第六話 異世界の商人達
無知は時に罪、でも、知らないのは仕方ないともいえる
『身体強化アシストで歩行のアシストを行えば、日が落ちる前に到達可能です。身体強化を行いますか? Yes/No』
「それを早く言えよな。歩き出してすぐ言わないって事は、なんか問題でもあるのか?」
『身体強化による能力向上の効果はあくまでも使用者の基礎体力をベースにする為、効果にバラつきがあります。また、肉体を長時間酷使すると疲労を超えて肉体にダメージが入り、修復に通常より時間を要し、回復不能になる恐れもあります』
「つまり、やりすぎると体が壊れるから使いすぎるなって事か。仮に今身体強化して目的地まで全力疾走したら、やばいか?」
『小休止等を全く挟まず連続して全力疾走した場合、体へダメージが入る確率は95%です』
「駄目じゃねえか。体に影響がないレベルにしようとするとどうなる?」
『1㎞毎に15分の小休止を挟み、しっかりと体に休息を与えた場合の確率は2%です』
「結構なペースだが、とりあえずそれで行こう。身体強化を頼む。あと、そんな速さで走った事無いから、木にぶつかったりしないようにできるアシストがあるならそれも頼む。そんな速度でこけたりとかしたらシャレにならないからな」
『了解。思考加速アシストによる反射神経強化も行います。肉体へのダメージを抑える為、歩行から始めて徐々にスピードを上げてください。止まる場合も緊急の場合を除いて徐々に減速する事を推奨します。歩行開始と同時に各種アシストを開始します』
指示に従ってゆっくり歩き始める。次第にいつもの速度にして、早歩きになり、ジョギングくらいのスピードになる。マラソン選手より早くなり、陸上競技なら間違いなく世界最速レベルになった。乗り物の窓から見る風景のように周りの景色が流れていく様はちょっと不思議だったが、それ以上に風圧がすごくて耐えるのが大変だった。口が引っ張られるほどではなかったが、まっすぐ前を見つめるのが辛いレベルだ。しばらくして疲れてきた頃、アイから減速するようにと指示がでる。もうすぐ1㎞だそうだ。正直一瞬の出来事のような気がしたが、周りの景色が変化しないので思ったよりも進んでない気もする。だんだんと減速し、ゆっくり歩くころにはフラフラになっていた。近かった木にもたれて座り、アイの指示に従って手や足を少しマッサージした後、電池が切れたように寝た。意識が飛んだらしく15分経った実感は無いが、疲れはとれているし、眠気もない。[本当に眠い時は15分ほど仮眠をとると頭が冴えて勉強や部活に打ち込みやすくなる]と顧問が言っていたが、それは本当だったらしい。またゆっくり歩きから始め、ゆっくり歩きで終わる。それを12回繰り返したところで、強化をやめて普通に歩くことにした。あと3kmあるが、あのスピードで走っている間はおそらくすごい音が出ているはずなので、警戒されないために強化をやめてもらった。それに、冷静になって考えてみたらどんな人達かも分からないので、そばに近寄って少し観察する事にしたのだ。出会ってみたら盗賊でしたじゃ笑えないし、最も心配なのは言葉だ。同じ世界でも言葉が通じなくて苦労するのに、別の世界に行って言葉が通じるなんてありえない。
「言葉が違って通じなかったらどうすればいい?」
『そばに移動したらある程度会話を聞いてみてください。情報が一定以上集まれば翻訳が可能になります。ただし、完全翻訳にはおそらく情報が不足する可能性があり、こちらから相手に話す場合は意味が正常に伝わらない可能性があります』
翻訳ができるアシストがあるのか。それは頼もしいが、完全ではないのはなぜだろう?
「それって、発音ができないとかそういう問題か?」
『一度聞いた単語に関する発音の整合性はアシストにより問題がないレベルまで引き上げ可能です。ただし、会話に必要な全ての単語が会話を聞くだけで理解できる可能性は低く、細かい言い回しや方言などに対応しきれない可能性があります』
「つまり、片言になると?」
『その通りです。会話を重ねて情報が集まれば、違和感は次第になくなっていくものと思われます』
「使っていけば言葉を覚えられるって事だな。分かった。とりあえずまずは接近しよう。会話が聞こえるか、敵意が分かるようになったら教えてくれ。俺の目じゃあとどのくらい離れているか分からないからな」
『私の持つレーダーの情報を視覚化して視界に表示すれば、情報伝達が効率的になります。表示しますか? Yes/No』
レーダー機能があるのに自分には分からないのが不便だと思ったら見えるように出来るのか。落ち着いたら一度俺が手に入れられる情報を全部教えてもらおう。欲しい機能があってモヤモヤしていたら実は頼めば使えましたなんて悲しいからね。ずっと表示されていたウインドウが切り替わり、近未来的な外観のレーダーが表示される。1km四方の正方形の範囲が見え、おびただしい数の点が動いている。自分を示すのだろう白い四角を中心に円が3つ描かれてある。あと分かるのは川と、画面の端ギリギリに小さな池があるようだ。円が何かわからないが、どうせ教えてもらえるので後回しにして、点の多さの理由が知りたい。
『現在レーダーの表示では50㎝以上の大きさの生物が表示されています。3つの円は、一番小さい物があなたの肉眼で確認できる視認範囲、中間の物が敵意感知をはじめとする主なレーダー機能の有効範囲、一番大きなものがエンフィールド銃の有効射程になります。情報の収集次第で表示などはカスタマイズ可能です』
「じゃあ、人間と、熊みたいな遭遇すると危険な動物以外は消してくれ」
『了解。人間と大型危険生物以外の表示を中止します』
「有効射程の円の外に最大射程も一応表示してくれ」
『了解。最大射程の推定範囲を表示します。地形や射撃姿勢などの条件により多少前後する為表示位置は平均をとります』
「なるほど。ゲームみたいに完全な円にはならないわけか、有効射程もそうなのか?」
『その通りです。有効射程にも同様の状態が起こる為、平均がとられています。最大射程での命中率はアシスト使用で90%、なしで5%です。なお、最大射程で命中しても防具や遮蔽物などに阻まれ、対象にダメージを与えられない可能性があります』
「つまり、当てればいいってもんでもないわけだな。有効射程なら多少は大丈夫って事か?」
『その通りです。有効射程内で命中した場合、鉄製の一般的な甲冑程度なら貫通可能です。跳弾にはご注意ください』
「銃弾を弾く奴が居るのか・・・」
『防具の形状や強度に左右されます。また、有効射程内であっても土など威力減衰が激しい物の裏に居る敵には効果がありません。確実に狙いを定め、射撃してください』
「なるほど。注意しよう」
あと1㎞ほどだが、まだ見えないし、静かだ。レーダーの端に集団が映り始めた。正確には22人いるらしい。点は色分けされており、周囲に散在する動物と区別がつく。5、6個のグループに分かれて固まっているようだ。旅の商隊説が強くなる。500m程の所まで来ても全然気配が無いのでさらに近くへ進む。100mを切って一番近い人が敵意感知のレーダーに入ったが、反応っぽい物がないし、アイも何も言わないのでおそらく敵意が無いのだろう。そもそもこちらに気がついていない可能性を考え出したのは20mを切った頃だった。酒でも飲んでいるのか、馬鹿笑いが聞こえてくる。ハハハハハハハハハじゃないあたりが別世界であることを俺に教えてくれるが、不思議と笑っているという事は分かる。さらに近くへ移動し、10m以内に来た。大きめの岩を挟み、茂みをいくつか超えた先に一番近い人が居る。もうすぐ夕方くらいだと思うが、焚火の音と笑い声に交じって、何か話し声が聞こえ始めた。案の定何を言っているか分からないが、アイが解析している間はとりあえず聞き専だ。聞き取りにくいくらい小声なのでもう少し前進したいが、この岩の先は膝くらいの高さしかない茂みだけなのでちょっとした事でバレそうで怖い。チラッと見る限りやはり日本では見ない服装だ。外国で着ていても古臭いというか、無い気がする。10分ほどした頃、ようやくアイが話しかけてきた。
『解析95%完了。翻訳が可能です。相手の言葉を耳から情報として受け取り、こちらで翻訳して脳にお伝えします』
「やっとか。さっそく頼む」
俺がそう言うと、ある時を境に話し声が日本語になった。正確には日本語に聞こえるようになったのだが、いきなりみんなが日本語を使いだしたと感じるくらい唐突だった。話の途中からの翻訳らしく、何の話か分からない。
「・・・村を出発してからずいぶん経つけど、この森は不気味だな。動物も見えないし、魔物も見当たらない。静かなものだよ」
「そうだな。護衛の傭兵がただ飯ぐらいになっているぜ」
「平和が一番じゃないですか。魔物が居ないなら襲われる心配が無くて、安心して眠れます」
「魔物が居ないときは近くに盗賊が居て、自分たちの安全のために狩っている事があるから怖いんだよな。魔物を狩れるほどの盗賊は強いか数が多いから護衛があっても安心できないよ。いざとなったら真っ先に護衛が逃げ出すかもしれないしな」
「護衛に逃げられてはかないませんね。せっかく高い護衛料金を払っているというのに」
「あの護衛なら下級の魔物程度しか相手にできないと思いますよ。装備を見ましたか? 安物の銅剣を持っているだけです。盾はおろか防具が全くない。大方近隣の村出身の民兵なのでしょうが、あれで盗賊と戦うなど無理です。ゴブリンソルジャーの方がよっぽど装備が充実していますよ。高い護衛料金を払いましたから、我々が逃げる間の捨て駒に役立ってもらいましょう」
「相変わらず、武器商人の意見は説得力がありますな。野菜しか扱った事が無いので私は護衛の質なんて分からないです」
「ハハハハハハハハハ。私も似たようなものですよ」
「同じく」
どうやら、商隊であることは間違いないらしい。護衛の質が良くないと言っていたが、護衛料金は高いそうなので、ひょっとしたら護衛をすればそれなりに儲かるかもしれない。ゴブリンソルジャーという魔物が気になるが、とりあえず剣を1本持っているだけの奴よりは俺の方がマシだろうと判断した。後は出ていくタイミングと、どうやって商隊に入れてもらうかを考えるだけだ。どうやらこの森は不気味な場所らしいから、何もない所からいきなり現れましたじゃ怪しまれるだろう。服装的な問題もあるし、盗賊に間違われても厄介だ。そう思って必死に言い訳を考えていると、アイがいきなりしゃべりだした。
第六話です。異世界の第1人間発見したぜいえーい・・・。
やっぱり言葉は通じないですよね。アイ様様です。次回も2から3週間後くらいに投稿します。次回もお楽しみに