第五十五話 帝国語の文字
言葉が多彩なのと同様に、文字も多彩である
「えっと・・・。こちらがお名前、所属、人数、食事を求めるかどうかと、お支払方法になります。帝国通貨でお支払いなら上を、王国通貨でお支払いなら真ん中を、その他の通貨でお支払いなら下の項目にチェックをお願いします」
女の子が指さす項目を目で追っていくが、奴隷商館で読んだ本の文字と異なるようだ。他国だからだと思うが、せっかく覚えた王国の文字が役に立っていないのはちょっとショックだった。アイにアシストしてもらって王国語で項目を埋めていく。俺の名前は王国語でもどうやって書いたらいいかわからないので、仕方なく漢字で書いておいた。女の子が名前の項目を見て不思議そうな顔をしている。奥さん達も俺が書く見知らぬ文字に興味津々だが、あんまり細かく話すのもどうかと思うので、帝国語でも王国語でも書き方がわからないから故郷の言葉で書いているのだと説明しておいた。これでいいだろう。
「これで全部かな?」
「確認しますね。・・・はい、一応これで大丈夫です。お名前は・・・私の方で読み仮名をふっておきますね。あの、お名前をうかがっても・・・。その、よろしければ・・・・」
「ああ、佐野勇介だ」
「サノ、ユウスケ様ですね。苗字持ちと言う事はもしかして・・・! し、失礼致しました!!」
そう言っていきなり土下座を始める女の子に困惑する。なんでだよという顔で奥さん達の方を向いたら、奥さん達は理由がわかるらしく苦笑いをしていた。旦那さんが困惑する俺に代わって優しく女の子に話しかけている。
「彼は貴族様じゃないから心配しなくても大丈夫だよ」
「え? でも、苗字をお持ちなのは貴族様ではないのでしょうか?」
「彼は遠い外国の人でね。彼の国では貴族じゃなくても苗字があるんだって」
旦那さんに言われ、土下座したまま顔だけあげて女の子は俺の方を見てくる。
「嘘じゃねえから、別に謝らなくても大丈夫だ。帝国語は書けねえから、俺の名前が帝国語でどう書くのか教えてくれると助かる」
「あ、は、はい。かしこまりました」
女の子は恐る恐ると言った感じで立ち上がり、俺から紙とペンを受け取って俺の名前の下に文字を書いていく。振り仮名なのに上に書かないのは新鮮だったが、例によって何と書いてあるかさっぱりわからない。王国語はアラビア文字っぽかったが、何か帝国語は針が並んでいるような文字だ。何かに似ているなと思って記憶を探ったら、アイから楔形文字と類似しているという返答が返ってきた。俺の記憶を探って似たものを教えてくれたらしい。そう言われても思い出せないんだけど・・・。
「こちらがサノ、こちらがユウスケとなります。これでよろしいでしょうか?」
「ああ、ありがとう」
アイが記憶するので一度しっかり見た後、女の子に紙を渡す。女の子は紙を受け取った後、皮でできたトレーを差し出してきたので、荷物からお金を出して支払った。今回も割高だが王国通貨で支払っている。赤ちゃんの分も支払って9人分、54フルだ。宿や大型商店など外国人が来ることが多い施設はおそらく王国通貨が使えるが、個人商店などではきっと帝国通貨しか使えない場面があるに違いない。帝国通貨もそれなりに持たせてもらっているが、まだ王国通貨が3倍近くあるうちはこちらを使った方がいいだろうという判断からそうしている。冒険者になって稼ぎが安定すれば帝国通貨は増えるはずなので、帝国通貨が増えてきたら徐々に王国通貨の使用をやめようと思う。女の子がお金を数え、確認が取れたのか一礼してきた。
「お部屋にご案内いたしますので少々お待ちください」
「わかった」
女の子がトレーと紙を置くためにカウンターの方へ戻ったので、アリシアの状態を確認する。アリシアは完全に眠っており、今は俺が膝枕をしているのだが、連れて行くのはそこまで問題じゃない。問題はミルもウトウトしていることだ。俺が紙に必要事項を記入している間は女の子が教えるために間に入っていたので、ミルには少し離れてもらっていたのだが、女の子が離れてから見てみるとすでにウトウトしていた。相変わらず左手が俺の服をつかんで離していないが、この状態ではどちらも動けない。ミルを1人で置き去りにしてアリシアを運ぶとミルが心配だし、旅の性質上アリシアを置き去りにしてミルを先に運ぶのも怖い。
「2人とも疲れちゃったのね」
「そうだな。どうしたもんか・・・」
「アリシアちゃんを先に運んであげて。ミルちゃんは私達が見ているわ」
「でも、そうするとミルが怖がらねえか?」
奥さんの提案はうれしいものだったが、ミルが怖がることが心配なのだ。
「後で慰めてあげれば大丈夫よ。うふふ」
「うーん」
「結局ミルちゃんを先に運んでも、アリシアちゃんを運ぶために部屋に置き去りにしなきゃいけないのよ? ミルちゃんも部屋に1人で取り残されるよりは私達と一緒に居た方が安心できるんじゃないかしら?」
「そうだな」
奥さんの理由は納得ができるものだったので、ミルをくすぐって手を放してもらう。奥さんが立ち上がって俺のそばに来たのでどうしたのかと思ったら、俺から手を放してしまって不安そうに手を空中で動かすミルの手をつかみ、自分の服をつかませていた。
「これで少しはミルちゃんも安心すると思うわ」
「助かる」
「私達にはこのくらいしか恩返しできることがないんだもの。このくらいなんでもないわよ」
「お待たせ致しました。お部屋にご案内致します」
「わかった。じゃあ、先に行くぜ」
「ええ」
奥さんと赤ちゃん、ミルを残し、爺さん達を連れて女の子の後についていく。アリシアは俺がお姫様抱っこしているので問題ない。
「こちらが4人部屋、奥が6人部屋になります」
「わかった」
「私がドアを開けてあげよう」
「ああ、ありがとう」
旦那さんが両手のふさがった俺を気遣ってドアを開けてくれたので、部屋の中に入る。壁際に2つずつ縦に並んだベッドがある部屋だ。部屋の入り口と反対側の壁にテーブルがくっついており、ベッドの下に引き出しがある。部屋の入口の方には壁に備え付けのクローゼットがあるようだ。狭いが十分だろう。アリシアを奥の左側にあるベッドに寝かせて、俺が戻るまで旦那さんにこの部屋に居てもらえるように頼む。ミルが1人になると怖がることを知っているので、アリシアも似たようなものだと説明したら納得してくれた。旦那さんから受け取った荷物を爺さん達が居る部屋に運び、爺さん達が荷物をしまうのを手伝ってから、ミル達のところへ戻る。ちなみにここは宿の2階だ。窓は換気用の小さい物なので、ドア以外から外敵が侵入することもないだろうし、旦那さんが居てくれるのでアリシアが1人になりはしない。階段を降りていると、突然階下から悲鳴が聞こえたので急いで降りた。
第55話です。異世界は言語が1種類、文字も1種類、そんな物語をよく見ます。共通言語的なものがあったり、大陸1個丸々一つの国だから大丈夫みたいな理由なのですが、それって難しそう、という理由でこの物語では王国語と帝国語は別言語、別文字になっています。英語のような準共通言語は現実にもあるし、大陸1個丸々一つの国も存在しますが、やっぱり言葉の壁はあるものだと個人的に思っています。筆者は日本語はもちろんですが、他の言語では基礎的な英語と一部のロシア語しかわかりません(笑)
次回もお楽しみに




