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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第2章 異世界の生活
37/66

2-15 出撃

年末、いかがお過ごしでしょうか。自分はコミケに突撃しております。いやあ、朝の待機列寒い寒い…指が凍えて執筆すらできない!


投稿開始から約1年。来年もまた本作をよろしくお願いします!

 空挺作戦から2日。レイジは毎日駐屯地に顔を出してはオークの巣への攻勢作戦の会議に参加し、ショウヘイはシュターレンベルグ軍曹と共に大砲の諸元をとる日々を過ごしていた。


 会議に疲れたレイジは家のベッドで眠りこけている。寝首を掻かれても気付かないであろう。


「……お疲れ様、レイジくん」


 ルネーが久しぶりに現れ、レイジの眠るベッドへ腰掛け、レイジの頭をそっと撫でる。その眼差しには慈愛が、尊敬が込められている。


「人の身で、よく頑張ったね。気を付けなきゃダメよ?」


 寝ぼけているのか、はたまた目覚めたのかレイジはルネーへと擦り寄る。そうして甘えるレイジをここぞとばかりにルネーが甘やかす。人の知らない、止まった時の中での逢瀬。強くて脆いレイジを支える、か細い柱だ。


「……また、レイジくんは呼ばれるわ。それでも、安心して。私が守る。レイジくんは死なせない。だから安心して……いつか、私のところまでたどり着いてね?」


 ルネーが消える。その優しげな手の感触が消えるのと同時に、グライアスから聞こえる声にレイジは叩き起こされることとなった。


『起きろレイジ! 非常呼集!』


 リョーハからの非常呼集の一言に、レイジは脊髄反射的に反応してベッドから飛び起き、タンスから戦闘服を取り出して素早く着替える。この間約3分。


 今日は泊まりのアーロンはリビングで優雅にコーヒーを飲んでいる最中であり、ショウヘイと美春は半分パニックのような状態で部屋から飛び出してきた。


「おい翔平、なんで世界の終わりみたいな慌て方してるんだよ?」


「そんな兄貴こそ、なんで冷静に素早く着替えてるのさ?」


「レンジャー隊員の本能」


「もう人間やめちまえ!」


 あまりにあっさりとしたレイジの答えにショウヘイはいつも通りツッコむ。だがおかげで少し気分が楽になった。状況を整理する余裕が生まれたのだ。


「とりあえず駐屯地行く。翔平は美春と留守番するか?」


「いや、オークの襲撃のこともあるから兄貴と動きたい。美春もそれでいい?」


 美春はコクリと頷く。レイジがいれば安心だと思ったのだろう。


「分かった。早く着替えて来い。アーロン!」


「聞こえている。行くさ。そのうちゼップから行けと言われるだろうからな」


 アーロンは既に黒いコートを着込み、出動態勢を整えていた。後はショウヘイと美春を待つばかり。レイジは少しヤキモキしながら2人を待っていた。


 ※


 道中は特に何もなく、一行はラドガ駐屯地へ辿り着いた。部隊が慌ただしく駆け回り、会議室の灯りがついているのが外からでも分かった。腕時計は午前4時を指し示していて、空もまだ暗い。それでも非常呼集がかかったからには動かねばならないのだ。


 そんな中に、レイジはリョーハを見つけた。話を聞くにはもってこいの相手だ。レイジは咄嗟にリョーハに声をかけた。


「リョーハ、何があった?」


「救援要請さ。エルフの村からオーク襲撃の連絡が来た。最寄りの駐屯地の部隊が対処に当たってるが、俺たちも出動準備だと。連隊長がお前のこと探してるらしいぞ。本部へ行け」


「ありがと」


 リョーハはレイジと話しながらも他の兵士たちとは違う、指先がカットされた黒のグローブをはめる。大体の兵士は素手であるが、リョーハは何かしらこだわりがあるようだ。見た感じではレザー製にも見える。だが、微妙に違うように見えた。


 レイジは何かもやもやしたものを抱えながらもショウヘイと美春を連れて本部へ向かう。散々こき使われた後でまた呼び出しとなってあまり気分はよろしくないが、何だかんだトゥスカニアの一員みたいに扱われ、給料までもらっている手前、動かざるを得ないのだ。


「ゼップ、お呼び?」


 レイジが本部となっている会議室へ入ると、パスカルやハミド、スペンサー、アドルフォ、さらには入院中のはずのケイスケまでもがいた。


「おい皆坂、明日まで入院じゃねえのか?」


「休んでる暇はない、出撃だ! って病院抜け出して来ました」


「どこの空の魔王だお前は! 体治りきってねーのに連れてけるか!」


「行けますよ! 班長1人行かせて俺だけ留守番なんて御免です! 何としても連れて行ってもらいます!」


「……無茶はするなよ。不調見せたらすぐ後送するからな」


 レイジはケイスケの身を案じるが、当の本人はやる気に満ち溢れている。行くな、とはとても言えなかった。


 そんな2人の話が終わったと見るや、ゼップが地図を開き、レイジたちへ目をやる。話を始めていいかい? というような目に、レイジたちは無言で頷いた。


「2時間前だ。エルフの村、西部都市カヤーニと北部都市オウルの間くらいにある、ヴァーラっていう村なんだけど、ここにオークが襲撃して来たと通報があった。知らせを受けたオウル駐屯地とカヤーニ駐屯地から偵察隊を派遣し、情報待ち。非常呼集かけて戦力を待機させている状態だ」


「敵の規模とかの情報もまだ上がってないのか?」


「そうだね。ラドガに駐屯してるスペンサーの第1大隊はとりあえず1個中隊が派遣準備完了。とは言え迂闊に動けないんだ。何分、状態がわからないのに闇雲に戦力を投入できないし、戦力をそこにだけ集中させることはできないからね」


 ゼップはレイジに目をやる。まさかとは思うが、また少数精鋭で殴り込んで来いということだろうか。レイジは嘘だろうとばかりにゼップに目をやるが、本気のようだ。


「……何人付いてくる?」


「8人。パスカル、ハミド、アーロン、ルナチャルスキー軍曹、セルゲーエフ軍曹、ムラギルディン伍長、パトルシェフ伍長だ」


「後半のは聞き覚えがないな。確かルナチャルスキーはリョーハだった気がするし、ムラギルディンって前いたあの偵察兵だったような……まさかあの4人集?」


「そうさ、知らなかったの?」


「初耳だな」


「それはともかく、レイジに命令だ。ヴァーラへ潜入し、情報収集及び対処に当たれ」


 給料割り増しにしてもらおうと心に決めつつ、レイジはリョーハたちと合流すべく外へと向かった。


 ※


「なんだよ、俺らのフルネーム知らなかったのか? まあ、いつも愛称だしな」


 事情を聞いたグリーシャが言う。他の3人もまあ仕方ないかとでも言うような微妙な表情をしている。


「そーだよ、セリョーガ以外初めて聞いたわ。リョーハのフルネームは?」


「アレクセイ・ルナチャルスキーだ」


「そっからどーしてリョーハになるんだよ? まあいいか……」


 レイジは他の3人、グリーシャ、セリョーガ、ミーシャに目をやる。


「ちなみにグリーシャはグリゴーリー・セルゲーエフ。セリョーガはセルゲイ・ムラギルディン、ミーシャはミハイル・パトルシェフな。覚えておけ」


「セリョーガはちょっと覚えてたし、名前の響きからしてそーなるのはわかるけど覚えきれねえ! いつも通りに呼ぶわ」


 流石のレイジもこれにはお手上げで、呼びなれた呼び方で覚えておこうと、レイジは考えるのをやめた。


「で、今回の作戦は?」


 リョーハは適当な空の木箱に腰掛ける。他の面々もその辺のものに腰かけ、中央の木箱を中心として囲むように座る。レイジはその中央の木箱に地図を広げ、四隅に適当な石ころを置いて重りにして、ペンを使って作戦を説明する。


「ゼップからの命令はヴァーラへの潜入及び対処。細かいことは言われてない。俺たちで決めろってことだ。その辺の地理とか詳しい人いる?」


「パスカル来るの待つ方がいいだろ」


 リョーハが言う。確かに地形を立体的に映し出せるパスカルがいれば楽だろう。ハミドやアーロンもいれば戦術の幅が広がる。魔法を使いこなすということはこの世界においてはやはり強力な切り札となるのだ。


「その肝心のパスカルはいつ来る?」


「そのうちだ」


 リョーハが一瞬ニヤリと笑ってみせた。すると、遠くの山間から日が昇り、辺りを照らし始めた。その太陽を背にするかのように、パスカルが暗闇の中から現れた。黒のポンチョで暗闇の中に紛れ込んでいたのだ。


「うぉ!? いつの間にいたんだよ!? 影薄っ!」


「さっき来たばかりだ。影薄いとかいうんじゃねえ」


 パスカルが少しだけ眉を顰めた。そんなことよりも、と言いたげに、レイジはハミドとアーロンの姿を探す。いつも通りのカミーズ姿のハミドに、黒のロングコートを着た吸血鬼っぽく見えるアーロンは既に作戦準備を終えて、指示を待っていた。


「パスカル、この辺の地形見せてくれる?」


「ヴァーラか。わかった」


 パスカルは木箱の上にチョークで暗号を書き始めた。いつかもの暗号式を組み合わせ、複雑に連なる。まるで木のように見える。幹から枝が分かれ、葉をつけていくかのようだ。


 暗号から光が放たれる。漏れ出すように光り始め、その光は空中にホログラムのように指定した地形を映し出す。これは便利だとレイジは思いつつ、地形を念入りに観察する。


「深い森の中に集落があるのか? 空挺は無理だな。陸路か。パスカル、どう思う?」


「途中の隘路で待ち伏せされるかもな」


 目標地点への途中には緩やかな丘に挟まれた隘路がある。左右から挟み撃ちにされる危険があった。


「かもなじゃなくて間違い無く、だ。俺ならここに陣地作ってボコボコにするな」


 リョーハは言う。グリーシャやセリョーガ、ミーシャも同意見のようだ。


「ならば一部が迂回して陣地を叩くか、別のルートを使う、だな」


 アーロンの言う通りだろう。待ち伏せが予想される地点に乗り込むメリットがない。現状、では。


「その丘に岩ゴロゴロで馬車が通れそうなのがその隘路しかねーんだが?」


 ハミドの指摘によって、隘路強行突破が現実味を帯び始めてしまった。馬車ならともかく普通の騎馬ならどうだとハミドが言いかけた瞬間、ゼップがアリソンとルフィナを引き連れてやってきた。連隊長の登場に、リョーハたち正規兵4人は敬礼をする。


「休め。分隊に命令を下達する。分隊はリンデンと呼称。ルナチャルスキー軍曹を分隊長として、先行してヴァーラを奪還。無理そうなら後続の主力と対処に当たれ。その後、北方へ移動、オウルのオーク拠点攻撃に参加せよ。あと、支援でアリソンとルフィナも連れて行け」


 おいマジかよと一同は心の中で思った。こき使うにも程がある。とはいえ命令ならやらねばならない。レイジは頭痛がしそうだったが、我慢してリョーハを見やる。


「……馬車で強行突破。2台に分乗で行こう。連隊長、あとヤーリとサンヤも連れて行きたい」


「わかった。連れて行くといい」


「ねえリョーハ、クッション持って行っていい? あの馬車おしりがいたくなるのよね」


「……好きにしろ」


 リョーハはアリソンを相手にしつつも、相当キツそうな顔している。任務が大変すぎるとしか言えない。せめて道中で休息を取りたいと思いつつ、空いている馬車を探しに向かうのだった。


 ※


 街道を馬車が2台縦隊を組んで駆け抜ける。後方の馬車の屋根からはお約束のようにケイスケが顔を出し、ミニミ軽機関銃を構えている。とはいえ回収してきた弾の消費が案外激しく、既に回収してきた1400発の予備弾薬にも手をつけてしまっている。背嚢にあった分は全て使ってしまった。


「なあ皆坂、もうちょい弾節約出来ないのか?」


 先頭の馬車の屋根から顔を出しているレイジが大声で皆坂へ言う。聞いていた皆坂はそれにやはり大声で返した。


「単発機能ないから仕方ないじゃないですか。まーた回収してこないと弾切れですよ?」


「主にお前が使うからな。そうなったら2丁拳銃な。拳銃弾はアホみたいに余ってる。あんま使わないしな!」


「大体89ですもんね!」


 レイジは軽く棹桿を引く。銀色の遊底に引っ張られて薬室に入っていた弾薬が少しだけその薬莢を垣間見せる。初弾はちゃんと入っていると確認し、棹桿を戻してやる。


「リョーハ! いつでも撃てるぜ!」


 レイジは御者台のリョーハへ声をかける。その隣のグリーシャが手綱を握り、馬車を操っているのだ。


「よし。このまま縦隊で街道を進む。敵が見えたら撃て。深追いはしないでヴァーラまで止まらずに突破するぞ」


 リョーハは頭にバンダナを巻くと、槍先が取り外されたヘルメットを被り、顎紐を締めた。


「起きろ! 兵士ども!」


 グリーシャは後ろの荷台に向かって叫ぶ。テンションが上がっているようだ。レイジもてっぱちをしっかりと被り、双眼鏡で周辺を警戒する。問題の隘路はまだ先だが、待ち伏せに警戒するに越したことはない。


『兄貴、聞こえてる?』


 そんな時だ。ショウヘイがグライアスを同調させてきた。無線機より届くじゃねえかと思いながら、レイジはそれに返答する。


「どーした?」


『今砲兵隊に混じって移動してる。兄貴、こう、戦場に向かう時とか演習に行くときに何思ってたの?』


「演習ならクソだるい。今すぐ終われ」


『おい』


「そう言うもんなんだよ。実戦ならどうなんだろうな……どのみち任務遂行くらいしか考えてないや。今となって思えるのは……作戦に向かいながら俺は考える。俺に何が出来て、何を成し得て、何を守るのか。自分に何ができるのか。それが大切だと思う」


 レイジが答えて、しばらくショウヘイからの返答がない。時折考え込むような唸り声が聞こえてくるあたり、答えに迷っているのだろう。わからなくもない気持ちだ。体験してきたことなのだから。


『俺に、何ができるかな?』


「生きることができる。生きることも戦いだ。恥じることはないさ」


『生きることが、戦い……うん、ありがとう。やってみるよ』


 ショウヘイからのグライアスが切れた。レイジはもう一度てっぱちを被り直し、89式小銃を構えた。


「レイジ、もうすぐ隘路。待ち伏せ注意」


「りょ、皆坂! リョーハが警戒しろと!」


「うーす!」


 ケイスケはいつでも撃てるようにミニミの安全装置を解除する。レイジは高鳴る鼓動を抑えるように目を閉じて深呼吸を繰り返し、てっぱちに掛けていたゴーグルを装着し、目を開いた。


 そこにあったのは優しい兄の目ではなく、情を捨てて理に従う、底知れぬ深淵のような兵士の目だった。

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