第五十四話 接客態度と理由
従業員は店の顔?
「私は、この街の貧民街の孤児です。教会に併設された孤児院で暮らしているのですが、孤児院はいつも人がいっぱいで、ご飯も服も何もかもが足りないのです。その為ある一定より大きくなった孤児院の子供は、仕事を見つけてお金を稼がなければいけません。私もその年齢に達したので仕事を探したのですが、子供にできる仕事はあまり多くなくて、もともとこの街は孤児が多いので子供にできる仕事もほとんど人手が余っている状態で、それでもお金は必要なので男の子が冒険者になって魔物の討伐に行ったり、女の子が娼館や奴隷商人に身売りしたりする必要があるんです。どっちもできない子は大人じゃなきゃできない仕事をやって体を壊しちゃったりもしていて、私、そうならないで済むように必死に仕事を探して、やっとここで雇ってもらえたんですけど、この宿屋で用心棒をやっているヘズさんが怖い人で、私がミスしたり言いつけを守れないと先ほどのように叩かれるんです。ヘズさんは元冒険者でとっても強いので、私は従うしかありません。ヘズさんとトラブルになって今回みたいにお客様が帰ってしまわれる事もあるんですけど、その時も私が叩かれるんです」
「なんでだ?」
「トラブルになるたびにノム様がヘズさんを奥へと連れていかれるのですが、その間にお客様が帰らないように引き留めるのが私の役目なんです。それができなかったら、それは私のミスです」
「だから叩かれるって?」
「はい。お願いでございます。どうか、どうかノム様が戻られるまでお待ちいただけないでしょうか? ノム様はお金が大好きで少しお金にこだわるところがございますが、お金を払うお客様には失礼のないように動こうとするお方です。どのお客様もトラブルになるのはほとんどヘズさんとだけで、ノム様が対応なされば大丈夫だと思います。なのでどうか、お待ちいただけないでしょうか」
そう言って再度女の子は土下座をしようとする。慌てて腕を引っ張ってやめさせた後、俺はアリシア達の方を向いた。この中で一番この宿を嫌がっているアリシアと、それに賛同していた爺さんの顔を見たが、アリシアはつまらない話だと言わんばかりの眠そうな顔をしているのに対し、爺さんは同情のまなざしを向けている。爺さん達も貧民街の人間だと言っていたから、女の子の事情を聞いて気の毒に思ったのかもしれない。服を引っ張られたので振り向くと、またミルが上目遣いにこちらを見ていた。破壊力がすごいのですぐに目をそらしたが、ミルも爺さん達とたぶん同じことを考えているのだろう。この中でおそらくアリシアだけがこの宿に泊まる事を嫌がっている状態になったあたりで、ノムという従業員が戻ってきた。
「お、今回はちゃんとお客様を引き留められたか、何をのんきに座っているんだ。さっさと受付の手続きをしなさい」
「はい! ただいま!」
ノムは俺達を見て驚いた顔をした後、一緒に座っている女の子を見て顔をしかめ、受付をするようにと指示を出した。その指示を受けて女の子が弾かれたようにカウンターの裏へ飛んでいく。ノムはその様子をにらんで見送った後、気持ち悪いほどの仮面の笑顔で3流商人のごとく手をモミモミしながら俺達に近づいて来た。気持ち悪いから顔が歪んでいそうで怖い。
「お客様、本日は当宿をご利用くださいまして誠にありがとうございます。人数は8名様でよろしいでしょうか?」
「まだ泊まると決めたわけじゃない。ぼったくられても困るから、まずは値段を聞こうか。いくらかかるんだ?」
俺がさした釘にノムは一瞬顔をしかめてカウンターの方をにらんだが、すぐに気持ち悪い笑顔に戻って俺達の方を向く。
「当宿はお一人様あたり3ヘイル、あるいは6フルを頂戴しております。いかがでございましょうか」
聞いた値段に俺が悩むそぶりを見せると、ノムは慌てた表情で冷や汗を流し始めた。これはぼったくる気だったのだろうか?
「少し高くないか?」
「え、エルタールでは比較的リーズナブルな方かと存じますが・・・」
「ふーん。そんなものか」
俺は悩むそぶりのままアリシア達を見る。アリシアは完全に寝始めており、上半身がコックリコックリと動き始めている。そっと背中に手を回すと、俺の方に倒れて来たので肩を貸して寄りかからせた。奥さんが心配そうにこちらを見ているようだ。
「確かにこんな大きな街の宿では安い方だと思うわ。アリシアちゃんも寝てしまっているし、ここでいいんじゃないかしら」
「爺さん、どう思う?」
「わしは別にどこへ泊まろうとかまわんよ」
アリシア以外で明確に嫌がっていた爺さんが何も言わないなら、とりあえずはここでいいだろう。確かに寝てしまったアリシアを連れて新たに宿を探すのは大変だ。女の子の事情を考えるに俺達がここを出ると叩かれるだろうし、それを知っていて泊まるのをやめるのはどうかと思う。安いのも嘘ではないと奥さんが言っているから、とりあえずここにしよう。
「じゃあ今夜はここに泊まろう。みんなもそれでいいか?」
「でも、私達お金が・・・」
奥さんが心配していたのはアリシアの事じゃなくて宿代を自分達が払えないという事だったのか。ノムが顔をゆがませている。
「別にそんなもん俺が出すから気にすんなよ。とりあえず今晩の宿代は出すから、心配しなくていいぜ」
ノムが安堵の表情をしたのがかなりイラッと来たが、奥さんはなおも心配そうな顔で俺に言ってくる。
「でも、いつまでもあなた達のお金に頼るわけにはいかないわ。お金は限りあるものなのよ」
「少なくとも今日はもう遅いから、俺が出すよ。自分達の金で生活するとしても、仕事が見つかって金がもらえるまでは時間がかかるだろ? それまでは遠慮なく頼ってくれていいから。長旅を共にしといていきなり他人行儀な扱いはしねえから、安心しろ」
「・・・ありがとう。あなたは優しい人ね」
「すまない。結局は君に全部頼る羽目になってしまって、自分が非常に情けないよ」
奥さんが頭を下げながらお礼を言い、旦那さんが申し訳なさそうに謝ってくる。そこまで気にしなくていいのに、今更だと思う。爺さんも俺が払う事を見越してさっきの質問に答えたんだろうし、婆さんは何も言わない。
「そういうわけだ。部屋は・・・。いくつ空いている?」
俺はノムに向き直りながら部屋の空き状況を聞く。ノムは俺の返答に気持ち悪い笑顔を一層ゆがませた後、手帳を取り出した。
「本日は3部屋空いております。いかがなされますか?」
「部屋はどのくらいの広さなんだ?」
「当宿は冒険者の方も多く利用されます為、パーティーメンバーの人数に合わせて4人部屋と6人部屋をご用意しております。本日は6人部屋が2つと4人部屋が1つ空いております」
「じゃあ、6人部屋と4人部屋を1つずつ借りよう。爺さん達は6人部屋でいいよな?」
「ああ、お前さんの厚意に甘えさせてもらおうかの」
「ありがとう」
「すまない。この借りはいつまでかかっても必ず返すよ」
「じゃあ、それで頼む」
「はい。承りました。手続きとお支払いが終わり次第、お部屋へご案内いたします。おい! 早く受付をしないか!」
「はいただいま!」
俺の返答にノムは気持ち悪い笑顔のまま答え、さっきから奥へ引っ込んでいた女の子に早くするようにと怒鳴る。
「客として一つ忠告しておこう。あんまり従業員を大事にしない宿は長続きしない。ああいう子はもっと丁寧に扱ってやれ。客の前で怒鳴るのもやめた方がいいな。裏でネチネチと怒るならそれはそれで問題だが、客への評判が悪くなるだけだぞ? 特に寝ている客のそばで怒鳴るとか、お前接客業やった事あんのか? おい?」
アリシアが怒鳴り声に反応して俺の服をつかんできたので、顔は笑顔のまま、殺気を放ちながらノムに忠告してやる。これで女の子の扱いが少しでも良くなるならそれはそれでもうけものだし、アリシアが寝ているので静かにしてほしい。男の子やミルが怖がっているので、その点から言っても怒鳴り声はやめてほしいのだ。ノムは冷や汗を流しながら頭を下げてくる。
「も、申し訳ございません。肝に銘じます。どうか、どうか矛をお納めください・・・」
「俺はあの子から聞いたぞ? ヘズってさっきの巨漢があの子を殴るのはよくある事らしいじゃないか。殴られてボロボロの従業員が働く宿なんかに誰が泊まりたいと思う? お前はそんな宿に泊まりたいと思うのか? え?」
「お、思いません・・・。ごもっともなご指摘、肝に銘じます。あの娘は少々ミスが多く、お客様にご迷惑をお掛けすることが多々あるため、しつけをその場で行う事が習慣化しておりました。今後はこのような事が無いように改善いたしますので、どうか・・・」
冷や汗をかき、悔しそうな顔で俺に言うノムを笑顔で見ながら、女の子が持ってきた質の悪そうな紙とペンを受け取る。女の子は俺がノムに説教をしている様子を見て困惑しているようだが、ノムが怖いからか何も言おうとせず、近くに控えている。
「男に二言はねえよな? あのヘズって巨漢にもしっかり言っておけよ? 俺はさっきみたいな光景を見るのがとてつもなく不快だ。次そういう現場を目撃したら・・・。覚えていろよ?」
俺は最後の一言の部分だけ声を少し低くし、殺気を強くする。女の子が1歩あとずさり、奥さん達が息をのんでいるが、殺気を向けているターゲットのノムはもはやフラフラし始めている。殺気にこんな効果があるなんて知らなかったが、これでいいだろう。
「俺は確認したんだ。シカトしてんじゃねえよ」
そう言って足を少し動かし、かかとで床を少し打つ。コンっと小さな音が鳴っただけだったが、その音に寝ているアリシア以外がビクッと体を震わせた。男の子が本格的に怖がり出したので殺気を放つのはやめたが、ノムは今にも倒れそうだ。
「も、もちろんでございます・・・。二度と、二度とこのような事が起こらないように致しますので、どうか・・・」
「しっかりこの耳で聞いたからな?」
「はい・・・」
「ふう・・・。よし、俺は帝国の文字に不慣れなんだ。どこが何の項目か、教えてくれねえか?」
殺気を放つのをやめた俺は、普通の顔で女の子の方を向く。女の子は一瞬迷うそぶりを見せたものの、ノムをチラッと見てから俺に近寄ってくる。ノムは俺が意識を外したことで一度倒れそうになったが、何とかこらえたらしく一礼して無言で奥へ引っ込んでいった。客の前で座り込まなかったのはすごいと思うので、少しだけノムの評価を改め、女の子の指示に従う。
第54話です。エルタールの街は冒険者の街であり、交易の要所であると考えて設定しています。そのため人の出入りが多く、トラブルも多く、帰ってこない人も多いという想像から生まれている部分も。その辺が孤児の多さという状態で現れていたりします。現在の日本でも孤児は多く、孤児院とは言わないまでも児童養護施設とかはパンパンだそうです。タイガーマスクがランドセルを寄付する一方で、施設の人達は食費がきついと言っているとか。食事はとれるけど、果物とかのちょっと贅沢な食べ物は買うお金がないから子供達に食べさせてあげられない、そんな現状があるみたいです。彼らが少しでもいい生活ができるように、お金の余裕があるときだけでも支援できたらいいですね。次回もお楽しみに




