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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第1章 未知との出会いは唐突に
17/66

1-16 時を越えて

 名前を呼ぶ声に反応して意識が覚醒する。何もない、ただ白だけの世界。足の裏の、地に足がついている感覚すらもない。浮かんでいるのだろうか。自分の存在すら認識できない。自分という存在が消滅して、ここに残っているのは空っぽの意識だけのようにも思える。まるで、産まれたばかりの赤子だ。


 段々、時が経つにつれて意識に神崎零士という人物がアップロードされていく。どれだけの時間かはわからないが、意識という核に神崎零士の人格が集まり、形作られていくかのようだ。


 何もないその清浄な空間に、鈴の鳴るような音が響いた。チリン、というよりはシャラン、という音だ。誰かが来る。一歩踏み出すたびに、その音が響く。なぜ、ただの鈴が心を震わせるのだろう。なぜ、この音を聞くたびに、心臓を優しく包み込まれるような感覚に襲われるのだろう。なぜ、この音が愛おしいのだろう。


「……やっと、会えたね」


 まるで、霧が晴れていくかのように彼女は姿を現した。透き通るような白い肌で、腰まで届く長い髪も、まつ毛も白の世界に溶け込んでしまうくらいに白い。蒼の瞳だけが、その存在を主張していた。服もまた肌と同じように白のワンピースで、裸足だ。


 白、真っ先に浮かんだのはその一言だ。そして次に美しいと思った。スレンダーな見た目が少女と認識させる。翔平より外見は年下だろう。でも、見た目に反してしっかりしていると感じた。


 二の句を口に出来ずにいると、少女の方から来た。一歩一歩歩み寄ってくる。俺は気が付いたら、よろよろと歩み寄り始めていた。彼女の胸に縋り付きたい。そんな衝動に抗うという意思は初めから存在しなかった。


 膝を折る。倒れてしまいそうな頭を彼女は優しく抱き寄せた。幸福感に、胸がなんとも言えぬ心地よい苦しみに襲われる。手放したくないと思ってしまう。


「君は……誰なんだ……?」


「この世界で、貴方を見守る者。貴方に願いを託した者。私は……ルネー。そう呼んで」


「ルネー……」


 レイジは何度もその名を呼ぶ。何故か、ひどく優しい何かに包まれたような気になる。ルネーは微笑み、レイジの頭を撫でる。


「俺は、死んだのか?」


「いいえ、生きているわ。死なせてなんてあげない」


「これが……俺の、俺への報いなのか?」


「いいえ、これは試練。でも、貴方は独りじゃない。私が、いつでも後ろにいるわ。貴方の腕となり、頭脳となり、力となり……心の柱と、盾となる」


 優し過ぎる夢だ。レイジはそう思っていた。このままルネーの優しさに溺れて、安寧のままに眠ってしまいたくなる。自衛官という、最後の殻を捨てて、膝を屈してしまいたくなる。それを、ルネーは許さない。


「立って、レイジくん。戦って、生きて、貫いて。そして……私の元へ来て」


 額に暖かく、柔らかいものが押し当てられた。キスされたと気づくのに時間がかかるほど、思考が鈍っていた。ルネーの姿が薄れていく。代わりに、彼女の指先から光の粒が漏れ、レイジの体に吸い込まれていく。


「これは証。レイジくんが、生きて未来を切り開くための武器。立って、そして、進んで……!」


 視界が再びホワイトアウトしていく。景色が白くなるというよりは、頭の中が白くなったか、眼球が何も捉えられていないようだ。認識が阻害される。意識が、深淵に落ちていく。


 ※


 暗闇の世界。少し目を開ければ光があった。残念ながら起きるのを待ってくれたのは美少女ではなく、野郎3人だった。


「……ヒロイン不足が懸念されるな」


「そんな思考回路してるならもう平気だろ。さっさと起きろ。奴を追うぞ」


「辛辣極まりねえな」


 レイジはパスカルの手をとって立ち上がる。見てみると、傷は無くなっていた。服の破れもなく、血のシミもない。パスカルの治癒魔法だろうか?


「パスカル、なんか魔法で治したか?」


「いや、勝手に傷が消えた。なんだったんだろうな。術式が組まれている形跡もねえし」


「そうか……」


 レイジはあの白昼夢を思い出しながら走る。ルネー、あの少女はそう名乗った。人を惹きつける、謎の魅力。あれは一体なんだったのか。証? 武器? 一体、何をくれたと言うのだろうか。


「ハミドとアーロンが奴を追いかけている。合流して追跡を続けるぞ」


「わかった……」


 レイジははっきりしない頭を無理矢理動かして立ち上がる。体は動く。ならば戦える。彼女は言った。戦って、と。ならば、ここで倒れているわけにもいくまい。自分はレンジャーだ。レイジは自分にそう言い聞かせていた。


 パスカルはチェイサーの光を追ってひた走る。唯一の道しるべを手繰り寄せ、少しづつ迫っていく。獲物を逃しはしない。必ず食らいついてやる。そんな意思を感じられる走りだ。風を纏うかのように、パスカルそのものが嵐になったかのように。


 薄暗い道がわずかに明かりを帯びていく。照明はない。この奥に光る何かがあるのだ。レイジはこの先にいるであろうウィンザーを捕らえるため、頭の中でシュミレーションを繰り返していた。


「パスカル! 早く来てくれ!」


 アーロンの声が響く。何事か。パスカルは足を早める。何かが起きたとしかわからない。アーロンとハミドに何かあったのだろうか。そんな不安がよぎる。


 曲がり角を曲がり、ハミドとアーロンの背中を見つけた。2人は呆然と立ち尽くしている。ウィンザーの姿はない。そして、パスカルたちは思わず足を止め、目を見開いた。そこには、黄色に近い白の光を放つ球体が浮かんでいたのだ。周りには砕けたガラスの破片のようなものが浮遊し、球体の周りをゆっくり回転している。


「なんだ……これは……? さっき、ウィンザーの野郎が吸い込まれて……」


 アーロンが呟く。ウィンザーは自らその光の玉に飛び込み、消えてしまったのだ。あれも魔法の類なのだろうか。いずれにせよ、追いかける他なかった。


「飛び込むぜ!」


 ハミドは意を決し、光の玉へ飛び込んだ。ハミドはそれに吸い込まれ、消えてしまう。立ち止まっているわけにもいかないパスカルたちもそれに次々と飛び込む。その光が何につながるのかを知る由もなく、飛び込んで行く。


 飛び込んだ瞬間、ショウヘイは視界どころか脳内にノイズが走るような感覚に襲われた。砂嵐の中に突っ込んだかのように視界をかき乱され、思考も脳を引っ搔き回されているかのように乱れる。自分の存在すらも認識できなくなりそうだ。


 何も見えない。何もわからない。自分の存在も分からなくなる。どうすればいいか、そもそも、どうにかするという考えにも思い至らず、翻弄される以外になかった。


 眼が覚めると、そこは一面の草原だった。青々とした草原に、光の玉が無数に浮かんでいる。ショウヘイはなぜか見たことのあるような気がして、思い出せず、記憶に霞がかかるような感覚がした。


「時空の……歪み……?」


 苦しげに頭を抱えて呻きつつ、ショウヘイはポツリと漏らした。なぜか、これの名前を知っている。これの名前は時空の歪みのはずだ。なぜそう思うのか、なぜか思い出せない。何で、知っているのだろうか。記憶がなくなったことに関連しているのか?


「……チェイサーはまだ繋がってるな。でも弱まってる」


 パスカルのチェイサーはまだ作動していたが、光が淡くなっていた。今にも消えてしまいそうだ。早く追わなければ。光はいくつもある時空の歪みの中の一つを指している。


「行かなきゃ……!」


 レイジは時空の歪みに向かって歩き出す。時空の歪みを越えたダメージから回復しきっていないが、それでも歩き出す。任務を果たせ、自分で自分に呼びかける。


 時々視界がふらついたりぼやけるが、それでも突き進み、時空の歪みへと飛び込む。またあの感覚に襲われながらも、レイジは目を閉じてひたすら耐える。無限にも思えるこの苦痛の時間が、不意に止むその瞬間を待ち続けた。


 そして、その待ちわびた瞬間が訪れる。視界が晴れると、そこにあったのは廃墟と化した街だ。そして、レイジはその光景に見覚えがあった。忘れるわけもない。


「ここは……駐屯地近くじゃねえか!?」


 そう、レイジとケイスケの所属する中央即応連隊が配置されている宇都宮駐屯地付近の街並みによく似ていた。建物はあちこち変わってはいるが、間違いはない。


「ならば……駐屯地はこっちですね」


「チェイサーもちょうどそっちを指してる。行こう」


 レイジとケイスケは慣れた道をクリアリングしながら進んで行く。指ぬきの黒いグローブの中は汗で蒸れ始めていた。誰かに言って欲しかった。これは夢だ、お前は悪夢を見ているんだ、と。


 街は破壊された形跡は見られず、人がいなくなってゴーストタウンと化したように見える。だが、よくよく見ればブロック塀には銃弾が当たった形跡があちこちになり、何かしらの戦闘があったと見て取れる。


 道端に89式小銃が落ちていた。金属部品はすでに錆に覆われ、ところどころ変形している。レイジはそれを慣れた手つきで分解し始める。使えそうな部品だけを予備部品として持っていく。そして、恐らく斃れたであろうこの銃の持ち主の魂も連れていく。


「班長、駐屯地は……」


「無事とは思い難いな。弾薬庫に置き土産があるといいが」


 内心では、無事であって欲しいと思っていた。駐屯地になんとか立て籠もって、物資を空中投下してもらってなんとか耐えていると信じたかった。みんなは生きていると思いたかった。そんな願いは、すぐに現実が打ち破ってくれた。


 駐屯地の門は閉まっているが、人気がない。警衛所も、窓が割れて風に飛ばされた書類が雨に濡れたのかアスファルトに張り付いていた。体から抜けそうになる力をなんとか振り絞って体を支えているが、レイジもケイスケも受けたショックが大きすぎて何も言葉にできなかった。


 レイジはなんとか前へ踏み出し、門を飛び越える。それを咎めるものはもういない。何もかもが、時が止まったかのように思える静かさだった。メイン道路はいつもは車両が行き交っているのに、何もいない。閑散として、静寂に包まれている。


「高機動車の一台もない……出払ってるんでしょうか?」


「そのようだな。車両が一台もないところを見て、出動してそのまま戻れなかったってところか?」


 パスカルのチェイサーの光が弱まる。まだ効果が切れるには早すぎる。パスカルはその現象を訝しみながらも進むしかなかった。伸びる光がさす場所は、レイジとケイスケがよく知っていた。


「どこへ続いてる?」


「体育館だ。デカイからデカイものを隠すにはもってこいだろ。皆坂、翔平と弾薬庫と武器庫漁って来い」


「ハミド、アーロン、お前らもケイスケについていってくれ」


 レイジとパスカルはそう指示を出す。つまり、体育館へはレイジとパスカルで突入するのだ。ウィンザーを捕らえるくらいならわけもないが、もし件の大量破壊兵器とやらがあったとしたら、太刀打ちできるか不安なところだ。


 鼓動が高鳴る。レイジは89式小銃の安全装置を外し、いつでも撃てるように構えながら進む。パスカルも2丁のオリオンを構えて辺り一帯を警戒している。


「俺がいないうちに、何があったのかな」


「さあな。とりあえずウィンザーのクソ野郎ご本人様と、破壊兵器があるのかを見つけたいところだ」


「まさかとは思うけど榴弾砲でした、なんてオチはないよな……」


 宇都宮駐屯地には第12特科隊、所謂砲兵隊も駐屯している。その部隊が保有する155mm榴弾砲"FH70"なら、数門揃えてつるべ打ちにすれば本当に市街地一つ廃墟にはできるだろう。だが、それだとパスカルの証言と合わない。少なくとも、建物は崩れていないのだから。だとすれば、大量破壊兵器とやらは向こうの世界からこの廃墟となった駐屯地に持ち込まれ、隠されているのだ。世界を、時空を超えて隠しているのだ。見つからないだろう。


「少なくとも人型だ。オリでも持ち込めばどこでも隠せる」


「そもそも違う世界に隠すとかいう発想が思いつかねえよ」


 そんなことを言っているうちに、レイジは見慣れた体育館にたどり着いた。静かで、屋根にはカラスが集まっているが、鳴かない。いつもやかましいカラスどもが珍しい。なぜだろうか。嫌な予感がレイジに危機を呼びかける。それでも、中に入らなければならない。チェイサーの光が繋がっているのだ。


「行くぜ、パスカル」


「いいぞ」


 玄関に土足で入り、横にスライドするタイプの二枚扉のうち片方を思い切り引っ張り、こじ開ける。そこにパスカルがするりと入り込み、レイジも遅れてそこに入る。


「そこを動くなよ、クソ野郎。あの世に送られたくないならばな」


 パスカルのオリオンがウィンザーを捉える。体育館の中央にウィンザーはいた。そして、その周りを取り囲むかのように無数の檻が置かれていた。そこには無気力に横たわったり、しゃがみ込む人で埋め尽くされている。


「……拉致した人たちを、ここに隠していたのか。おいこの蛆虫。俺らの駐屯地でやってくれたなオイ、この落とし前、つけてもらうぞ!」


 レイジの89式小銃もウィンザーを捉える。ダットサイトの光点はしっかりウィンザーの頭に重なり、いつでも射殺できるよう構えている。最早愛着に近い感情があるこの駐屯地でこんなことをされて、レイジは怒り狂いそうだった。


「うるさい! ここにはもう誰もおらん! だから有効に使ってやったまでよ! 貴様ら傭兵風情が貴族に手を出してタダで済むと思うな! 一族郎党打首にしてくれるわ!」


 目の前の痩せ、目にはクマが出来ている、矮小な男が叫べども、2人の心には何も響かない。その目も、ウィンザーなんて男は見ていない。


「残念だが、俺には打首にされる一族郎党はいねえし、打首になるのはお前の方じゃねえのか?」


「テンプレのような台詞をどうも。俺っちここの住人の1人なんでね。悪いが返してもらうぜ。俺の、俺らの駐屯地を返してもらおう!」


 レイジとパスカルはじりじりと距離を詰めて行く。銃口の威圧感というものは凄まじい。銃という武器を知る者にとって、銃口とは恐怖だ。向けるだけで相手の動きを封じ込めてしまう。それだけの力があるのだ。


「ならば致し方あるまい。ここで死ねい!」


 ウィンザーが檻の一つを開ける。目が血走って赤く染まり、禿頭に黒い紋様の入った、やけに肌の青白い男がのそりと出てきた。それを見たパスカルが目の色を変える。まるで、親の仇でも前にしたかのようだ。


「やはり、お前がトゥルク壊滅に一枚噛んでいたが、ウィンザー……死に晒せ!」


 パスカルが初めて激情をあらわにした。オリオンのトリガーを引くが、何故か弾が出ない。力が弱まっているのだろうか。咄嗟に飛んでリストブレードによる一撃を試みるが、ジャンプ力も普通の人間より少し高く飛べる程度にしか飛べなくなっていた。全く距離を詰められない。


「クソ!」


「そのままやれ!」


 ウィンザーが化け物にけしかける。化け物はゆるりとウィンザーの方を振り向くと、有無を言わさず手刀でウィンザーの胸を貫いた。


「かはっ……!? 何故だ……何故言うことを聞かぬ……」


 ウィンザーは倒れ、その場に血溜まりが出来始める。助からないだろう。どうでもいい。とりあえず優先すべきは前の化け物なのだから。


「パスカル!」


 レイジはパスカルへ拳銃を投げ渡す。魔術系の物が使えなくなっても、科学の産物たる銃は間違いなく使えるはずだ。これが、今の望み。


「9発しかない! 外すなよ!」


「何もないよりはいいな!」


 人の入った檻は左右に1列ずつに並べられているのが幸いだった。射線に重ならないように立ち回れば当ててしまう心配はない。目の前のが大量破壊兵器とやらで、何かしら弄ってあるのだろう。


 だとしたらやれることは1つ。確実にここで葬ることだった。

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