「……30発くらい、か……」


 パスカルは呟きながらシャロンに目をやる。シャロンは微笑みながら縦に頷いた。


「私のプロテクトとパスカルさんのプロテクトの複合はどうでしょう?」


「理論上は可能だな」


 パスカルの行動は早かった。すぐにプロテクトの暗号をメモ帳から見つけ、手を当てて転写する。手の甲に転写された暗号を発動させると、パスカルの周りを半透明の壁が半球体状に広がり、囲んだ。さらにシャロンも同じ暗号でその外側をさらに覆う。


「よし、1発仕留めてくる」


 パスカルは塀を飛び越えて、まっすぐサブマシンガンを持ったゴブリンへ突撃する。気づいたゴブリンはトリガーを引き、パスカルへ弾幕を浴びせる。外側の結界を銃弾が叩き、20発以上食らったあたりでガラスのように粉々に砕けた。あとはその後ろの結界が持ちこたえてくれるのを祈るばかりだ。あと10m。


 銃弾はまだ結界を叩き、ヒビを入れる。あと耐えられて5発……そして、とうとう結界が破れた。残り5m。パスカルはグラビライト石の反重力を用いて、前方への推進力を保持したまま思い切り飛び上がる。


 ゴブリンのサブマシンガンの銃口が2回光った。32発入っていたのだ。だが精度の悪さか、はたまた腕の悪さが1発は外れ、もう1発は前に突き出していた左腕を掠った。同時に弾切れ。


 もはやゴブリンにパスカルを止めるすべはない。首を左手で掴まれ、推進力と落下速度、体重全てで押し倒される。パスカルは思い切り引いていた右手を反らせてリストブレードを伸長させ、思い切りゴブリンの喉を貫いた。


 次の瞬間、アリソンの発動した詠唱魔法が建物を挟んだ隣の区画で炸裂。残存していたゴブリンを掃討した。


「……よし、ここは仕留めた、な」


 立ち上がったパスカルは腕を振ってブレードに付着した血液を払い、親指を外に開いてブレードのロックを解除した。ブレードはスプリングに押され、鞘に納まった。


「パスカルさん、怪我が……!」


「バカ、まだ頭出すな! 今そっち行く」


 塀から少し頭を出したシャロンについ怒鳴りつけてしまいながらも、パスカルは塀の後ろへ戻る。掠ったとはいえ、抉られたような傷口があり、切れた戦闘服の袖の間から傷口が見え、血液が溢れ出していた。


「静脈だ。大したことねえ。暗号でこの程度……」


 暗号を当てようとするパスカルの手をシャロンが止め、詠唱を始める。終わるまでは少し長いが、パスカルは何も言わずにそれを聞いていた。


 そして、皮膚がどんどん広がるようにしてパスカルの腕の傷を塞ぐ。そこには傷跡すら残らない。


 暗号による止血は血液凝固の促進。それに対して詠唱魔法の治療は細胞分裂を促進し、傷そのものを塞ぐのだ。


「ほら、治りましたよ」


「かすり傷程度に大袈裟じゃねえか?」


「何言ってるんですか。小さな怪我でもどうなるかわからないって教えてくれたのはパスカルさんですよ?」


 やられた、とばかりにパスカルはため息を一つつく。シャロンには勝てそうにない。いつもこうして手玉に取られているかのような気分になる。だがそれが、悪くないと思えるのもまた事実なのだ。


「……お前に怪我は?」


「ありません。パスカルさんが来てくれましたから」


「なら、俺は戻る」


「その……助けに来てくれて、ありがとうございます!」


「……別に。連中がこっちに逃げたから追いかけただけだ。とりあえず、助かった。礼を言う」


 パスカルはそう言ってさっさとリョーハたちのところへ走って行く。ハミドはそれを見てため息を一つついた。


「あいつも素直じゃねーよなー。俺も行ってくるわ、気をつけろよー?」


 ハミドはミランダの頭をわしゃわしゃと撫で回す。ミランダは少し嬉しそうだが、まだ足りないと言いたげに顔をハミドに向けて目を閉じた。


「……行って来ますのキスは?」


「忘れねーよ」


 ハミドはミランダに触れるだけの軽いキスをすると、手を振りながらリョーハたちとの合流地点へと走って行った。ミランダは嬉しそうにしながらその後ろ姿を見送った。


 そんな和やかな傍らで、ショウヘイはやっと立ち上がっていた。緊張の糸が切れて、しゃがみこんでいたのだ。これがまだ前哨戦とは、気が遠くなりそうだった。


 そして、戦場で初めて撃った。あの光景が忘れられない。飛び散ったのは火花だったが、もし血飛沫だったのなら……? ショウヘイは右手をグリップを握るかのように握り、あの感触をもう一度思い出していた。

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