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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第2章 異世界の生活
29/66

2-7 あり得た筈の平穏に

出来る限り投稿ペースを上げていこうと思います。どんどん書きたくてたまらない!

 ハイポートをして怒られた日から2日後。レイジとショウヘイ、ケイスケ、美春はアーロンに連れられてラドガのセーブハウスに来ていた。市街地の中に存在する、ごくありふれた二階建ての建物で、窓からは街の景色がよく見える。


 ショウヘイは窓を目一杯開けて空気を取り込む。秋の涼しげな風が吹き込み、心地よさがショウヘイの心を満たす。澄んだ空を鳶が舞う姿は絵に残したいと思えるほどだった。


 遠くの教会の鐘の音がよく響く。天にそびえるリベトラがラドガの町からもよく見えている。世界のあちこちからそびえるリベトラは、まるで天を支える柱のようにも見えた。


「うん、こうして見るとまた違って見えるね」


「……翔平、ここは?」


 美春はショウヘイの隣でラドガの街を見渡す。美鈴はこの景色を見るのは初めてのようだ。


「ラドガっていう街だよ。なんだかしばらくここで暮らすみたい。うん、兄妹にでもなった気分だよ」


「翔平が……お兄ちゃん?」


 首を僅かに傾げ、そう言う美春の姿にショウヘイは胸がキュンとするのを確かに感じた。かわいい。ショウヘイは悶えそうになるが、必死に理性でそれを抑えていた。


「ふふ、好きなように呼んでいいんだよ?」


「……翔平」


 ショウヘイはそう上手くはいかないなと肩を落とす。それを見ていたレイジとケイスケは笑いを堪えるのに必死になって身をよじっていた。


「おい聞いたか皆坂?」


「ええ、笑いが止まらないっすよ……!」


「マジでエース!」


 とうとう笑いが止まらず、2人は笑い転げた。ショウヘイが慣れない真似して見事に大失敗し、笑わずにいられなかった。お兄ちゃんと呼んでもらおうとして失敗したとは傑作だった。


「うるさいよ!」


「わりーわりー。で、ここで休養ついでに何しようかね? 暇人やって腐るのは勘弁だぜ?」


 レイジはその辺のソファーに腰掛けて呟く。何もしないで無為に過ごしたところで暇なだけだ。どうせなら何かしたい。上からの目が届かない今なら自衛隊にいたらできないようなこともやりたい放題だ。(もはや帰るのは相当後になると覚悟している)


「うーん、なら店でも開いたら? なんか言われたら生存自活のためにやりましたとでも言えばいいよ」


「翔平、お前の名義でやれ。俺と皆坂の首が飛ぶから、俺ら2人は"ただの手伝いです、稼ぎ? 全部弟に絞られました"って言い訳すんだよ!」


「兄貴悪い! 俺をスケープゴートにするなんて! 鬼いちゃんだ!」


 レイジはそんなことを言われてもなぜかドヤ顔をしている。ショウヘイをからかったつもりらしいが、ショウヘイは本気でやられると思っているのだろう。


「とはいえショウヘイよ、俺たちゃここになんの縁もゆかりもない。というわけで店をやるにしてもしばらくここで交流して、ここに根を張らねば客なんて来ねえぞ?」


「それは……確かに……」


「暫くは普通の生活をして、住人の方々と仲良くなるところからですね」


「海外派遣経験済みの君はよくわかっているな、皆坂くん」


「なれない呼び方だからキモいですよ?」


 そんな事を言うケイスケの尻に回し蹴りを繰り出しつつ、レイジは窓の外を見て改めて考えた。もし、自衛隊に入らずに大学生になるなり、民間(娑婆)の仕事に就くなりして生活すれば、こんな景色を見ることもできたのかな。と、隊舎の窓から見える有刺鉄線の張り巡らされた柵と、所狭しと並ぶ隊舎の景色を瞼の裏に思い起こしつつ、事あるごとに抱いた外の世界への憧憬を再び燃え上がらせていた。


 ※


 次の日の朝、レイジは嫌に目覚めが良かった。スッキリと目が覚めて、体も軽い。窓から差し込む陽の光が眩しい。


「……点呼もなく、ラッパに叩き起こされることもない朝がこんなに清々しいものとはな」


 抑圧された生活からの解放、何も背負わずに気楽に過ごせる事への気の余裕。レイジはこれまでで一番休めたと感じられた。常に外さず、おかげでその形に日焼け跡が出来てしまった腕時計すら外して眠り、それだけでも左腕が軽くなったように感じられた。


 いつかラドガで買い物ついでに買った私服を初めて着て、半長靴ではない靴を履く。起きてそれだけの事をしただけでも、とても気楽に思える。


 軽い足取りで階段を降りると、既に起きていたショウヘイとケイスケがトーストとコーヒー、目玉焼きという軽めの朝食を摂っているところだった。


「おはよう」


「おはようございます、班長。なんか憑き物が取れたかのような顔してませんかね?」


「ホントだ、兄貴の顔がスッキリしてるよ、ビミョーにしかめっ面っぽかったのが自然になってる」


「そんなにか?」


 レイジはわずかに首を傾げながら席に座る。何も意識していなかったのだ。そんなレイジはとりあえず目玉焼きをパンに乗せてかぶり付く。ショウヘイの好みの焼き加減らしく、黄身が半熟で、とろけ出してパンに絡みつく。とても美味い。


「ん、いい焼き加減」


「でしょ?」


「ああ。とりあえず今日はどうする? そういや美春どうした?」


「今日は買い物がいいな。美春についてはシャワー」


 ショウヘイはフライパンを片付けながら答える。


「そういえばこの街、大図書館があるってパスカルが言っていましたよ。あと、王立魔道研究院の支部があるとかなんとか……」


「パーフェクトだ皆坂」


「感謝の極み!」


「とはいえ研究院には俺らだけで行っても相手にされないだろうから今度パスカル辺りに頼むか。今日は買い物コース、図書館は明日辺り?」


 レイジはパンを食しながら行動方針を考える。この世界から出る方法がそう簡単に見つかるとは思えないが、少しでも情報は集めておきたい。知識とは力なりとはよく言ったものだ。知らなければいいようにやられてしまう。それを防ぐためにも知識は必要なのだ。


「ま、生活必需品が優先的……そういえばあれだ、冷蔵庫ってあるっけ?」


「あるよ、ガラガラだけどね。これ、機械じゃなくて保冷の金属箱に暗号が仕込んであるみたい。クーラーボックスに近いかな?」


「なんで構造知ってるんだ?」


「来た時にアーロンから教わったよ。コーヒーの美味い淹れ方もね」


「あいつ本当に吸血鬼かって思うくらい人間らしいよな」


 だからこんなにコーヒーが美味いのか。レイジはそう納得しつつ、朝食を終えた。


 ※


 秋風の吹くラドガを4人で散策することになり、4人とも私服に身を包んで街を歩く。レイジとケイスケにとってはようやく休みらしい休みとなった。今まではずっと戦闘服に身を包んでいて(背嚢に予備が2着入っていたので合計3着持っていた)中々買ったばかりの私服に袖を通す機会もなかった。ようやく、その肩の荷を一度下ろしたというわけだ。


「買ったほうがいいものってなんかあるっけ?」


「雑貨はある程度あったから、食材と暮らしを便利にするものがいるかも。皆坂さんはどう思う?」


「だいたい同意見かな。足りないものは生活しているうちに分かるさ」


 美春はショウヘイと手を繋いでおり、ラドガの景色を見回して目を輝かせている。まるで、初めてここに来たショウヘイたちのようで、ショウヘイはおもわず笑顔がこぼれた。


「とりあえず今日の飯どうするかな。八百屋とか肉屋見回るか?」


「そうですね。見た所産業革命時代のイギリスに比べれば生活水準高そうですし、何か良さげな食品あるでしょうね」


「そうだな、肉喰いてえや」


 レイジは肉食に飢えているようだ。ゼップの屋敷でも肉料理はあったが、細かくスライスされていたりして食べ応えがない。レイジやケイスケくらいの野郎になるとやはりステーキに食らいつきたくなる。


「……お肉もいいけど、きつねうどんは……?」


「うどん探さないとね。油揚げもさ」


 ショウヘイは美春の頭を撫でてやる。狐耳がピコピコ動く様子は見ていて面白い。感情が耳に出るようだ。無表情でも耳が雄弁に語っている。


「とはいえここ西洋っぽいけど、油揚げなんざ取り扱ってるのか? 交易があるとかならまだ話はわかるけどよ……」


「作ってみる?」


「おいアホンダラ。ここに豆腐もねえんだぞ? 豆腐から作ろうってのか? 苦汁ねえのに」


「生成すればよくないかな? 油揚げなら多分かーちゃんが作ってた厚揚げを豆腐を薄っぺらくして作ればいけると思う」


「実験はお前に任せた。俺は堅実にやるぜ」


 レイジは苦笑いを浮かべつつ、目をつけた八百屋へと足を向ける。何かしらあるだろう。ポテトサラダやジャガバターもいいなと少しだけ思っていた。レイジは案外芋好きだ。


「いらっしゃい。見かけない顔だね? あんたら最近引っ越して来たばかりかい?」


 八百屋の店主はよくあるイメージの八百屋のおっちゃんというわけではなく、見た目大人しそうな壮年の男性だ。落ち着き払ったその雰囲気につられて穏やかな気分になれる。


「はい、よろしくお願いします」


 レイジは笑顔で答える。ツテはあって困らない。こういうところから交流を始めようと思いつつも、打算的でどこか損得感情が存在する自分が少し嫌になりそうだった。


「好きに見ていってよ。今日のオススメはジャガイモかな。いい形のがたくさん入って来ているんだ。豊作だよ」


「じゃあ今晩は芋だな。翔平、芋にしよう」


「この芋野郎! まあいいや、他に何かあるかな、トマトとか……」


「投げる?」


「どこのトマト投げ祭りさ? そんな真似するくらいなら腐った卵兄貴に投げつけるから」


「オーシット!」


 レイジとショウヘイはそんなくだらない言い合いをしながらも笑っている。2人でお使いに行くことなんていつが最後だったか覚えてすらいない。2人だけで出かけた一番最後の記憶は5年ほど前になるだろうか、自衛隊へ入隊を間近に控えたレイジと2人でハンバーガーを食べに行ったことだろう。


 レイジとショウヘイの年齢は5歳離れている。その時レイジは18歳で、ショウヘイは13歳。ショウヘイにとっては昔の記憶で、レイジが帰省したとしても家族で出かけるか、疲れ切ったレイジが寝込んで出かけられないかで、兄弟だけで買い物に行ったことがないまま時は過ぎて行ったのだ。


 あの時得られなかった日々を今取り返すかのように、ショウヘイはこの一瞬一瞬を大切にしようと改めて思っていた。


「それにしても新顔さん、聞いたかい? 最近ラドガも物騒なようだ。気をつけてくれ」


 店主はさっきまで読んでいた新聞へチラリと目をやり、レイジたちへ告げる。何があったのだろうか。


「事件ですか?」


「ああ、首狩りっていう連続殺人鬼さ。夜な夜な人を襲ってはその首を刈るとんでもない奴さ」


「おっかねー、聞いたかよ皆坂?」


「二階の窓に機関銃座作りましょうかね」


「その隣にLAMだな。後ろぶち抜いてカウンターマス逃がせるように改造するか」


「させないよこのアホバディ!」


 即座にショウヘイがストップをかける。折角のいい家が一瞬で要塞化されてしまうところだった。どうやら自分がストッパーになる必要があると、ショウヘイは悟り、溜息を吐いた。


 そんな一行は八百屋を後にして、近くの商店へ入る。どうやら、食品や雑貨をある程度の範囲で揃えた、小さめのスーパーのような店らしい。


「いらっしゃい、新顔さん。何か欲しいものでもあるの?」


 店に入ると、赤いバンダナを巻いた女性が笑顔で迎えてくれた。そんな店員の女性へ3人はそれぞれ元気よく挨拶する。


「どーも、とりあえず何があるかを偵察に来ましたー!」


「班長、少なくとも冷やかしではないですからね? 窓からでも見えたものいくつか気になって入ったんですからね?」


 ケイスケは苦笑いを浮かべるなり、その気になるものへと接近し、ニヤリと笑っていた。レイジとショウヘイもケイスケが手に取った缶に書いてある文字を見てニヤリと笑った。その缶には膨らし粉である、ベーキングパウダーが入っているのだ。


「班長、いいものがありますぜ」


「パーフェクトだ皆坂」


「感謝の極み!」


 これがあればパンやら何やら、料理の幅が広がる。生活を楽しくする上において、これは最高の秘密兵器となりうる。


「兄貴、皆坂さん、小麦粉とかあれこれあるよ?」


「ほう、小麦粉だろ、袋詰めのレーズンにクリーム……バニラエッセンスまであんのか!?」


「あら、お客さん目の付け所がいいわね。安くするわよ?」


 それを言われるより早く、3人は買い物かごに目をつけた品物を突っ込み、レジへと置いていた。目をキラキラ輝かせた男3人衆の姿に店員はクスリと笑い、イチゴジャムのおまけを紙袋へとしのばせた。


「また何か見つけたら入荷しておくから、また来てね」


 ※


 その日の晩は4人で台所に立つことになった。シチューを作ることになったのだ。


 野菜はショウヘイが美春と共に切る。ルーに関してはレイジとケイスケがかつて挑んだ『市販のルーを使わずにシチューを作れるか』と言うチャレンジが活きると言う結果になった。(カレーはカレー粉がないので断念した)


「翔平……涙出て来た……」


「玉ねぎだからね……」


「おい翔平、俺の方までなんか飛び火してんぞ! 涙が……!」


「目が、目がぁぁぁぁあ!」


 レイジとケイスケはダメージを受けつつも、ルー作りに挑む。ルーは小麦粉をバターで炒め、牛乳で伸ばしたものだ。焦がさなければホワイトシチューのルーに、焦がせばブラウンシチューのルーになる。今回はホワイトにするのだ。


「炒め加減よーし、用意用意用意……降下降下降下!」


「牛乳降下! って班長、これ空挺団の降下の合図っすよね? コースよーし、用意用意用意、降下降下降下! って。どっちかと言うと卸下(しゃか)よーい! 卸下! の方が馴染みがあってしっくり来るっす」


「まあどっちでもいいさ、ルーになれば」


「そうっすね」


 一見大雑把な2人ではあるが、しっかりとルーは出来ている。レイジもケイスケも楽しくやりたいのだ。


「兄貴、そろそろ野菜炒めるよ。ルーの準備は?」


「煮込む頃にジャストかな」


「オーケー、美春、そこの鍋に水入れて」


「……わかった」


 阿吽の呼吸による連携で、作業を同時並行してもトラブルは起きない。こういうのも楽しいと、ショウヘイは心から思った。


 しばらくして、テーブルには完成したシチューやバケットが並び、じゃがバターも付け合わせに用意してある。家庭的な雰囲気が屋敷での毎日とは違い、なんとなく安らぐ空間となっていた。


「早い所食おうぜ。冷めちまうよ」


「そうだね、おいで、美春」


「うん!」


 美春が尻尾をブンブンと振り始める。たまたまそこにいたケイスケは尻尾の往復ビンタをくらい、気の抜けたような声を出しながらその場に倒れ込んでしまった。モフモフ尻尾の脅威をこれで全員が思い知ったことになるだろう。


 ——いただきます


 食卓に響くその言葉が、とても懐かしく、暖かいとショウヘイは思った。

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