2-16 突破
レイジが目を見開いた瞬間、右前から弓矢が飛んできた。咄嗟にレイジはしゃがんで隠れる。弓矢は走っている馬車を捉えられず、馬車が走り抜けた空間を貫き、地面に刺さった。
「見えた! ゴブリン!」
ケイスケが3発ずつ連射し、ゴブリンのいる位置を狙う。丘の中腹に穴を掘って隠れていたのだ。掩体を掘るとは思わなかったが、弓を放つために長時間身を晒した事と、刺さった矢の向きから大体の地点をすぐに割り出せたのが大きい。
青い野原に鮮血が飛び散る。ケイスケがやったのだ。だがこの1体で終わるとは思えない。
「左に2つ、構えてる」
「確認!」
リョーハが教えてくれたところへレイジは89式小銃を向ける。そろそろ電池切れになるかも知れないダットサイトの赤点を合わせ、単発で数発射撃する。
被弾したゴブリンは番えていた矢を放してしまい、矢が明後日の方向へ飛んで行く。もう片方のゴブリンも即座に目標変換したレイジに射殺され、馬車を仕留めることはできなかった。
「左前方、オークが来るぜ」
「見えてる」
グリーシャに一言答えたリョーハはエクリプスMk-Ⅲを構え、道端に掘った穴に隠れていたオークへ1発撃ち込む。胸元に被弾したオークは鮮血を撒き散らしながらよろける。リョーハはそれで安心せずにすぐにコッキングレバーを引いて次弾を装填し、オークの頭へ駄目押しの一撃を撃ち込み、確実に仕留める。
「やったな!」
「撃破1!」
リョーハは表情ひとつ変えずに前を向き、再び警戒に戻る。レイジとケイスケの射撃音が鳴り止まない。隠れている敵を次々仕留めているのだ。
「リョーハ! この辺大丈夫そうだ!」
レイジはリョーハに声をかける。リョーハは地図を広げて現在位置を確認する。
「この先トンネルがある。奴らが封鎖してるかも。俺とセリョーガで仕留めて来る。セリョーガ、準備いいか?」
『準備よし!』
「馬車を止めて下車展開、警戒しておけ。行くぞセリョーガ!」
リョーハはグリーシャが馬車を止めると同時に御者台から飛び降り、着地と同時にローリングする。セリョーガもそれと同じように着地して周辺を警戒するが、肘を打ったらしく、痛そうにしている。
「ヘマした」
「知るか。行くぞ」
「辛辣にどーも」
2人はエクリプスMk-Ⅲを構えながら進む。例のトンネル行くには隘路を右に曲がる。そこは丘が邪魔で馬車からは見えなくなる場所だ。
「リョーハ、武器変えていいか?」
「そうだな」
2人はエクリプスMk-Ⅲを粒子化させ、代わりの銃を実体化させる。無骨な外見の自動小銃。もちろん、この世界にあるものではない。レイジたちの世界でよく知られた小銃、AK-47に替わるものである、AK-74Mだ。
「こっちの方がしっくり来る」
「行くぞ。抜かるな」
リョーハを先頭にして、セリョーガが後に続く。トンネルから見えにくいようにできるだけ道端に寄り、トンネルの入り口付近に身を隠す。岩山をくりぬいたかのような形状で、そんなに長くないトンネルからはゴブリンやオークの声が反響して来る。
リョーハとセリョーガは何も言わずに手のひらに収まる金属の塊——手榴弾を実体化させ、ピンを抜き、安全レバーを外して一呼吸置き、トンネルへ投げ込む。
グレネードが転がる。2人はすぐに物陰に身を隠し、爆発を待つ。
爆音が響く。遅れてもう1つ爆音がトンネルから響いてきた。2つ目の爆音を合図として、まずリョーハが飛び出し、セリョーガはその後ろを横に飛び、地面に横たわるようにしてAK-74Mを構える。
手榴弾を食らったゴブリンやオークがあちこちに倒れている。それよりさらに奥から無事だったオークたちが棍棒片手に肉薄して来る。リョーハとセリョーガはオークの頭を正確に、冷静に狙い、確実に射殺する。
AK-74Mが使う弾薬5.45×39mm弾は弾頭内部に空洞を作ってあり、人体等のソフトターゲット命中時に弾頭が横転して突き進むようにできている。その為、筋肉や血管を含む周辺組織へ多大なダメージを与えることができる。
そんなものを頭へ食らったオークはその強靱な生命力も無意味で、次々と2人の前に屍の山を作る。
突っ込んできたオークを見つけるやいなや、リョーハは冷静にその頭を撃ち抜く。オークは後頭部から血しぶきを撒き散らしながら後ろにひっくり返るようにして倒れる。
セリョーガも奥からやってきた増援のゴブリンへ正確に射撃し、撃ち倒す。しばらくすると、洞窟に響いていた耳障りな声も聞こえなくなっていた。
「クリア! 戻るぞ、行け行け!」
リョーハはセリョーガへ指示すると、後ずさるようにしてその場から離脱する。セリョーガもそれを追いかけて離脱しつつ、AK-74Mを粒子化させ、エクリプスMk-Ⅲへ持ち替えた。
リョーハたちが曲がり角から現れたのを見たグリーシャとミーシャは馬車から降りて警戒していた面々に乗るよう合図すると、馬車を走らせた。リョーハとセリョーガはグラビライト石を使って飛び、そのまま御者台に飛び乗った。
「お帰り……おいどうした?」
グリーシャはリョーハの様子を訝しむ。股間を押さえて苦悶の表情を浮かべているのだ。
「今のでタマを派手に」
「ほほーう、リョーハが珍しくヘマかい?」
「うるさいな、引っ叩くぞ。トンネルはクリアだ。このまま突入して下車展開。村を制圧する。レイジは俺と前衛を。パスカルたちは逐次先行して偵察頼む。ミーシャは場所を見つけて狙撃態勢。サンヤ、ミーシャについて行け。質問は? ないか?」
リョーハは部隊に指示を出す。レイジとケイスケは聞こえてきた銃声に疑問を抱いてはいたが、矢継ぎ早の指示を聞くことを優先し、その疑問を解決する余裕はなかった。
※
ヴァーラの市街地はゴーストタウンとなっていた。ギャップと呼ばれる、森の中にぽっかり空いた穴のような空白地帯に作られた簡素な街は静まり返っている。ミーシャとサンヤは指示通りに狙撃に適しているであろう鐘楼目指して先行している。
レイジは建物1つ1つに銃口を向け、警戒しながら進む。パスカルはハミドとアーロンを引き連れて建物の上を飛び回り、先行しているのだ。
『いるぜ、その先20m、建物の角にオーク3つ。こっちで始末する』
「了解、やったら知らせろ」
リョーハは答えると、壁によるように合図する。レイジたちはそれに従って建物の壁に背中をつけるようにして待機する。程なくして聞こえてくる地響きのような音と刃物が肉を断つ音、死ぬ瞬間の断末魔——思わず耳を塞ぎたくなるような断末魔が止むと、そこには静寂が戻った。
「クリア!」
「よし、そこの建物に入れ!」
パスカルの合図を聞くや否や、リョーハは背中を預けていた建物に入るように指示する。サンヤが銃を構えて警戒しながら片手でドアを開け、分隊を導く。グリーシャが先行して入り、それにレイジたちも続いて行く。
「弓を下ろせ、味方だ!」
グリーシャの声と、誰か男たちの叫ぶ声が聞こえてくる。何事かとリョーハもすぐに部屋に飛び込むと、エルフの兵士たちが部屋のあちこちにしゃがみながら弓を構えていた。壁際には頭から血を流している負傷者の姿もあった。
「落ち着けって、味方だ」
グリーシャは落ち着かせようとするが、エルフ側はなかなか落ち着かない。見かねたリョーハが叫んだ。
「静かにしろ!」
部屋が静まり返る。ルフィナは負傷者の元へ駆け寄り、詠唱を始める。治癒魔法の類だ。リョーハは窓際にしゃがみ、近くのエルフに話しかける。
「何があった?」
「狙撃された。2階の窓だ。今のところ30分は撃ってきてない」
「ここの状況は?」
リョーハは地図を取り出し、床に広げる。そのエルフはリョーハの差し出したペンを受け取り、あちこちにマークしていく。
「ここ、集会所に人質を取られてる。すし詰めで、中の様子がわからないから攻めようがない。あちこちで自警団が抵抗を試みてるが戦力差が違う。押されてるんだ。あんたらは?」
「アリエス聖王国軍第1連隊"トゥスカニア"だ。そこの魔術化大隊暗号化中隊所属。あと助っ人の暗号屋3人、詠唱魔術の使い手、第1王子の妹が2人、クロノスの招き人2人だな。おい、全員集まれ」
リョーハと地図を中心にして分隊が集合する。頭が窓から出ないように低い姿勢をとり、リョーハが作戦を説明する。
「俺たちの攻撃目標は集会所。ここの非戦闘員救出だ。オーク掃討は後続部隊がやる。で、そこへ行くまでにこの広場。狙撃兵が潜伏していると見積もられる建物前だ。ここを通らなければ行けなさそうだ。セリョーガ、レイジ。前衛に付け。パスカルたちはさっきと同じく屋根を行け。レイジは狙撃兵が出てきたら切り札だ。建物ごとアレで吹っ飛ばせ」
「アレってLAM? リョーハに見せたことあったか?」
レイジはLAMを実体化させ、射撃装置を取り付け、グリップを展開する。リョーハは一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔をして、レイジは答えた。
「前の戦闘の報告書で読んだ。狙撃兵潰すにはいいだろ」
「残り5本、これ使ったら4か。まあ使えるな」
プローブは伸ばさずに対物モードにして、スリングで背中に吊るす。ズシリと重みが久しぶりに加わった。レイジとしては2度と運びたくない代物だが仕方ない。
「準備いいぜ」
パスカルが言う。リョーハが手で合図すると、分隊は外へ出て隊列を組む。パスカルたち暗号屋トリオは適当な屋根に上がり、広場を見渡せる高台目指して走って行く。
「ミーシャ、広場のあたりの建物に狙撃兵。探せるか?」
『ここからは死角だ。広場は見渡せるけどその建物は無理』
「分かった。俺たちが狙撃兵を始末したらすぐ合流してくれ」
リョーハはミーシャに指示を出すと、分隊に前進の合図を出した。緊張の糸が張り詰める。一歩一歩が重く感じる。
レイジは89式小銃を構え、建物の窓1つ1つに注意を払う。訓練で鍛えた市街地戦闘技術がここでも通用するかは不安が残るが、やるしかなかった。
左右の建物に沿うように2手に分かれて進む。道の左を進むレイジはセリョーガと組んで警戒しつつ、広場まで出る。敵の姿は見えない。
広場は中心に噴水があり、市場でも開いている最中だったのか屋台があちこちに並んでいた。閑散としていて、不気味さを醸し出す。
「クリア」
リョーハはそれを聞くなり、右側の列を前進させる。広場に展開し、狙撃兵の姿を探す。
「セリョーガ、なんかいるか?」
「逃げちまったか?」
次の瞬間、窓が光った。反射光だ。レイジの本能が警鐘を鳴らす。考えるより早く、脊髄反射のようにセリョーガを蹴飛ばし、レイジ自身もその反動で横に飛んだ。
また光が見えた。スコープの反射ではない。マズルフラッシュの光だ。弾丸はレイジのてっぱちの表面を擦り、明後日の方向へ跳弾した。てっぱちの中のクッションが衝撃を緩和し、レイジは意識を保つことができた。
「スナイパー! 2階の窓!」
「ケイスケ! 奴を撃て!」
レイジは咄嗟に屋台に飛び込み、身を隠す。89式小銃を粒子化させてLAMを手に取る。その間にもリョーハの指示を受けたケイスケがミニミで制圧射撃をはじめ、狙撃兵が出てこれないように足止めをする。
「LAMスタンバイ! 後方どけ!」
レイジは自身の後ろに陣取っていたサンヤとミーシャに叫ぶ。2人はレイジの指示通りその場から移動し、危険区域から離れた。
「後方よし! リョーハ!」
「撃て!」
レイジは立ち上がり、屋台を肘置きにしてLAMを構え、スコープを覗く。敵の姿が一瞬見えた。オークやゴブリンではない。人間の姿だ。それでも迷うことはない。やる前にやらなければ。
安全装置を解除する。レバーをSからFに切り替え、引き金を引いた。いつも訓練で使う模擬セットなら、射撃装置の撃鉄がガチッと音を鳴らすだけだが、今回は本物だ。爆音とともにカウンターマスが、弾頭が発射され、砂埃を撒き散らす。
ロケットブースターで加速する弾頭は一瞬のうちに窓から飛び込み、天井に命中して炸裂した。その区画は天井が崩落し、全てを潰す。室内で榴弾が炸裂したのだから、崩落を抜きにしても助からないはずだ。
「オッケー仕留めた!」
レイジは軽くなってしまった発射筒を分離してその辺に捨てると、射撃装置だけ粒子化した。
「あいつも終わりだな。パスカル、この先へ」
『アレいつ見てもやべえな。集会所前の集結地で会おう』
パスカルたちが屋根を飛び越えて行くのが見えた。レイジは89式小銃を再び手に取り、次の目標地点へ向けて進み出した。
※
レイジたちが集結地点へたどり着くと、そこにはエルフ自警団が集結していた。リョーハはグリーシャを引き連れてそこの隊長のところへ顔を出す。
「トゥスカニアの救援部隊です」
「間に合ってくれたか。エルフ自警団だ」
「状況を」
「集会所にオークやゴブリンが人質をとって立て篭もり中。援軍待ちか、我々の足止めが目的のようだ」
トゥスカニアがオークのアジト攻撃に乗り出したことがバレたのだろう。防御態勢を整える時間を稼ぐためにこうして、戦力を分散させるために攻撃したのだろう。その目論見は上手くはいかなかったと言えるが。
「内部の状況は?」
「不明だ」
「建物の設計図を」
隊長は資料の置いてある机から集会所の見取り図を取り、リョーハへ手渡す。リョーハはそれにざっと目を通し、考えた。
「中を偵察したい。こっちで考えて見ます。相手を刺激しないようにしてください。何をするかわからない」
「急いでくれ。オークどもが何をするかわからん。人質に手出しされてないのが奇跡にも思えるくらいなんだ」
リョーハはエルフの窮状を聞きつつも、下手な動きはしないように助言してその場を離れる。
「グリーシャ、セリョーガとミーシャを呼んで来い」
「他の連中は?」
「今はいい。あの時のメンバーで、だ」
「あいよ」
グリーシャは2人を探しに行く。程なくして、グリーシャはセリョーガとミーシャを引き連れてやってきた。リョーハは適当なもので椅子とテーブルを用意していて、さっきの広場でこっそり頂いてきた胡桃を割って待っていた。
「で、どうしたんだ?」
ミーシャはスコープを付けた狙撃仕様のエクリプスMk-Ⅲを木箱に立てかけ、腰掛ける。グリーシャやセリョーガも適当に座ると、リョーハは見取り図を広げてみせた。
「ここに人質がすし詰めだとよ。敵の配置は不明」
「リョーハ、これって……」
セリョーガがリョーハの顔を見やる。リョーハもそうだと目で言っているのがセリョーガには分かった。
「まるでベスランだな。リョーハ、作戦は?」
ミーシャのベスランの一言に全員が目付きを変える。リョーハはため息を1つつく。
「パスカル頼りで内部を偵察か、他の方法を使う。んで、突入。オークどもが人質に手を出す前に片付ける。自警団には下手に動くなと言っておいた」
「あの時の二の舞にはしたくないもんな。こればかりは……」
ミーシャは過去の記憶を呼び覚ましながら言う。その目の奥には、かつての後悔や無念が込められていた。
「今度はそうはさせない。言っておくが、こっち側に死者を出すなよ。俺たちが"少佐"たちと同じことするのはまだ早い」
「俺たちに英雄の名は似合わねえ、ってな」
グリーシャの一言を最後に、その場は解散した。それをたまたま近くで聞いていたレイジは、リョーハたちに疑念を抱かざるを得なかった。
ベスラン、少佐。その単語が、どうしてもレイジには引っかかって忘れることができなかった。