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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第2章 異世界の生活
26/66

2-4 お仕置きの時間だぜ豚野郎共!

 目が醒めると、板張りの天井があった。どうもその辺の宿に泊まっていたらしい。アドルフォとスペンサーもソファーやらベッドで爆睡していて、自分はクソ硬い床の上に放り出されている。そんなことを不満に思いつつ、レイジは思い頭を無理矢理起動させる。


 体の感覚が戻る。レイジは床に大の字に倒れていて、首がかろうじて動いているのだ。ダルすぎて体が動かない。そんなレイジの視界にひょっこりと、綺麗な白髪の少女、ルネーが入り込んで来た。少しだけ膨れているのがまた愛らしい。


「飲み過ぎよ、レイジくん。ちゃんと体をいたわってあげなきゃ。機械じゃないんだから、壊れた部品を交換、とはいかないのよ?」


「ああルネー……頭に響くからもうちょい声抑えて……」


 嬉しいルネーのご登場だが、ひどい二日酔いでレイジはまともに反応できない。ズキズキと痛む頭を押さえ、呻くことしかできないでいた。


「もう仕方ないんだから。気をつけなきゃダメよ?」


 ルネーは膨れながらもレイジの頬にキスする。すると、レイジの頭痛がだんだんと薄れ、気付いた頃には二日酔いの症状が消え失せていた。レイジは驚きつつも、ルネーと目を合わせる。ルネーは上手くいったとばかりに微笑み、ウィンクしてみせた。


「どう、良くなった?」


「もうバッチリ。ルネーまじ女神」


「寝顔拝みに来たらこのザマなんだもん。もっとしっかりしてね?」


「面目無い、飲めない体質なもんでな」


「無理はダメよ?」


 ルネーがレイジの額をコツリと叩く。レイジは苦笑いを浮かべながらも起き上がり、ルネーに向き合う。


「ところで、何の用事?」


「顔を拝みに来ただけよ。昨日はゆっくりできなかったもの。こっちに来て戦って、疲れてるでしょう?」


「そんなことは……」


 ない、と言いきれなかった。異世界という環境で、突然の戦闘で、レイジは知らない間に疲れを、ストレスを溜め込んでいた。それが時々感じられている。だから昨日も何もかも忘れて飲み過ぎてしまったのかもしれない。


 ルネーはフリーズしかけているレイジのことを抱きしめた。立っているルネーがしゃがんでいるレイジを抱きしめると、ちょうど胸に顔を埋めるような形になる。


「ほら、知ってる? ハグはストレスを軽減するのよ?」


「……本当、そのようだな……」


 レイジはゆっくり目を閉じる。ルネーにあやされ、今は何もかもを忘れ、甘えた。ゆっくりと溶かされていくような気分になりつつ、レイジは身を任せる。


「気を付けてね? レイジくんが壊れたら困るんだから……」


「気をつけるよ……」


 微笑むルネーの姿が消えていくのをレイジは最後までしっかりと見つめ、またルネーのいなくなった部屋でレイジはぼんやりとしていた。夢でも見ていたような気分だった。


 ※


 あれから数時間後、起きた3人組は今度は馬車で帰路についていた。アドルフォはロストックにある士官学校に通っているため、カレリアでは降りずにそのままロストックまで行く。そのため、レイジとスペンサーはカレリアでアドルフォと別れることになるのだ。


「いやあ、楽しかったよ。レイジ、また話を聞かせてもらえるかい?」


「もちろん、実際にやってみせたいところだけどなぁ……」


 スペンサーの所有している馬車は機能性を重視した作りで、余計な飾り気はない。椅子はかなりこだわったようで、フカフカのソファーのようだ。長時間乗ることを想定しているのだろう。そんな馬車が一般庶民の馬車と列を組んで街道を行くのだからまたミスマッチと言えよう。


「で、アドルフォ、なんでまたこんなに大行列で行くんだこれ?」


「単独より集団の方が、襲う側も二の足を踏むだろう? 護衛の傭兵を割り勘で雇ってるからそのぶん増やせるし」


「なるほど、警備上の問題ね……」


 とはいえ、それには穴があるとレイジは見た。確かに護衛の数は増えるが、護衛対象も増えている。一台あたり何人が護衛するかと計算すると、どっこいどっこいとなる。さらには、全体に均等に人員を割いたとして、どこか一箇所を突き崩されたらどうなるだろうか。長蛇の列で支援に向かうにも時間がかかり、さらにはそこを手薄にしてしまう。正直、一台を囲むように守る方が効率がいいのではないかと思えてくる。


 馬車がカレリア領内に入る。ふと、窓の外を見ると何かが飛んでくるのが見えた。その飛翔体は放物線を描き、前方の馬車に命中。側面が砕け、悲鳴があがる。飛翔体はその一つを皮切りに無数に、流星群のように車列を襲う。どうやら漬物石レベルの岩が飛んで来ているらしい。


「晴れ時々石つぶて、所により悲鳴とか最悪じゃねえか! この世界の石は空を飛ぶのか!?」


「そんなわけあるか! 敵襲だ! アドルフォ、行けるな!?」


「はい、父上!」


 アドルフォとスペンサーはそれぞれエクリプスMk-Ⅲを実体化させる。レイジも負けじと89式小銃を実体化させ、オマケとばかりにLAMも実体化させた。


 角笛が響く。敵が姿を現した。人間より巨体、その顔は醜悪。例えるなら豚だ。腰巻き一枚に棍棒を握りしめたそいつらが岩を投げつけて来ていたのだ。


「オークだ!」


 護衛が叫び、発砲する。体に何発喰らえども、オークの体にはロクにダメージが入っていないように見える。魔術の類というよりは、単純にその巨体が内包する筋肉や脂肪が盾となって内臓へのダメージを防いでいるのか、単純に銃の貫通力の不足か。


 オークの集団は丘から顔を出し、車列を一瞥する。どれを襲うか値踏みでもしているのだろう。ルネーがオークには気をつけろと言っていたが、このことだったのだろうか。


「アドルフォ、オークってどんな奴だ?」


「力の強い怪物だが頭と顔は最悪。巨体と怪力を活かして略奪を繰り返し、男は殺して食料にするし、オークには雌が存在しないから女は攫って陵辱すると聞くよ。最も、奴らは天災扱いされるくらい対処のしようがないし、国軍が討伐に出ないと手こずるくらいさ」


「なんで対処のしようがないのさ?」


「奴らの拠点の防御を破れないのさ。横隊で突撃しようものなら、奴らもそれに対抗して突撃して来て、人間の力じゃ勝ち目はない。魔術化部隊が近寄られる前に殲滅するくらいしかやりようがないんだよ」


「なら、俺がひっくり返してやるよ」


 レイジは馬車のドアを開け、外に出る。ドアを盾に体を隠し、膝射姿勢を取る。ダットサイトの赤点はオークの脳天を捉えている。


「小口径高速弾、防げるもんなら防いでみろ豚野郎!」


 89式小銃が吠える。高い貫徹力を誇る直径5.56mmのフルメタルジャケット弾はレイジの狙い、思い描いた通りに飛翔し、オークの額を捉えた。皮膚を破り、硬い頭蓋に当たる。音速の鉄塊はその先端を潰し、花開かせながらも確実に頭蓋を砕き、脳に突入した。砕けて変形した弾殻が脳細胞を破壊する。血管を破る。


 オークの体が一瞬痙攣し、力が抜け、倒れ伏した。丘を転がり落ち、先に丘を下り始めていたオークを巻き込み、落下する。


「やっぱ効くんだなこれ、アドルフォ、頭だ頭。あいつ頭狙えば貫通するわこれ」


「簡単にいうよ、頭狙うのどれだけ難しいと思っているの?」


「なら足やれば? あのデカブツ、片足でもやられたら体を支えきれないと見たけど?」


 レイジは試しに別のオークの足を狙撃する。人と同じく、脛は肉に覆われておらず、皮一枚のようだ。骨に弾丸を撃ち込んでやれば、オークは立って走ることはほぼ不可能となる。


「足も走ってる奴は狙いにくいけどね。まあ、弱点としては盲点だったけど!」


 アドルフォもオークの足を狙う。太ももの側面に命中し、オークは倒れた。あそこは痛い。モモパーンで経験済みだ。走るどころか立つだけでもキツイはずだ。骨に当たっていないとしても、足を引きずって歩く羽目になる。


 レイジは見通しの良い、馬車の上に登り、オークの迎撃に全力を尽くす。周りの傭兵たちもオークの足を狙い始める。すると、なかなか倒せなかったオークが面白いように倒れ、這い蹲りだす。こうなれば頭を狙うのは簡単だ。


 だが、足は動く。真正面からくるものは狙いやすいが、横に移動しているのはその限りでもない。さらに、エクリプスMk-Ⅲは連射速度が遅い。撃って、次弾装填するまでの間に迫られたら最早為すすべがない。


 レイジの方へやってくるオークが増え出した。どうも、連射が効く銃を持ち、脅威であると頭の悪いオークにも分かったのだろう、何が何でも潰すつもりのようだ。89式が連射が効くとはいえ、30発撃ったら再装填が必要になる。その再装填の間に肉薄されたらたまったものではない。


 レイジは咄嗟に腕を振る。それに合わせるように鎖が現れ、オークを薙ぎ払う。ルネーからもらったこの力だが、うまく活かしきれなさそうだ。何体ものオークが群れをなしているため、何体か巻き込んだところで鎖の衝撃力を吸収され、止まってしまった。さらに、鎖の端を掴まれてしまった。不味いと予感し、咄嗟に鎖を消す。オークが引いた手は虚しく宙を切っただけで終わった。


「おいおいおいおい! 援軍とか来ないのかよ!?」


「少なくともまだかかる! 伝令が行ったばかりだぞ!」


「突破されちまうよ!」


 レイジはアドルフォに叫ぶ間にも次々オークを撃ち倒している。だが、物量に押され、怪しくなって来た。


「レイジ、来るぞ!」


 アドルフォが叫ぶ。レイジ目掛けて岩が飛んで来た。レイジは咄嗟に反応ができなかった。間違いなく直撃コースだ。咄嗟に飛び退く事が出来ず、岩を目で追うしか出来ない。全てがスローモーションに見える。死が、迫る。


 刹那、燐光が岩に当たって弾けた。砕けたガラスのような光とともに、暗号が岩を包み込む。そして、岩の動きは感覚ではなく、本当にスローモーションになった。


 我に返ったレイジはその岩を鎖で迎撃する。岩は軌道が逸れ、誰もいないところへ落ちた。


 その姿を、パスカルは離れたところでスコープ越しに見ていた。ショウヘイの魔術銃"V-34ポルックス"にディレイの暗号を込め、岩を狙撃したのだ。


「やれやれ、凄えなこの銃。返すぜ」


「魔術銃ってこんな使い方もできるんだね。パスカル、やり方教えてくれる?」


「暗号を本体に当てるだけだ。ディレイの渡しておくから援護しろ。殺さないなら撃てるだろ?」


「まあね」


 ショウヘイとパスカルの他にも、ハミドとアーロン、さらにはケイスケも来ていた。荷馬車を改造したもので、天井に穴を開けてこうして狙撃できるようにしているのだ。


「やれやれ、北部都市(オウル)郊外にオークがいるから見て来いとは言われたが、まさかレイジが襲われているとはな。パスカル、ゼップはなんと?」


 アーロンはため息をつく。パスカルは既にグライアスでゼップと連絡を取っていた。


「身の程を知らせてやれと」


「それじゃあ、お仕置きの時間だぜ豚野郎共! パスカル、馬借りる!」


 ハミドは馬車を引いていた馬の片方を馬車から外し、跨る。遊牧民族の生まれのハミドは騎馬戦で無類の強さを発揮する。それを知っているからこそ、パスカルは顎をしゃくって行けと合図する。


「さて、俺たちも薄い本みたいなことをさせないためにもやりますかね」


 ケイスケはミニミ軽機関銃をしっかり握り締める。パスカルはそんなケイスケとアーロンを引き連れ、オークの集団に肉薄する。


 ケイスケは100mほどの所で伏せ、ミニミの二脚をしっかり地面に据える。そして、オークを狙って引き金を引いた。オークに混乱が起きる。レイジよりもっとヤバいのが現れたと騒ぎ出す。そのせいで、ハミドの対処に遅れたのが致命的といえよう。


「お仕置きだぜクソ野郎共! 部屋の隅で神様にお祈りしてやがれ!」


 ハミドのカトラスが馬の突進力と合わせて振るわれ、オークの首に深く食い込む。鮮血が舞い、赤い雨が降る。それでも倒れないオークを、パスカルのリストブレードの一撃が襲う。ハミドのつけた傷口をブレードでさらにえぐり、塗られた毒がオークの体に入り込む。


 アーロンは小回りを効かせてオークの懐に入り込み、切り刻む。何度もいたぶるように切りつけ、徐々に命を奪う。それがアーロンのやり方だ。さらには首筋に鋭い牙で食らいつき、動脈を破る。吸血兼攻撃だ。さすがに動脈をやられて仕舞えばオークもたまったものではない。


「パスカル! どうしてここに!?」


「ゼップにオークをどうにかしろって言われて来たらお前がいた。危なかったな」


 パスカルは喋りながらもオークの返り血でポンチョを汚す。毒が効き始めたオークたちは次々と倒れていく。ケイスケのミニミの銃声も聞こえてくる。これはもう勝っただろうとレイジは確信した。


「ヒーハー!」


 ハミドは逃げるオークたちを単独で追撃し、爆破の暗号を投げつけたり切りつけたりと、好き放題暴れている。パスカルはそんなハミドを好きなようにさせていた。


 オークは暗号屋3人の登場に不利を悟ったか、撤退を始めた。ハミドも深追い無用と判断したのか、血濡れのカトラスを手に持って引き返して来た。顔は生き生きとしているのは久しぶりに馬に乗って暴れたからだろう。


「オーク共逃げ足早えよ。パスカル、何匹かトドメさせずに逃げられたんだが、血で追いかけられねえか?」


「そうだな、あとで調べるか」


 パスカルは布切れを取り出し、ハミドのカトラスを拭う。布切れに血をベッタリと付着させると、パスカルはそれを懐にしまい込んだ。


「それどうするんだ?」


「あとで暗号で足取りを追う。そのために相手の体の一部が必要なんだよ。帰るぞ。ゼップがお待ちかね」


 とはいえすぐにとはいかない。死者はやはり出ている。彼らを弔うなり運んでやるなりしなければ進めないだろう。その作業に、レイジとケイスケは掩体構築で培った穴掘り技術を遺憾なく発揮し、彼らを丁重に埋葬した。


 ※


「やあ、おかえり。散々な目に遭ったと聞いたよ。生きてる?」


「帰ってきて開口一番それかよ。死んでたら化けて出てやる」


 早々にゼップと軽口を交わしたレイジは適当に椅子に座って天を仰ぐ。ルネーに言われた通り、やはり戦闘は疲労が溜まる。もう倒れてしまいそうだった。


「ところで兄貴、この子のことって聞いてるっけ?」


 ショウヘイの後ろに隠れるようにしてこちらを伺う狐耳の少女。あの撤退戦の最中ショウヘイがなんとか連れ帰った子だ。レイジは片手をひょいと上げて挨拶すると、ゼップに向き直った。


「あの子が件の?」


「そう。必要な物は出来るだけ用意するから、気軽に言ってくれ」


「むー、なんで私に懐かないのよ……」


「お姉ちゃん、過干渉……」


 どうやらアリソンは構い過ぎて嫌がられてしまったらしい。ルフィナが同情的な目をしているあたり、経験があるのだろう。アリソンが悪い。レイジはそう思うしかなかった。


「というか2人ともなんか久しぶりな気がするな。背、伸びた?」


「レイジ、たった4日くらいいなかっただけでボケちゃった……?」


「酷えよこの……1日が濃密すぎてめっちゃいなかったよーに思えてるだけだっての」


 レイジはルフィナにぞんざいな扱いをされて落胆してしまう。やはりルネーは癒しだ。ルネー俺だ、結婚してくれ。レイジは心の中でそんな事を叫んでいた。ルネーが聞いていたとしたら、さすがに引かれるかもしれない。


「ともかく兄貴、この子の方に集中しない?」


「どうして俺がいない間に懐かれてるんだよお前?」


「わからないけど、懐かれた。どうしたらいい、モノホンのお兄ちゃん?」


「そういう怖い目に遭って震える妹は、優しく抱きしめて撫でてやれ。耳元でよく頑張った、もう大丈夫だと言ってやるのも、何も言わないのもいい。俺がするとしたらそのくらいだ。妹なんていないし、弟にもそんなことしてやれなかったけどな」


「そっか……あとでそうしてみるよ」


 ショウヘイはレイジに感心していた。おかげで、少女にどう接したらいいのか参考になる。


 ショウヘイは少女の頭を撫でつつ、年上という責任について実感し始めていた。

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