2-12 空の神兵
プテラノドンは翼を広げると7mにもなる大型の翼竜で、白亜紀に生きていた。それがこうして異世界の空を飛んでいるとは誰が思うだろうか。そして、それがまさかの飛行機代わりにされていると想像なんてするだろうか。
「やっぱ降ろしてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「お前が言い出しっぺだろ、バカなこと抜かすな!」
レイジはパスカルと2人、仲良く1匹のプテラノドンに乗っている。そのプテラノドンはうるさい乗り手を時々睨みつつも、ちゃんと目標地点まで飛んでくれている。
そして、周りはプテラノドンだらけ。トゥスカニアの暗号化1個分隊——それもオークキラーの呼び名を持つ、腕利きが集っていた。レイジの作戦に投入されることになった兵士たちだ。
「パスカルとまた戦うことになるとはな!」
隣のプテラノドンの乗り手、リョーハが声を掛けてくる。その後ろに乗るセリョーガも、かつてパスカルと共に戦った戦友だ。
「ああ、俺も驚きだ。ミーシャとヤーリにグリーシャ……あとはセリョーガもいるのか?」
「もちろんだ! こんなアホみたいな作戦喜んで参加すんの俺らだけだろ!」
ヤーリの返事を聞いていたミーシャ笑い出す。今回の作戦はこうだ、プテラノドンから飛び降りて、オークの隊列に奇襲を仕掛ける、空挺作戦だ。飛行高度は海抜3000m程だと、高度計付き腕時計が教えてくれる。風が冷たく、寒い。
パスカルにこの作戦を伝えたところ、グライアスで即座にゼップに打診され、すぐに承認された。そしてその1時間後には最寄りの駐屯地にプテラノドンと分隊が集められ、ブリーフィングの後に離陸となったのだ。
「ゼップもこんな賭けみたいな作戦やるとか人が良すぎるだろ!」
「これからに生かす為だろ。空挺作戦が可能かどうかを見極める為だろうさ」
「そーかよ、まさか異世界で空挺やるとは思わなかったけどな!」
レイジは深呼吸をして心を落ち着けると、プテラノドンの尻尾側から少し身を乗り出し、地上を見る。双眼鏡を使い、降下地点を確認しようとするが、雲が厚く、地上が見えない。
「見えないや、パスカル」
パスカルはすぐに暗号を起動する。直下の景色が空中に浮かび上がり、街道を歩くオークたちの姿もしっかりと映し出されている。
「目標確認、コース維持!」
レイジはそれを見ながら進入角度、降下地点を割り出す。今回は降下して真上から襲撃する。ならば、オークの移動速度と降下までにかかる大体の時間を考えれば、降下開始地点は割り出せる。
とは言え、レイジが経験した事があるのは300mからの自動索降下で、その10倍の高さからの降下は未経験だ。それでもやるしかない。レイジはてっぱちに引っ掛けていたゴーグルをかける。
「誤差は各人うまいこと調整! 降下用意! 用意! 用意!」
「野郎ども気合いを入れろ! 男を見せるぞ!」
レイジの用意の合図と共に、分隊長のラースが声を張り上げる。応、と威勢のいい返事に、レイジは少しだけ安心していた。
「ここだ、降下! 降下! 降下!」
レイジを皮切りに、一斉に飛び降りて降下を始めた。手を体側に沿わせるように閉じ、頭を下にして地上へ自由落下していく。風切り音が耳元で響き、周りの兵士たちのポンチョは体に密着している為、まるで黒い弾丸が落下しているようにも見える。
出発が早かったとは言え、もう陽が傾き始めている。遠くの空に見える夕陽、雲の大地に沈むその赤い陽はまさに幻想的だった。レイジは思わずその景色に目を見開き、見つめてしまう。まるで絵画のようで、目に焼き付けておきたかったのだ。
両手足を広げ、腹を下に向ける。体に風を受けて僅かに減速しつつ、降下は続く。風が頬を撫で、落ちるというよりは浮かんでいるかのような感覚がする。指先が冷たい。上空は気温が低いせいだ。後はグローブが指ぬきのせいだろう。
周りの兵士たちやパスカルのポンチョが開き、棚引く。バサバサと音を立てて、空の底へと沈んでいく。
「雲に入るぞ、減速用意!」
ラースの声がクリアに聞こえる。グライアスとは本当に便利なものだ。レイジはそんなことを思いながら雲へと突入する。雲の中は湿度100%であり、グローブや戦闘服が湿っていく。ゴーグルに付いた水滴をグローブで拭いながらどんどん高度を下げていく。
いくつも雲を越え、自由落下を続ける。落ちているより木の葉のように舞っているような感覚がする。湿り気のある雲を突き抜け、ようやく地上が見えた。街道をオークたちが歩いている。
「減速しろ! コンバットレディ!」
ラースの合図で、反重力を一斉に発生させて減速する。落下しながら兵士たちはエクリプスMk-Ⅲを実体化させ、着剣する。レイジも89式小銃に銃剣を取り付け、構えた。
地上が迫る。着地でミスをすれば地面に赤い花を咲かせることになってしまう。緊張の瞬間だ。レイジは減速して着地に備える。小銃の安全装置は既に解除している。オークも気づいた。だが既に高度は15mまで下がっている。手遅れだ。
隊の外側にいた手ぶらのオークに真上から兵士たちが銃剣を突き立てる。重力加速度を味方につけた一撃は、正確に見上げたオークの喉笛を貫いていた。
少し遅れて着地した兵士たちは、捕虜を担いだオークを狙う。着地して少しの硬直の後、素早くエクリプスMk-Ⅲを構え、照準器にオークの頭を捉える。捕虜と重ならない事を一瞬で見極め、何の迷いも無く引き金を引き、オークの脳髄を弾丸で貫いた。
「クリア!」
「エネミーダウン!」
周りが叫ぶ中、レイジは89式小銃を構えたまま素早くオークへ近寄り、軽く蹴飛ばして息絶えた事を確認していく。
「キルコンファームド!」
「捕虜を救助しろ! 負傷者は応急手当てしてやれ! ヤーリ! セリョーガ! お前らは警戒だ、今の銃声で他の奴らが来ないか見張れ!」
ラースが素早く指示を出し、その通りに動く。レイジは真っ先に美春に近寄り、抱き起こした。
「もう大丈夫だ、連れ帰ってやる」
「……なんで、きたの……?」
「見捨てるわけないだろ。それに、弟の頼みだし大切な妹分だからな」
レイジは89式小銃を粒子化させ、美春を肩に担ぐ。ファイアーマンズキャリーと呼ばれる担ぎ方で、両肩に相手の胴を乗せる担ぎ方だ。応戦できるよう、右手にカストルを実体化させ、万一に備える。
他の捕まっていた女性たちも、ショックを受けていたり軽い怪我はしていたが、何とか歩行可能のようだ。ラースはグライアスを同調させ、回収班と連絡を取った。
「チャリオット、シーザー指揮官だ。お荷物回収、取りに来い! ランデブーポイントAだ!」
『了解、すぐにいくので安全化よろしくお願いします!』
「よし、野郎ども! これよりランデブーポイントAへ向かう! 負傷者に行進速度を合わせる! グリーシャ、ミーシャ! 前衛につけ! レイジとパスカルは側方! リョーハ、セリョーガ後ろ見ろ! 残りの連中は負傷者運べ! 担架だ!」
素早く分隊は移動の準備をする。長く止まるのは危険が伴う。それに、捕虜を早く連れ帰ってやりたい。そんな思いがあった。
「連れ帰ってやるからな。歩ける?」
「……うん」
レイジは美春をゆっくり下ろすと、再び89式小銃に持ち替え、敵襲に備える。
「ラース! こっち準備いいぞ!」
リョーハが声をかける。隊列の中央にいたラースは前進準備が整ったと見るや、声高らかに合図を出した。
「分隊前進! 敵影見えたら撃ちまくれ!」
分隊は街道を進む。担架で負傷者を搬送したり、女性の徒歩だ。そんなにスピードはあげられない。ランデブーポイントまでは距離がある。捕捉されずに済むだろうか。レイジだけでなく、全員が緊張していた。
近くの茂みが物音を立てる。気付いた前衛のグリーシャが咄嗟に銃口を向けるが、出て来たのはネズミだった。
「驚かせやがって……」
次の瞬間、風切り音が響き、エクリプスMk-Ⅲを構えていたグリーシャの右腕に石が直撃した。激痛がグリーシャを襲う。勢いに押されてグリーシャは倒れ、悲鳴をあげた。
「あああああ! 畜生が、来やがった! 11時方向距離50m!」
グリーシャは激痛に悲鳴をあげながらも敵の方向を伝える。レイジは咄嗟に89式小銃を構えながらグリーシャへ近寄り、脇に腕を通して後方へ引き摺って退避させる。
「グリーシャ! 頑張れ!」
「煙幕だ! 煙幕を焚け!」
パスカルもグリーシャの襟をつかみ、励ましながらレイジと共に引き摺る。ラースは咄嗟に煙幕を焚くように指示すると、ミーシャが暗号をあちこちに投げ、煙幕を発生させた。
「ラース! どうする!?」
「ここじゃ不利にもほどがあるぞ! 森の中へ入れ! そこでグリーシャの手当てしてやれ!」
「ああ、立てるかグリーシャ?」
「ああ……ちきしょう腕が……!」
パスカルがグリーシャに付き添う。レイジはそれを援護するように89式小銃を構えながら索敵する。
「……見えない。どこに隠れてるんだ……?」
グリーシャが言う方向にあるのは、丘と茂み。オークの姿はない。だが、レイジはよく目を凝らしてみた。茂みの中に、不自然に違う草が生えている。ど真ん中に違う草だけポツリと生えている。
レイジは確信はないがその草に向けて1発射撃した。次の瞬間、着弾地点からは土煙ではなく血飛沫が上がり、唸るような悲鳴が聞こえて来た。やはり偽装して隠れていたのだ。
「茂みだ! 奴ら体に草つけて隠れてる!」
撃たれたオークは体を起こしてしまった為、分隊から狙い撃ちにされることになった。グリーシャの仕返しとばかりにしこたま銃弾を撃ち込まれ、オークは絶命する。
「全員草に気をつけろ……そうだ、森には入るな!」
ラースの声を聞き、森に入ろうとしていたセリョーガは足を止め、咄嗟に射撃する。その先にはやはり偽装して隠れていたオークがいた。咄嗟に頭を撃ち抜いて斃したが、他にも隠れていたらしく、石が次々飛んで来た。
「やべえ、オークだらけだ!」
咄嗟に伏せたセリョーガは匍匐前進で退避する。そして、その場に煙幕を張った。これで逃げる時間は稼げるだろう。
「クソが! どーしろってんだよ!」
セリョーガは文句を言いつつ、なんとか退避した。煙幕に守られながらパスカルが暗号を使ってグリーシャに応急処置を施す。骨折を治すとまではいかないが、内出血と痛みを止めることには成功した。左腕は生きている。グリーシャはその左手で魔術銃を握り、まだ応戦の意思を見せていた。
「チャリオット! シーザー指揮官、オークどもに追われてランデブーポイントまで辿り着けそうにない、支援を要請!」
『到着まで5分は耐えてくれ! 全速力でやばい奴を乗せていく!』
「なら最初から迎えに来い! 野郎ども! なんか盾になりそうなもの出せ! ここで5分持ちこたえる!」
それを聞いた兵士たちは咄嗟に粒子化させていた物を出す。こんな事もあろうかと持って来ていた金属製の盾だ。さらには丸太も実体化させ、煙幕がまだ散らないうちに丸太を組み、暗号で接続。そして、盾を貼り付けて遮蔽物とした。
「もう直ぐ煙幕散るぞ!」
ミーシャが叫ぶ。ミーシャの暗号ではそろそろ限界なのだろう。非戦闘員や負傷者を出来るだけ盾の後ろに隠し、兵士たちは少し外に飛び出してしまっている。そこはもう腕の見せ所としかいえないだろう。
煙幕が散り、オークの姿が見えて来た。投石の構えを見せている。ミーシャはスコープ付きのエクリプスMk-Ⅲでその肘を撃ち抜き、投石を阻止した。
「援護する! やっちまえ!」
ミーシャの援護のもと、流されていく煙幕に身を隠しながらパスカルとリョーハが側面から迂回し、オークたちは肉薄する。レイジは最後の盾とばかりにバリケードに身を隠しつつ、迫るオークを狙撃しようと体制を整えていた。
パスカルが飛び上がり、リストブレードを伸長させる。煙から飛び出て来た黒いポンチョをたなびかせながら舞い上がるその姿は、死神にも見えただろう。
オークは投石の構えを解くことができない。防御もままならず、必殺の一撃に延髄を断ち切られ、一瞬の痙攣ののちにその場に崩れ落ちる。
着地し、屈むパスカルを踏み台にして今度はリョーハが舞い上がる。抜き放つのは切っ先に行くに従って幅広になる剣——ファルシオンだ。それを空中で大上段に構え、棍棒を持つオークへと振り下ろす。対するオークは木製の棍棒を振り上げ、それを弾くか、リョーハを打ち据えようとしている。
リョーハはファルシオンを少し斜めに振り下ろし、棍棒の少し細くなっている柄の部分を狙う。重力加速度を乗せた一撃が柄を叩き切り、棍棒の太い部分が柄を離れ、柄だけがリョーハを打ち据えることなく、虚しく宙を切る。
無傷で着地したリョーハは、ファルシオンを裏返して刃をオークへ向け、飛び上がりつつ斜めに振り上げ、オークの頚動脈を狙う。大振りしたオークは派手に空振りした影響で体勢を崩しており、対応もままならず首を切られ、鮮血を撒き散らした。
「パスカル!」
「分かってる!」
パスカルは両手にオリオンを実体化させ、乱射する。猛烈な弾幕が薄っすらと姿を現し始めたオークを襲う。弾は命中すると弾ける。それを利用して、弾幕の中にオークの姿を浮かび上がらせたのだ。
「いいぞパスカル! 分隊撃て!」
ラースが号令をかけると、浮かび上がったオークへ射撃が浴びせられた。89式小銃よりは連射速度に劣るが、兵士たちの馴れた手つきは素早く次弾を装填し、次々射撃を浴びせていく。
「リョーハ!」
「おう!」
パスカルとリョーハは同時に爆発型の暗号をオークへ投げつけ、後退する。運悪く暗号が直撃したオークは砕け散り、血飛沫と肉片を撒き散らす。爆風と、爆発で弾丸のように飛び散った骨片がオークたちを襲い、負傷させる。死にはしなかったが、足や腕をやられたりして戦闘力は大幅に低下している。
「ヒャッハー! 逃げる奴はオークだ! 逃げない奴はよく訓練されたオークだ! やっぱ戦争は地獄だぜー!」
「誰だ、ふざけたこと叫んでる奴は! この声は皆坂か!?」
レイジが声のする方を見ると、馬車3台が猛スピードで接近して来ているのが見えた。以前使った、コンテナ型の荷台で、先頭の馬車の屋根からケイスケが身を乗り出し、ミニミ軽機関銃を構えていた。
「ワルキューレの騎行流しながら来いよ!」
『キルゴア中佐に乗り移られましたか!?』
「お前はあのイかれたドアガンナーじゃねえか! なんでもいいから援護!」
今度はグライアスで話しかけてきたケイスケに返事しつつ、レイジは周辺の警戒を続けた。分隊がオークをどんどん倒していくので、レイジの出番がないのだ。弾の節約になることにレイジは安堵していた。
3台の馬車がバリケードの前に止まる。負傷者をアレに収容するらしい。ケイスケが援護し、その間に負傷者を乗せる。そして、先頭を走っていた馬車からは増援が降りてきて、収容を援護してくれる。
「2台目と3台目に分乗して! 援護します!」
ケイスケはラースに声をかけ、オークへ掃射を開始する。どうやらオークたちはラドガ市街地戦で機関銃の脅威を学習したようで、撤退を始めた。
「奴ら引いていく! 今だ乗り込め!」
ラースが叫ぶ。それを聞いたリョーハたちは射撃をやめて馬車へ飛び乗っていく。全員を収容したことを確認した1台目に乗る御者が馬車を出した。後続もそれに続き、街道を撤退していく。
「助かったな……オークども多くなかったか?」
「大方、郊外に待ってるのがいたんだろう。だが偽装までするとは思わなかった。そこまで知能あるのかあいつら?」
セリョーガにラースが答える。とはいえ、ラースも長いこと戦ってきたが、オークが偽装して待ち伏せをするとは聞いたことがなかった。不可解に思いながらも、一行は馬車の中でしばしの休息をとることにした。




