2-11 キルポイント
ケイスケはKPの位置にレイジたちが逃げてくるとの報告を受け、射撃準備を整えていた。十字路にKP、そこからミランダの家の前を突き抜ける道路、ちょうどミランダの家の真正面にFPLを設定し、ミニミを構えていた。
「もうすぐくるぞ! ミランダ! 起爆スタンバイ!」
「ハミド、大丈夫よ……ちゃんとやるから……あの豚どもはちゃんと始末してあげるわ……」
ミランダは恋人のハミドの身を案じている。大体そういうものだ。こういう時は自分の身を、自分の大切な人を考える。それ以外——この場合はレイジの存在や役目はすっぽり抜けていたとしてもおかしくはない。
「来た、KP到達まで約30秒、合図を待て!」
ケイスケは8倍双眼鏡の視界に民間人とレイジ、ハミドの姿を認めた。このままの速度なら約30秒で到達する。だが微妙にズレるわけで、ケイスケは片手を上げていつでも起爆合図を出せるように構えた。
「皆坂さん! 反対側からトゥスカニアが来ます!」
「マジか、グライアスで指示を出してくれ。FPL手前で射撃態勢をとって、合図あり次第射撃って!」
「了解!」
ショウヘイは言われた通り防御陣地を構築し、射撃計画を立てていることをグライアスを同調させてトゥスカニアに伝える。とりあえず誰でもいいからやって来る先遣隊に伝わればと詳細を伝えた。
『了解、それに付随して射撃を行う。小隊横隊展開! 民間人逃げたら正面から撃ち合うぞ!』
どうやら小隊長は柔軟なようで、部外者であるショウヘイの言葉も聞き入れてくれた。
「皆坂さん! 指示どうり動いてくれてる!」
「精強! あとはザッキー班長が上手くやってくれれば……オークのヘイト買いまくってるし、このままKР発動まで……」
民間人がКРを越えた。次にハミドが越える。そして、ちょうどKPの真上で射撃支援をしていたレイジが後退を始める。それを追いかけて、オークがKPに差し掛かった。
「KP発動! やれ!」
ケイスケが片手を振り下ろす。それと同時にミランダが暗号を起動した。道路に仕掛けた暗号が赤い光を帯び、オークの群れのど真ん中で炸裂。爆煙を巻き上げた。
「ヒャッホウ! 撃て撃て!」
ケイスケは黒煙の中から姿を現わすオークへ弾幕を浴びせる。3倍眼鏡の向こうは爆発で吹き飛ばされたオークたちの血の雨が降り注ぎ、さらにはケイスケの射撃が動脈を捉えたのか、派手に赤い血液が飛び散っている。
この血を流さなければ、血を流すのはさっき逃げて来た人たち。気さくな雑貨屋の娘に、元気のいい八百屋のおっちゃん。すれ違うと挨拶してくれる隣の家の人。その人たちに血を流させるわけにはいかないのだ。
側面からの機関銃の射撃。さらにはトゥスカニア1個小隊も射撃を始めた。弾幕の嵐に、オークは成すすべなく倒されるかと思われた。
だが違った。死体を盾にして進み始めたのだ。銃弾は大抵、人体に効率よくダメージを与えるために体内に止まるようになっている。ゆえに、人体に当たるとその威力のほとんどを失うため、死体を盾にするのは有効なのだ。
ケイスケのミニミで使われる5.56mmNATO標準弾は貫通力は高めだが、案外軽いので砕けたり横転して体内にとどまることが多い。つまり、人体より頑強なオークの体に命中したとしたら、貫通による後ろのオークの撃破は期待できない。エクリプスMk-Ⅲも口径は大きいが炸薬量からして、期待できないだろう。
「皆坂ァ! 早く奴らを止めろ! FPL破られるぞ! あんなんとの白兵戦はごめんだぜ!」
レイジが半狂乱で叫んでいる。レイジも射撃はしているが、89式小銃を使ってもカストルを使っても死体の盾を破れないのだ。
「だったらLAM撃ちゃいいでしょう! オークがこんな知恵あるなんて聞いてないぞ!」
「こんな人だらけのところで撃てるか! 撃ちたいときに撃てねえし、撃ってもカスダメにもなってなかったり、クソ重いだけのランチャーが! 設計主任ぶん殴ってやる!」
ついこの前も撃ちたいときに後方安全距離や最低距離を確保できずに撃てなかったり、直撃させたはずのウィンザーか復活して来たり、これを担いで歩いてバテそうになったりと、レイジはLAMに嫌気がさし始めていたようだ。今回も例に漏れず、撃ちたいときに撃てないという悪夢である。
そんな時、一体のオークとケイスケの目があった。そのオークはその手に大きめの瓦礫を握りしめている。そして、それを振りかぶったのが見えた。
「あ、やべ、退避! それか伏せて!」
ケイスケはミニミを抱えてその場から飛びのき、伏せる。近くにいたショウヘイは咄嗟に動けず、棒立ちになっていた。
次の瞬間、窓を瓦礫が突き破った。オークの腕力で投げつけられた石のブロックが窓を破り、破片を撒き散らした。ブロック自体は奇跡的に誰もいないところへ落下し、床に穴をあける程度で済んだ。
飛び散ったガラスも誰も傷つけることなく飛び散る。ケイスケは体に積もった破片を振り払うと、仕返しとばかりに手榴弾を取り出し、窓の外へ投げつけた。
爆音が聞こえる。だが、破片を撒き散らして攻撃する手榴弾は密集地帯で炸裂させたところで、その周囲の狭い範囲の敵しか倒せない。もっといい武器がなければ。
「ミランダ! 酒ってない? それも強いやつ!」
ショウヘイは咄嗟の思いつきでミランダに声をかける。ミランダは少し考えて、何かを思い出したようにしたを指差した。
「地下のワインセラーにあるわ! ハミドのお土産の、かなり強いお酒が……」
「ごめん、それ使うよ!」
「ああもう! 仕方ないわね! またハミドに買ってもらうから使いなさい!」
ショウヘイは走りだし、ワインセラーを目指す。その間にもケイスケが応戦しては石のブロックが投げつけられる。それの繰り返しだ。アリソンは何やら詠唱魔法の準備に入ったらしく、後方で目を瞑り、何かを唱えている。何語かわからないが、まるで歌うように、それも鎮魂歌のような詠唱だった。
ワインセラーには難なくたどり着き、ショウヘイはその酒とやらを探す。遅れて追いかけて来たミランダは、ラックから瓶を2つほど取り出した。
「1番強いのはこれよ。他にもそこそこ強めのが保管してあるわ!」
「使うよ! また持って来て!」
ショウヘイは酒瓶を持って二階の部屋に戻ると、部屋のベッドにあったシーツを千切り、酒瓶に結びつけた。そして、習ったばかりの暗号でそのシーツの切れ端に火をつけ、窓の外へと放り投げる。
酒瓶はたまたまそこにいたオークの頭にあたり、割れる。中からアルコール度数の高い酒が飛び散り、シーツの火がそれに引火した。火炎瓶攻撃だ。これには死体の盾も無力で、酒がかかったものは次々と飛び火して焼き殺されていく。
ショウヘイは窓の外へと適当に瓶を投げる。少し窓から離れているので、その火炎地獄の光景を見ていない。何も見ていないからこそ、心理的障壁を気にせずに出来る。そして、オークたちの投げて来る石がショウヘイの危機感を煽り、火炎瓶をさらに投げさせる。
『おい翔平! どこの昭和の過激派だお前は!?』
「でも効いてるでしょ!?」
『まあな!』
レイジが効果を教えてくれる。死体の盾も火炎瓶に燃やされ、無防備になった瞬間、ケイスケの掃射とトゥスカニアの一斉射撃がオークの集団を襲う。あと少し。あと少しで殲滅できる。そんな時だ。オークたちはケイスケたちの立てこもるミランダの家の扉を破り、突入した。
「やばい、突入して来た! 陣内戦闘!」
ケイスケはミニミを持って廊下に飛び出す。既にオークたちが家の中に入って来て、銃座を潰そうとしている。狭く、隠れ場所のない廊下が幸いとばかりにケイスケは掃射し、反撃する。
「シュレディンガー! 助けてください! そろそろ弾切れ!」
ミニミはベルトリンクが続く限り再装填は不要だが、なくなってしまえば話は別だ。200発の銃弾が連なるリンクを再装填するのは少し時間がかかる。その瞬間は無防備なのだ。
『おいおいおい、突入されてるのかよ! 持ちこたえろ! 救援に行く!』
レイジの返答があってすぐにベルトリンクの終わりが見えた。せいぜい10発程しか残っていないだろう。ケイスケは舌打ちしつつも掃射を続け、可能な限り減殺を図る。
「突破される! 何か適当なもの使ってバリケードを! 気休めにはなる!」
次の瞬間、さっきまで肩に伝わっていた反動が消えた。弾切れだ。虚しく空薬莢と金属製リンクが床でぶつかる音が響く。
予期していたケイスケの次の行動は早かった。即座にミニミを粒子化してVk-1"ホラティウス"を実体化させ、再び弾幕を張り始めた。だがミニミとは違い、急所に当たれば即死とはいかない。オークの強大な生命力を奪い去るには、条件の悪い状況だった。機関銃手は銃剣を持っていない。それがここは来て裏目に出た。
先頭の手傷を負ったオークは倒せたが、後続を倒せなかった。手榴弾を投げる暇もなく、ケイスケはオークが斜めに振り上げる棍棒を避けようと身を逸らすが、てっぱちの側面に食らってしまう。
衝撃はある程度中のクッションが殺してくれたが、それでもケイスケはよろける。そこに追い討ちとばかりにオークが棍棒で突きを繰り出し、吹き飛ばされたケイスケは壁に叩きつけられ、失神してしまった。
「皆坂さん!」
ショウヘイはエクリプスMk-Ⅲを構える。このままではケイスケはオークに間違いなく殺されてしまう。救うには、ここでオークを殺すしかない。だが、ショウヘイはオークを直視した状態で射撃することがどうしてもできない。手が震え、足もガクガクと震えるせいで照準がブレる。指に力が入らない。そんなショウヘイをオークが睨む。
「この、くたばりなさい!」
次の瞬間、外から爆音が轟いた。アリソンが詠唱魔法を放ち、外のオークを一掃したのだ。それを知らないオークはその爆音に一瞬の隙が生まれる。ショウヘイは咄嗟にメモ帳を開き、ディレイの暗号を手に転写。それを投げつけた。
オークはディレイの暗号を受け、その動きを止めたかのようにゆっくりとした動きになる。今なら仕留められる。その筈なのに、やはり撃てない。指が動かない。
「ああああああああああ!」
銃声が響く。ショウヘイではない。同時に階段を駆け上がる軽い音。そして、白い服を着た人影がが飛び出して来た。
「死ねやゴルァ!」
飛び出して来たハミドがカトラスをオークの胸に突き立てる。それだけで終わらず、2本のカトラスを代わる代わる抜いては突き刺し、何度も急所と思われる部分を滅多刺しにして、確実に殺す。
鮮血が飛び散り、白いカミーズを赤く染めていく。その光景を、ショウヘイは恐怖に満ちた目で見ていた。
「ミランダ! 無事か!?」
「ハミド……やっぱり来てくれたのね! 無事よ!」
ミランダはハミドに抱きつく。やはり怖かったのだろう。ハミドの胸に顔を埋め、しっかりと抱きついている。ハミドはそんなミランダの頭を撫でてやり、あやす。
「クリア! 皆坂、生きてるか!?」
遅れて上がってきたレイジはオークが死んだのを確認し、ケイスケに駆け寄る。その場に寝かせててっぱちを外し、様子を見る。わずかに呻き、呼吸をしている。まだ生きている。装具を外し、服を脱がせると、腹のあたりに大きな青い痣が出来ている。痣というよりも、内出血しているようだ。内臓破裂したかもしれない。
「衛生兵! 衛生兵はいないか!? こいつを助けてくれ!」
「……私がやる」
ルフィナは負傷したケイスケの隣にしゃがみ、目を閉じる。そして、まるで子守唄を歌うように詠唱を始めた。
「そして 貴方は眠りに落ちる
幾ばくの時を経て目覚め
少し 少し
血潮は満ち 穏やかに
また貴方は目覚める」
そんな祈るような子守唄が続いたのはどれほどだっただろう。ケイスケの体が青白い光を帯び始めたかと思えば、呼吸穏やかになり、体に出来てしまった大きな痣も薄れ、消えてしまった。
「すげえ……すげえよルフィナ! ありがとう、こいつを助けてくれて!」
「……まだけが人はいる。行ってくる」
「ああ……そうだ、点呼! 人員全員いるか!?」
レイジは人員を数える。レイジ、ケイスケ、ショウヘイ、ハミド、ミランダ、アリソン、ルフィナの7人。レイジは89式小銃を持ち直し、辺りを見回し始めた。
「美春はどうした?」
「さっきまでいたのに……誰か見ていない!?」
「……私と酒瓶を運んでたわ……最後に見たのはその時」
ショウヘイは慌て出す。ミランダの証言の通りなら、突入してきたオークに攫われた可能性がある。探さなければ。
レイジがまず89式小銃を構えて家の隅々までクリアリングしていく。ワインセラー、1階、2階とくまなく捜索するが、オークの死体以外何もない。
「……これ見ろよ」
レイジが見つけたのは、1枚の式神と抜けた金色の毛。どちらも美春のものだろう。これが示すのは、オークに攫われた可能性である。
「ヤバい……ハミド、オークって……!」
「捕まえた女は大体苗床だぜ……まだ望みはある。奴らが女を陵辱すんのは巣穴に連れ帰って、襲撃の心配がなくなってからだ。つまり、奴らが美春を巣に連れ帰るまでに奪還しねえとやべえぞ……」
「でもどこを通って……!」
「おいハミド、遅れてすまねえ! 状況を教えろ!」
全員の視線が、黒いポンチョを見にまとった男に向く。トゥスカニアの兵士と同じ格好をした、パスカルだった。
「……適役みーっけ」
ハミドはこれぞ天佑とばかりにつぶやいた。
※
「状況は分かった。あの妖狐をオークどもから取り返せばいいんだろ?」
ルフィナが負傷兵の治療に向かっている間に、ハミドはパスカルに状況を伝えた。パスカルはいつも通りの姿勢を崩さず、余裕そうに構えている。
「お前ならやれるだろ?」
「舐めてんのか? 片手間にやれる。問題は、どうやって奪還するかだ。とりあえずその毛寄越せ」
パスカルはショウヘイに手を差し出す。ショウヘイは美春の抜け毛をパスカルの手に乗せる。すると、パスカルは床にチョークで暗号を描き始めた。カッカッ、と小気味のいい音を立て、複雑な暗号式を描く。そして、その中心に美春の毛を置いた。
線が青白い光を放つ。暗号から放たれる光が空中に球体を浮かび上がらせる。それはこの星だ。それはどんどん拡大されていく。大陸、国、地域……どんどんズームされ、そして、美春の姿が映し出された。
縛られ、オークに担がれている。服をちゃんと着ているところからまだ想像していたような目には遭わされていない。よく見れば、他にも町娘が捕らわれているのが分かった。
「地域を特定。ほーう、カレリアの外周をぐるりと回って……オウルのあたりの山脈へ向かってるのか? あそこにオークの巣があるって報告があったしな」
パスカルが映し出したホログラムがオークの足取りをしっかりと示してくれた。ならばあとは攻撃。幸い、襲撃したオークの数が少なかったのか、ここで減殺されたのか、帰還するオークはせいぜい10体。そのほとんどが捕虜を担いでいると言うことは、仕掛けるには絶好のチャンスと言えよう。
「だけどどーするよ? 馬車とか馬で追いかけたところで、途中でバレて迎撃体制取られたら上手くいくかわからねえぞ?」
ハミドが腕を組んで唸る。先回りも考えたが、カレリアの外周は山が多く、馬で越えるには時間がかかり過ぎてしまうのだ。
「……なんか飛べるものねえか?」
「おいレイジ、まさか空を飛んで……翼竜部隊ならやれるか……?」
パスカルは何かを思い出したように唸る。
「翼竜部隊って?」
「その名の通り。翼竜を乗りこなして空中から偵察、攻撃を行う部隊だ。トゥスカニアにも偵察隊として編成されてるぜ。ほら、見てみろ」
空を見ると、そこにはプテラノドンが飛び回っていた。それも人を乗せて。
「……マジかよ」
前はラプトル。今度はプテラノドン。ここまで来たらなんでもありだな、とレイジは驚く気力すらも失っていたが、それでも希望が見えて来た。
「ところで、グラビライト石ってどれくらいの高さから飛び降りても助かる?」
「は? 試したことはねえけど……雲の上から落ちても平気とは聞いたことが……」
「なら話は早い。異世界で空の神兵になろうじゃねえかこんちくしょう!」
かつて陸士時代に所属していた第1空挺団。そこでの経験を異世界で使う羽目になるとは、数年前の自分はどうして思っただろうか。
レイジはパスカルに作戦を説明する。その間、ショウヘイは少し外の様子を見に出てみた。
石畳の道は地獄の惨状だった。穴が開き、血に染まったオークの死体、焼け焦げ、嫌な臭いのする死体、呻き声を上げ、助けを求める負傷兵、石に頭を砕かれ、血液を漏れ出す兵士の遺体……その中でも、焼け焦げた死体は、自分がやったものだ。
ショウヘイは胃がひっくり返るような感覚に襲われ、近くの側溝に向けて嘔吐した。湧き上がる胃の内容物を血がたまる側溝にぶちまける。死体を見た時に感じる嫌悪、恐怖。そして、それを自分が作った事実に対しての恐怖にも似た感覚。
ショウヘイはへたり込み、天を仰いだ。初めて犯した殺し。相手が人間ではない、殺戮者だというのに、人型をしているだけで、こんなに抵抗があるのかと、ショウヘイは涙を流していた。