2-14 作戦準備
馬車はラドガ駐屯地に辿り着き、負傷者や捕虜になっていた人たちが降ろされた。駐屯地にはラドガの住民が集まっており、家族や恋人との再会に感涙し、この任務を果たした兵士たちに喝采を叫び、戦死者たちを悼む声が木霊した。
レイジとケイスケは隠そうにも隠せない疲れ果てた顔で馬車を降りた。レンジャーの時のようにお互いを支えて歩いていると、見知った女性2人がいた。
「あれ、ベラに雑貨屋のねーちゃん……?」
「レイジ! あんた無事かい!?」
ベラが駆け寄りつつ声をかけてくる。確かベラは首都グナイゼナウの酒場に勤めていたはずなのに、なぜカレリア南部都市ラドガにいるのか。それが不思議に思えた。
「無事だけどなんでここにいんの?」
「アマゾネス義勇軍だよ、オークとは不倶戴天の敵同士だからね。全く出稼ぎに出てたら緊急招集はかかるし、緑の兄ちゃんが殴り込みに行ったとか聞いてヒヤヒヤしてたんだから!」
ベラは豪快に笑う。雑貨屋の女店員は網カゴを持って、何かを話しかけようとしていた。
「で、雑貨屋のねーちゃんはどしたん?」
「その……疲れてると思ってこれ持って来ました!」
カゴの中には菓子パンが入っていた。表面をカリッと焼いて真ん中を少し窪ませたパンに生クリームが入れてあり、ブルーベリーや苺が乗せられている、甘党のレイジにはたまらない一品だった。ケイスケもそれに目を輝かせる。
「マジか! 最高!」
「女神様! いただきます!」
2人はお礼を言ってその菓子パンにかぶりつく。甘さと甘酸っぱさ、カリッとしたパンの表面とモチモチの中の食感が堪らない。辛い任務の後に待っているこう言うささやかな幸せが、どうしても忘れられないのだ。
——仕方ねえよ。俺たちにあるのは終わりなき苦痛と小さな幸せなんだから。
そう言ったのは誰だっただろうか。レイジはふと思いつつも、菓子パンの甘さに思考回路のほとんどを奪われてしまい、気にすることはなかった。
「見てたもん。街の中で勇敢に戦うところ。これからもお願いね、英雄さん!」
「……俺たちは任務を遂行しただけさ。英雄って言葉なら、あいつらにかけてやってくれ」
生還や再会に喜ぶ声の陰で、戦死者たちが担架で運び出されていた。彼らこそ、命を投げ打ってこの作戦の成功に貢献した英雄のはずなのだから。
※
疲れは抜けないが、任務終了後の報告は欠かすことができない。今回は特殊な作戦であったこともあり、空挺作戦に参加した分隊全員でゼップのいる連隊長室に報告のために来ていた。
「空挺からの強襲は成功、でも撤退中が痛いな」
ゼップは報告を一通り聞いて薄く笑みを浮かべる。この戦術は有効だが、もう少し改良すべきところがあると手元の書類に書き込んでいく。
「連隊長、オークどもはゴブリン共々攻撃を仕掛けて来ました。大陸間戦争においてアステカ連盟軍も奴らを用いた程です。用心すべきかと」
ラースが言う。とはいえレイジはそれは初耳であり、ゴブリンの厄介さを知らないのだ。ゼップはそれを察し、説明を始めた。
「レイジは知らないだろうね。アステカ連盟軍のゴブリン隊はずる賢く、塹壕や坑道を用いた作戦は元を辿れば彼らが考案したものさ。それに、数で押してくる場合もあるから厄介極まりないし、悪知恵働くからうまいこと罠にかけられることもある。偽装していたオークも、大方ゴブリンの入れ知恵だろう。何かしら見返りを貰ってるはずさ」
「なるほど。馬鹿力の化け物のオークに悪知恵担当のゴブリン……まぜるな危険」
レイジは思わずため息をつきたくなった。されこれからどうするべきかとレイジは考え始めたところでリョーハが手を挙げた。
「連隊長、ここはひとつオークとゴブリンの巣穴を潰すべきでは? ここのオークの勢力侮り難く、ラドガ強襲もゴブリンの入れ知恵を用いたのでしょう。ここらで始末しないと同じことの繰り返しです」
「ルナチャルスキー軍曹か。それはこちらとて考えてはいるが、有効な攻撃方法が無いんだ。従来の突撃方法ではやられてしまう。遠距離から魔術化部隊が攻撃する他ないところだ」
「だが、それじゃ殲滅は不可能、だな」
傍にいたパスカルが言う。いつの時代も結局歩兵が乗り込まねば終わらないのだ。そして、全員の視線がレイジへと向いた。
「さてカンザキ……階級なんだっけ?」
「3等陸曹。伍長辺りかなあれ」
「そうか。で、君の世界での戦術で使えそうなものは?」
「資料くれたら考えておく」
しばらく徹夜の日々が続くだろうな、とレイジは察して心の中でため息をついていた。
その頃ショウヘイは駐屯地の格納庫の中にいた。そこには大砲が鎮座していた。馬車で牽引するもので、砲口から火薬と弾を詰める前装式の野戦砲だ。
「すごいですね、これ」
「見かけだけさ。まだ諸元も何も取っていない、納入されたばかりの大砲さね。詠唱魔法に比べたら精度も威力も劣る」
砲身を叩きながら砲兵がボヤく。
「でも、誰でも扱える。訓練さえすれば、ね」
ボヤいていた砲兵は少し目を見開いた。ショウヘイがわざわざ野戦砲を導入する利点について気付いていたのが関心を引いたのだ。
「弾道計算とかできるのか?」
「初速がわかれば飛距離が出せますよ。散布界とかはまあ、任せるしかないかな……」
ショウヘイがいつかレイジに話した飛距離の計算方法は角度と初速が必要となる。速度計も何もないのに測りようがないが、ショウヘイはそれを可能とする策を知っていた。
「試射するのはいつですか? 角度と飛距離から速度を逆算して、それを当てはめればなんとかなりそう」
ここでやってやる。何が何でも役に立つ。ショウヘイは学んできた知識を活かすことに執念を燃やしていた。
「メリニコフ大尉に聞いてくる。お前さんを試したくなった。名前は?」
「翔平です。神崎翔平」
「ショウヘイ、な。俺はシュターレンベルグ軍曹。長いから好きなように呼べ」
「よろしくお願いします、ベルグ軍曹」
※
「疲れた……帰って寝たい……」
レイジはボヤきながらパスカルとともに徒歩で表門へ向かう。ショウヘイやケイスケもぐったりと疲れたように歩いている。緊張の糸がプツリと切れてしまい、疲労が押し寄せてきたのだ。
「だろうな。俺も疲れた」
パスカルは目にクマが浮かんでいる。あのパスカルが疲労を見せるとは珍しいとレイジは思いつつ、営門を出る。すると、門を出てすぐ、柵のところに1人の少女が立ちすくんでいた。
肩くらいで切りそろえられた黒——烏の濡れ羽色とでも表現すべきだろうか、そんな黒髪で、光の角度によっては赤っぽく見える茶色の優しげな瞳。薄茶のワンピースの上からは水色のコートを羽織っている。
その華奢な腕には何やらカゴをぶら下げていて、パスカルを見つけるなり、その整った顔に満開の花のような笑顔を浮かべた。
「パスカルさん!」
「……シャロン? なんでここにいるんだ?」
「その……パスカルさんが何やら危険なところへ行ったと聞いて……無事でよかった……!」
シャロンと呼ばれた少女はパスカルの手を握る。その後ろでレイジはパスカルに爆発しろやと射殺さんばかりの眼光を向けていた。パスカルはそんなレイジに後ろ蹴りを入れつつ、シャロンにいつも通りの無表情で対応する。
「いつもの事だろ。学校は?」
「忘れたんですか? 週末ですよ? 外泊許可を取って来ました」
「お前な、学生でそんな金もねえのにグナイゼナウからわざわざカレリアまで来るなよ……危ねえだろ」
パスカルはため息をつく。どうやらシャロンはグナイゼナウに在住しているらしい。
「大丈夫です、これでも中級詠唱魔法検定合格したんですから! ところでそこの人はお知り合いですか?」
そっとフェードアウトしようとしたのに存在がバレてしまったレイジは致し方なしとばかりに片手をひょいとあげて挨拶した。
「神崎零士。最近パスカルとちょこちょこ一緒に戦ってたりする。よろしくなー」
「レイジ……パスカルさん、この人が確かこの前言ってたクロノスの招き人……!」
「おいちょっと黙れ」
「なんだパスカル? そんなしょっちゅう連絡取ってるのか? やっぱ付き合ってあべしっ!?」
その先を言うことは出来なかった。パスカルの回し蹴りが綺麗にレイジのてっぱちを捉えたからだ。クッションが衝撃を殺してくれるとはいえ、振り抜かれるブーツのかかとは防げず、レイジは吹っ飛ぶ。
「ちょっと黙ってろ」
「照れ隠しが過剰過ぎませんかね!?」
そんなパスカルのポンチョを引っ張るシャロンは膨れっ面だ。怒っているのだが、なんとなく可愛く見えてしまうのが不思議なところだ。
「ダメですよ、お友達にそんなことしては!」
「友達じゃねえ、腐れ縁」
「だとしても! すみません、私はシャロンです。グナイゼナウにある王立魔道学院の生徒です」
ぺこりと挨拶するシャロンは優雅にも見れる。いい家の育ちなのだろうか。レイジはそんな感想を抱いた。
「で、シャロン。飯でも行くか。金ないだろ?」
「はい……! やった、久しぶりのパスカルさんとの食事……!」
「レイジ、先帰っていてくれ。アーロンがこの前頼まれてたもの持って行く」
パスカルはレイジの事は捨て置き、シャロンと食事へと向かった。ちなみに、しれっと手をつないでいる上に、パスカルはリストブレードとワイヤーで繋がれたグローブ自体を外している。
「やっぱ付き合ってるんじゃね? 違うなら早く付き合っちまえ」
C4持ってくればよかったと物騒なことを呟きつつ、レイジは家へと向かっていった。
※
「ただいまー」
「おかえりー」
シュターレンベルグ軍曹とあれこれ作業をして来たショウヘイは疲れ切り、フラフラとした足取りで帰り着いた。そんなショウヘイを迎えたのは先に帰っていたレイジだ。美春はショウヘイの後ろにしがみついている。
軍医から美春にオークから暴行を受けた形跡は見られないが、何にかしら心に傷を負っている可能性があるから注意するようにと言われたことがどうしても心に引っかかっている。どう向き合えばいいのだろうか。どう声をかければいいのかわからず、ショウヘイは帰り道結局何も話さなかったのだ。
「おーい美春、今日は最高の日になるぜ、これを見ろよ!」
いつも通りはしゃぐレイジが台所から駆け足でやってくる。それより早く、美春の鼻が反応した。
「この匂い……お揚げ!?」
「だいっ! せいっ! かいっ! デース!」
レイジの持って来た皿の上にはきつね色になった長方形の塊、油揚げが乗せられていた。一体どうやって用意したのだろうか。
「兄貴、まさかとうとう盗みを!?」
「引っ叩くぞクソ弟が! アーロンが豆腐持って来てくれたんだよ!」
一体どう言うことだろうか。そんな疑問に説明しようとばかりに、奥からひょっこりとアーロンが現れた。何をやっているんだこの吸血鬼はとショウヘイは心の中でツッコむ。
「ゼップがいつも出入りしてる商人に頼んだんだ。ちなみに代金はレイジの給料から天引きだ」
レイジの顔は渋い。お高くついたようだ。レイジとショウヘイ、ケイスケは前回の事件と今回の任務でゼップから給料をもらっている。とはいえ臨時収入のようなものだから、早急に安定収入を得なければならないのが現実だ。
「で、先帰ってたらアーロンがちょうど持って来てくれたから、作ってみたんだ。ぶっちゃけレシピとか知らないし、薄切りにした豆腐を水切りして、低温の油と高温の油で二度揚げとしか知らないから味は保証できねえや」
「ないよりはいい!」
「そうかいそうかい……マックスモフモフー!」
嬉しさのあまり尻尾をブンブン振る美春。レイジは皿を近くのテーブルに置くなり、素早く後ろに回り込み、尻尾のモフモフ往復ビンタを堪能し始めた。
「なんなんだこのダメ兄貴!」
「……ショウヘイ、レイジってこんなんだったか?」
「いや俺が聞きたいよ……」
アーロンはそんなレイジの姿に苦笑いを浮かべるばかりだ。屋敷で見せたレイジの姿と今の姿は思い切りかけ離れていて、アーロンからしてみれば初めて見る姿だろう。
「零士! お揚げ何にする!?」
「それがな、うどんもなんもないからまんまなんだよね……醤油とかみりんとかもあればよかったんだけど……うん、しばらく保存して材料入手しないと味ないかなぁ……」
美春の尻尾がピタリと止まってしまう。レイジのモフモフタイムは終了だ。レイジはかなり残念にしながらも、美春の頭を撫でてやる。
「また給料出たら頼んで置くから我慢してくれ。とりあえずアレだな……本格的に店もやってみたいし」
「兄貴が重い腰を上げた!?」
ショウヘイはレイジが店をやる気になったことに驚きつつも喜びに似た表情を浮かべる。ショウヘイは憧れていたのだ。自分の店を持ち、ささやかながら普通の生活をする、小さな幸せ。元の世界ではできないことをここでやりたい。帰ることよりも、最早この世界で楽しく生きようと思いはじめていた。
「ぶっちゃけ、まだ帰るのは長そうだから安定収入がないとな。さっさと原隊復帰しないと中隊長に殺される。それ以前に生きていないといけないわけだが」
レイジは店を始めることを生存自活の一手段と考えている。だからショウヘイとは違い、楽しみは見出していないようだ。ショウヘイはその考えの違いに少し落胆しつつも、ケイスケがいないことに気づいた。
「あれ、皆坂さんは?」
「大事をとって入院。3日ほどで退院できるだろうってさ。片足もぎ取れそうになってたんだ。仕方ねえや」
レイジは溜息をつく。ケイスケは大丈夫だと強がるが、あれだけの負傷だ。トラウマになってもおかしくはない。もしそうなって、ケイスケが戦えなくなったならば……その時は、その分も自分が身を犠牲に戦おう。そう考えた。
戦う理由も、とっくに忘れてしまったというのに。
今回登場のシャロンは音無おとさん(@muon_oto)さんからお借りしました。創作企画にてパスカルとCP組ませていただいております!




