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見知らぬ世界の兄弟星  作者: Pvt.リンクス
第1章 未知との出会いは唐突に
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1-9 卓上の戦場

 ゼップが会議室のドアを開けると、座っていた人々が一斉に起立した。赤の制服の肩には金の紐を編んだような飾りがあり、左肩から胸の中心くらいまで同じ金の紐の飾りを施し、胸に勲章をつけている。肩にはそれぞれの大隊の識別用のワッペンが縫い付けられていた。どうやら星座をモチーフにしているようだ。


 飾り立てられた彼らの軍服と自衛官2人の戦闘服ではあまりにも見かけが違いすぎる。それもそのはずだ。2人の戦闘服は装飾なんてものは度外視して、ただひたすらに戦闘を主眼に置いているのだ。


 大隊長たちのサーベルも装飾の施された儀礼としての意味合いの物だろう。レイジとケイスケの銃は飾りはなく、漆黒の銃身はただ無骨さを際立たせ、その本来の目的だけを静かに示している。


「敬礼!」


 第1大隊長が号令を掛け、他の大隊長たちがゼップに敬礼する。ゼップはそれに返礼すると、今度は直れと号令が掛かった。


「着席。まずはこの場に同席する彼らを紹介する。クロノスの招き人で、異世界の軍人のカンザキ・レイジとミナサカ・ケイスケ。そして学生のカンザキ・ショウヘイの3名だ」


 ゼップが3人を紹介する。すると、1人の大隊長が立ち上がった。軍服が膨らんで見えるが、太っている訳ではなく、筋肉で膨れているのだ。かなりガタイがいい。色黒のハゲ頭で、黒い口髭を生やしている。イタリアかスペインにこんな感じの人がいそうだ。ピザ屋にいたら違和感が無いかもしれない。コック帽を被せたいとショウヘイは思っていた。


「私は第1大隊"サジタリアス"指揮官のスペンサー・モラティーノス。異世界の騎士とはまた興味深い。よろしく頼む」


 威厳のある低い声は合唱であればバスとでも言うのだろうか、いい声に思えた。男らしさが滲み出ていた。誇り高いタイプなのだろう。


「よろしくお願いします。陸上自衛隊中央即応連隊第1中隊所属、カンザキ・レイジ3等陸曹です」


「同じく、ミナサカ・ケイスケ陸士長です。後、自分たちは騎士ではありません。我々は自衛官……言うなれば兵士です」


 ケイスケは騎士ではないということを強調する。兵士であることをどこか誇っているようにも思えた。


「カンザキ・ショウヘイ。学生です。若輩ですがよろしくお願いします」


「挨拶は終わったな。それじゃあ報告を頼む」


 ゼップが切り出すと、奥の方から返事と共に1人の男が出てきた。軍服の装飾は控えめで、階級章と思わしきワッペンは他に比べればグレードが落ちるように見えた。恐らく、伝令の話にあった中隊長だろう。


 パスカルが机に手を乗せる。手の甲が青白く光り、そこから線が伸びていく。前に使ったのと同じだ。そして、机の上にホログラムのようなミニチュアを作り出していく。野原と、大きな門が開いた防壁のようだ。


「我々1大隊隷下の竜騎兵中隊は人狩りを多方面に渡って追跡、その一団がウィンザー子爵領地へと逃走し、領地へ進入。追跡部隊は緊急であると門衛に告げたものの、門衛は通行を拒否、門を閉じて部隊の進行を阻みました」


「見え見えなのによく白を切れたものだな」


 ゼップが呟く。怪しすぎるのだ。こういう事はよくわからないショウヘイですらも怪しいと感じていた。だが、決定打としては少し不足している気がした。


「現在、1大隊の偵察兵2名が潜入、情報を収集中。分かり次第対策を練ろうと考えています」


「ゼップ、偵察兵ってどんな兵なんだ?」


 スペンサーの報告にあった偵察兵にレイジは興味を持った。この世界には知らない兵科がある。知っておいて後々損はないだろう。


「ライフルにスコープを取り付けて敵地に少数で潜入して、偵察してくる兵科が偵察兵なんだ」


「なるほどね」


 ゼップの説明でレイジは納得した。自分たちも潜入訓練はやっていた。少数精鋭で潜入し、攻撃目標を破壊する自分たちと似ていると思った。


「既に出動に備えて1大隊は準備が整っています。竜騎兵中隊、2個歩兵中隊、魔術中隊は命令があれば1時間以内に出動します」


「スペンサー卿、作戦については?」


「敵によりだ。当初は竜騎兵に偵察させて、そこから展開していく。塹壕を掘る暇はないから、荷馬車で歩兵を輸送し、一気に展開する。横っ腹から騎兵隊に来られたらまずいがな。歩兵では障害を使う以外に騎兵への対処がないのだ」


「まるで機械化歩兵だな。とりあえず、騎兵隊への対処が確立されてないのが致命的ってところかな?」


 レイジはそう呟く。軽装甲車両に乗り、戦車に随伴する能力を持った歩兵が機械化歩兵だ。機動戦に参加できるという大きな強みがあるし、展開も早い。それが装甲車でないにしろ、似たようなものがあるということへ興味をそそられた。


 騎兵への対処の遅れは、竜騎兵への対処を確立させることを優先させたのか、そもそも騎兵が稀だったからだろうとこの場では仮定していた。


「機械化歩兵か……聞いたことがないな……」


「自分たちの世界の軍は魔法がない代わりに科学が発展してますから、戦術にも大きな影響を及ぼしているのでしょう」


「なるほどね……そうだ、偵察兵から報告が来るまで時間もあるし、その間にレイジとケイスケの世界での歩兵の戦術を教えてもらおうかな」


 ゼップから求められ、レイジとケイスケは近代初頭に高い防御力を発揮した陣形、方陣の解説を始めた。恐らく、この世界の見た感じの時代と近代初頭くらいがちょうど同じくらいだろうと見たのだ。それで騎兵への対処が確立されていないならこれが1番いいだろう。


 方陣は2、3列で正方形を組む陣形であり、前列がしゃがみ、後ろは直立して射撃を行う。この陣形はどの面から攻撃されたとしても射角が味方に阻まれることがなく、十分な対処が出来る。馬は飛び越えられない障害物を前にすると本能的に止まってしまう為、何も障害物がないところで騎兵に対抗するにはこれしかない。機動力を生かして回り込まれたとしても対応ができる。


 聞けば、この世界での戦闘は歩兵の撃ち合いの前に魔術中隊の詠唱型魔法や暗号型魔法で火力支援(他にも治療などの支援をするらしい)を行い、歩兵同士で撃ち合い、時折竜騎兵を用いて打撃を与えるというものらしい。時には塹壕を掘る事もあるようだ。大砲が発達していないのは大砲より魔法の方が火力があるか、使い勝手がいいのだろうと側から聞いていたショウヘイは思った。


 会議は一時休憩となり、レイジたち異世界組は別室でのんびりとしていた。やはり自分たちの世界とでは文明の発展具合が違うのだ。それを目の当たりにして、それぞれ思う事があったようだ。


「……考えたんだけどさ、兄貴」


「何を?」


「時代と技術力の乖離について。俺らの世界と比べてだけど」


「ほう?」


「この世界には見たところ科学と魔法が両立している。俺たちの世界は科学1本だったけど、こっちは科学と魔法で合わせて2本。つまり、予算やリソースを2つに分けなきゃならないって事。科学がそれで遅れてる分は魔法で科学で実現できない事をやる事によって補ってるんじゃないかと思うんだ」


 レイジはふむ、と考え込むような姿勢を見せ、そこへ反論してみる。


「確かに理にかなってるが、それは前提条件として俺らの世界と大体同じくらいの時代とリソースが同じ位あるって事だろう? もしその前提が無ければ比べるのは難しいぞ。それに、この世界の時代と俺らの世界の時代がマッチしてるかもわからねえんだから。進んでる遅れてるって論ずるのは得策ではねえぞ。この世界にマッチしたように発展してるって考えも出来るんだから」


「とはいえ、戦術は発展させないといけませんね」


 ケイスケからの一言に、レイジもショウヘイも同意といった風に頷く。魔法が科学の発展を阻害しているという可能性もあり得た。とはいえ、それが自分たちの帰還にあまり関係があるようには思えなかった。だが、この世界の地位ある人間にお近づきになれば何かしらの手がかりを得られるかもしれないという考えもある。


 恐らく、自分たちがこの世界に飛ばされたのには魔術が絡んでいるのだろう。この時代の科学技術ではそんな芸当ができるとは思えないのだ。


「だが俺たちが絡んでこの世界を大きく変えてしまうのは危険な気がする」


「それは分かるんだけど……」


 3人の議論は白熱していく。役に立つかどうかはどうでもよくなっていた。考察に夢中になってしまっていたのだ。未知への好奇心というものだろうか、それか不安をこうする事で覆い隠してしまいたいのかは本人たちにもわからなかった。


「やべ……もう時間だ……」


 レイジが腕時計を見て呟く。この世界にも時計はあり、レイジたちはそれと自分の時計をちゃんと合わせていた。太陽電池なので、しばらくは動いてくれるだろう。


「会議に戻りましょうか。偵察兵とやらが帰っているでしょうからね」


 ショウヘイはひとつ伸びをして立ち上がる。レイジは眠くならないようにコーヒーを一気飲みしてから会議の続きに臨む事になった。


 会議室に入ると、そこにはライフルを背負った青年が増えていた。肩には翼の生えた獅子の刺繍が入ったワッペンを縫い付けている。


「レイジ、ケイスケ、彼が偵察兵のセルゲイ・ムラギルディン軍曹だ」


 ゼップが紹介する。セルゲイは軽く頭を下げて会釈し、レイジとケイスケは挙手の敬礼をして返した。セリョーガの目に強い闘志を2人は見て取った。彼は戦士なのだ。


「ムラギルディン軍曹、報告を」


 スペンサーが報告を求める。セルゲイはスペンサーへ正対すると、報告を始めた。


「報告します。人狩りのを匿っている件は事実です。ラインラント市街地の建物をアジトとして、路地裏などで奴隷売買を確認。役人には賄賂を渡している模様。掴めたのはそこまでです」


「十分だろう。連隊長、ご決断を」


 ゼップは黙り込んだ。結果はこう出たが、はいそうですか、軍を出しましょうとはいかないのだろう。レイジたちには分からないしがらみというものがあるのだろう。どういう決断であれ、それに従うのが軍だ。スペンサーたちはゼップの決断を黙って待っていた。


「……少数で潜入、証拠を確保する。大規模攻撃は避けたい」


 それが答えだった。大事にするのは避け、秘密裏に全てを闇に葬るのだろうか。そんなことを考えていたレイジ、ケイスケ、ショウヘイにゼップの視線が向き、3人は呆けた表情を浮かべた。


「3人にも手伝ってもらいたい。やれるか?」


「……少し考えさせてくれ」


 レイジが答える。本来自分たちの兵器はここにあるべきではない。場合によっては歴史を大きく変えてしまう程の力がある。この前実際に撃って、それを実感したのだ。


 そして、その力は本来自分たちが守ると誓った国民の為に使われるべきもので、彼らの血税で買われたものなのだ。果たして、それをここで、自分の判断で使っていいのだろうか。レイジはまだ迷いを振りきれずにいた。もう何度も人を撃ったのに、今更何を迷うというのだろうか。レイジは自分にそう言いつつ自問自答を繰り返す。


「その気持ちも分からなくはないけど、急を要するんだ。レイジ、クロノスの招き人に重荷を背負わせることにはなるが、確実な方法を取りたいんだ。もちろんタダでとは言わない。レイジが帰った時に咎めを受ける事がないように処置する」


 ゼップはどうしてもレイジを参加させたいようだ。レイジとしては悩んでいた。帰還のためにもここは協力して、この先も協力関係を結べるようにしなければ帰還の方法の調査すら危うくなるかもしれない。それでも、本当にこの力を使っていいのか葛藤していた。


「3曹、やりましょう。仕方ないですよ。生き残る為に」


 ケイスケが言う。あの奴隷売買の光景が目に焼き付いて怒りを感じているだろう。彼には兄弟がいる。丁度、売られていた彼らのような歳の兄弟が。ケイスケはそれと自分の兄弟を重ね合わせていたのだ。


 レイジも思うところがないわけでもない。だが、自分たちとこの世界とでは価値観が違う。自分たちの価値観で物事の善悪を判断するわけにはいかないのだ。


 だが、今回ばかりは法という絶対の正義があれを悪だと言う。そして、武装した身分不明の自分たちも本来なら捕らわれの身になるはずなのに、ゼップの厚意でこうして自由の身でいられる。そして、万一自分たちのようにこの世界に飛ばされたり、往来が自由に出来るようになった時に備えてここで恩を売ったり好感を稼いでおくのが祖国の為になるかもしれない。レイジは考えれば考えるほど参加すると言う選択肢を取らざるを得なくなった。


「……祖国の為に、誰かの為に」


 覚悟を決めたレイジが呟く。


「生還の為に」


 その肩に手を乗せ、ケイスケも言う。ショウヘイも無言で覚悟を決めていた。

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