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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第1章 未知との出会いは唐突に
12/66

1-11 嵐のサイン

 この日はいつも通り肌寒い日だった。アリエス聖王国の北西に位置するカレリアは平均気温が低めだ。それでも、今通過中の南部都市ラドガはマシな方である。パスカルのポンチョは防雨の他に防寒にもなるのでこういう時には便利だ。ポンチョの裾は風にたなびき、ふわりと舞う。中に着ているベージュの戦闘服が少しだけ姿を現し、パスカルはそこに吹き付ける風に少し身震いした。


 馬に乗って走ると大抵風でポンチョが後ろにたなびいてしまうため、しっかり前で止めていないと寒くてたまらない。とはいえ、徒歩で走ると体力の消耗が激しいから、馬に頼ってしまう。ちなみにラプトルは餌の用意が面倒なので、戦闘ならいざ知らず、長距離行軍には向かないのだ。


 王立魔導師学園を卒業したばかりのパスカルたちは王国軍魔術化歩兵連隊隷下の第1魔術化歩兵大隊に配属され、各地で反乱軍討伐の任に当たっていた。まだライフルが登場しておらず、歩兵の主兵装はマスケット銃。パスカルたち魔術化歩兵は強力な詠唱魔法による防護のもと、敵軍への突入や後方からの詠唱魔法による友軍への火力支援を任務としている。


 この時、パスカルの所属している第1魔術化歩兵大隊は南部にて反乱軍の立てこもるアルト・ラーク要塞を陥落させ、首都グナイゼナウへと帰還する途中だった。


 アリエス聖王国は広大な土地を有するため、隅々まで聖王が統治するというのは困難なのだ。その為、国をいくつかの領地に分け、聖王代理として領主にその土地を治めさせている。グナイゼナウはその中央位に位置し、聖王が直接統治を行っている。


 今回、パスカルたちが陥落させたアルト・ラーク要塞はアリエス聖王国南西部、サンサルバドルにあり、細長いリマ海を挟んでゴンドワナ大陸と面している。ゴンドワナ大陸からの侵攻に備えて海岸防御のために作られた要塞だったのだ。そこを手中に収めた反乱軍ではあるが、そもそも海側防御に重きを置いていたがために反対側、陸側の守りは手薄だったのだ。(後方は友軍の支配地域という前提で設計されていたため、明らかに反乱軍の陣地選定ミスである)


 アルト・ラーク要塞の誇る防御設備もほぼ全て海側向きであるためにその真価を発揮出来ずに陥落する結果となった。予想通りの結末ではあるが、パスカルからしてみれば骨のない相手である。


「なあパスカル、後は首都に着いて休暇をもらうだけだな。どうする?」


 パスカルの隣にいた入隊同期、ミーシャが話しかける。北端の地、ハバロフスクの生まれだというミーシャは色が際立って白い。茶色味ががった髪と碧眼で、人懐っこい。他の動機からはよく、子熊(ミーシャ)の名前は合わないと言われている。


「別に、俺はまだカレリアに帰ろうとは思っていない。その辺ブラブラほっつき歩くだけだ。美味い飯でも食いに行こうかね」


「なら、タラントにでも行ってみたらどうだ? あそこは飯が美味い。飯と美女とワインに血道を挙げているからな」


 次に話しかけてきたのはヤーリだ。生まれた場所は分からず、ずっと孤児院暮らしだったのだが、詠唱魔導師適性試験に合格し、王立魔導師養成学園への入学を果たした。それからというもの、興味の赴くままに学び、気づけば成績優秀。長期休暇には内職して貯めた金を使って旅行へ行き、見聞を広めている。なんだかんだ人生を楽しもうとしているようだ。パスカルに行き先の提案をしたのも、その旅行で培った知識があるからだ。


 王立魔導師養成学園の入学条件は13歳以上の男女全てに対して行われる、詠唱魔導師適性試験に合格すること。適性のあるものは少ないため、どのような出自を持っていたとしても(凶悪犯罪でもやってない限りは)無料で学園へ入学でき、そこからの道は明るい。国がどれだけ詠唱魔導師という人材を欲しているかが伺えるだろう。


「バカ言え。タラント行って飯食って帰るだけなのに金がかかりすぎる。適当にグナイゼナウ(首都)でいい店ないのかよ?」


「残念ながらグナイゼナウは微妙な店多し。中にはいいのもあるんだけどね。人が多いから食い物屋やれば成功すると思った勘違い野郎が多いんだよ」


「ヤーリ、お前は軍に入らないで雑誌の編集者にでもなったらどうだ? 食レポすれば儲かると思うぞ?」


「退役したらそうするよ」


 ヤーリは笑う。ヤーリは感性豊かとでもいうべきか、表現が上手い。絵を描かせれば細かいところ、例えば黒子の1つにしても見落とすことなく描いてみせる。もしかしたら、表現が豊かというより細かいところまで見る観察眼が優れているのかもしれない。


 肩から提げたマスケット銃が金具がどこかに干渉してるのかガチャリと音を鳴らす。パスカルはマスケット銃の位置を少しずらし、前を向く。後ろではリョーハが気だるげに大あくびをして、セリョーガがこっそり隠し持っていた干し肉を齧り、穏やかに時間は過ぎていく。戦闘服の上から貼り付けた暗号が体を温め、外気と風の冷たさから体を守る。


 ふと、鳥が群れをなして飛んで来るのが見えた。それも、空を埋め尽くすほどに。この時期は渡り鳥の渡る季節ではないし、そもそも鳥が渡り鳥ではない。リョーハが咄嗟にぶら下げていたコンパスを見て、鳥の来た方角を割り出し、セリョーガに伝える。地図判読が得意なセリョーガが地図を見て、飛来して来たであろう場所を割り出していく。


「んー、恐らく、この方角であれだけ鳥がいるとしたら、カレリアの……ここだ、トゥルクとラドガの間にある森のあたりじゃないか?」


「イマトラの森から? この時期は渡りの季節じゃないのに……山火事か?」


 パスカルは首を傾げた。トゥルクの街中で生まれ育ち、森はラドガに行くために幾度となく入った。この時期に鳥が空を埋め尽くすほどに飛ぶなんてあったことがないのだ。不安がパスカルの胸を埋め尽くす。言い表しがたい、気持ちの悪い不安だ。


「1中隊3小隊!集合せよ!」


 小隊長のラースの声が聞こえた。従軍経験のあるベテランの小隊長で、勇猛な人物だ。パスカル、ミーシャ、ヤーリ、リョーハ、セリョーガは集合の号令に応じ、集まった。約30人の一個小隊に対し、ラースは命令を下達する。


「この先、トゥルク市街地で黒煙が上がっているのを前方警戒員が確認。状況の把握のため、3小隊は斥候として偵察に向かう。パスカル、リョーハ、前衛に付け」


 了解、と言ってパスカルとリョーハは前に出た。その後ろに、2列の縦隊が作られる。


「前へ!」


 ラースの掛け声とともに、小隊は前進する。パスカルは暗号を、リョーハは詠唱魔法を使って周辺の索敵を行う。どちらも効果は同じ、生命反応の探知だが、パスカルは詠唱が面倒という理由で暗号にしてしまった。探知の暗号式を作るのは相当苦労したが、そのぶん便利になった。


 馬の早駆けで、2人は小隊に先んじで森へ突入した。ここを抜ければトゥルク市街地がある。


「リョーハ、なんかいたか?」


「森の中は獣一匹見つからねえ。逃げたのか?」


「そんなばかな、この森に獣がいないだと? このクソ広いイマトラの森に?」


 パスカルは胸騒ぎがした。イマトラの森は何度も歩いたことがある。そこには常に何かしらの生き物がいた。熊や狐、その他諸々何かしらの生物がいた。それがどうしてか、今は一つとして反応がない。異様だ。


「……リョーハ?」


「ああ……」


 パスカルもリョーハも、手には魔術銃を持ち、馬を降りた。リョーハの銃は箱型の本体にグリップがついたような銃、V-2000"タラニス"だ。


 何かが森の中にいる。生命反応が2つ確認できた。だが、獣ではない。接近してくる。それも、木々の幹を飛びうつり、かなりトリッキーな動きをしている。


 ガサ、ガサと森の中から音がする。パスカルは今得られる情報から分析する。攻撃が来るまでは約20秒。手に仕込んだ暗号の一つ、ディレイをいつでも起動できるように準備する。どこから来ようが迎撃できる体制をとった。


 突然の襲撃だった。獣のような唸り声をあげ、目からは赤い残像を残しながら人型の何かが飛びかかってきた。パスカルはそこへ向けて手を振る。すると、掌から暗号が飛び出し、暗号式が宙を一直線に飛び、飛び出してきた人型の何かに命中する。


 ディレイの暗号は命中した対象の時間の流れを遅くする。飛びかかる勢いを殺され、空中で何も出来ない襲撃者に対して、パスカルは冷静にオリオンの銃口を向け、トリガーを引いた。


 赤い暴風雨のような弾幕が襲撃者を襲う。衝撃波をまとった魔力弾は受けたものの命を少しずつ奪い取る。吹き飛ばされた敵は空中での無防備な間に2丁分の弾幕を全身に受け、絶命した。


「やっと来たか……!」


 もう片方の敵はリョーハへ飛びつくが、リョーハはそれを見破っていたので、タラニスから背負っていたショットガンに持ち替え、進路上に銃口を向けていた。ジャンプなんてしようものなら、回避は不可能。


 ショットガンが火を噴き、9つの鉄球を撃ち出す。そのうちの半分は心臓付近に命中し、敵は金切り声のような悲鳴をあげて落下する。脈打つように出血しているところを見るからに、助かることはないだろう。


「あっさりだったが、こいつはなんだ?」


 パスカルは馬を降りて死体を足で蹴って転がし、検分する。見た限り、素体は人間のようだが身体中に暗号式が刻まれている。不審に思って少し見てみると、詠唱魔法もかけられているようだ。


「さあな。インテルセット、ラン。」


 リョーハが解析の詠唱魔法、インテルを使い、死体を解析する。だが、なぜかエラーが出て解析ができなかった。唯一わかったのは、これが人間が素体であることだけだ。


「……ダメだこりゃ。ラースに報告しよう」


「ああ……おい、あれはなんだ?」


 パスカルの指差す先、トゥルク市街地方向から黒煙が上がっていた。何かあったのだ。謎の敵、目の前の煙、嫌な予感ばかりが募っていく。パスカルはすぐさま馬に飛び乗り、トゥルク方面へと馬を走らせた。


「おいこの……仕方ねえ!」


 リョーハはそれを追いかけつつ、グライアスでラースと連絡を取る。結局、そのまま進行するよう命令を受けてパスカルに合流しようと速度を上げ始めた。馬はたちまちパスカルに追いつき、並走する。イマトラの森を抜けるまで後一息だ。


 森を抜けると、そこは地獄だった。街中から黒煙が上がり、あちこちに反乱軍の旗が掲げられていた。いつの間にか陥落していたのだ。守備兵は全滅したのだろう。鋭利な爪にでも切り裂かれたような傷の残る守備兵の、引き裂かれた体があちこちに散らばり、建物にも同じような爪痕が残されていた。


「パスカ……」


 リョーハは声をかけようとして、言葉に詰まった。パスカルが呆然として街を見つめていたのだ。故郷がこんな事になり、相当のショックを受けたのだろう。あちこちには略奪と暴虐の爪痕が残されていた。店の窓は砕かれ、中はすっからかんだ。服を引きちぎられ、裸で倒れている少女にもう息はない。リョーハは背嚢から予備のポンチョを取り出し、遺体を包み込む。


 勇敢にも戦おうとした民間人の遺体があちこちに転がる。パスカルがまるで魂を抜かれたように馬から転げ落ち、よろよろと立ち上がって歩き始めた。向かう先にあるのは一軒のパン屋。パスカルの実家だ。リョーハは店の荒らされように怒りを覚えた。休みにカレリアに足を運び、パスカルに飽きれられつつも仲間たちと来たパン屋が、無残な姿を晒していたのだ。


 親父さんは逃げただろうか。気さくな女将さんは無事だろうか。やんちゃ坊主なパスカルの妹と弟はどうだろうか、リョーハはパスカルについていくように店の二階に上がる。そこが居住スペースになっているのだ。


 結果は予想できたはずだった。あり合わせのもので組み立てたバリケードは破られ、4つの遺体が転がっていた。父親は頭が半分吹き飛んでいる。手には自衛用と思われるショットガン。最期まで妻と娘と息子を守ろうとしたのだろう。妹と弟に折り重なる母は背中に大きな刃傷。子をなんとか守ろうとして斬られたのだろう。だが、剣は体を貫通し、まだ10歳ほどの2人の命も奪い去っていた。


 パスカルは崩れ落ち、リョーハがいることも忘れて嗚咽を漏らした。リョーハはどうすることもできない。パスカルのこんな姿を見るのも初めてなのだ。そして、どう声をかければいいかすらもわからなかった。


 通りが騒がしくなる。敵の歩哨か斥候に本隊が見つかったのかもしれない。敵の歩兵小隊が向かってくる。パスカルはおもむろに立ち上がると、両手首を外側に反らせる。すると、機械仕掛けの仕込みナイフ、リストブレードが飛び出し、ロック位置で固定された。掌ほどの長さのある暗器を携え、パスカルは窓から飛び降りる。黒いポンチョをはためかせ、飛びかかる姿は死神そのものだった。


 敵の歩兵小隊の左翼側にパスカルは襲いかかった。建物からの飛びかかりで、まずは2人をリストブレードの餌食にする。飛びつかれた哀れな犠牲者は首を貫かれ、地に叩きつけられる。頭蓋骨の砕ける音と、パスカルに踏まれて砕けた肋骨のバキリという音、内臓の潰れる嫌な音がした。


 パスカルの襲撃に歩兵小隊は一瞬の隙が生まれる。さらにリョーハも飛び降りて来て、片手用のバトルアックスを手に斬りかかる。振り下ろす手斧は敵の肩口から深々と突き刺さり、いとも簡単に命を刈り取る。リョーハはその敵を蹴飛ばして無理矢理バトルアックスを引き抜きつつ、銃身を切り詰めたショットガンを前方へ向けて放つ。二本の銃身を水平に連結したショットガンから散弾が放たれ、次々と血飛沫が舞い上がる。


 パスカルが適当な敵の首をリストブレードで貫き、そのまま無理矢理屈ませると、その背中の上を横に転がる。足を振り上げ、遠心力に乗せて振り下ろし、敵の頭へ踵を落とす。堪らず意識を失った敵はそのまま着地したパスカルのリストブレードの餌食となった。


 暫くして、敵小隊は3分の1の戦力を喪失したが、その程度でパスカルは止まらない。敵も射撃は諦め、サーベルを引き抜いてパスカルに群がる。パスカルはリストブレードを収めると、手に刻んだ暗号を起動した。物を粒子化して格納しておくための暗号だ。


 パスカルの手に青白い光が集まり、肉厚で幅広の刃を持つ大剣が現れた。漆黒の刀身に入った赤い線は血管のように脈打ち、無言の威圧を撒き散らす。


 大剣が実体化した瞬間、パスカルはそれを思い切り横薙ぎに振り回した。ゴウンと思い風切り音とともに、それを防ごうとしたサーベルごと敵兵の胴体をやすやすと斬り裂く。その度にひらめくポンチョが敵の視界を奪い、一瞬の隙を作り出す。そこへリョーハが襲いかかり、一撃必殺の斧を振り下ろしていく。


 悲鳴と怒声が木霊する。パスカルとリョーハは何も声を発しない。その声に呼ばれるように敵の増援が集まり始めて来た。最初の小隊はほぼ壊滅している。次に来たのは中隊規模だ。2人でやれる相手ではない。自分たちは前方警戒員だ。ここで引くのが正解だろう。


 戦局はしっかりと読む。引くしかない。またあの敵が来るかもしれない。ここでやられるわけにはいかないのだ。


 パスカルとリョーハは走り始める。馬は遥か遠くだ。騎兵部隊が追いかけて来るのが遠くに見える。追いつかれたら勝ち目なんてないに等しい。だから、2人は体に埋め込んだグラビライト石に全てを賭けるように、ジャンプして建物の屋根に着地した。


「ラース! トゥルクは陥落した! クソ野郎どもに追われて退避中!」


 リョーハはグライアスを起動し、暗号式に怒鳴りつける。それだけ必死なのだ。屋根の上に敵兵が飛び乗って来た。数は3。魔術化部隊だろう。魔術銃を手に持ち、魔法で強化された身体能力を持って追いかけて来る。速い。


『そのまま逃げてこい! 加勢する!』


 ラースからの返答があった。心強い。到着まで持ちこたえられればの話ではあるが。パスカルもリョーハも、敵が詠唱魔法を使い始めたのを感知し、咄嗟に街道を挟んで隣の屋根に飛び移った。


 さっきまで進んでいた建物の列の屋根が吹き飛んだ。爆発で屋根が粉々になり、破片が散弾か流星群のように飛び散る。爆風から逃れられてもその破片が必殺の威力を秘めて飛んで来たはずだ。咄嗟に回避出来たのは本当に奇跡だった事だろう。


 パスカルは両手にオリオンを実体化させ、乱射する。牽制程度になればとロクな狙いもつけていないので、殆どが外れている。


「リョーハ、援護しろ。奴らとやりあう!」


「任せろ!」


 パスカルとリョーハは逃げるのをやめ、敵兵と一戦交えることにした。また街道を飛び越え、屋根の上に着地すると、パスカルはすぐさま両足と左手に仕込んでおいた暗号を起動する。発生したジェット噴流がパスカルの体をわずかに浮かばせ、両足を伸ばし、左手を地に伸ばした状態で猛スピードで屋根の上をスライディングする。


 その姿勢のまま、片手はオリオンを撃ち続け、スラローム軌道を描きながら飛び跳ねて撃って来る敵を狙う。さらにはリョーハもタラニスを構え、撃ちまくって狙いをつけさせない。


 敵もやられてばかりではない。走り、飛び跳ねながら撃って来る。お互い、被弾を結界で防ぎながら距離を詰めていく。白兵戦に持ち込むのだ。


 パスカルは勢いよく空に飛び上がった。空中の敵をまず仕留めようと肉薄する。敵は片手剣を構え、パスカルに落下しながら斬りかかる。勢いの乗った一撃へ、パスカルは狼狽えることも怯むこともなく、ケープをたなびかせながら飛び上がって左のリストブレードを飛び出させ、その一撃をリストブレードで受け止める。


「アマチュアめ」


 暗器の存在に驚き、一瞬の隙を見せた敵と対照的に、パスカルは凶暴な笑みを浮かべた。次の瞬間には右のリストブレードが敵の鳩尾を貫く。徒手と思って油断したが最後だ。


 ブレードを引き抜くと、敵はそのまま落下していく。血を払い、ブレードを納めたパスカルは屋根に着地し、また走る。リョーハもそれについて来た。これで数は互角だ。逃げ切れるかもしれない。


 正面からも2人、武装した男が走って来る。パスカルたちと同じ、ベージュの戦闘服に黒のポンチョをまとっているから味方だ。ヤーリとセリョーガが救援に駆けつけたのだ。ミーシャは街道でラース率いる小隊に混じって敵歩兵と交戦している。


「よくやった! お前らは下がって後は任せろ!」


 ヤーリが叫んだのが聞こえた。パスカルはヤーリに、リョーハはセリョーガにすれ違いざまにハイタッチして交代した。後は頼む、そう背中で告げて消耗した2人は一時戦線を離脱した。後方で魔力補給を受けなければ、これ以上の詠唱魔法を使った交戦は難しいのだ。


 イマトラの森の出口付近では、ラースたちが突撃の準備を進めていた。騎兵突撃だ。全員が馬に乗り、腰のサーベルを抜いている。パスカルとリョーハはそれにタイミングよく合流できたという形だ。


「ラース! 撤退するんじゃないのか!?」


 パスカルは列の端にいた自分の馬を見つけて飛び乗ると、声を張り上げてラースに訊いた。ラースは馬上で辺りを見渡してパスカルを見つけると、こちらも大声で返答した。


「ダメだ! トゥルクを占領されているということは兵站線を切られているってことだ! ここで奴らを押し返せと中隊命令が下った!」


 カレリア中央都市トゥルクは交通の要衝であり、各地への兵站線ともなっている。ついこの前までは正規軍の掌握下にあったものが突然奪われ、正規軍の殆どがその事実を知らない。ここの陥落は即ち兵站の一時途絶、迂回による補給効率の悪化を招くこととなる。さらには背後からの奇襲も予想され、それを避けなければならないということなのだろう。


「俺も行かせてくれ!」


 パスカルは補給を受けずに馬に跨る。リョーハもそれに倣うように馬に飛び乗り、サーベルを抜いた。


「仕方ねえ、あまり詠唱魔法の無駄撃ちするなよ!」


 ラースはそれだけ言うと、正面を向いた。市街地ではヤーリとセリョーガがまだ暴れている。傷口を広めるならば今を置いて他にない。サーベルを高く掲げ、ラースは叫んだ。


「これより、密集襲撃を敢行する! ランサーズは前列へ出ろ! 速歩前へ!」


 長槍を持った兵を前列に出し、後列にサーベル持ちが並んで進み始める。全力疾走をいきなり使えば馬がバテてしまう。市街地突入まではあまり飛ばさずに行くべきだ。そこまでは控えめの速度で走り、市街地突入と同時に全力疾走で仕留める。そう言う算段だ。


 手綱を握る手に力が入るのがわかった。顎にもかなり力が入っている。だからなんだ。蹂躙するだけだ。変わりはしない。


「頃合いだな……突撃! 蹂躙せよ!」


 ラースの号令とともに、一気に速度が上がる。響く馬蹄の音が地震のように轟音を立てて敵へと迫る。ヤーリとセリョーガに敵は集中していたようで、突撃に反応が遅れた。濁流が彼らを飲み込まんと迫る。


 入口の敵2人がマスケットを撃つ。1発は外れたが、もう1発が先頭の馬へ当たる。馬は倒れ、落馬した兵士の悲鳴が聞こえる。


「セッポ! 掴まれ!」


 リョーハが手を伸ばし、落馬したセッポの腕を掴んで自分の馬へ引きずりあげる。パスカルは少し安堵しつつも再び前を見た。焦る敵は着剣もおぼつかない。そこへ、ランサーズが迫る。


 敵はあっさり串刺しにされ、道端に棄てられる。敵集団は密集している。騎兵突撃で蹂躙するには最高の状況。勢いを殺さずにランサーズが突っ込み、集団のど真ん中に穴を開けると、そこから後続が突っ込み、更に傷口を広げる。


 生き残った敵が、突き抜けた騎兵を撃つ。誰かが胴体に弾丸をもろに受け、もんどり打って落馬した。助からないだろう。


「ラース! イリヤがやられたぞ!」


「仕方ねえ、このまま突っ込め!」


 狙うは広場の敵主力。そこまでで次から次へと戦死者が出る。戦いの常だ。ここまでの長い人生の積み重ねを、たった1発の銃弾が、一振りの剣が奪い去る。そんな理不尽の中にいるのだ。昨日呼んだ友の名が、明日には墓に刻まれる。次は自分だろうな。そう思ったのは何度目か。


 前方に敵の戦列歩兵が見えた。撃ってくる。精度の悪い銃とはいえ、何十人もいっぺんに撃てば何発かは当たる。先頭集団が何人か倒れた。味方が散って行く。さらに、敵は盾を持った者が密集して壁を作り始めた。その隙間からは槍を突き出し、迎撃の構えをとっている。崩さなければ。


 パスカルは馬を飛び降り、グラビライト石の反重力を使って飛び回る。味方の馬を踏み台に、何度もジャンプを繰り返して前へ進んで行く。


 最前列を踏み越え、高く飛んだ。空中で左回りに回転しながら、漆黒の大剣を手の中に実体化させる。敵は、まるで悪魔が空から降ってくるように見えた事だろう。降り注ぐ死に抗う術はない。


 パスカルが落下しながら振るう大剣がいくつもの死体を作り出した。轟音とともに上下に切断された体が飛び散る。飛び散った死体がぶつかり、よろける敵多数。わずかに陣が綻ぶ。もう少しだ。


 騎兵の突入前にもう一度大剣を振り回して敵を蹴散らす。今度こそ一角がわずかに崩れた。大剣を粒子化させて身軽になると、パスカルは飛んで建物の窓枠にしがみついた。


 そこへ、騎兵が突入した。暴風雨のようだ。強力な嵐を前に、木っ端は抗う術を持たない。ただ風に吹き飛ばされるばかりだ。


 恐怖が伝播する。目の前の死に本能的な恐れを抱き、逃げ出す者が現れ始める。こうなればもう立て直せない。掃討戦になるだけだ。


 トゥルク市街地は血で染められた。こんな事で死者は喜びはしないだろうが……こいつらによってこれから殺されるはずだった人は死なずに済む。パスカルは暫し、故郷の知り合いや家族の顔を思い浮かべて黙祷を捧げると、リストブレードを展開して逃げる敵へと襲い掛かっていった。


 一瞬、嫌な予感がした。何かが来る。横合いからだ。


 建物の窓をぶち破り、人型の何かが飛んで来た。避けきれずにパスカルは体当たりをくらい、反対側の建物の壁に叩きつけられる。背中を打ち付けた時に肺の空気が抜け、頭をぶつけて鈍い痛みが頭に広がる。敵にしがみつかれ、背中を壁に押し付けられたまま地面へとずり落ちていく。


 目の前の敵は人のようだが、顔面の半分に暗号式が刻まれ、目が血のように赤く染まっている。イマトラの森で見たアレと同じなのだろう。


「クソが!」


 パスカルは咄嗟にリストブレードを敵に突き立てる。脇腹に深々と突き刺さった。斃したはずだ。それなのに、やったという手応えがない。何かがおかしい。


 敵は呻き声を上げながら頭突きを繰り出して来た。また頭を振動が襲う。一瞬だけ意識が遠のき、すぐに正気に返る。効いていないのだ。ありえないと思いつつ、壁を蹴った。敵を下に、そのまま地面に着地してやる気でいた。


 敵が背中から地面に落下する。その上からパスカルが全体重を重力加速度を乗せてのしかかり、胸に両手のリストブレードを突き立てる。内臓が潰れた感触がパスカルにも分かったが、まだ敵は動く。


 パスカルは咄嗟に飛びのき、反撃をかわす。飛び退くのに遅れて鋭い爪がパスカルの先ほどまでいた空間を切り裂く。そして、何事もなかったかのように起き上がり始めた。


 パスカルは一旦リストブレードを収め、徒手で摑みかかる。狙いは脊髄。流石にそこをやられれば体を動かせなるはずだ。何がなんでもそこを潰す。


 敵は飛び上がってパスカルの頭上を越え、建物の壁を蹴る。その勢いで爪を振りかぶりながらパスカルへと斬りかかる。パスカルは咄嗟に前方にローリングで回避する。


 パスカルはしゃがんだ姿勢からオリオンを実体化させ、乱射する。相手の生命力を奪う魔力弾が命中し、じわじわと生命力を奪うが、トドメを刺すには至らない。大半が躱されたのだ。


 突進して来る。体当たりで吹き飛ばす気だ。上等。パスカルはそれに向かって突進し、飛び蹴りを繰り出す。だが、パスカルの方が勢いに負けて押し返される。それでいい。パスカルはどう猛な笑みを浮かべた。


 押し返され、宙返りをしたパスカルは敵の頭を左手でつかみ、右手のリストブレードを飛び出させた。


 着地しながら、喉にリストブレードを突き立てる。気管を貫通し、脊髄を貫いた。それと同時に敵はがくりとうなだれ、倒れこんだ。


 パスカルはそれを振り払い、死体を見つめる。何か嫌な予感がする。そんな敵だった。あちこちの建物に残る爪痕はこいつのものだろう。これは、なんなのだろうか。

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