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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第2章 異世界の生活
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2-18 眠れる森の星空に

 この世界ではガス灯代わりであろう、暗号灯と呼ばれる街灯、それがないこの村は、いつにも増して星が綺麗に見える。人工的な光のないここは、エルフが自然と共に生きることを表しているかのようだ。


 レイジは指先で星と星をなぞり、線で結んで形を作る。昔の人たちはこうして星座を作ったのだろうか。まるで子供の遊びだが、奥が深い遊びにも思えてくる。


 流石に肌寒さを感じたレイジは立ち上がり、テントに戻る前に焚き火にあたって温まろうと歩き出す。ヴァーラに一個大隊が宿泊できるような施設はなく、持って来たテントで野宿となっていたのだ。


 焚き火に近寄ると、そこには1人先客がいた。ショウヘイだ。久しぶりに見た弟の姿に、レイジはなんだか懐かしくなり、その肩を叩いた。


「おっす、元気?」


「あ、生きてた?」


「まーな。美春は?」


「寝てる」


 レイジは89式小銃を粒子化させ、ショウヘイの隣に適当に腰掛ける。焚き火の熱が頬を火照らせ、体温を上げる。寒さに悲鳴をあげていた指も、徐々に活力を取り戻し始めたかのようだ。


「ねえ兄貴、俺たち、どうなるのかな」


「さあな……ここへぶっ飛ばされた経緯は未だ不明、そして戦争に巻き込まれる。巻き込まれ体質にも程があるわい。神様がいたらクレームのオンパレードだよ」


 レイジはいつも通り軽い口調でふざける。そうすることで平静さを保とうとしているのだ。


「この世界楽しいって最初思ってたけどさ、こうしているうちに向こうの方が平和だったんじゃないかって思えて来たよ」


「平和なんて戦争と表裏一体さね。どっちか欠けたらもう片方が成り立たない。平和は次の戦争の準備期間。それを出来るだけ引き伸ばしてるだけなのさ。日本から目を離してみろ。そっちゃこっちゃ戦争やってるぞ? どこが平和なんだ? それに、人が死なない受験戦争ならもう勃発してるぜ?」


「受験戦争は皆等しく苦しむじゃん」


「学歴社会だからな。呪詛しか出なかったわ」


「だろうね……兄貴は、帰りたい?」


「……俺の武器も装備も、日本を守るために国から貸し出されてるものだ。だからお前ら連れて帰らなきゃならない」


「そうじゃなくて……それは自衛官としての答えでしょ? 兄貴の答えを聞いてるんだよ」


 ショウヘイはレイジに逃げ場を与えない。自衛官としての使命に、役目を答えとはさせず、神崎零士としての答えを求めたのだ。


 パチパチと薪が音を鳴らして燃え盛り、火の粉を空へと舞い上がらせる。まるで舞い上がった火の粉が星に取って代わろうとしているかのようにも見える。その火の粉がレイジの頬にあたり、煤けさせる。


「ここが、死に場所だろうと思ってる。戦っているうちは俺の存在価値が見出せる。それだけさね」


 レイジはそう言って立ち上がった。この場から逃げたいという気持ちが現れているのが見えている。ショウヘイは咄嗟にレイジを止めようとするが、それより早くレイジはその場から立ち去ってしまった。


「死に場所なんて……なんで、生きたいって言わないのさ、兄貴……」


 ショウヘイは兄の背中に何も見いだすことが出来なかった。生き物としての本能、生存本能。レイジはそれすらも抑制してしまっているかのように見えた。


 生きてきたいと願うのは罪なのか? 例え自分が死にそうな状態でも、他に死にそうな人がいたら自らの生存を諦めて救わねばならないのか?


「兄貴は……カルネアデスの板すらも譲っちまうのかよ?」


 カルネアデスの板——とある船が難破し、1人の男が残骸の板に掴まり、事なきを得た。そこへ他の生存者が泳いできて、2人で板に掴まれば沈み、溺死してしまう。


 そして仕方なく泳いできた生存者を追い払い、溺死させてしまった。助かった男の行為は正当なのかというものだ。


 法律上は緊急避難にあたり、この男が罪に問われることは無いとされる。


 だがショウヘイには、レイジは自らの生還を諦めて板を譲渡し、溺死してしまうように思えた。助かるのは同じ人間のはずなのに、どうして自ら死ぬ方を選ぶというのだろうか。


「どうしてだってんだよ……わからねえよ。守るためなら他人どころか、自分すらも殺すってのかよ……?」


 ショウヘイは理解できなかった。自分は生きていたいと願う。何故、と問われればそれは答え難いが、死ぬのはやはり怖いのだ。なぜ怖い? そう問われて咄嗟に思いつくことといえばやはり、原始的な恐怖だと言えよう。


 だからこそショウヘイは、どうしてもレイジの思考を理解できないし、自らの『なぜ生きるのか、生きる意味とは何か?』という問いに答えを見つける鍵にすることはできないだろうと思った。


 ※


 パスカルとハミドは歩哨を終えて宿営地へ戻る途中だった。時間はまだ21時。もう眠って明日に備える者もいれば、戦友と焚き火を囲んで談笑する者もいる。いつ来るか分からない別れを忘れようとしているのか、後悔しないようにやれる事をやっているのか。


 そんな事を気にするものは皆無だろう。パスカルとてそうなのだから。周りに無関心なパスカルではあるが、少し気になる事くらいはある。兵士に混じって民間人の姿があったのだ。避難民ではなさそうだ。


 どういうことか。パスカルはすぐにゼップにグライアスを同調させて問いただす事にした。


『やあパスカル。何かあった?』


「何かあったもクソもあるか。なんで民間人がいる?」


『それなら、報道陣だよ。無下に断ったらゴキブリみたいに新聞で叩かれるからね。後は、王立魔道研究院から派遣された学者とか、かな。後は王立魔術師養成学園からも研修生が』


「なんだと? まさか……」


 パスカルはグライアスを切り、報道陣とやらがいる場所へ向かって走る。ハミドも少しだけ胸騒ぎがして、パスカルを追いかけて走り出した。


 走って行った先の焚き火のところに、2人の女性の姿があった。パスカルとハミドには見覚えのあるその姿。声をかけずにはいられなかった。


「シャロン!」


「ミランダ!? お前なんでここにいんだよ!?」


 後ろから聞こえた2人の呼び声に、シャロンとミランダは振り向く。そして、2人とも笑顔で手を振ってみせた。パスカルとハミドの困惑なんてまるで気にも留めないかのようだ。


「パスカルさん! えへへ、来ちゃいました」


「取材に来たわ! 大規模作戦だから、特集記事の匂い……ふふふ……」


 パスカルとハミドは顔を見合わせた。そして、パスカルはシャロンの手を取ってどこかへと引っ張っていき、ハミドはミランダの隣に座った。


「ミランダ……お前ここが前線ってわかってるか? マジで危ねえぞ?」


「仕事だもん。それに、後方支援部隊と一緒に行動することになってるから心配いらないわよ」


「そういう訳じゃなくてだな……全くよ……」


 ハミドはため息をついて頭を抱える。一応、ミランダは編集者ではあるが、今日は記者として来ているのだ。魔術研究の雑誌の記者ということもあり、今後の魔術の発展に期待を寄せて軍と行動することを許可されたのであろうが、やはり戦場では何が起こるか分からない。ハミドは出来るだけをそんな危険に晒したくなかった。


「……心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから、安心して。そして、ちゃんと生きて帰ってきてね?」


「お前なぁ……っても、お前もある程度暗号魔法使いこなしてるからなぁ……いいか、ヤバくなったら俺を呼べ。あと周りの奴としのごの言わずに逃げろ。オークどもはマジで容赦ねえからな」


「わかってる。ハミドも、生きて帰ってきてね? 約束出来る?」


「誓ってもいいぜ? 葬儀屋ハミドがそー簡単に死ぬかよ」


 ミランダは自然な流れでハミドの膝に腰掛ける。無表情に見えて、その頬は少しだけ赤らめている。ハミドとて恋人とこうして話すのは楽しいが、それ以上に戦場に恋人がいるということが不安を煽り立てて仕方ない。万一があったら困るのだ。


 それでもハミドは不安は見せられないと言わんばかりに、いつものように軽口を言って、笑って見せた。そして、その不安を拭い去ろうと膝に乗せたミランダと言葉を交わす。その恋人同士の穏やかな時間を、星空だけが見守っていた。


 ※


 パスカルはシャロンの手を引き、少し離れたところへ向かう。その途中で何も言わずに立ち止まると、自分のポンチョの留め具を外して脱ぎ、シャロンにそれを着せた。


「焚き火から離れたら寒いだろ。それを着ておけ。風がダイレクトに当たらない分マシだ」


「んっ……ありがとうございます」


 パスカルが暗闇の中で少し顔を近づけてポンチョの留め具を止める。シャロンは少しだけ顔を上げながら、わずかに声を漏らしてしまう。目の前には癖っ毛なパスカルの頭がある。シャロンは思わずその頭に手を載せていた。


「……なんのつもりだ?」


「その……条件反射、です」


 パスカルは少しため息を漏らしつつ、少し屈んだその姿勢でシャロンの手を受け入れる。いつもポンチョで隠れていたパスカルの腕のワッペン——赤い月と射手座のエンブレムが珍しくその姿を現していた。


「……満足したか?」


「ええ、とても」


 シャロンは微笑みながら手を離す。パスカルは立ち上がり、本題を話し始めた。


「なんで来た? ここは戦場だぞ。帰った方が身のためだ」


「ごめんなさい……でも、必要なんです。これから行く場所に、次の時空の歪みが現れるって仮説を証明したくて……」


「時空の歪み? アレを研究してるのか? この前アレに変なところへ飛ばされたが」


 パスカルは以前、光の玉に飛び込んで廃墟と化した宇都宮駐屯地に出くわした。そんなものの研究をしていると聞いたのは初めてだ。


「そうなんです。時空の地図の証明ができれば、解決できる問題が山ほど……」


「ならば別の所にしろ。わざわざオークどもの巣窟に飛び込んで、お前連れ去られたり殺されたらどうするんだよ?」


「それは……」


 シャロンは言葉に詰まり、少し悲しそうな顔をして俯いた。言い過ぎたかとパスカルも胸がチクリと痛むが、リスクを天秤にかければ仕方がない。シャロンのためだとパスカルは自分に言い聞かせる。


「お前は民間人だから送り返してくれるはずだ。安全地帯へ……」


「でも! でも……パスカルさんは、行くんですよね? ランブイエの時みたいに……」


 パスカルは少し黙り込む。そして、しゃがんでシャロンと目線を合わせて、そっとその頭に手を置いた。


「俺は暗号屋。傭兵だ。それが仕事」


「私もまだ学生とはいえ、研究をする身です! 少しの危険くらい……」


「折角拾った命、こんなとこで捨てるなよ! ……この戦場は、俺たちみたいなロクでもない奴らだけが死ねばいい。お前に死ぬ必要はない。少しは自分を大切にしろ」


 少しどころではなくキツく当たってしまった。それでも、パスカルはシャロンに生きていてほしい。それでもシャロンはパスカルに向き合い続けた。


「私だけが、パスカルさん置いて帰ってどうするんですか……? せめて、側に居させて……」


 パスカルは黙り込んだ。あまりにも真っ直ぐすぎる目が眩しい。パスカルは色々あってシャロンを気にかけているし、死んでほしくないと珍しく思っている。本来ならここでいつものように冷たく追い払うところだが、その真っ直ぐな目に、パスカルは答えに詰まった。


「……部隊のやつらの言うことを聞いて動け。勝手に変なことはするな。後、ヤバかったら俺を呼べ。座標付きで」


「やっぱり、パスカルさんは変わりませんね」


「うるせえ。風邪ひくから戻るぞ」


 パスカルはシャロンの手を握って先ほどのところへ戻ろうとする。その右手は、リストブレードと、それを操作するためのグローブも外され、シャロンを傷つけないようにされていた。


 シャロンは繋いだパスカルの手の暖かさを感じ、幸せそうに歩く。その顔は暗闇に紛れ、まるで照れ隠しのようにパスカルにもよくわからないままだった。

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