2-17 Siege in Vaara
分隊は作戦開始前に休息を取ることになった。急を要する事態ではあるが、長旅の疲労を残したままでは作戦遂行に難があると判断し、食事をとることにしたのだ。
「なあ皆坂、異世界で魔法あるって聞いてすげー期待してたのによ、やってること元の世界と変わらなくね?」
レイジは粒子化していたパンにジャムを塗りたくって口へ運ぶ。粒子化が使えるとこう言う糧食の問題が1発で解決する。レイジとしては夢のようだった。
「仕方ないっすよ。異世界に夢見すぎ。魔法も科学も一長一短ですよー? というか俺たちがそもそも暗号すら使いこなせないから銃ぶっ放す脳筋仕様ですもん」
「ちげえねえ」
レイジは肩をすくめて最後の一切れを口に放り込んだ。食事を終えて腹が膨れたならば作戦会議だ。ちょうど食事を終えた面々がリョーハの元へ集まり出していた。
「作戦会議ったってまだ作戦の立てようがないんだよな。パスカル、中の様子探れたりしねえか?」
「出来るけど生体反応多すぎて区別が効かない。この目で見ないと敵かどうか判別しかねる」
リョーハは腕を組んで唸り声を上げる。レイジはもう1度見取り図に穴が空くほど見直してみる。ログハウスのように丸太で作られた建物で、広さは学校の体育館より一回り小さいくらいだろうか。よくよく見ると、屋根は三角形で、釣り天井との間に隙間があるのが分かった。どうやらそのスペースを倉庫にしているらしい。
「リョーハ、この釣り天井入れないか?」
「入れそうだな……問題は、どうやって入るかだな」
「ならば、デッドサイレンスを使おう。その間に爆破なりなんなりして穴を開ければいい」
そんな過激にも思える方法を提案したのはアーロンだ。アーロンのデッドサイレンスの暗号を使えば気取られることなく穴を開けることくらい出来るだろう。
「それで行こう。保険としてミーシャ。狙撃態勢。集会所側面の窓があるだろ? そこから狙いつつ偵察を。行け」
「了解。セリョーガ、来てくれ」
ミーシャはセリョーガを観測者として伴って近くの教会の鐘楼を目指す。ローラシア大陸で広く信仰されているレナトゥス教の教会だ。鐘楼からは集会所を見下ろすようになるので、狙撃地点としては適当なのだ。その距離は約500m程だ。
「パスカル、ハミド、アーロンで偵察頼む。こういうのは暗号屋トリオが適任だろ。もしバレてどうしようもなくなったら暴れろ。俺たちもすぐ突入する」
「わかった。ハミド、アーロン、行くぞ」
「おうよ」
「ああ」
パスカルは早速ハミドとアーロンを引き連れ、集会所へと向かって行った。
※
パスカルたちは集会所の壁に取り付いていた。丸太を組んで作られているため、指を引っ掛けるにはちょうどいい。グラビライト石の効果も合わせれば壁を難なくよじ登れるだろう。
「ハミド、お前は上まではいかず、窓からこっそり覗き込め。バレるなよ。あと、ミーシャが狙ってるから射線に入るな。アーロンは俺と来い」
「けどよパスカル。わざわざ俺がそこの窓から見る必要あるか?」
「違う視点というのは大切だぞ?」
「うーす。リリアーヌにもよく言われるぜ」
ハミドは凹凸だらけの壁をよじ登り始める。難なく窓まで登りきったのを見届けると、パスカルとアーロンも壁を登り、屋根に取り付いた。
「さて、何を使って穴を開けようかね」
パスカルは屋根を見ながら呟く。屋根は板で作られているが、幾重にも重ねて耐久性を増しているようだ。ハンマーか何かで殴ってもうまく穴を開けるのは難しそうだ。
「アーロン、ここ爆破するからデッドサイレンス頼んだ」
パスカルはチョークを取り出し、屋根に爆破の暗号式を描き始める。パスカルには簡単な作業だ。爆薬のように慎重になる必要もない。手順通りに書くだけなのだから。
アーロンはデッドサイレンスの暗号を込めた札を設置する。起動準備状態にしておき、アーロンは少し下がる。
「パスカル、こっちは準備できた。合図してくれたらいつでもやれる」
「よし、ミーシャ、中の動きはわかるか?」
『ここから観測する限りでは気づく様子なし。デケェハム食ってやがるよ羨ましいな』
「アーロン、やれ」
アーロンはデッドサイレンスを起動する。札から紫の光の線が広がり、辺りに暗号を描きだす。それを見届けたパスカルは少し下がり、爆破の暗号を起動させた。
暗号は屋根を繰り抜くように爆発し、屋根を丸く切り抜いた。くり抜かれた板がつり天井に落ちるが、デッドサイレンスの効果もあってその音は伝わらない。
パスカルはその穴に飛び込む。アーロンも続いて飛び降りる。そこは全くの無音。自らの血流の音すらも耳鳴りのように聞こえる程だ。平衡感覚すら失いそうになるが、それより早くデッドサイレンスの効果が切れ、音が戻った。
パスカルは慎重にリストブレードを使ってつり天井に穴を開ける。覗き穴程度の穴を2つ開け、アーロンとともに中を偵察する。
見えるのは四隅に1体ずつ配置されたオークの姿と所狭しと詰め込まれた人質。それだけだ。そんなバカなと2人は用心して観察するが、やはりそれだけしかいない。
「一度戻ろう」
「ああ、それがいい。何か分かったのか?」
「何も分からねえから、だ」
パスカルはそう言って屋根に開けた穴をよじ登る。アーロンもそれに続いて穴から出て、リョーハたちの元へと戻った。
※
「どういうこっちゃ、自警団の話だと結構いたらしいんだけどな」
セリョーガは見取り図と、それに書き込まれたオークの位置とにらめっこして首を傾げる。自警団の話だと最低でも10体はいたらしい。それが今は4体。どこかに隠れていたのだろうか?
「だが見取り図だと、入り口入ってすぐデッカい体育館見たいなところだからなぁ……この用具庫か?」
レイジも何度も見直しては首を傾げる。残りのオークはどこだろうか。足止め役だけ残してさっさと引き上げたのか? 用具庫に隠れているのか? 様々な憶測が飛び交う。そんな時、ハミドが思い出したとばかりに指を鳴らした。
「そういやパスカル、前に俺が泳がせたオークがいただろ、ちょっとそれ探してみるか?」
ハミドは血のついた布切れを取り出す。既に乾いているが、それはレイジが襲撃された際にハミドが取り逃がしたオークのものだ。
「ここにいるのかよ?」
「さーな。ミラクル期待」
パスカルは地面にチョークで暗号を描く。パスカルの得意な追跡の暗号、シーカーだ。描き終わった暗号の上に血のついた布切れを置き、シーカーを起動する。
暗号から放たれた光が宙にホログラムを映し出す。それは紛れも無い、あの集会所だった。そして、それは拡大され、用具庫の壁を突き抜け、その中を拡大して見せた。
やはり残り6体のオークがそこにいた。交代で仮眠しているのだ。
「ミラクル、だな。パスカル」
パスカルはドヤ顔を見せるハミドへ無言で100イラーツ銀貨を投げ渡す。この世界の通貨はイラーツといい、100イラーツあればとりあえず酒場で酒一杯は飲める程度だ。
「おかげで居場所は判明したな。よし、攻撃と行こう。あまり大人数で行ってもアレだ。人数を絞る」
リョーハは図面に居場所の判明したオークを書き足す。そして、集まっている分隊の面々を見回し、考える。
「まずは俺。グリーシャ、セリョーガ、レイジ、パスカル。突入だ。ミーシャはサンヤと狙撃。ヤーリはハミドと一緒に避難してくる人質の誘導及び安全確保だ。ケイスケは援護」
配置は決まった。ミーシャは辺りを見回したり地図を見て最適な狙撃地点を探す。建物の構造上、いくつかの目標が建物に隠れてしまう。狙撃できるのは一握りだ。誰かがミスした時フォローできるのは半分程度といえよう。
だから、死角部分を攻めるのは確実性の高い者を行かせなければならない。それこそパスカルやハミド、アーロンといった歴戦の暗号屋3人はうってつけだ。
そしてリョーハとしては、レイジはこれまでよく頑張ってはくれたが、こういう閉所戦における戦いは未知数なのだ。そもそも実戦経験なくここへ来たとゼップから聞いていたのだ。信頼性で言えば、低いと言わざるを得ない。
だからリョーハは仕留め損ねた時はミーシャがカバーできるように、死角には行かせないように配置した。それはレイジにもよくわかっている。
リョーハ、グリーシャ、セリョーガ、レイジは入り口に接近する。入り口からなだれ込み、制圧するのだ。
パスカル、ハミド、アーロンは暗号を使って壁を爆破し、用具庫に隠れているオークを一挙に仕留める。タイミングを合わせて正確に射撃することが成功のカギだ。ミスは許されない。
レイジは89式小銃をしっかり握り、棹桿を引いて初弾を薬室へ送り込む。安全装置を解除すればいつでも撃てる状態にして、レイジは作戦開始を待つ。
『リョーハ、配置についたぞ』
ミーシャからの連絡が入る。ミーシャは既にスコープに敵の姿を捉えており、いつでも撃てるのだ。サンヤもその隣で双眼鏡を使って敵の動きを監視している。
『こっちもいける。暗号も設置完了だ』
パスカルからも連絡が来た。準備はこれで整った。あとはやるだけだ。リョーハは呼吸を整え、セリョーガに目をやる。セリョーガは縦にひとつ頷いて、左手に込めた爆破の暗号をドアに押し付け、転写した。
「やれ、突入! 突入!」
セリョーガが、パスカルが暗号を起動させてドア、壁を爆破する。砕けた木片が飛び散り、爆音を聞いてしまい、耳栓をしていても酷い耳鳴りがする。それでも進む。
リョーハが飛び込み、グリーシャが、セリョーガが突入する。レイジも突入すると同時に、あらかじめ指示されていた敵を狙って照準を合わせ、単発で射撃する。
ダットサイトのレンズ越しに飛び散る鮮血が見えた。オークを倒したのだ。素早く横へ照準を向け、オークを狙うが、それは既にセリョーガとミーシャの弾丸を同時に食らって絶命していた。リョーハとグリーシャも、突入してすぐ左右にいたオークを仕留めていて、念のために数発撃ち込んで確実に絶命させていた。
用具庫からも怒号が聞こえてくる。パスカルたちが暴れているのだろう。しばらくするとそれも静かになり、ゆっくりと用具庫のドアが開いた。そこには返り血を頬に浴びたアーロンがいた。チラリと見えたその後ろは、壁が血で芸術的にペイントされている。
「終わったぞ。少し手間取ったが。それに、俺はオークの血は好みじゃないんだ」
「でも飲んだんだろ?」
「栄養豊富なんだ。良薬は口に苦しというだろう」
アーロンはレイジに笑って答える。集会所の安全化に成功し、人質は無事。あっさり終わったように見えるが、これは作戦前の積み重ねの賜物である。
情報の収集、綿密な連携、作戦立案。戦う前から始まっていて、それを詰めたからこそこの成功があったのだ。偶発的トラブルにも見舞われることなく終わり、リョーハは胸をなでおろしていた。
「よかったな、ベスランにはならなかったぞ」
「なってたら死んでから少佐たちに合わせる顔がねえ」
引き上げの最中、グリーシャはリョーハに言う。2人だけでなく、セリョーガに、スコープ越しにミーシャも、その現場を感慨深そうに眺めていた。
※
作戦完了から2時間。残弾の確認や前進準備を整えていたところに、トゥスカニア第1大隊の車列がやって来た。主力到着前にヴァーラの確保に成功したと知ったゼップは分隊のところへ直々に労いに来ていた。
「よくやってくれたよ。死人は出るものと思っていたけど、上手くやってくれたようだね」
「作戦勝ちというものです。それよりもこの後の行動について命令を」
リョーハは当然だと言わんばかりだ。プライドというものだろうか、成功させて当然だったと無言で雄弁に語っている。
「そうだね。リンデンは斥候として主力の先を行って、進路の安全化を。本隊はこれよりオウル山岳地帯に点在するオーク居住地の制圧へ向かう」
とうとうオーク掃討戦になるようだ。レイジとしてはオークのやることは元の世界でいうテロリストにも等しいようなことばかりなので同情することはできない。生きるか死ぬかの戦いなのだから。
「了解。出発は?」
「明日の昼。今日はヴァーラで宿営だ。ゆっくり休んでくれ」
こうして、長くも感じた1日が終わりを迎え、レイジはようやく銃を下すことができたのだった。