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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第2章 異世界の生活
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2-3 異世界でも飲み会はある

「なるほど、この浸透戦術は画期的だね。これは戦いが大きく変わるよ!」


「うちの世界はしょっちゅうドンパチやってますからね……こっちはそれに比べたら平和だから、軍事面の発展がやや遅いのかも? でも恐竜や魔法があるからそれを活用した戦術もまた……」


「塹壕戦と言うものを上に言って研究する価値はあろう」


 あれから既に2時間が経過し、こんな状態になっている。ゼップがいつの間にか帰っても御構いなし、この3人は話に夢中になっていた。夢中になりつつも卒業論文の資料集めという目的を忘れず、話の内容をメモしているあたりアドルフォは流石である。


「いやはや、思った以上に君の世界は面白いよ。軍事の事以外も聞きたいところだけど、今日はもう遅いからこの辺にしようか?」


 レイジは咄嗟に腕時計を見る。この世界の時間に合わせて設定し直した時計は18時を示していた。


「そうですね、とは言えゼップいないしどうやって帰ることやら……」


「僕らが送り届けるよ。帰りにちょっと飲みにでも行かないかい?」


「この世界でその言葉を聞くとは思ってなかった」


 とはいえ無下に断る理由もない。どうせゼップに置いてけぼりにされたのだから、存分に飲み食いして帰ってやるとレイジは肚を決めた。


「着替えて来るから待っていてよ。父上はどうされますか?」


「いつもの店だろう? 行く。レイジにポンチョを貸した方がいいかもしれんな」


「そうですね……レイジ、待っててもらっていいかな?」


「ごゆっくり」


 レイジはそう言い、お行儀よくその場で待つ。特にやることもなく、鉄帽の中に手を入れてクルクル回し、遊んでいた。あまり面白くはない。


 そんな事をして暇を潰そうと努力しているうちに、アドルフォとスペンサーは軍服から一般市民が着るような服に身を包んでやって来た。どうやら、貴族ではなく一般人として飲みに行きたいようだ。


「お待たせ、レイジ。それじゃあ行こう。空中回廊を使えばすぐに行けるよ」


 アドルフォはそういうと足取り軽く歩き出す。レイジとスペンサーは置いていかれないように合わせて歩く。アドルフォはどうやら楽しみなようで、少し早歩きになっている。


 レイジは邪魔な銃を粒子化しておき、最低限の身軽な格好になる。万一に備えて拳銃だけは身につけておくが、使うような事態にならないことを祈るばかりだ。


 飲み会といえば、レイジには苦い思い出がたくさんある。自衛隊の宴会はやはり上下関係というしがらみゆえに気を使うのだ。1番下だった時は宴会が嫌で嫌でたまらず、胃をキリキリと痛めていたものだ。陸曹になってからは気にしなくてよくなったものの、1番下にそんな目に遭わせないようにやはり気を遣ってしまう。


 気の合う人と少人数でこうして飲みに行くくらいなら気が楽なのにな、とレイジは思いながらアドルフォを追う。スペンサーはさっきからブツブツと何かを呟いていた。どうも、酒場で何を食べようか迷っているようだ。飲みより食いかとレイジは少し笑っていた。


 空中回廊を降り、夜のグナイゼナウの街を3人で歩く。昼のお祭り騒ぎが少しは落ち着いたが、あちこちのオープンバーや酒場が賑わっている。物流が盛んなら人も集まる。今日グナイゼナウに宿を取った人たちが大勢集まっているのだろう。景気がいいのはいいことだ。


「レイジ、苦手なものとかあるかい?」


「なんでも食いますけどビールは苦手」


「なら果実酒を置いているところで飯が美味いところ……よし、父上」


「どう考えても行きつけのところだろう。そこでいい。あそこのシュバイネハクセは美味いからな」


 アドルフォが立ち止まる。どうやら到着したようだ。店の大きさは他の店とは変わらない。とはいえ酒場にも何かしら違いはあるのだろう。アドルフォに続いて店に入ると、肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。


「ここ?」


「ああ、ダイナーズって言うんだ。お気に入りだよ。ロストックの料理を出してるんだけど、本場の味さながらだからね」


 アドルフォは適当に席を取る。スペンサーとレイジもその席に適当に座り、楽な姿勢を取る。ざっと見渡すと、耳の長い美形の男女や子供のように見える背丈で髭を蓄えた男、さらにはレイジの趣味嗜好的にすぐにでも声をかけたくなってしまう、猫の耳を生やした女性もいる。


 アドルフォとスペンサーはそんなレイジをさておき、女性にしてはガタイが良く、肌も色黒なウェイトレスに声をかける。


「やあ、ベラ。果実酒とビールを2つ、あとソーセージにシュバイネハクセ、ジャーマンポテトとバケットを頼むよ」


「アドルフォが果実酒? 明日は大雨かしら?」


「いや、そこの緑の彼だよ。ビールがダメらしい」


「どーもー」


 レイジは片手をヒョイと上げてフランクに挨拶する。ベラと呼ばれたウェイトレスはレイジの顔をマジマジと見つめ、品定めを始めた。


「ふーん、鍛えてるわね。彼、兵士?」


「異世界の兵士らしいよ。クロノスの招き人」


「あら、運がいいクロノスの招き人ね。いい人に拾われてよかったじゃない。大体の人は野垂死にするらしいもの」


「何たって物騒だな! というかクロノスの招き人って案外いるもんなんだ……まあ失踪事件とかよくあるもんな……」


 レイジは苦笑いを浮かべる。そんなレイジを見てベラもクスクスと笑った。


「なら、アマゾネスや色んな種族を見るのは初めてかしら?」


「お伽話じゃよく出てくるけどね。本物は初めてさ。俺の趣味嗜好的にあの猫耳とかドストライク」


「ふーん、ケットシーが好みねぇ……アマゾネスの所はどうかしら? あなたならモテるわよ?」


「三日三晩絞られるらしいぞ?」


 スペンサーがレイジに耳打ちする。そんな事を聞かされて、23歳妖精、あと7年何もなければ魔法使いとなれるレイジはゾッとした。


「間違いなく死ぬやつなんだけどそれ」


「いい思いできるんだからいいじゃないの。まあ、今日はゆっくり楽しんでいってちょうだい」


 レイジは内心ホッとしつつ、辺りを見回そうとする。すると、喧騒が止み、全てが凍りついたように止まった。何が起きた、レイジは咄嗟に拳銃を抜こうとしたが、視界が全て白に染まり、後ろから華奢な手がレイジの手に重なり、止めた。


「全く、私がいるのに脇目を振るなんて、レイジくんはいいご身分ね」


 レイジが振り向くと、わずかに膨れるルネーの顔があった。近くで見てやはり綺麗だと思ってしまう。透き通るような白い肌、まっすぐ見つめる青い瞳。レイジとしてはこんな可愛い女の子にヤキモチを妬かれるなら悪くないと思ってしまう。


「一回しか会った事ないけどヤキモチを妬いてくれるとはね。脇目を振られたくないならもう少し会ってくれてもいいのに」


「考えておくわ。レイジくんの趣味嗜好は見境なしね。私も猫耳つけようかしら?」


「猫耳もうさ耳も似合いそうだな。白で頼むよ」


 レイジは笑う。ルネーもクスリと笑い、レイジの膝にちょこんと腰掛け、身を預けた。何故こんなに落ち着くのか考えるのはもうやめた。レイジは自然にルネーの頭を撫で始めた。


「で、今日の用件は?」


「そうね……注意、かしら。オークたちが良からぬ事を始めているとだけ」


「オーク? あの豚妖怪?」


「そうね。凶悪よ。村を蹂躙することもあるわ。繁殖のために他種族のメスを攫ったり、虐殺を楽しむ凶暴性を持ってるわ」


「わー、エロ同人に出て来そうなテンプレオーク……オークなんていなけりゃよかったのに」


「仕方ないけど、人間の武器も通用するからあとは腕次第よ。遭遇したらやっつけて私にかっこいいところ見せてね」


「ルネーからもらったあの鎖で一掃するよ」


 レイジはそう言ってルネーを抱きしめる。こんなに大胆なこと、普通はやらないのに、何故かルネーに対してはしてもいいものだと体が反応している。ルネーが嫌がっていないし、事案になることもないからいいだろう。この世界はわからないことだらけだとレイジは結論づけていた。


「また来るわ。ちゃんと元気にしてなきゃダメよ?」


「横っちょにいて欲しいんだけどな」


「また今度ね」


 ルネーはレイジの頬にそっとキスすると、体が透けていき、やがて消えてしまう。それと同時に世界は色を取り戻し、あの酒場の喧騒が戻って来た。


「レイジ、どうかしたかい?」


 不審なレイジの挙動にアドルフォが気付き、声をかけた。レイジはゆっくり肩の力を抜き、笑ってみせた。


「いやー、少しだけふらっとしちゃってさ……アレだ、この頃働きすぎだったんだろうよ。というわけで今日は気を抜かせてもらうぜ!」


「そうか……大いに羽目をはずすといい。僕も今日は楽しませてもらうさ」


「馬鹿を言うなアドルフォ、お前は毎日ダイナーズで楽しんでるくせによく言うわい」


 ガハハとスペンサーは笑いながら茶々を入れる。そんなことをしているうちに、ベラが片手でジョッキを3つ持ち、もう片方の手や肘にまで料理の皿を乗せてやって来た。まるで曲芸のようなその姿に、レイジは思わず拍手を送った。


「あら、ありがとう。こんなことできる人他にいないでしょう?」


「少なくとも見たことないや、マジ感服!」


 ベラは得意げに笑い、ジョッキや皿をテーブルに並べる。そして、妖艶な笑みとごゆっくりという一言を残して立ち去って行く。客はこのトリオだけではないのだ。


「さて、今夜は一般人として飲もうじゃないか、乾杯!」


「一般ピーポーだから気遣い不要なことに乾杯!」


「かーちゃんに怒られずに飲めることに乾杯!」


 3人はそれぞれの思いを叫び、ジョッキを合わせるやいなや、ぐいっと酒を飲む。レイジはとりあえずぶっ倒れることを警戒して控えめにしておいたが、モラティーノス親子に関してはジョッキを既に飲み干していた。一気飲みは危なくないかと思いつつ、レイジは突っ込まなかった。酒豪は常識を超えている。


「あー、やっぱりキンキンに冷えたビールが美味い! ウチじゃあワインばかりでビールなんて飲めないからな、親父!」


「全くだ、貴族の格式だかなんだか知らんがそんなもんクソ喰らえ! ワインよりビールの方が美味いんだよアホー!」


「はっは、酔っ払いテンションこの世界でもスゲー!」


 レイジがジョッキを飲み干すまでにこの酒豪親子はいくつものジョッキを空にした。口調まで崩壊し始めるレベルの2人に、レイジは爆笑していた。レイジも酔っ払っている。日本人らしく、アルコールには本気で弱い。駐屯地内の隊員クラブで仲間と飲み、ノックアウトさせられた回数は数知れない。


「まあまあレイジ、飲め飲め……食ってるか?」


「シュバイネハクセ美味すぎてさっきから食いまくってるよ、ローストビーフも美味いなー!」


 シュバイネハクセは豚のスネ肉に味付けして、何時間もじっくり焼きつつ黒ビールを塗った料理だ。一緒にザワークラウトも付いてきている。ドイツの料理なのだが、なぜここにもあるかなど、酔いの回ったレイジに考えることは不可能だった。


「だろう、普段の食事も確かに美味いが、気取ったものより親しいものと笑いながら酒を飲んで食える飯はもっと美味いものだ。気取った連中にはそれがわからんのだよ」


 スペンサーはパンに厚めに切ったシュバイネハクセを挟み、豪快にかぶりつく。香辛料の香りと焼けた肉の香ばしい香り、滲み出る肉汁と混ざったピリリと辛い香辛料の味、それがパンによく合うのだ。


「そのうちまた飲みに来ましょうか、気兼ねなしの宴会はまたいいものですな」


「そうそう、レイジも分かってくれるじゃないか! 酔いも回ったし、今日はこの辺にしようか……」


 アドルフォはレイジに絡む。どう見てもぐでんぐでんに酔っ払っている。レイジも酔いが回って来て、頭が動かなくなりつつあった。良き飲み友と出会ったことを幸運に思いつつ、レイジは記憶が途絶えた。

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