第五十三話 従業員の態度
暴力に訴えても、何も変わらない
ガシャン!
「ひいっ!」
「きゃっ!」
「お?」
いきなり聞こえた大きな音に走ってきた従業員は怯え、女の子は悲鳴を上げ、巨漢は何事かと俺の方を向いた。
「さっき注意したよな? その態度は何なんだよ。それが客に対するこの宿の普通の対応なのか? そんなんだから俺らはここに泊まるのが嫌なんだ。この意味、分かるよな? おい、お前そいつの上司なんだろ? 部下のしつけぐらいしっかりしとけよ」
そう言いながら俺はゆっくりと振り向き、走ってきた従業員に殺気を放ちながら脅しをかける。俺の顔を見たアリシア達まで2歩後退るほどの敵意に、女の子が俺の服をつかんでいた手を放し、できるだけ丸まって気配を殺し始めた。
「ひいぃ!」
走ってきた従業員は悲鳴を上げると素早く巨漢の後ろへ隠れ、頭だけ出してこちらを見てくる。気持ち悪いからやめろ。
「俺は質問したんだぜ? そいつのその態度がこの宿の普通なのか? シカトしてんじゃねえよ」
「い、いえ、もちろんこいつの対応は異常でございます・・・。あ、いや、申し訳ございません! すぐにひっこめますのでどうかお待ちください。どうか、どうか今しばらくお待ちください!」
「いいのか? 大将」
「いいに決まっているじゃないか! お客様がご立腹だ。早く奥へ行って豚の解体をして来い!」
「だから俺は解体なんて・・・」
「つべこべ言うな! 首にされたいのか貴様! 何でもいいから早く奥へ行け!」
「蹴るなって、痛てえじゃねえか!」
従業員2人はギャーギャーとわめきながら奥へ引っ込んでいった。とりあえず必死に気配を殺している女の子を抱っこしたままなので近くの椅子へ移動し、座らせようとする。俺が急に動き出して椅子に向かって体を傾けたことに驚いたのか、女の子はパッと目を開くと首に手を回して思いっきりしがみついてきた。その動きに驚いて後ろでミルがビクッと震えている。
「別にいきなり落としたりしねえから、安心しろよ。椅子に座らせるだけだ」
「あ、すす、すみませんでした!!!」
俺の意図に気がついた途端、今度は顔を真っ赤にして俺から距離をとろうとした女の子は、勢い余ってバランスを崩し、そのまま落っこちそうになる。俺も落とすまいと追従し、背中のミルも離れまいとついてくる。結果的に不安定な体勢のまま3人で前に進み、女の子を座らせる予定だった椅子をふっ飛ばしてカウンターの下に思いっきり突っ込んでしまった。
「ひぐっ!」
「いてっ!」
「うぐっ!」
女の子は後頭部と右手を、俺は両手と顔面とひざを、ミルは顔面と足を強打し、3人とも少しの間その場で伸びる。あまりにも唐突すぎて身体強化アシストなども使えず、アホみたいにその場で動けなくなってしまった。背中にミルが乗っかっているので下手に動けないが、女の子のおなかに顔が埋まっているので動かないと呼吸が苦しい。手が女の子の下敷きになっていててこずったが、何とか体を起こすことに成功した。両手を床から突っ張らせているので腕立て伏せの前みたいな体勢だが、いくらかマシだ。
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい!」
「ミル、大丈夫か?」
「はい・・・」
「何をやっているのよ」
「大丈夫かい?」
「あらあら」
「フォッフォッフォッ。面白いのう」
「しっかりせんか、どうしたのじゃ?」
「アハハハハハ、ズッコケた~~~! ハハハハハハ」
アリシア達も心配そうに近づいて来てくれたので、手を貸してもらって起き上がる。ミルがなぜか俺から離れるのを嫌がってひと悶着あったが、とりあえずミルに一旦離れてもらって起き上がり、女の子にも手を貸して立たせた。
「ミル、ケガしてないか?」
「はい、大丈夫でしゅ」
「目に見えないケガがあるかもしれないから、少し体を動かして調べとけよ」
「はい・・・」
「君も大丈夫か?」
「はい、も、申し訳ございません! この失態に対する罰は甘んじて受けます!」
なんだか責任追及みたいな雰囲気になっているが、とりあえずパッと見てケガはなさそうなので、女の子の発言はスルーして自分の体も確認する。女の子の下敷きになった手と、床に思いっきり打ち付けた膝が若干痛いが、特にケガがあるわけではなさそうだ。結構衝撃があったと思ったが、強打した顔面も血は出ていないらしい。カウンターと女の子に挟まれ、一番初めに激突した指は少し切り傷があったが、こんなレベルなら別に構わないのでとりあえず目に見える大きなごみだけ取り除いておく。
「ケガがないなら別にいいさ。さっき殴られていたけど、そっちも大丈夫なのか?」
「はい・・・。もう、慣れました・・・」
女の子が暗い顔になって下を向く。何か事情がありそうだが、無責任に首を突っ込むのは問題がありそうなので中途半端な詮索はせず、呆れた顔でこちらを見てくるアリシア達に向き直る。走ってきた従業員は待っていてくれと言ったが、この宿を出るならこれ以上のチャンスはないのも事実なので、アリシア達に相談するためだ。日本人的感覚で待っていてほしいと言われたら待っているべきかもしれないと思っているが、あの巨漢の態度を見るにこの宿に問題があるのは間違いないので、さっさと出て行って暗くなる前に別の宿を探すべきかもしれない。アリシアに目線を向けると、何も言わず出口の方へ歩き出した。それにみんな続く。
「お、お客様! お、お待ち下さい!」
その様子に気がついた女の子がさっと顔をあげ、必死の形相で俺の腕にしがみついて来た。反対側の服をつかんでいたミルが驚いた顔をしているし、何がそんな顔にさせるのかと言いたくなるほど必死に俺を引っ張る女の子に戸惑う。
「何を待てというのよ。あんなに態度の悪い従業員の宿なんかに泊まりたくないわ」
振り向きもせずにアリシアが女の子の懇願を一刀両断する。爺さんもうなずいているようだ。婆さんはニヤニヤしているが、奥さんと旦那さんは女の子の顔を見てただ事ではない事に気がついたらしく、足を止めている。男の子は女の子の顔を見て怖がり、奥さんの後ろに隠れてしまった。旦那さん達が止まったことでアリシアも異変に気がつき、女の子の顔を見る。
「あ、えっと、その、お願いでございます! 何でも致しますから、どうか、ノム様が戻られるまでお待ちいただけないでしょうか!」
俺から離れ、床に正座すると拝むような格好になって女の子は俺達に待ってほしいと言ってくる。何がこの子にそこまでさせるのか意味が分からないが、奥さんは憐れむような眼で女の子を見た後、俺の方を見てくる。この中でこういう場合の決定権は俺にあると思っているようだ。実際はアリシアの意見の方が強いのだが、旅の道中はアリシアが貴族令嬢である事を隠したいという意図もあって俺がほとんどの事を決めていた。指示も俺から出し、アリシアも目的が分かっているので文句を言わずに従ってくれていたのだ。そんな中から生まれた誤解が、俺に選択肢を与えてくる。旦那さんはとりあえず女の子を立たせようと近寄っているが、女の子は頑なにその体勢をやめようとはせず、お願いだからノムという人が戻るまで待っていてくれと頼んできている。
「ノムって誰の事だ?」
「さ、先ほどいらした背の高い従業員のお方でございます・・・」
走ってきた従業員がノムというらしい。つまり、あいつが言うように待っていてほしいと言う事だ。
「俺達はここに泊まる気はないんだぞ? それなのに待ってどうすんだよ。声かけられた時に話したよな? 泊まるかどうかは宿を見てから決めるって」
「そ、それはごもっともでございますが、どうか、どうかお待ちいただけないでしょうか。お願いでございます・・・うぅ・・・」
そう言って女の子は泣き出してしまった。いきなり泣き始めた女の子にみんな困惑しているようだ。服の袖を引っ張られたのでミルを見ると、上目遣いにこちらを見てきている。破壊力がすごいのですぐに目をそらし、女の子を半ば強引に立たせた。
「泣くほどって、何がそこまでさせるんだよ」
「・・・」
女の子は立たされるとき若干抵抗したが、俺が理由を聞くと途端にしおらしくなって静かになってしまった。
「理由もなく待つのはごめんだ。理由があるなら話してくれよ」
この状態で時間稼ぎされるのは嫌なので何が女の子にそこまでさせるのかを話すように促してみると、女の子は近くのテーブルを指さし、俺達に座るようにと合図してきた。俺達は顔を見合わせたが、奥さんが座ったのでとりあえず全員座る。
第53話です。先週PCがWindows updateに失敗し、OSが損傷してPCが壊れました。データ類は外付けHDDにあったので消失はしなかったのですが、PCが使えなくなり、復旧のめども立たなかった為、小説の更新その他ができなくなる可能性もあり、困ったものです。結局次の日にOSのクリーンインストールを行って、Cドライブが全滅しただけで速やかな復旧ができましたが、みなさんもPCにはお気を付けください。これから暑くなり、PCへの負担が増加する時期です。室温を一定に保つことは、人間にとっても機械にとってもいい事なので、お財布と相談の上、電気代より健康を優先してください。
次回は女の子の理由説明話、その後になります。次回もお楽しみに




