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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第1章 未知との出会いは唐突に
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1-17 鎖

 化け物が唸り声をあげて突進してくる。手刀と思っていた手はよくよく見れば指が全て繋がり、ブレードのように鋭くなっていた。殺すためにそう変化したのだろう。あれに貫かれたら一撃即死だ。


「パスカル、奴に弱点は!?」


「知るか、とりあえず普通にやってりゃ死ぬ!」


 そんな投げやりともみれる返答に苦笑いを浮かべつつ、レイジはしゃがみ、射撃姿勢をとる。射線に化け物が何も知らずに飛び込む。終わりだ。


 セレクターは3に合わせてある。1回引き金を引くと3発だけ連射されるようになっている。仕留めてやる。レイジは明確に殺意を持って引き金を引いた。銃身が暴れる。それをなんとか制御して化け物の体に全弾を撃ち込む。


 血飛沫が舞う。だが、化け物は特に怯む様子もない。1発は少なくとも心臓あたり、バイタルゾーンに命中していた。ギリギリで外れたのか? 何れにせよ、突進が来るのを回避しなければ。化け物は突進の構えを見せる。


 レイジは横に飛ぶ。紙一重で猛スピードで突進してきた化け物を回避した。アスリートのような早さだ。回避できたのが奇跡にも思える。突進しながらあのブレードを構えているのだ。正面衝突は死を意味する。むしろ、あの化け物の攻撃1つ1つが死を意味していると考えたほうがいい。


 パスカルは粒子化した大剣を呼び出す。だが、光の集まりが遅い。実体化するにはまだ時間を要する。レイジはそっちに化け物の意識が向かないよう、引き付ける。セレクターを(単発)に合わせて、適宜射撃で牽制する。当たっても当たらなくても、銃声は化け物の気をひくのにはもってこいだ。


 化け物はレイジの思惑通り、レイジにつられて突っ込んで来る。左右の檻を蹴って、ジグザグに飛びながら距離を詰めてきた。タイミングが読めない。射撃は諦め、回避に専念する。


 飛び付いてきた。それに合わせてしゃがむ。化け物が頭上を越えていく。咄嗟に銃剣を抜き、突き刺しにいく。着地して体勢が整わず、背中を見せている今しかない。両手で柄を掴み、渾身の力を込めて振り下ろす。


 刃が肉を貫いた。弾力があって硬い肉を突き破る感触が伝わる。気持ち悪いともなんとも思わなかった。そんなことに拘泥出来るほど、この命の奪い合いは甘くないのだ。


 化け物が唸り、その身をひねる。銃剣を咄嗟に離せず、レイジは体勢を崩されてしまった。そこへ、ブレードが迫る。回避は不能。反応が間に合わない。


「待たせた!」


 パスカルが大剣を構えて間に割り込むと、幅広の刀身を盾代わりにしてブレードを弾き返した。すぐに大剣を傾け、刃を化け物に向け、斬り上げる。威力はそんなにないが、ノックバックさせるには十分な質量だ。


 ——レイジくん。


 レイジの頭の中に、ルネーの優しい声が響いた。頼むから今は集中させてくれ。下手したらくたばる。レイジは心の中でルネーへそう答え、89式小銃に銃剣を取り付けた。


 ——力を貸すわ。上手く使ってね。


 何を貸してくれるって? 使い方くらい口頭説明があっても良いじゃないか。そんな余裕、あの化け物がくれるとは思えないけど。


 一瞬、ルネーへの返答に意識を取られた。それが、レイジの隙となる。化け物はそれを見逃すほど甘くはなかったのだ。パスカルとの斬り合いを中断し、レイジへ飛び掛ったのだ。


「レイジ!」


 パスカルの声で我に帰る。ブレードを構え、獰猛な笑みを浮かべて飛びかかって来る化け物の姿がレイジの目にもハッキリと映った。


 これが、俺の死か……?


 諦めないで……戦って、レイジくん!


 また響くルネーの声が、諦めかけたレイジの闘争本能に火をつけた。


「ぬぅあろぉぉがぁぁぁぁ!」


 届かないかもしれない。無駄かもしれない。それでもレイジは小銃を振る。銃剣の切っ先は届かないが、飛び付いて来る化け物を横合いから一本の鎖がけたたましい金属音を響かせて殴りつけた。


 化け物は唸り声をあげて吹き飛び、檻に叩きつけられる。鉄格子が歪むほどに、鎖は威力を孕んでいるようだ。レイジは何が起きたか理解できず、一瞬呆然とし、鎖は光になって消えてしまう。


「これが、ルネーの言う力とか?」


 どうやって出したのかはわからない。どう言う原理で、なぜ鎖なのかもわからない。それでも、使える。戦える。


 もはや戦う意味なんて忘れていた。目の前に敵がいるから戦う。なるほど、こういうものなのか。レイジはそう理解して、化け物を相手に立ち回る。無意識で鎖を放って化け物を打ち付け、横合いから大剣を手にしたパスカルが斬りかかる。


 大剣の質量と遠心力を合わせて振るい、肉を断ち、骨を砕く。どす黒く酸化した血液を撒き散らしながら化け物の右腕が吹き飛んでいく。


 化け物が怒りに任せて左腕を振る。パスカルはそれを飛び越えて回避する。レイジはパスカルの進行方向やや高めに鎖を張り、足場にした。パスカルはその鎖を掴んで体操選手のように一回転し、重力加速度を乗せた大剣の重い一撃を化け物へと振り下ろす。今度は左腕を切り裂いた。また血飛沫とともに腕が飛んでいく。


「ダルマにしても噛み付いてきそうだし、ここいらでトドメ刺すぞ!」


 パスカルが言う。化け物の腕の断面は黄色い膜に覆われていた。トカゲが自切した尻尾を再生するとき、断面を覆う再生芽のようだ。四肢をバラバラにしても回復されるとは厄介極まりない。


「どこをやればいい?」


「中枢神経系を潰せば再生出来ずに死ぬはずだ」


「足も潰したらやり易かったかもな」


 パスカルはそんなレイジの軽口に、少しだけ表情を崩しつつも、大剣を振り下ろし、頭を砕いた。念入りに、リストブレードで脊髄を貫き、確実にトドメを刺す。化け物の体が一際大きく痙攣し、動かなくなった。


「仕留めた。あいつらと合流して、この檻の中の連中連れて帰るぞ」


 パスカルは腕を振ってリストブレードについた血を払うと、何事もなかったかのように拳を握り、ブレードを引っ込めた。バネに弾かれたように、一瞬で鞘の中に収まってしまった。


「それに関しては賛成なんだが……この鍵どうやってぶち破る?」


 レイジは檻に取り付けられた錠前を忌々しそうに見つめる。鍵のありかがわからず、開けるに開けられないのだ。それに悩んでいたら、パスカルがお前は何を言っているんだとでも言いたげな表情でレイジを見つめていた。


「前みたいに撃って壊せよ」


「お前、弾が……ってそうか、あいつらが取りに行ってるからいいや」


 レイジはその事実を思い出すと、迷いなく大腿部のホルスターから拳銃を抜き、錠前に狙いをつける。あとは簡単だ。得意な射撃検定の時と同じように、照準を合わせて正しい姿勢で引き金を引けばいい。


 撃発。反動がレイジの腕にかかる。電気が無くとも、絶妙に組み合わさった拳銃は射撃の反動を利用して勝手に動き、次弾を装填する。最早芸術とでも言えるくらいの綿密さだ。


 カキン、と小気味のいい金属音が響く。錠前が壊れたのが目視でも確認できた。レイジはその壊れた錠前に蹴りを入れる。ピカピカに磨き上げた半長靴の爪先は既にボロボロで、テカりなんて残っていない。だから遠慮なく大胆に蹴飛ばした。


 とはいえ、ロックが壊れただけで、蹴飛ばしただけで吹き飛ぶほどボロくはなっていない。蹴ったところで鈍い音が響くだけで、レイジは渋々錠前を掴んで取り外した。


「蹴った意味は?」


「無かった。全くの無駄だったぜくそったれ」


 パスカルはやれやれ、とでも言いたげな表情で他の鍵を開けていた。手には鍵束が握られている。ウィンザーの死体から取り出したのだろう。そんな便利なものがあるなら早く言えとレイジは心の中で文句を言った。


 ともあれ、鍵が開けばすべては解決だ。レイジは錠前をステージへ向けて力一杯ぶん投げると、少し雑な手つきで檻を開けた。ギィィ、と錆びた檻が不快な音を立てて開く。


「ところでレイジ、さっきのあの鎖だが……いつの間に使えるようになった?」


 レイジの真後ろからパスカルが声を掛ける。顔は真剣みを帯びた表情を見せている。無理もないだろう。レイジは知らないが、パスカルはレイジの鎖を高位の魔法、無詠唱魔法だと見ていた。詠唱も暗号も要らず、意のままに発動できる高位の魔法を使えるのは稀だ。それをなぜ使えるのか。パスカルはレイジの事を怪しんでいた。


「1番怪しいのはさっき死にかけた時だ。白昼夢の中でよくわからねえ女の子が俺に力をやる。だから戦えってさ。それで、気付いたら鎖が出せるようになった。そんな所だ。他に心当たりなんてない。魔法とは無縁の世界にいたんだぞ?」


「だとしても何でお前に……いや、いいか。その誰かさんはお前を選んだって事だ。何かあるんだろう。お前、殺されるのかもな」


「死んで上等だ」


 パスカルは口を噤んだ。こいつも自分と同じだ。パスカルはそう感じていた。自らの生死に拘泥する事なく、その役割に忠実である。違うのは、その原動力であろう。パスカルはレイジにわずかに恐ろしさを感じた。どこからくるものかはわからないが、何となく恐ろしいと思えた。


「そうか。早い所ここの連中を引っ張り出して戻るぞ。あの球が消えちまったら俺たちはここに取り残されるんだからな」


「分かってる……」


 そんな時、ドタドタと足音が外から聞こえてきた。弾薬庫に行っていた面々が、はたまた敵か。レイジは咄嗟に89式小銃を、パスカルは大剣を構えた。


 ドアが勢いよく開く。その瞬間、レイジは叫んだ。


「テセウス!」


「カルネアデス! 班長、味方です!」


 ケイスケは正しい合言葉を返す。それを確認したレイジは89式小銃の安全装置をかけ、銃口を下ろした。見れば、ケイスケたちは武器をありったけ担いでいた。


「何があった?」


「弾薬庫にまだいろいろ残ってましたよ。小銃弾1缶分と拳銃弾を多数に、LAMを5本持ってきました。手榴弾もあります」


「パーフェクトだ、皆坂。それにしても駐屯地を空にするような事が起きたんだろ? 何で弾薬を全部運び出さなかったんだ?」


「そこは不明ですね。こっちは終わったんですか?」


「まあな。被疑者死亡だけど証拠はありったけ。早い所帰還しよう。翔平がLAMの重さに耐えかねて倒れるぞ」


 見れば、ショウヘイは肩で息をしていた。ケースに入ったLAMは10kgを超える重さだ。幾ら何でも荷が重すぎるだろう。レイジはそう言い残すと、檻に向かった。


「ほら、早く出てきてくれ。連れ帰ってやるから」


 先に檻を開けていたパスカルは捕まっていた人たちにそう声を掛けた。光のない目であるが、ぞろぞろと檻から出てくる。それでも1人だけ、檻の中でポツリとうつ伏せになっている者がいた。レイジはそれに気づくと、檻の中に入って近づいてみた。狐耳の少女だ。しゃがんで、肩を揺すってみる。


「おい、しっかりしろ。大丈夫か?」


 返事はない。目を閉じたままだ。レイジは少女を抱き起こすと、腰の水筒を取り出し、キャップに水を入れて飲ませてやる。


「ほら、水だぞ。大丈夫か?」


 少女はそれを嚥下する。まともに水ももらえていなかったのだろう。少しずつ、レイジは水を飲ませてやる。


「翔平! LAM置いてこの子を負ぶってやってくれ! 援護する!」


「わ、わかった!」


 ショウヘイは檻の中に入り、レイジから少女を受け取る。軽すぎる。それが感想だった。痩せ細っている。骨に皮が張り付いているかのようで、狐耳も毛がボサボサだった。


「……酷すぎるよ」


「奴はもう死んでる。今更殴ったところで無駄だ。それより先に行くぞ。皆坂、あの粒子化した物が取り出すのに時間かかるんだけど、荷物どうする?」


「今のうちに仕舞うのがいいと思いますよ。重すぎます。あと、班長は一応LAM出して置いたほうがいいのでは?」


「そうするか」


 レイジはケイスケの提案で忘れかけていたLAMの存在を思い出した。今の所ロクに役に立った覚えのないロケットランチャー。まさか今使う機会が来るとは思えないが、一応備えあって憂いなしという事もあり、取り出すことにした。


「これ、重いから嫌なんだよなぁ……」


「なら、開発元の設計主任に撃ち込みますか?」


「ブラックジョークどうも」


 レイジの手元に黒い筒、LAMが現れる。レイジはスリングでそれを背中にかけ、89式小銃を構える。懐かしい重さがレイジの背中にのしかかる。


「兄貴、準備いいよ!」


 ショウヘイが少女を背負って檻から出てきた。それを確認したパスカルは無言で脱出した人たちを連れて進みだす。それをハミドが援護し、残りのメンバーで後ろを守る。


 無人の駐屯地はやはり静かだ。人気がやはりない。体育館から営門までは何の邪魔もなく、すんなりいけてしまった。待ってくれ、まだいさせてくれ。ここは、俺たちがいた場所なんだ。レイジはそう叫びたくなるが、声をぐっと飲み込み、駐屯地を後にした。


 体育館から、何かが追いかけて来るのをアーロンが発見したのは、それからわずかに数秒遅れての事だった。

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