1-10 奪う力
やると決まっても準備が必要だった。とりわけ、ショウヘイは銃の扱い方すら知らないのだから大変だ。せめて自分の身は守れるようにしてもらわないと話にならない。その為、ショウヘイはトゥスカニアに配備されているボルトアクションライフル"エクリプスMk-Ⅲ"が支給された。
エクリプスシリーズはこの世界では革新的とも言える武器であり、マスケットが主流だった時代に大きな衝撃を持って迎えられたものだ。
排莢口から内部の固定弾倉に弾を装填するというもので、ショウヘイたちの世界にも存在するライフルと似ていた。但し、光学照準器はなく、ショウヘイは初めて使う銃に最初から取り付けられている照準器、アイアンサイトの扱いに苦労していた。ちゃんと狙えていないのか、弾着はかなり散らばっている。銃床を上手く肩に当てられていないせいか、肩が痛む。
「難しいなこれ……」
「貸してみろ」
レイジはショウヘイからエクリプスMk-Ⅲを受け取ると、弾を装填し直して構えた。照門の中心に照星を持ってきて、人型の的のど真ん中に狙いをつける。
レイジの人差し指は迷いもなく引き金を引き、撃鉄を落とした。爆音が響き、銃口から弾丸が飛び出し、螺旋を描きながら飛翔する。着弾を見送りつつ、レイジの右手はコッキングレバーを掴み、引いていた。
レイジは残っている4発の弾を撃ち尽くすと、ショウヘイに銃を渡した。レイジの放った弾丸は的の中心に集中していた。狙いが正確なのだ。銃自体も高い集弾を誇る、いい銃なのだ。
「ポンポン撃っても当たらねえよ。まずはしっかり狙うところから。次に呼吸。そして引き金の弾き方。最初は一つ一つ意識しろ。次にそれを流してできるようにしろ。それができたら弾を込めろ。段階を踏まねえとダメだ」
「簡単に言ってくれるよ……」
ショウヘイはそう言いつつも伏射姿勢を取る。伏せた状態での射撃は最も安定するので、練習にはもってこいの姿勢である。
レイジは横から指導をする。足の開きが悪い、銃床を頬につけろなどなど、一般人が知る由も無い射撃の正しいやり方をショウヘイに伝授する。レイジは射撃検定で300m先の的に対し、50点満点中45点を叩き出し、特級をギリギリ取っていた。
「無理しなくていい。お前は出来ることをすればいいさ。例えば、そこの投石機の命中精度をどうにかするとかな」
レイジの指差す先には大型の投石機が丁度投石訓練をしていた。魔法の存在のおかげか、大砲は無いか数が相当限られているか研究中のどれかと結論づけていた。銃があるのに大砲が作れないわけないだろうとショウヘイは思ったが、大砲より正確にぶち当てられて、かさばらない分魔法使った方が良く無いだろうかというケイスケの考えに納得していた。
恐らく投石機は魔術部隊がやられた時の保険程度なのだろう。とはいえ、演習場にある大きな湖に浮かべられた的には中々当たっていないようだ。トゥルク駐屯地の演習場には大きな湖があり、投石演習はそこで行なっている。恐らく、水柱が出るから着弾観測がしやすいのと、ホームラン級に飛ばしても市街地に飛んだりして迷惑が掛からないからなのだろう。
見るからに、弾道の計算はしていないようだ。射角を勘で合わせているように見える。
「弾道計算とか、お前やれるか?」
「出来るよ。高校の物理を応用すればね。射出装置から目標物までの距離(m)×重力加速度の2乗/射出物が射出される瞬間の速度の2乗=地表に対しての射出口の角度。これで、射出装置から目標物までの距離と射出物が射出される瞬間の速度が分かれば、理論上、目標物に弾丸が命中するよ。」
「……分からねえよ! 簡単に言え!」
余りにも専門的な(一応、レイジも物理基礎は履修したが忘れた)ショウヘイの答えに、レイジは頭がパンクしそうになってしまっていた。
「つまり、距離と初速さえこの式に当てはめれば当てるのに必要な角度が分かるんだよ」
「小難しいことはお前に任せた」
「兄貴が計算やりたく無いだけじゃん……物理基礎の成績はどうだったの?」
「毎度赤点スレスレ。だから生物履修した」
「そもそも理系行ったのが間違いじゃない?」
「言ってくれるなよ……」
レイジはガックリと肩を落とす。とは言え、自衛隊に入隊したらそんなの全く使いはしない。使うところもあるのかもしれないが、特に普通科では使った覚えがなかった。
「でも兄貴は俺が知らないことを沢山知ってるじゃん。羨ましいよ。少なくとも、俺の知識よりは役に立ってる」
ショウヘイは銃を下ろす。ここへ来て、自分の今までの生き方への疑問がさらに大きくなっていた。いい大学に行き、いいところに就職していい人生、なんて考えていたが、それが本当にいい人生と言えるのか、ぼんやり考えていたのだ。
兄は大学へ行くことはなかった。防衛大学校の学科試験で滑り、そもそも大学進学が乗り気でなかった為、本当にやりたいことだと言っていた自衛隊への入隊を果たした。兄が家を出て、時々親の愚痴を聞いた。やはり、親としては進学して欲しかったようで、その事について時々ボヤく。
だけど、結局は認めているようだ。それを確信したのはレンジャー帰還式の時だった。兄に立派になったねと涙ながらに言った母の姿を忘れられない。立派になる道は一つじゃない。自分が進む道は一つじゃない。兄貴はそう背中で語って見せてくれた。そこから、自分が思い描いていた未来に疑問を持ち始めたのだ。
自分はどんな未来を歩むのが幸せなのだろうか。ただ型にはまった考えのように進学して就職して生きていく、そんな生き方が本当に自分は幸せなのだろうか、生きていると言えるのだろうか。
学校の進路指導で悩み続けていた。でもそんなのとはもうおさらばだろう。ここで新しい生き方ができる。そう思って心が踊ったのは事実だ。
でも、今自分の手にあるのは銃。思い描いていた未来とは違う。未来を切り開くために、誰かの未来を奪わなければならない。
そんなことを考えていたら、兄にポンと肩を叩かれた。考えを見透かされていたのだろうか。
「お前は撃たなくていい。それを担うのは俺の役目だ。お前たちに代わって手を汚して、傷を負って……それをやるって役目を負ってるんだから、お前はお前にできることをやればいい」
「俺が役立たずってこと?」
「違う。お前が得意なもんで支援してくれればいい。無理に撃つな。間違えて味方撃たれたら怖い」
「……勉強嫌で逃げて、銃ばっか撃ってる人は言うこと違うね」
まるで役立たずだと言われているようで少し腹が立った。それが、思わずこんな考えなしの言葉を放ってしまったのだ。出した言葉は引っ込めることはできない。
「……なんだと?」
「だってそうじゃん。兄貴、ちゃんと勉強してれば大学受かった筈じゃん。大学出て幹部になれば高給貰って駐屯地の外で生活できて、良いことづくめなのにさ。俺は兄貴が勉強やってるところなんてロクに見たことないよ?」
「この……!」
レイジが一歩踏み出した。殴られると思い、ショウヘイは身構えたが、レイジがそれ以上動くことはなかった。なにやら歯を食いしばっているようにも見える。
「……頭を冷やせ」
忌々しそうに踵を返したレイジはそのまま歩いて行ってしまった。入れ違いにケイスケがショウヘイの下へやってくる。
「……ザッキー班長となにかあった?」
「……ただの喧嘩」
ケイスケは肩をすくめると、水筒をショウヘイに差し出した。ショウヘイは水筒を受け取り、グビリと水を飲む。気づけばかなり汗をかいていた。緊張しすぎていたのかもしれない。
「そっか……」
ケイスケはスリングで機関銃を吊るしている。このミニミ軽機関銃は本体重量だけでも8kgはある。それを聞いたとき、ショウヘイは驚きを隠せなかった。とはいえ、持ち物の重さはレイジの方が上である。
ケイスケは機関銃を台に置き、代わりにショウヘイが置いていたエクリプスMk-Ⅲを手に取る。弾が切れた時に備えて使い方に慣れて置きたいようだ。
「ショウヘイくんは、付いてくるのかい?」
「俺だって役立たずじゃないですから」
「案外、物事は思い通りに進まないものだよ。計画では上手くいくってなってても、実際やってみると違うことが多いんだ。演習の時なんてそんな事がしょっちゅうだったよ」
ケイスケが銃弾を放つ。弾痕は人型の的の中には収まっているが、レイジに比べるとまばらだ。銃を置いたケイスケは唸りながら頭を掻いた。
「当たらないな……」
「いや、当たってるじゃないですか……」
「相手を殺せなきゃ意味がないよ」
「殺すって……」
ショウヘイは言葉が続かなかった。兄も、目の前の2、3しか歳の変わらないこの人も、その為の訓練をして来ているのだ。ショウヘイはそれを改めて実感し、何かわからない感情が芽生えるのを感じたが、それが何かは分からなかった。
「人を撃ってさ、その瞬間は何も思わなかったけど……自分が作った死体を見て、改めて恐ろしさを感じたよ。俺はこんな力を持ってるんだって。そして、それを正しく制御しなきゃならないってさ」
「正しく制御?」
「そうさ。これは奪う力だ。だからこそ、何でもかんでも銃を使えばいいってわけじゃない。あくまで最後の手段さ。今回はいきなりこれを使うしかなさそうだけど」
守る為に奪う、その矛盾を感じつつも、ケイスケは戦うことを止めようとはしない。武器を捨てて争いが無くなるなんて甘い考えは持っていない。自分が武器を捨てても、相手が持っているなら蹂躙される。ならば同じかそれ以上の力を持ち、攻めるに攻められない状況を作るしかない。少なくとも、ケイスケとレイジにはそうするしかない。他の方法を考えるのは専門外だ。
「なんだろうな……異世界に来て、この世界の人と会ってさ、いきなり戦って来いって……なんだかおかしいって思うんだ……」
「俺もそうは思ってるさ。向こうからしたら、未知の武器を持ってるこっちの実力を知っておきたいんだろう。敵に回したら危ないのかそうじゃないのか、敵対するのか味方につくか……確かに常識的に考えればおかしい気もする。でも、その常識ってのは俺たちの世界の常識だよ。それにこっちの世界の常識を無視して考えるのはおかしいよ」
そう言ってケイスケはどこかへ歩いて行く。レイジを探しに行くのだろう。ショウヘイは銃に触れず、ただ天を仰いでいる事しか出来なかった。
「……仕方ない。やれることをやろうか」
ショウヘイは銃を銃架に戻すと、投石機のデータを取りに投石機のところへ向かった。初速を計りたいなら、初速以外を式に代入してやれば求められる。やってやると、1人意気込み直していた。
※
一足先に屋敷に戻っていたレイジは、ゼップの部屋にいた。壁に寄りかかるゼップに向かい合うレイジは仁王立ちで、89式小銃は近くの銃架に立てかけてある。
「一体何が目的なんだ? 俺と皆坂士長、おまけに翔平まで参戦させるってのは。俺と皆坂ならまだ分かる。面倒だから戦闘でくたばってくれるか、相手が相当厄介だから未知の武器を試してみたいか。でも翔平は? あいつ、俺らみたいに武器が使えるわけでもあるまいし。それに、俺たちが戦うメリットはなんだ?」
「弟思いな兄だね」
「うるせえ。本題に答えろ」
レイジはさらに詰め寄る。ゼップは顔色を変えない。レイジが怖いとも全く思っていないようだ。それか、それ以上に怖いものがあるのかもしれない。
「……いいだろう。ウィンザー程度の小物ならレイジたちに手伝って貰う必要はない。あんなの連隊動かすほどでもない。パスカル1人送り込めば事足りる」
「なら、ウィンザーにかなりヤバイのが付いてるってことか?」
「わからない。いるかもしれないし、いないかもしれない。その保険さ」
「一個連隊に腕利きの傭兵3人、それでも足りずに異世界の兵士かい? どんなのが相手だよ」
ゼップは痛いところを突かれたとばかりに渋面を浮かべた。レイジはゼップが口を開くのを待ちかねているかのように見つめ続けている。
「分からないんだ。唯一わかっているのは、5年前にトゥルクを壊滅させたと言われている何かがいるかもしれない」
「トゥルクが壊滅? トゥルクってカレリアの中心都市なんだろう? しかもこの前行った時は栄えてたじゃねえか」
「そうだ。かつてのトゥルクは5年前に壊滅した。たった一晩で。6年前のアリエス内戦勃発から1年間何事もなかったトゥルクが突如一晩で壊滅。その原因をウィンザーが持っているかもしれないんだ。奴が、当時のカレリア領主だったから。パスカル、お前がよく知っているはずだろう?」
ゼップの言葉に、何か表現しがたい恐怖を覚えたレイジはその場から飛びのきつつ、反転する。グローブの中はじっとりと手汗が滲み出ている。
空間が歪む。透明な何かに徐々に色素が付き、形作っていく。人型のそれは片方の腕を伸ばしていた。ベージュの戦闘服の袖からは機械仕掛けのナイフが飛び出していて、直前までレイジの首へと伸びていたのが容易に想像できた。パスカルが姿を消してそこにいたのだ。トゥスカニアの兵士が着ていた戦闘服と、黒い前開きのポンチョという服装でそこにいた。
「驚いたな、こんなところに番犬がいたとは。しかも服装変えたか?」
「俺は暗号屋だ。依頼人に死なれたら困る。あと、これはクリーニングに出していただけだ」
レイジは暗号屋という単語についてふと思い出す。駐屯地を歩いたついでにこの世界のことについてその辺の兵士から聞き出し、メモを取った単語だ。暗号を始めとした魔術使いの傭兵、それが暗号屋だ。前にちらりと言っていたが、パスカルはその傭兵、暗号屋なのだ。
「なるほど、ゼップが死んだら報酬は無しか」
「おまけに俺の信用ガタ落ちで仕事が来なくなるからな。暗号屋としては一番困る」
「パスカル、仕舞え。ここでやり合っても話にならない」
「……御意」
パスカルが拳を握ると、ナイフが手首に吸い込まれるように引っ込み、パスカルはそれを腕ごと隠すようにケープを羽織り直した。ナイフは機械仕掛けのようだ。そんなものまで隠し持っていたとは、レイジはつゆほどにも知らなかった。
「ゼップが言った通りだ。ウィンザー統治下の時代にトゥルクが突然の壊滅。一晩にして領民は悉く惨殺され、領主の館付近のみが無事だった。お袋も妹も弟も、殺されていたよ。ラドガからでもトゥルクが燃えている煙がよく見えた」
「その元凶が、あるかもしれないってか?」
レイジが問う。ゼップはそれに少し唸り、答えた。
「可能性がある。そもそも、何にやられたのかすらわからないんだ。人間がやったのかもしれないし、他のものかも」
「俺たちは化け物の対処なんて知らない」
「でも戦えるだろう? この世界の銃を圧倒する火力を持っているんだ」
「火力はあっても長続きはしない。予備部品も弾薬の補給もできないんだ。これが無くなったら俺たちは死ぬ」
ゼップはふむ、と唸って考え込む。確かに、レイジの装備はこの世界にはオーバーテクノロジーだ。サンプルをもらったとしても到底再現できるものではない。銃だって、中はクロムメッキが施されていたり、精密な寸法で作られた部品が組み合わさることで連発機構を作り上げているのだ。やっとボルトアクションの銃が出た程度の技術力で作れるものではないのだ。
他の戦闘服にしたって、産業革命が終わったくらいの技術力に魔術を足しても、迷彩柄の生地を大量に作るのは無理がある。迷彩だって適当に配色されているわけではなく、コンピュータで計算されてその地形に溶け込めるようになっているのだ。再現は不可能だろう。
「……パスカル、レイジたちに魔術銃の使い方を教えてやってくれ」
「やれやれ、とどのつまりは戦闘能力はあるから得物を用意してやれってことか。分かった。明日からやる」
レイジの頭上で話が進んでいく。ゼップの目的が読めない。レイジは歯がゆい気持ちではあったが、貰えるものは貰っておこうと決めた。弾薬は無くなるから、補給が効く現地のものを持っておきたかった。
「とりあえず、敵の詳細が知りたい。パスカル、その時のことを教えてくれないか?」
「……いいだろう。6年前の内戦の時だ。俺は王立魔導師養成院を卒業して直ぐに国軍の暗号化部隊に配属され、補給のために一旦ロストックに立ち寄っていた。その時、肌寒い、少し雲がかった日の話だ」