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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第1章 未知との出会いは唐突に
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1-15 サーチ&チェイス


 下水道から抜け出した一行は1番近い館の窓に取り付いていた。窓の鍵は開いている。まず、パスカルが窓から館の中へ侵入した。それに続いてハミド、アーロン、レイジ、ケイスケ、ショウヘイといった具合に、侵入していく。取りあえずここまでは順調だ。窓の外からはいくつもの光が見える。銃声を聞きつけてやって来た警備だろう。


 パスカルが進み始める。窓から見えないように中腰くらいの姿勢で廊下の端を移動する。目的は人狩り、人身売買に関与している証拠と表向きはしているが、裏は大量破壊兵器だ。それを知っているのは今の所傭兵3人とレイジだけだ。


 そんなものが隠されている場所はどこにあるのだろうと考えた時、まず地面より上には無いと考える。そこはレイジもパスカルも同じだった。問題は、本当にそれが存在するのか、そしてどこから行けるのかである。


「パスカル、実を言うとだな、ここに地下室があるんだ。申請していない、秘密の部屋がな」


「申請?」


「あー、ショウヘイは知らねえか。貴族が屋敷建てる時は間取りとか、設計を申請書に添えて聖王に提出すんだよ。反乱起こすために武器庫やら要塞チックなの作られたら困るからな。で、ここは地下室なんて申請してねえ。完全違法建築の秘密基地があるんだ」


「なんで分かるのさ?」


「一回入った。なんか牢屋みてえだったな」


 ハミドとショウヘイの話を小耳に挟みつつ、パスカルは考え始める。つまり、この一階または庭のどこかに入口があるはずなのだ。それをどうやって探せばいいのだろうか。


「ハミド、入り口は覚えてるか?」


「すまん、知らねえ。床を爆破して入ったからな」


「相変わらず強引な奴だ」


 だがそれも悪くないとパスカルは思った。手荒だが床を吹き飛ばせば地下室へは通じる。だがそれは最後の手段だ。下手に戦闘を起こしたくはない。チラリとレイジに目をやるが、同じ考えのようで肩をすくめていた。


「手っ取り早くその辺のを捕まえて尋問してみるか?」


 レイジは腰の銃剣に手をやる。パスカルは少し考えた後、縦に頷いた。とはいえ誰かがこないと話にならない。それにこの大所帯だ。いつまで隠れていられるかもわからない。


 足音が聞こえて来た。大人数だ。勘付かれたのだろうか。全員が咄嗟に武器を構える。だが、聞こえて来た声はレイジたちが目的では無いことをありありと語っていた。


「ウィンザー卿、こちらです。早く地下へ!」


「わかっておる。賊はまだいるのか?」


「はい、既に何人かやられた模様です」


「グズグズせずに早く仕留めんか! 大方あの王子の飼ってる犬だろう!」


「そ、それが、見たこともない武器を持った敵もいると……」


「見間違いだ!」


 パスカルは聞き耳を立てながらニヤリと笑った。ウィンザーが護衛と共に歩いているのだ。奴から直接聞き出すのも1つの手だろう。このまま泳がせてもいいかもしれない。とはいえ大所帯で動いたら気取られてしまう。捕らえて吐かせよう。


「おいレイジ、ケイスケ。護衛を始末して本人に吐かせる。やれそうか?」


「俺は奴の面を覚えてるし、余裕でやれるけど、皆坂は?」


「拳銃に持ち替えれば余裕です」


「護衛を始末する。俺を撃つなよ」


 まず、レイジとケイスケが角から飛び出す。ウィンザーを囲むように護衛が展開していて、突然現れた2人に一瞬動揺が生じた。それがまさに命取りになるとも知らずに。


 ケイスケがしゃがんだ姿勢で拳銃を、その後ろにレイジが立ったまま89式小銃を構え、撃つ。ウィンザーの前に立つ敵はケイスケが、側面はレイジが狙う。小銃弾は貫通力が高いので、敵を貫通してウィンザーに当たる恐れがあったのだ。


 正面の敵の鳩尾に9mmの拳銃弾が当たる。胸を押さえながら敵が倒れ、その隣も素早い目標変換からの射撃で斃された。レイジは89式小銃の3発連射で側面の敵を火力で圧倒する。


 射撃する2人の横をパスカルが躍り出て、壁に跳躍。壁に足をつくと、思い切り壁を蹴ってウィンザーの後方にいた敵2人に飛びかかる。リストブレードを一瞬で展開し、2人に覆いかぶさるように体当たりしつつ、鳩尾をブレードで貫いていた。


 その瞬間、ウィンザーが弾かれたように走り始めた。パスカルは敵にブレードを突き刺したままで動けず、レイジとケイスケも徒手格闘で捕らえようにも、咄嗟に銃を放すことが出来ず、捕まえられなかった。


「追え!」


 パスカルがブレードを引き抜き、ウィンザーに向かって暗号式を投げつけた。空中を暗号が真っ直ぐ飛び、ウィンザーの背中に命中する。すると、暗号の線が青白く光り、溶けるように消えてしまった。


 パスカルが床に手をつける。すると、青白い光の帯が浮かび上がり、ウィンザーに当てた暗号と繋がった。追跡用の物らしい。


 その光の帯をたどって追いかける。これを追えば地下にも辿り着けるかもしれない。まずはウィンザーの逃げるところを追い、捕らえる。証拠の確保なら、本人を捕まえればあの手この手で吐かせられるし、地下なら後で床を爆破すればいい。


 ウィンザーを追ってその辺の部屋に入ると、そこは書庫だった。ウィンザーの姿はないが、パスカルの放った暗号はまだ繋がっている。


「よし。チェイサーを追う。その先にいるはずだ」


「なあパスカル、その暗号なんだが、ウィンザーに付けたのを剥がされたりしないか?」


 アーロンの危惧にパスカルは首を横に振った。


「心配ない。アレ、体に染み付くから時間経過以外じゃ外せない」


「流石"コードシーカー"だよ。追跡捜索お手の物なわけだ」


 光は壁に伸びていた。どうやら隠し扉らしい。機械仕掛けだろうか、パスカルがそこに手を付き、探る。すると、パスカルは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。


「最悪だ。ロック方法が生体認証かよ。登録された奴じゃねえと開かねえ。上書きもできないし、解除も骨が折れる奴だ」


「おいパスカル、解除にどれくらいかかる?」


「馬鹿野郎、ハミドもやれると思うなら見てみやがれ。本気でやるなら3日はつきっきりだぞ」


「頭おかしいんじゃねえのこれ!?」


 ハミドは頭を抱え、パスカルは忌々しそうに壁を思い切り蹴飛ばす。それを見ていたケイスケは何かを思いついたようだ。


「神崎班長、自分、手榴弾なんていう素敵なものを持ってるのですが……」


「爆破しろ。当然だ。不愉快極まる」


「どこの少佐ですかあなたは。取り敢えず離れてくれ!」


「よしその辺の本棚に隠れろ!」


 レイジが叫び、全員を離れたところにある本棚の裏に退避させる。ケイスケも手榴弾からピンを抜いて安全レバーも離し、ドアの前に置くと、全力疾走で本棚の裏に飛び込んだ。


 爆音が響き、遮られていない壁に破片がいくつも突き刺さる。隠れている本棚にも爆風や破片が当たったことを背中で感じつつ、ケイスケはそっと本棚から顔を出した。爆風と破片で壁の一部が砕け、もう少し穴を広めれば通れそうだった。


 ケイスケは背嚢になぜか括り付けてあったスレッジハンマーを取り出す。本人でもなぜ、この世界に来た時にこれを持っていたのかは思い出せていないが、有意義に使うことにした。手榴弾が開けた穴の周辺を思い切りハンマーで砕き、人1人通れるくらいの穴を開ける。


「魔法がっ! ダメなら! 物理で! 殴れっ!」


「出た、野郎の悪い癖だ。魔法を捨てて物理で殴るって、散々RPGでやって、物理耐性やたら高くて魔法耐性ない奴に苦しめられてたのに」


 レイジが苦笑いを浮かべてもケイスケは気にせず、スレッジハンマーを振り回し、穴が開くとやりきったと言う表情でハンマーを粒子化させた。取り敢えず道は出来た。


「わーお、力技だな」


 ハミドはそう言いながらも魔術銃を実体化させる。Vz-15"マホメット"と銘打たれた、パスカルと同じ拳銃型。連発ができるから細かい分類はマシンピストルかサブマシンガンだろう。


「だいぶロスしたな。まだチェイサーが繋がってるからいいが……取り敢えず行くぞ」


 パスカルはオリオンを構え、穴に入っていく。それにハミド、アーロンが続き、ショウヘイが入り、最後に後方警戒をしていたレイジとケイスケが入った。螺旋階段が延々と続き、地下へ潜って行く。あちこちを何かの鉱石が発光して照らし、ぼんやりと足元は見えている。それが逆に不気味さを醸し出していた。


「なんだか嫌なところだな。アリソン嬢が来なくてよかったよ」


 アーロンは周辺を見渡しながらポツリと呟く。アリソンなら怖がって悲鳴をあげて誰かにしがみつくだろう。そんな光景が全員に予想できた。そして、少しだけ笑いが起こった。緊張がわずかに解れる。それでも、油断はしなかった。


 天井から石のブロックが落ちて来た。ひと抱えはあるような代物だ。パスカルは咄嗟に暗号をそれに向けて投げつける。暗号の当たったプロックは落下速度を緩め、1秒に1cmしか動いていないくらいまで減速する。当たった目標の時間の流れを緩やかにしてしまうステイの暗号だ。


 まだ落ちてくるかもしれない。そう予想した一行は自然と走り出していた。レイジもケイスケも段を飛ばして走り、先の安全を確保する。もうすぐ階段が終わる。そこに、敵が2人いた。ライフルの銃口を指向して来ている。回避は不能。


「邪魔するな!」


 ケイスケは撃たれるより早くトリガーを引く。ミニミが吼え、銃身が暴れる。片方は激しい弾幕をモロに浴びて倒れ、もう片方は不運なことに、外れた弾が壁に当たって跳弾し、それに当たって倒れた。呻き声を漏らしているからまだ生きている。


 後ろから撃たれたらたまったものではない。すれ違いざまにレイジは拳銃を2発、そいつに向けて撃った。胸と頭に1発ずつあたり、絶命。そうするしかなかった。あまり時間はかけられないのだ。


 階段を駆け抜け、巨大な通路に辿り着く。天井は20mはありそうな、パイプの中のような通路だ。


 次の瞬間、今まで通って来た階段が爆発した。石のブロックを組んだ通路が崩落を始める。罠が仕掛けてあったのだろうか。そして、通路に響くのは金属と、駆動音。そして、破砕音。何かが石積みの壁を砕きながら迫ってくるのがわかった。


 迫る漆黒の壁。鉄の壁が迫って来ている。ゆっくりと獲物を追い詰め、その壁に無数に突き立てられた槍の穂先は獲物に絶望を、恐怖を刻むだろう。悪趣味にもほどがある罠だ。逃げるしかない。


「野郎、やってくれたな!」


 パスカルが咄嗟にディレイの暗号を壁に投げつけ、それを合図に全員が走り出す。ウィンザーはこっちに来た。そしてチェイサーもまだ繋がっている。ならばどこかに逃げ道があるはずなのだ。


 レイジのグローブの中が汗で蒸れ始める。通気口が逃すより早く熱気が充満する。まだ死ねない。命を捨てるのはここではない。生きて、再び帰るために。死にもの狂いにならなければならない。国を、国民を守ると誓いを立てたのだから、帰らなければ。


 正面に観音開きのドアがある。壁の真ん中にポツリと金属製の扉がある。あそこにチェイサーが繋がっている。だが、開くだろうか? そんな疑念がレイジの心を埋め尽くす。でなければトラップの意味がないのだ。


 真っ先にドアに取り付いたハミドがなんとか開けようとするが、やはり開かない。鍵をかけられているようだ。


「クソが! 開けやがれ!」


 ハミドはドアを蹴り開けようとする。追いついたパスカルやアーロンも追いつき、ドアを力任せに殴るがビクともしない。しっかりと施錠されている。


「クソったれ、ハミド! 爆破出来ねえのかよ!?」


「ダメだ! ドアに魔術防御式が組まれてやがる!こんな所で!」


 パスカルにも焦りが見える。パスカルといえどもあんなものに潰されたらひとたまりもない。ケイスケはスレッジハンマーで扉を力任せに殴りまくる。


「クソ! 早く壊せ!」


「やってる! 固すぎるんだよ!」


 ハミドが防御式の効果範囲外から爆破の暗号を使い、爆風による破壊を試みるがドアはビクともしない。スレッジハンマーでも凹まないのだ。


「神崎班長! LAMを!」


「無理だ! もう距離が確保できない!」


 LAMは反動を抑えるために後方に金属粉などの詰め物、カウンターマスを噴き出す。これは人員を殺傷する恐れがあり、後方に約10mの安全距離を設ける必要がある。更には発射して飛ぶことを考えて前も距離を取るべきなのだが、既に壁が迫ってそんなに距離を確保できない。


 更には弾頭もあくまで圧力で装甲に穴を穿ち、内部の人員やモジュールを破壊するものであるため、ドアを吹き飛ばすことはおそらく無理なのだ。対物にも使えるが、正直破壊できるかは怪しい所だ。


 6人で殴っても扉はビクともせず、後ろからはじわじわと壁が迫る。ショウヘイこの窮地を乗り切る策がないかと考え、ひとつ見つけた。使えるかどうかはわからない。 ただ、この状況を切り抜けられるかどうかは、この鉄粉をくっ付けたテープが考え通りに燃えてくれるかどうかに掛かっているのは確かだ。


 役に立てるのは今しかない。戦えない代わりに、知識でみんなを守る。きっと、この異世界に送られた俺の役目はそれなのだろう。


 この世界に送り込まれてから窮地は何度も訪れた。俺たちは生きて帰ることを望まれていないかのように、死に直面する機会が幾度となく訪れた。その度に兄や周りの仲間に救われた。だから、今度は自分が動かなければならない。いつまでも負んぶに抱っこではいられないのだ。


「兄貴! こいつでこの扉を破る!」


「分かった! お前に任せる!」


 迫り来る死、落ち着いている気になっているが心は恐怖を感じ、手元が狂いそうになる。落ち着け、俺ならやれるから、そう自分に言い聞かせて作業に取り掛かる。仲間たちは壁の足止めをしようと必死になる。この手に、この身にいくつもの命が預けられた。


 失ってはならない。未来のために。負けてはならない。生きるために。


「おい急げショウヘイ!」


「いいよ、離れて!」


 ショウヘイはドアの蝶番、鍵にテープを貼り付け、点火した。テルミットが激しい光と熱を放ち、金属を溶かしていく。通路を眩い光が照らし、迫る壁がこれでもかというくらいにはっきり全貌を見せる。本能が危険だと喚き散らす。


 だからなんだと言うのだ。レイジは迫る壁に対しても恐怖が漠然としか感じられない。嗚呼、案外覚悟決まってるんだな。つくづく自分の命の軽さを実感しながら、壁を見つめていた。


 光が消える。テルミットが燃え尽きたのだ。ハミドがすかさず爆破の暗号をドアに叩きつけ、爆破する。あんなに頑丈だったドアがテルミットを仕掛けた形にくり抜かれ、吹き飛んでいく。逃げ道ができた。


「早く!」


 ショウヘイがそこから隣の通路に飛び込んだのを合図に、一行が次々飛び込んでいく。レイジは全員が潜るのを確認するまで頑としてその場を動かない。


「班長! 最後です!」


 ケイスケの声を聞いてやっとレイジは穴に飛び込み、次の瞬間、無数の槍が壁に突き立った。間一髪。レイジはそこまで後方警戒員としての役目を全うしていた。


「間一髪、か。どうやらこの世界はまだ俺を死なせてはくれないようだな」


「軽口叩くだけの余裕はまだ残してるようだな。行くぞ。レイジ、前衛を」


「了解。後ろは頼むぜ」


 レイジはパスカルに余裕さを見せながら前衛に立つ。そんなレイジに、ショウヘイは何か違和感を感じていた。それがなんなのかはわからない。ただ漠然と、兄は何かが違うとしかわからない。


 レイジはチェイサーを追って進みだす。目の前にはT字路。そこを左に光が伸びている。光の線に沿って進みつつ、レイジは周囲を警戒している。どこから襲われるかわからない、逃げることもままならないのが閉所戦闘の難しさだ。


 角に取り付くまでは何も起こらなかった。ここからが難関だ。角から出るときは待ち伏せに気をつけなければならない。迂闊に飛び出すのは避けたい。


 レイジは半身を角に隠しながら、もう半身を乗り出し、89式小銃を左の道へ構える。腰を折り、肩で息をするウィンザーの姿があった。その隣に護衛の姿もある。エクリプスMk-Ⅲと思わしきライフルを持っている。先制攻撃をしなければ。そうでなければ撃たれるのが閉所戦だ。


 両目を開け、右目でダットサイトを覗く。まるで視界に赤点が浮かんでいるように見える。敵に赤点が重なった。撃て。同時に指がトリガーを引く。銃床に当てていた頬骨を殴られたかのような鈍い痛みが襲い、赤点がわずかにずれる。発砲の反動によるものだ。レンズ越しに崩れ落ちる敵が見える。


 すかさず隣の敵へ目標変換。赤点を目標に導き、脳が命ずる。撃て、と。指は即座に従い、トリガーを引く。レンズ越しに飛び散る紅い鮮血。命が零れ落ちていく様が見える。


 敵は崩れ落ちながらもライフルを構える。そして、最後の抵抗を見せた。斃したと思ってレイジは気を抜いてしまっていたのが命取りとなった。敵の銃口が光る。次の瞬間、脇腹を熱が包み込む。熱い。暖かい何かが溢れ出している。


 よろけ、体が物陰から出る。後ろから爆音が聞こえ、レイジは呼吸ができなくなった。右側の道、今のレイジの背後に当たるところに、敵の伏兵がいて、右肺を背後から撃ち抜かれたのだ。ゆっくり、レイジの膝が崩れ落ち、仰向けに倒れる。石畳を血が染め上げていく。


「兄貴!」


「班長!」


 ケイスケは走りだし、レイジのそばまで行くと、背後から撃った敵と目が合った。お前か、そう叫ぶより早くミニミ軽機関銃を向け、撃っていた。瞬く間に数十発の弾丸が肉体に穴を穿ち、命を奪う。


 振り向き、倒れながらも抵抗しようとする敵へさらに弾幕を浴びせた。ウィンザーの姿はない。逃げられた。それを認識するより先に、ケイスケはレイジの応急手当にとりかかった。


「班長! しっかり!」


 レイジを転がし、仰向けに寝かせる。番目に開いた目は虚空を見つめ、口は動いているが呼吸をしている様子はない。肺に穴が空いたため、呼吸困難に陥っているのだ。密閉しなければ。


「この野郎、ヘマしたか!」


 パスカルも駆け寄ってきて、レイジの腹の傷に手を当てる。青白い光が傷口を覆う。治癒魔法なのだろう。だが治りはかなり遅いようだ。失血してしまう前に止まらなければ助からない。


「ハミド! アーロンと奴を追え! 逃すな!」


「わ、わかった! レイジを死なせるなよ! ゼップにドヤされてアリソン嬢に泣かれるのはゴメンだぜ! 来いアーロン!」


「ああ!」


 ハミドとアーロンはその場を立ち去る。ショウヘイは応急手当の知識なんてありはしない。できることといえば、布切れを脇腹の傷に当て、強く押さえておくことくらいだった。


「兄貴! 死ぬなよ!」


 ※


 被弾した。そう気付いたのは2発目を貰って初めてだ。右ひざが地についた。これが、俺の死か。そう思った時にはもう目の前には地面があった。息が出来ない。必死に吸おうとするが、肺に空気が入らない。開放性気胸か。貫通したな。防弾チョッキを着れば良かった。


 分隊の、小隊の、中隊のみんなの顔が浮かぶ。家族の顔は浮かばない。ごめんなさい、中隊長。こんな恥を晒して異世界の地に死んでいく不甲斐ない部下をお許しください。


 みんなの声が聞こえる。馬鹿、俺に構うな。行け、任務を果たせ。そんな声ももう出ない。意識が遠のいていく。酸欠で脳がやられてきたようだ。


「……ん…ょう!」


 なんて言っているのか聞き取れない。断片的なのを拾って、頭の中で再構成することすら叶わない。


「…に……!」


 もうどれが誰の声なのか!認識すら出来ない。体の制御が効かない。命の終わりって、こんなのなんだな。


「……じ…ん……」


 誰の声だろう。聞いたことのない、鈴のなるような声が聞こえた。男のものではない。女なんてこの場にいないはずなのに。


「れい……くん……て……!」


 ひどく優しい声が、死にかけた頭にすうっと入り込んでくる。暖かく、心臓を優しく包み込まれるような感覚がする。熱い何かがこみ上げてくるように。


 君は……誰?


「レイジくん……生きて!」


 祈るような、強い叫びが胸に響いた。

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