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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第1章 未知との出会いは唐突に
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1-13 静寂の星空

 作戦が実行に移された。ラインラント中心にあるウィンザーの館への潜入及び証拠の確保。トゥルク駐屯地からは馬車で2日はかかる。木製のコンテナに車輪をつけたような荷馬車に隠れ、ラインラントへの潜入を行う。


 ラインラントはカレリアに比べると小さく、カレリアのようにあちこちに分かれているというわけではない。カレリアとロストックの境界線北側に面している小さなところだ。国境の検問を、道中の検問を越えていかなければならない。さあどうしたものか。そこを考えるのにはずいぶん苦労していた。何せ、境界線の歩哨は数が多く、隠密に始末なんて無理があるのだ。


 だから、単純な策を使うことになった。検問を越える時だけ荷馬車を降り、徒歩で境界線を越えるのだ。ハミドとアーロンが荷馬車で検問を越え、他のメンバーは迂回する。そして、決めておいた合流地点へ向かうのだ。


 荷馬車へはパスカルが予め粒子化していたダミーの荷物を詰め込んで、人員は防壁を文字通り登っている。グラビライト石のおかげで軽々壁の溝に指をかけ、ひょいひょいと登っていける。


 防壁を登りきると、ラインラントを一望できるほどの眺めがあった。どうやら、夜間は城壁の上の歩哨は定時に巡回するだけなようだ。


 ショウヘイは空を見上げた。夜空というものは心を洗ってくれる。晴れた日は特にそうだ。どこまでも広がる夜空と小さな光を見つめるだけで、心は穏やかになっていく。


 清浄で、何にも染まらぬ宵闇。それを照らす無数の星々、我の存在ここにありと主張する月。それは違う世界でも変わらずそこにあった。


 肌寒く感じる風が頬を撫でる。吐息は白く、散らばっては宵闇に溶けていく。月を背に黒い蝶が飛んでいくのが見えた。羽は緑に光り、飛びながら燐光を撒き散らし、軌跡を描いていく。その姿が目から離れなくて、いつまでも目で追い続けている。


 手に握るボルトアクションライフルの木製グリップからは金属やプラスチックとは違う温もりと、命を奪う冷たさが伝わってくる。物を言わぬ殺意の塊が手の中にある。夜の風の冷たさとは違う冷たさが手に伝わってきていた。


「んじゃ、始めるとするか」


「名誉のために」


 高い壁の上から街を見渡す迷彩服姿のレイジとケイスケはそう呟く。その後ろからついていくショウヘイはベージュの戦闘服を着て、黒のポンチョを纏っている。パスカルと同じ、トゥスカニア正式採用の戦闘服一式だ。腰には弾薬の入ったポーチを付けている。着慣れないこの服に着られているようで随分滑稽に見える。ブーツも傷ひとつないピカピカのものだ。みるからに新兵。訓練を積んだことのない学生だったのだから、新兵にも劣るだろう。


「抜かるなよ。お前らにかかってる」


 背後から3人に声をかけたのはパスカルだ。この暗闇でもパスカルには辺りが見えている。右目とその周辺に書き込まれた暗号が暗視の役割を果たしているのだ。


 そしてパスカルは地面に手のひらをつける。手の甲が青白く光り、そこから無数の青白い光を放つ線が伸びていく。地上の星と星をつないで、星座を形作るようにも思えるそれは、仕掛けられたトラップを探し出して解除していく。前進経路を確保しているのだ。


 魔法使いと自衛官という不可解なこの状況で俺は何ができるのだろうか。特に何ができるとは思えないが、とりあえず今は荷物持ちと、唯一使える魔法を使ってついていこう。ショウヘイは心の中でそう決め、銃を握り直した。


 この先に何が待ち受けているのかが楽しみで仕方ない。死と隣り合わせの場所に行くはずなのに、なぜか心が踊る。もしかしたら、今までにない刺激を求めていたのかも知れない。


「行くぞ。状況開始」


 二脚の取り外された89式小銃を構えたレイジがゆっくり身を起こし、前進を始めた。右目には単眼式の暗視装置、V8越しに景色を見ている。苦難への進軍が始まる。この先の未来のために、俺たちは足を踏み出すほかなかった。


 生き残りたい。そんな思いを胸に秘めながら、初めて握る銃と共に、ショウヘイはゆっくりと歩き出した。長い長い旅路への第一歩を。


「ハミドが通過した。俺たちも行くぞ」


 パスカルはそう言うと防壁から飛び降りた。ビル3階程度の高さではあるが、生身で飛び降りたらまず無事では済まない。グラビライト石があってこその芸当である。それに倣うようにレイジ、ケイスケ、ショウヘイも防壁を飛び降り、豪快に着地した。


「やばい、飛びながら撒き散らす所だった……」


「おいバカ。そんな事したらすぐさま弾薬と荷物だけもらって放り出すからな?」


「そりゃないですよ班長!」


 レイジとケイスケは軽口を叩く。演習でも、レンジャー訓練の状況中であっても2人は軽口を叩く。そうすることで辛いことを忘れられる。リラックスして前を向ける。2人のジンクスのようなものなのだ。


 防壁の裏側には歩哨はいない。表を見ていればいいと言うことなのだろう。突破さえすればこちらのものだ。4人は走って荷馬車に向かう。ハミドは接近する4人に気づき、スピードを緩めた。乗れ、と言う合図だ。パスカルがまず荷馬車の後方にある昇降用のステップに飛び乗り、観音開きの扉のノブに手をかける。


 扉が勢いよく開き、パスカルは中に飛び込む。レイジたちもそれと同じようにして荷馬車に飛び込み、扉を閉める。荷物はパスカルが全て粒子化してスペースを作ったので、粗末なベンチが備えられただけの荷馬車の中で4人は一息つくことができた。


「今のうちに眠っておけ。道は長いぞ」


「眠れぬ辛さはよく知ってる。お言葉に甘えさせてもらうよ」


 レイジはそう言ってベンチで横になる。ケイスケは適当に壁に寄りかかって眠り始めた。


「俺も徹夜はきつかったし、眠るかな」


 ショウヘイもベンチに座ったままうつらうつらとし始めた。それを確認したパスカルは小窓を開け、御者台のハミドとアーロンに声をかけた。


「お前ら寝なくても大丈夫か?」


「大丈夫と言いたい所だがそうも言ってられねえ。キツい」


「俺は平気だ。さっきまで寝ていたからな。ハミド、寝ておけ。俺が代わる」


 夜はヴァンパイアの活動時間だ。ハミドはおとなしくアーロンに手綱を渡し、御者台に体を縛り付けて眠り始めた。パスカルは後部ドアから荷馬車の上へよじ登り、周辺の警戒を始める。思わず歌を口ずさんでいた。それは鎮魂歌。戦場で儚く散り、眠るものたちのための子守唄。


「パスカル、悪いが出番だ。前方検問所、敵は2人」


 人間よりはるかに優れた視力を持つヴァンパイアであるアーロンには、敵の姿がはっきり見えていた。どうする? そう問いかける事はなかった。アーロンは既に馬車を止め、パスカルが飛び降りていたからだ。


 アーロンが人間の視界の外から見つけ出し、パスカルが視界に入らないように茂みに入り、接近していく。歩哨は夜遅く、疲れているのか注意力は散漫で欠伸をしている。死神の足音にはまだ気づかない。


 2人が揃って背中を見せた。絶好のチャンスにパスカルは冷静に、音を立てないよう茂みから出て、背後に忍び寄る。そして、2人の首を両手のリストブレードで同時に貫く。声も出す事なく、2人の歩哨は永遠の眠りにつくことになった。


「任務ご苦労」


 パスカルは死体を哨所の焚き火の中へ押し込み、馬車へ戻る。哨所の制圧は終わった。あとは突っ走るだけだ。


 アーロンは制圧が終わったところを見ていたらしく、馬車を走らせてきていた。パスカルはすれ違いざまにアーロンの手を握り、飛び乗った。無言の連携だ。


「検問の意味がないな」


「ゆっくり休めてさぞかし嬉しいだろうよ」


 アーロンとパスカルはいつも通りに軽口を言う。もう直ぐ平原を越え、市街地へ突入する。そして、市街地すらも越えたならば、そこが目標の館だ。パスカルは荷馬車を思い切り蹴飛ばし、中のメンバーを叩き起こす。小窓が開き、レイジがわずかに顔を見せた。


「もうすぐか?」


「あと1時間」


「パーティ会場までもうすぐ。髭剃って顔洗っておめかしするには十分だ」


 レイジはそういってケイスケとショウヘイを叩き起こす。そして、レイジとケイスケはポケットからドーランを取り出し、フェイスペイントをしようとしたが、少し思い直してポケットに仕舞った。


「落とすの面倒だよな」


「俺、肌荒れるんですよ」


「取り出したのに塗らないのかよ!?」


 ショウヘイのツッコミもものともせず、2人は武器を用意する。すぐ使える弾薬はレイジが180発、ケイスケが200発。ショウヘイは60発といったところだ。後は粒子化しておいた予備弾薬を出すのだが、レイジは弾倉に弾を詰めなければならないので弾切れになったらかなり厄介だ。魔術銃があるから大丈夫との想定ではあるが、ぶっつけ本番ということで不安もあった。


 弾倉をはめ込み、棹桿を引いて弾薬を薬室へ送る。安全装置さえ外してしまえばすぐにでも撃てる状態だ。発砲したとあらば帰ってから問題になるだろうが、なんとかゼップに口利きしてもらうしかない。というかこんなことから生きて帰れたら、責任取らされる前にさっさと退職してのんびり余生を過ごすのも悪くない。


「シュレディンガー、準備よし」


 シュレディンガー、それが中隊からレイジに与えられたコードネーム。由来について知っているものはあまりいない。レイジ自身は気に入っているが、そんなコードネームをつけられた理由を知るものは苦笑いを浮かべるばかりだ。


「ホラティウスよし!」


 ケイスケのコードネーム、ホラティウスの由来はトマス・マコーリーの詩、橋の上のホラティウスが元である。その理由については割愛。


 2人は拳を打ちあわせる。そして、ケイスケはからの木箱を踏み台にして、コンテナ上を改造して開けた小さな窓から上半身とミニミ軽機関銃を乗り出す。ミニミの二脚をしっかり板と板の隙間に噛ませ、構える。そして、鉄帽に装着している暗視装置、V8を左目の位置に持ってくる。厳戒態勢の市街地に入ったなら強行突破。それが作戦だった。


「2時の方向、屋根の上に敵」


 小窓から前方を見ていたレイジが敵を見つけた。屋根の上から敵兵が狙って来ている。警告もなしに発砲して来た。パスカルが結界を張り、ケイスケを防護する。銃弾は結界で減速し、その威力をほぼ失って落ちる。ケイスケは発砲して来た敵へ対し、ミニミに取り付けておいたレーザー照射装置、V1でレーザーを照射して狙いをつけ、6発連射をお見舞いする。


 ズガガ、と一瞬爆音が響き、敵兵が後ろに倒れる。当たったのだろう。音を聞きつけて敵がさらに集まってくるだろう。いずれにせよ蹴散らす。それだけだ。


「正面、検問がある。敵多数」


 パスカルが敵の存在を事務的に伝える。ケイスケはその方向に銃口を指向する。


「頭下げていろよ!」


 緑色の視界に敵の姿が見えた。レーザーを照射し、何発かに分けて撃つ。薬莢と金属製リンクが板の上を跳ねて金属音を鳴らし、それをかき消すように機関銃が吠える。視界の先に倒れる敵が見える。慌ててレイジも跳ね上げていたV8を下ろすと、視界の先でレーザーポインターが踊り、光の尾を引く曳光弾と、倒れる敵がよく見えた。


「掴まれ!」


 アーロンが叫ぶ。同時に馬に鞭打ち、速度を上げた。守る者がいなくなった木組みのゲートをそのスピードに任せて無理矢理突破する。砕けた木片が飛び散り、道端には何事かと敵が飛び出してくる。それはケイスケの餌食となる。機関銃の掃射が敵を食いちぎる。弾丸は無慈悲に、平等にその命を奪い去る。


「このまま突き当たりまで進め。そうしたら馬車を捨てて徒歩で行く。こいつは囮だ」


 パスカルは道の先を見続ける。突き当たりまで500mほど。パスカルとアーロン、そして荷馬車に乗っている面々も降りる準備をする。止まらず飛び降りるのだ。それぞれ武器を粒子化して身軽になり、後部のドアを開けて身構える。


 T字路が見えた。アーロンは馬車を右折させる。その瞬間、荷馬車に乗っていた面々は後部ドアから飛び降りる。レイジとケイスケ、ハミドは前転で受け身をとって着地したが、ショウヘイは派手に石畳の上を転がり、やっと止まった。パスカルとアーロンは近くの建物の屋根に飛び乗っていた。


 追っ手が来る前に走り出す。グラビライト石で軽々と跳ね、走り回れるのを利用し、道を疾走する。近くの建物の窓枠に掴まり、壁をよじ登って屋根に飛び乗る。


 パスカルとアーロンも屋根の上を走っている。レイジたちもそれを追いかけるように走り出した。屋根と屋根の離れているところは思い切り跳躍する。空中で一回転し、隣の屋根に着地。そのまま走り出す。


 ショウヘイはふと思い出す。今やっているのは動画サイトで見たことのあるパルクールそっくりだ。絶対できないと思っていた事が出来ている。それが、なんとも言えぬ楽しさを生む。心の底から楽しい、生きていると実感できた。夢なら覚めないで欲しい。未知に触れ、新しい自分を見られる。課題に追われ、自分がいる意味を見失う生活とお別れできる。


 でも、捨てた代わりに代わりに手に入れたのは、重い銃。この手には大きすぎる。そしてそれが、これからすることが、自由の代償なのか。これが報いか、それとも選べということか。


 市街地のあちこちを白い光が動く。警備兵のライトだろう。上手いこと馬車を追っている。目標まで障害はない。あとは、生き残れるのか、そして、奪わなければならないのか。ショウヘイは自分の命と今まで元の世界の法と道徳によって禁忌として来た殺しを犯す罪を、天秤にかけていた。

」で閉じるときに。を付けていたのを修正しました。国語の癖でつい付けてしまっていました……

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