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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第2章 異世界の生活
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2-9 暗号魔術

 一行はハミドに連れられ、ラドガの街を進む。まだラドガのどこに何があるのかは把握しきれていないが、生活に必要なものを買う場所は覚えている。ショウヘイはどこに何があるかをメモしながら、顔なじみになった店の人に手を振って歩いていた。


 ちなみに、レイジとケイスケは何故か戦闘服姿だ。仕事モードということなのかもしれない。


「それにしても、ハミドって出身はどこなのさ?」


 ショウヘイはふとそんな事を聞いてみた。カレリアのあちこちに行ったが、どこもかしこもいるのは白人系で、パスカルのような肌色の人がメインだ。ハミドのように浅黒い色をした中東系の人間は見たことがない。


 すると、ハミドは高笑いをしながら答えた。


「おー、気付くところがあったか? 俺はここより東に砂漠があんだけどよ、その辺りの遊牧民族の生まれなんだ。つまり、俺の出身はここじゃない。カレリアで俺みたいなの見たことないから不思議に思ったんだろ?」


 ショウヘイは思わず固まった。お調子者とばかり思っていたが、鋭い。こうもピタリと言い当てられるとは思わず、ショウヘイは底冷えするような感覚に襲われた。だが、ハミドはすぐにまた笑って話した。


「よーくここにきて言われるからな、どこの出身かって興味本位にな。別に気にはしねえし、そういう人たちに故郷の話するのも楽しいぜ? 砂漠を歩きながら見上げた星空や、砂漠を駆け回って戦った冒険譚……まあ機会があったら聞かせてやるよ。ま、傭兵になったからこそこんなとこに来たりしてるんだがな」


 ハミドは楽しげに笑っている。ショウヘイはもう少しハミドの話を聞きたいと思ったが、もう目的地にたどり着いた。茶色い屋根の2階建ての家。ラドガにある一般的な家屋だ。ハミドはその木製の扉を手の甲で少し荒っぽく叩く。


「おーいミランダ、生きてるかー?」


 すると、少しの時間を置いてから扉がゆっくりと開き、何かがハミドに倒れこんで来た。よく見てみればそれの正体はハミドの目線ほどの身長の女性で、綺麗な黒髪はなぜかボサボサになり、メガネも傾いている。


「……ハミドだ……締め切り、終わった……ハミドの匂い、落ち着く……」


「お前また徹夜したのか!? 死にかけてるじゃねえか! 飯食ったのか!?」


「ハミドの匂いでお腹いっぱい……」


「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ!」


 出て来ていきなりなんだろうか。この光景にレイジは頭痛がしそうになり、ショウヘイはミランダに聞き覚えがあったような、と記憶を探り始めた。


 ——ミランダって誰?


 ——ハミドの彼女


 下水道でのアーロンとの会話が頭をよぎる。そういえばそんなことを言っていた。整った顔立ちで大人しそうなミランダを彼女に持つハミドが羨ましく思えたのはただの嫉妬だろう。


「……ハミド、他の女の匂いがする……浮気した?」


「してねーよ!」


 ミランダはヒクヒクと鼻を動かすと、まるで亡霊のようにゆらりと立ち上がり、アリソンとルフィナに詰め寄ると、襟を掴んでガクガクと揺すり始めた。美女といって過言ではないリリアーヌがまるで死神のように見えた。


「……ハミドに手を出したのはお前かー!?」


「出すわけないじゃない、こんなポンコツに!」


「……名誉毀損甚だしい」


「俺の名誉毀損どーなったよこのアホ姉妹!」


 ミランダは違うと見るや否や、あたりをくるりと見回す。レイジとショウヘイ、ケイスケは咄嗟に身を寄せ合って壁になり、美春の姿を隠した。


「……ハミドを、取らないでよー!」


 いきなり叫んだかと思うと、ふらり、とミランダの体が揺れ、倒れこむ。咄嗟にハミドはその体を受け止めると、よっこらせという掛け声とともに担ぎ上げた。


「とりあえず中入っとくぞ。こいつも看病しないと」


 ここは奇人変人いっぱいだな、とショウヘイは苦笑いを浮かべていた。


 ※


「で、ハミド。勝手に上がっていいのかな?」


 ショウヘイはハミドに案内された応接室と思われる部屋のソファーに腰掛けながら落ち着かなそうにあたりを見回していたが、ハミドはそんな事機にする様子もなかった。


「ヘーキだろ。あいつ徹夜明けでちょっとおかしくなっただけさね。これでも読んで待ってろ」


 ハミドは本棚から一冊の雑誌を取り出す。ファッション誌とかそういうものではなく、科学の論文を掲載している雑誌のような雰囲気があった。


「これは?」


「アリエスで1番人気の魔術研究論文を取り扱ってる雑誌だ。ミランダはこれの編集やってる。読んでみろ。色んな奴が魔術を研究して論文を発表してる。何かの役に立つぜ」


 ショウヘイは目次を見てみる。初心者向けから専門家向けまで幅広く取り扱われているようで、内容や著者の名前もある。その中に見覚えのある"アーロン・ライトナー"の文字を見つけた。


「アーロンも研究してるの?」


「暗号屋は大抵やってるさ。暗号屋にとって魔術研究論文の発表ってのは"俺は他の暗号屋と違ってこんなことができます、ぜひ仕事をください"って広告みてえなものだ。パスカルや俺もやってた。まあ、仕事を取るための競争だな」


 ショウヘイは感心していた。暗号屋はこうして苦労を重ね、知らぬ間に魔術の発展に貢献していたのだ。パスカルたちの研究の苦労に想いを馳せながら、ショウヘイは論文にしっかりと目を通し始めた。


「おはよう、ハミド……」


 のそり、とまだクマの残る目をこすりながらミランダが部屋に入って来た。ハミドはそんなミランダを見るなり、ひょいと片手を上げて挨拶する。


「うっす、部屋借りた。こいつらが魔法のお勉強がしたいっていうから来たんだが、出直した方がいいか?」


「ううん、大丈夫。でも座らせて欲しいわ」


 ミランダはそういうと、自然な流れであたかも当然のようにハミドの膝に腰掛けた。ハミドももはや突っ込むこともなく、ミランダの頭を撫でている。


(爆発しろ)


(消し飛べ、リア充よ、砕け散れ……)


(粉砕、玉砕、大喝采……)


 目の前で甘い雰囲気を漂わせた2人に対し、レイジ、ショウヘイ、ケイスケはそれぞれ心の中で呪っていた。モテない男は辛い。


「班長、俺たちに彼女がいないのは何故でありますか!」


「大抵駐屯地(強制収容所)の柵が悪い。イタリア人じゃないんだから収容所の柵越しにナンパなんてできねーし、そもそもナンパする度胸もねえからな」


「悲しいな自衛隊! どれだけ前世で悪行積んだのさ!?」


 少なくとも、この3人で話しても呪詛しか出てこない。すぐに各々がその結論に思い至り、ハミドとミランダと話そうとアイコンタクトで決めた。


「私はミランダ・バスカヴィルよ。その雑誌の編集をしてるの。あと、ハミドの妻。覚えておいてね」


「まだ結婚してねえだろ。せめて婚約者といえやい」


「燃やすぞハミド」


「おいレイジ、俺はそこまでの罪を犯したのか!?」


 あまりに甘い雰囲気を撒き散らそうとするハミドとリリアーヌへとレイジが呪詛を唱えるかのように言った。ハミドとしては不服だろうが、これが魔法使いを目前としてしまった男の悲しき性なのだ。


「兄貴、ステイステイ。そんなことよりこの雑誌のことと、魔法のことでしょ?」


「わーったよ、ハミドを血祭りにあげるのは後回しだ」


「ハミドにそんな事させないからね?私の旦那は私が守る!」


 ショウヘイはレイジが拳を握りしめてワナワナと震え出すのを宥めようと必死だった。ケイスケは既に目を閉じ、何かを呟いている。その呪詛を聞いたら死んでしまうような気がして、ショウヘイは思わず耳を塞ぎたくなった。


「お前ら話ズレてるから戻すぜ。ミランダ、こいつらに魔法の基礎を教えてやってくれ」


「いいけど。この人たちがハミドの言ってたクロノスの招き人かしら? あとで取材したいところだけど」


「そー言うこった。戦闘ガチが2人、ノーマルな学生。魔法についてはからっきし」


「……仮眠をとったら、教えてあげる。とりあえず寝させて……」


ミランダは今にも倒れそうだったので、満場一致でミランダに仮眠を取ってもらうことになった。


 ※


 ミランダが仮眠を教えて復活すると、授業が始まった。アリソンとルフィナも、基礎を叩き込まれて来いというゼップからの伝言をハミドから聞いたため、授業に参加するようだ。


「魔術は古来から人や亜人の生活に密接に関係しているの。例えば部屋の明かりも、暗号を用いているし、料理で加熱するときにも火より安全に調理できる利便性を誇る……それでも万能じゃないから、その穴は科学が補うのがトレンド、ここまでいいかしら?」


 ショウヘイは熱心にメモして、レイジとケイスケはコーヒーを飲みながら話を聞き、アリソンとルフィナは退屈そうにしていた。やる気ないなこいつらはとショウヘイは心の中で苦笑いを浮かべつつ、面白そうな勉強に心を躍らせている。


「暗号型魔術は利便性に長ける反面、効果範囲や規模においては詠唱型魔術に劣り、アリエス聖王国では長らく詠唱型魔術の研究がメインとされていたの。それでも6年くらい前に転換期が訪れた。ハミド、あなたの方が詳しいでしょ?」


「ああ、アリエス内戦及び大陸間戦争。それに伴う暗号屋と暗号化部隊の登場によって、暗号が脚光をあびるよーになったよーと」


 ハミドは軽いノリで話すが、そもそもアリエス内戦も大陸間戦争も知らない。何があったのだろうか。ショウヘイは質問する事にした。


「アリエス内戦と大陸間戦争って?」


「……まずはそこからね。アリエス内戦はアリエス聖王国内における内戦。"国を民衆の手に"をスローガンとした南部貴族たちが反乱を起こして、それに対して聖王を奉じたその他が争った内戦よ。これが、ただの内戦で終わらなかった。ハミド、従軍してたあなたがよく知ることよ」


 ハミドはミランダが声をかけると、待ってましたとばかりに地図を取り出した。それは世界地図で、ローラシア大陸とゴンドワナ大陸が全て見ることができた。ハミドはそれをペンで指し示しながら説明する。


「やがて、聖王側がローラシア大陸諸国の支援を受け、"サヴォイア連合"を結成。それでも反乱軍は抵抗した。何故かって思うだろ?」


 全員が頷く。どう見ても反乱軍側は孤立無援だ。大陸の国家ほぼ全てを敵に回して抵抗できるわけがない。


「ゴンドワナ大陸は"アステカ連盟"って軍事同盟を結んでいやがって、そいつらが反乱軍を支援し、ローラシアに勢力圏を伸ばそうとしてたってわけ。それが分かりゃもう内戦どころじゃねえ。大陸を股にかけた戦争よ。これが3年に渡る大陸間戦争ってわけだ。アリエス内戦と合わせて4年続いた。決着つかず、まだ休戦中だ」


 これでいいか? とハミドはミランダへ目配せする。十分とばかりにリリアーヌは頷き、説明に戻った。


「詠唱型魔術は誰でも使えるわけじゃない。適正と長期間の訓練、学習が必要で、長期戦で詠唱型魔術は威力があるけど常に人員不足に悩まされた。その反面暗号は誰でも使えて、融通が利くことがわかったの。だから暗号を使う暗号化部隊の編成、暗号屋の登場。そこから暗号型魔術の発展が目覚ましくなったの」


 ミランダは本棚から雑誌を引っ張り出す。例の研究論文の雑誌だ。


「こうして、今は研究が盛んになり、日々発展している。王立魔導研究院は詠唱型魔術にかかりきりな分、民間にその研究のお株が回っていることもあるわ。暗号は暗号式の組み合わせによって可能性は無限大。大まかにはこんなところね。ハミド、何かある?」


「うんにゃ、以上だ」


「成る程。魔術も色々あったんだね」


「あなたは基礎的なことは大体独学で分かっているから、ここからはハミドに教わるのがいいと思うわ。緑の2人は暗号構築理論からみっちり私が教える。ふふふ、やりがいあるわね……」」


 ショウヘイの持つノートはびっしりと文字が書き込まれていた。ゼップの館で毎晩書庫にこもり、暗号の勉強をしていたのだ。ミランダの言う暗号構築理論と言う、暗号を作る上でのある程度のルールも理解している。


 起こす事象、使う物質等に応じた暗号式の選定、さらにその暗号式に意味を与えるための言語の選定。なぜ、その言語にこの世界の共通語であるスピエルが使えないのか、使える言語も英語や日本語、フランス語、ロシア語のように元の世界でも有名だった言語くらいしか使えないのか。謎は多いが、解くための部品が足りなかった。


「……これ、なんて言う魔法?」


 後ろで聞いていた美春がショウヘイの横から顔を出し、1枚の長方形の紙をミランダに差し出す。ミランダは眼鏡をかけ直してからその紙をマジマジと見つめ、少しだけ目を見開き、また元に戻った。


「……呪符魔術ね。暗号や詠唱魔法を込めた札を使うタイプ。作る人はかなりセンスが求められるの。これは……東洋のものかしら?」


「ああ、アーロンの野郎が使ってたやつか」


 ハミドの言葉でショウヘイは思い出した。地下水道の潜入でアーロンが使ったデッドサイレンスも確かに札だった。美春も同じようなものなのだろう。


「へえ、美春はすごいの持ってるね……」


「……凄くない。母さまが作ってくれた、お守り」


 美春は胸ポケットにそれを仕舞い込む。この前買ってきたベージュのケープコートと、白を基調とした一般的なシャツに赤のロングスカートという、少しオシャレした美春は、いつも通り無表情だ。


「そっか……俺も作れるかな?」


「……難しいと思うよ」


 ショウヘイは苦笑いを浮かべた。ここまでばっさりやられるとは思わなかった。だが、美春が話してくれるのが嬉しくて、また声をかける。きっと、その繰り返しだろう。それでもいいだろう。


「ミランダさん、暗号、教えてください!」


「ならば……このテキスト使って。まずは基礎的な暗号を繰り返し覚えるところから始めましょう」


 ※


 昼過ぎにはミランダの授業は終わった。アリソンとルフィナは机に突っ伏して死にそうになり、ショウヘイはノートを使い果たしていた。そしてレイジとケイスケはと言うと……


「喰らえ、暗黒魔導拳!」


「させない! 天魔滅殺砲!」


 覚えた適当な暗号——例えば黒い霧を出すものであったり、光るものを適当に拳に込め、変な名前をつけたパンチを繰り出していた。


「自衛隊って中二病だらけなのか!?」


 ショウヘイは突っ込まざるを得なかった。そんなふざけた使い方をして楽しむ2人——それはきっと、出来なかった事、自衛官として捧げた青春を取り返すかのように、はしゃいでいる姿なのだろう。


「楽しまなきゃ損だっての! 宴会芸にできるぜ?」


「班長とトイレットペーパーのまわしで相撲取ったのはウケたけど二度とやりたくないですし!」


 男同士でそんな相撲をしたらどんなオチが待っているかは予想がつく。自衛隊の宴会芸は脱ぐか体張るかモノマネかだと帰省したレイジが語っていたことをショウヘイは思い出す。まさに地獄の様相だと聞く。


「兄貴……まあいいかなぁ……」


「俺らももうちょい遊びたいのさ。抑圧から解放されて、こんな元の世界じゃできないことができる。お前も楽しんでみたらどうだ?」


 ショウヘイは思い出した。この世界で元の世界の縛りを忘れて楽しもうと決めていた事を。帰る事も大事だが、それにとらわれすぎていた気がする。肩の力を抜こう。そうすれば、楽に生きられる。


 ショウヘイは息を思い切り吸い込み、叫んだ。


「出でよ、煉獄火焔剣!」


 思いつくばかりの適当な単語をつなげて、正気に戻ったら恥ずかしくてたまらないような技名を叫び、振り上げた拳を床に落とし叩き付ける。鈍い痛みとともに、窓の外から散発的に爆音が轟くのが聞こえた。


「……え?」

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