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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第1章 未知との出会いは唐突に
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1-19 それぞれの軌跡

 ショウヘイが時空の歪みを越えると、またあの野原に出た。歪みを越える間のあの現象にはまだ慣れない。頭の中を滅茶滅茶に引っ掻き回されるようで、嘔吐してしまいそうにもなる。歪みを出て暫くの間、頭がフラフラしてまともに行動を起こせない。


 無数の光が浮かんでいる。星空のようだ。自分の居場所はどこだろう。ショウヘイはついそんなことを考えてしまう。行き先はパスカルの暗号が示している。もしかしたら、この無数の歪みの中に自分がいた世界があるのかもしれない。でも、帰りたいという気持ちが分からない。靄がかかっているようで、帰還を望んでいるのか違うのか、なぜか分からないのだ。


 なら、誰かが作ってくれた道を辿るしかないのだろうか。向こうの世界と同じじゃないか。あっちでも、誰かの引いた線の上をなぞっていただけなのだ。


 ふと、後ろを振り向いてみる。レイジたちはまだ出てこない。それでも、とりあえず進む。惰性で進む。今は生き残らなければならない。生きて何になるのか、それはこれから分かるだろう。


 時空の歪みが収縮と膨張を繰り返し始めた。消えてしまうのだろうか、待ってくれ。まだ兄貴が出て来ていないんだ。ショウヘイはそう叫びそうになった。その次の瞬間、光の向こうから人影が現れ、地面に倒れ伏した。時空の歪みが消えたのはそれからわずかに遅れての出来事だった。


「兄貴!」


「いてて……おう翔平、生きてやがったか。あー、全く痛い目に遭った……」


 レイジはふらつく頭をなんとか制御して立ち上がる。銃がいつになく重く感じる。おい相棒、ここまで来てそりゃないぜと、心の中で自分の銃に呟く。


「合流はできたな……戻るぞ。ウィンザーの屋敷に出るはずだ。まだ敵がいるかもしれねえ……」


 パスカルもまだ足元がおぼつかない。時空の歪みを越えて、何かしらのダメージを受けたのだろう。何度も潜っていたら慣れるのだろうが、それとも、体に深刻な被害を受けてしまうのだろうか。ショウヘイには想像するしかなかった。


「俺が先行く。アーロン、手伝え」


 ハミドはそう言って列を追い越し、先頭の方へ進んで行く。アーロンはすぐにその後ろを追いかけ始めた。前衛につくようだ。露払いは任せても大丈夫だと判断したレイジは試しに魔術銃、カストルを呼び出してみた。手元に光が集まり、銃が形作られ、実体化する。


「使えそうだな。」


「こっちもです。弾は節約したいですからね」


 ケイスケの手元にも、カストルに似たような銃が握られている。Vt-1"ホラティウス"と銘打たれた魔術銃だ。奇遇にも、ケイスケのコードネームと一致していた。


「節約して死んだら元も子もないけどな」


 レイジはカストルを左手に握ると、利き手である右手に9mm拳銃を握った。確実に当てたい拳銃の方を右手に握り、狙いを定められるようにしたのだ。


 風が吹き、野原の草を揺らす。まるで踊るように、心地良さそうに草花が風に揺れている。穏やかだ。自分たちが気を張っているのが馬鹿馬鹿しく思えるような今に、レイジは思わず油断してしまいそうになる。張り詰めっぱなしの緊張の糸が今にも切れてしまいそうだった。


 少し離れたところにある時空の歪みが収縮と膨張を繰り返し始めた。どこかの世界とつながる門が閉じてしまう。ショウヘイは少し感慨深く思いながらその様子を観察していた。そして、中央に収束するように消滅する瞬間、光の向こうから何かが飛び出して来た。


「ラプトルだ!」


 ショウヘイは叫ぶ。竜騎兵の乗っていたラプトルよりは小さいだろうか、ミクロラプトルかもしれない。肉食獣は人の群れを見るや否や、吠えた。お前をこれから食うぞという口上にも思えるそれは、武器を持たぬ人に恐怖を与えるには十分すぎた。


「来るぞ!」


 パスカルが咄嗟に大剣を手に取り、列から離れるように走り出す。囮になる気だ。レイジとケイスケもそれに続くように左右に散開し、レイジとケイスケ、パスカルで左右から挟むように陣取る。射線に入らないように立ち回り、ラプトルを包囲する。


 ラプトルは左右に首を振る。どちらから喰らうか迷い、数が少ない方、パスカルに襲いかかる。孤立した獲物は仕留めやすい。ラプトルは経験則からそう判断したのだろう。だが今回は、その孤立したのが1番やばいという予想外の展開であったが、ラプトルがそれに気づくことはない。


 ラプトルはパスカルに飛びかかる。それを、パスカルの大剣が切り上げで薙ぎ払う。ラプトルの体が空中高く放り投げられ、血潮の雨を辺りに撒き散らしながらその辺に落下した。あっけなく終わった。


 その時、ハミドがパスカルにグライアスを繋げて来ていた。何かあったのだろうか、不安に思いながらパスカルはそれに応答する。


「どうした?」


「ウィンザーのとこの兵士どもが押し寄せて来やがる! 助けてくれ!」


「わかった、待っていろ」


 そんな時、ラプトルがむくりと起き上がった。レイジはラプトルに銃口を向ける。右手が無くなって出血しているが、致命傷には及んでいないようだ。レイジは咄嗟に銃剣を抜き、89式小銃に着剣する。小銃弾では何発か撃ち込まないと仕留められないだろう。接近されたらやられる。そんな時は銃剣で返り討ちにしようと言う魂胆だ。


 まずは89式小銃を構え、発砲する。3発の連射は全弾命中したが、急所は外れたようだ。まだ倒れない。そして、ラプトルは飛びかかってくる。レイジは89式小銃を構え、ラプトルへ刺突した。


 重力に体重を乗せたラプトルがレイジに覆いかぶさるように飛びつく。同時に、レイジの両腕には確かに重みが加わる。刺さった。そう感じ取るのもつかの間、ラプトルの重量に耐えきれず、レイジの体勢は崩され、地面に背中から倒されそうになる。


 咄嗟に銃剣を抜き、後ろに飛ぶ。背中から地面に着地し、派手に転がる。なんとか停止して立ち上がり、再び銃を構えるが、ラプトルはもう動かなかった。心臓に銃剣が突き刺さったらしく、鮮血を流しながら息絶えていた。


 その間にパスカルはハミドの救援に向かっていた。魔力が戻ってきているのが感覚でわかる。戦っているのがこの先の時空の歪みの向こうならば、全力で戦える。負ける気はしない。だとしたら、なぜハミドは救援を要請してきたのだろう。それが引っかかって仕方ない。


「ハミド、敵は歩兵だけか?」


「歩兵だけど多すぎるんだよ! 1個中隊はいるぜ!」


「多過ぎるだろ!」


 パスカルは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも両手にオリオンを実体化させる。とりあえずここから脱出しても攻撃を受けないくらいに掃除しておかねばならない。レイジとケイスケにこれ以上戦闘をやらせるのはあまりよろしくない。敵に手札はあまり晒したくないのだ。あの2人は、この先役に立ってもらわなければならない。


 パスカルは時空の歪みに飛び込む。頭をかき乱されるような不快な——認識阻害系の魔法に似たものを耐えて、歪みを越えた。最初に飛び込んだあの場所にパスカルは降り立った。目の前ではハミドとアーロンが剣を振るっている。肉薄されているのだろう。


 歪みを越えた影響か、視界がはっきりしなかったが、段々輪郭が鮮明に見えるようになってきた。やはり敵が肉薄している。廊下がそんなに広くないためか、横隊で4人並んで戦えるのがやっとと言うくらいだ。やれる。


 パスカルは飛び上がる。天井は高い。飛び上がって、壁を走る。敵の注目を集めるのには成功した。敵は剣を持って白兵戦を繰り広げていたため、銃に持ち替えなければパスカルに攻撃すらできない。パスカルは2丁のオリオンを構え、乱射した。無数の弾幕が敵を覆うように降り注ぎ、その命を奪っていく。寿命を削り、やがてその寿命を吸い尽くしてしまう。


 ハミドとアーロンが持ち直し、次々敵兵を切り捨て始めた。パスカルも相手が銃に持ち替えた頃合いを見計らってオリオンを粒子化し、リストブレードを展開して飛びかかった。死神が降ってくる。射撃もまるで照準があっておらず、壁を削るだけだ。


 上を向いていた哀れな敵兵の喉をリストブレードが貫いた。素早く引き抜き、手頃な敵を当たるを幸いに突き、切り裂き、蹴り飛ばす。肩が触れ合うくらいの密集した空間では、剣を振るうよりもパスカルのリストブレードの方が有利だ。狭い空間でも存分にその刃を振るえるのだ。


 敵が崩れ始める。このまま押し込めば倒せる。そんな時、時空の歪みが閉じかかり始めた。膨張と収縮を繰り返している。待て、パスカルがそう叫んでも止まらない。そして、その向こうからは次々と待たせていた人々が押し寄せてきた。まだ廊下の掃除は済んでいないというのに。


「ハミド急げ! このままじゃ狼に肉を放り投げるのと同じだぞ!」


「やってるっての! アーロン!」


「手が足りない!」


 レイジとケイスケはまだ来ない。殿を務めているのかもしれない。それでも、どっちに行けども待つは地獄なのだ。どうすればここを切り抜けられるか、パスカルが考えたその時だ。廊下に爆音が響いた。銃声だ。


 ハミドたちと反対側からだ。パスカルは咄嗟に飛び上がり、確認する。そこには、ベージュの戦闘服に黒のケープをまとい、頭部にスパイクのついたヘルメット——ピッケルハウベを被った一団がライフルの一斉射撃をウィンザーの私兵にお見舞いしたのだ。


「ハミド! トゥスカニアが来たぞ!」


「ありがてえ! やっちまえ!」


 トゥスカニアの兵士たちは各個に射撃し、次々敵を撃ち倒す。挟み撃ちだ。更には時空の歪みからレイジとケイスケもようやく飛び出して来て、敵兵に銃を向けた。


「降参するなら今のうちだ! 死ぬか生きるか選べ!」


 トゥスカニアの一団の中からやけに通る、雷のような声が聞こえて来た。スペンサー卿の声だ。大隊を引き連れて救援に来てくれたらしい。挟み撃ちに遭い、徹底的に叩きのめされた敵は戦意を失い、降伏勧告に応じた。


 そして、それと同時に時空の歪みは閉じてしまった。


「これで、向こうに何があったのか調べるすべはなくなりましたね。どうします、班長?」


「これから考えるしかないだろう。翔平、生きてるか?」


「うん、この子もね」


 ショウヘイの背中にはあの狐耳の少女がちゃんといた。ショウヘイはなんとか守り抜いたのだ。最後まで撃つことが出来ず、逃げるだけだった。それでも、ひとつの命を救い出したという思いが、ショウヘイに勇気を与えていた。


「忘れるな、人を救う時は時に他の命を犠牲にしなければならないこともある。人を助ける時は覚悟をちゃんと決めておくんだぞ。背負える荷物の重さは決まってるんだ。それを増やすか減らすかはお前次第さ」


 レイジの言葉がショウヘイの心に染み渡るように響く。今日はその誰かの命を奪うことをレイジが請け負ってくれたが、次に自分だけの時はそうはいかないだろう。正直、窮地でパスカルに助けられもした。


 背負う命の重みを感じながら、ショウヘイはそれと同じものを奪えるのか、自信がなかった。それに、何故人を助けようと思うのだろうか。


 可哀想だから? 同情? 正義感? 何故なのだろうか。分からない。レイジはなんと答えるだろうか、ショウヘイは気になってレイジに訊いてみる事にした。少しでも、答えが欲しかった。


「兄貴、なんで兄貴は知らない人を助けようって思うのさ?」


「なんだいきなり? 変なものでも食ったか?」


「そんなんじゃなくて……今日あんなことがあって、少し考えたんだよ。で、答えが出なかった」


「正答なんてねえよ。そんなもん人それぞれだ。俺の答えはただのエゴ。国の為に人の為に戦う。例え鬼になろうとも、死のうとも代わりに誰かが生きていてくれればそれでいい。事に臨んでは身の危険を顧みず、専心職務の遂行に励み、もって国民の負託に応える。それであれればいい。それが俺の答えだよ」


 ショウヘイは何も言えなくなった。壮絶な覚悟だった。何がどうして、レイジにそうさせるのだろうか。自己犠牲の精神を今の時代持っている人間なんて早々見かけない。もしかしたら、他の何かなのかもしれない。それはわかる日が来るのだろうか。否、兄の思考は兄がそうやって生きて来たからこそ得たものなのだ。自分に到底たどり着けるとは思えない。


 だから、心に留めておく事にした。いつか、同じところに自分もたどり着く日が来るかもしれない。来ないかもしれないが、いつか、その兄の真意を知ることができる日が来た時に備えて、今は胸の片隅に仕舞っておいた。


「そんな事より、その子をさっさと医者に見せたほうがいいんじゃねえか? 逃げて来た人だって、みんなバテ狂ってるぞ」


「パスカルにどうするか訊いてみた方がいいかな?」


「そうだな」


 レイジはパスカルのところへ歩いて行った。今後のことを打ち合わせする為だ。それに、ゼップに言われた通りやったのだ。その見返りである帰還の手助けをちゃんとしてもらわないと困る。それの確認も含まれている。


「パスカル、連れて来た人たちはどうする?」


「ああ……屋敷に連れ帰るにしては無理がある。トゥルク駐屯地に一旦預かってもらって、後々ウィンザーの不正の証言をしてもらう。人身売買に関わり、大量破壊兵器を持っていた、とな」


「あの化け物が大量破壊兵器とでも?」


「……にわかには信じられないだろうがな」


 レイジは何も言えなかった。パスカルはアレを知っている。だとしても、アレは何なのかが分からない。不死身に近いような化け物で、大量殺戮もお手の物。確かに大量破壊兵器と呼ぶにはイメージと違うが、パスカルが言うならそうなのだろう。レイジはこの世界の知識が不足していた事もあり、何も言えなかった。


「ところで、ゼップは約束を守るのか?」


「この国の第一王子だ。約束を反故にするなんてつまらん真似はしないはずだ。やったらまあ……諦めろ」


「そりゃないぜ……って、居候に言えたもんじゃないか……」


 レイジは天を仰いだ。結局はゼップ次第なのだ。ちゃんと約束通り帰還の手助けをしてくれることを祈る他なかった。

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