第五十二話 エルタールの宿
従業員の接客も、店に対する評価基準
俺達が入ると背後でまた重い音がして、門がゆっくりと閉まっていく。完全にしまった時に来た風圧は少しビビるレベルで、こんな扉が倒れてきたら助からないだろうなと素直に思った。扉の向こうは広場になっており、途中に幅も深さも2mはありそうな塹壕っぽいものを挟んで橋が街へと続いている。塹壕は門を半円形に囲うように作られており、渡るための橋は木製の跳ね橋だった。今は下りているが、街側に跳ね上げる用の建物があり、橋の門側から建物の最上階に向かって、船の錨とかについていそうなでかくて太い鎖が伸びている。橋を渡った先には広い道が作られており、まっすぐ伸びた道の両側に店が立ち並んでいた。
「何もかもが大きいわね」
「しゅごいでしゅ」
「これが帝国の街なのね。にぎやかだわ」
「ここに住めるだろうか?」
「弱気になってどうするのじゃ」
「フォッフォッフォッ。怖気づいたのかえ」
各自いろんな感想を述べているし、街がすごいのは確かなようだ。街を歩きつつ宿を探す。門の音に気がついたからなのかたくさんの人達が俺達に近づいてきており、手にはかごなどを持って走ってきている。押し売りっぽいな
「ようこそエルタールへ。お兄さん、新鮮な野菜食べたくないか? 安くするよ」
「やあ! 疲れているだろ? うちの居酒屋へ来いよ。うまい酒がいっぱいあるぜ?」
「野菜や酒よりまずは肉だろ。ちょいと値が張るけど、いい肉が俺の店にはたくさんあるぜ!」
「エルタールの名物、オアのパイはいかが? おいしいわよ」
「あんた強そうだな。傭兵になる気はねえか? 俺達の傭兵団は今人員募集中で・・・」
「お嬢さんかわいいね。この素敵なアクセサリー買わない? 海で採れた本物の貝殻で作ってあるんだよ?」
「かわいいぼくちゃん、このおもちゃほしくない? 安くするよ?」
「よおそこの兄ちゃん。長旅で疲れたお爺さん達に回復薬を買ってあげたくないか? うちの回復薬は効果抜群だぜ?」
「今日と明日、街の中心にある広場でお芝居やるんだ! 姉ちゃんたちも来てよ。彼氏も誘ってさ」
「お嬢ちゃん大丈夫かい? 具合が悪いならうちの病院で見るよ?」
・・・うん、すげー。
典型的な食べ物の売り込みや名産品の売り込みは予想していたけど、傭兵団のスカウトやお芝居の宣伝まで来るとは思わなかった。病院関係者らしい男、が背負われているアリシアを心配してくれているような事を言ってきたのでお礼を言おうと顔を向けたら、欲望にゆがんだ顔をしていたので金目当てだというのがすぐわかってものすごくムカついてくる。アクセサリーには奥さんが、お菓子にはアリシアが、なぜか芝居の宣伝にミルが、回復薬に旦那さんが反応していたが、今は宿屋で早く寝たいんだと言ったらほとんどの人が離れてくれた。病院関係者らしい男から舌打ちが聞こえたのはイラッと来たが、街へ入った途端揉め事を起こすのも問題なので見逃してやる。傭兵団のスカウトマンは話だけでも聞いてほしいと食い下がってきたが、明日にしてくれと言ったら近くの店を指定して帰って行った。街へ着いたことでアリシアを下ろしたミルが、スカウトマンを怖がって俺に抱き着いて来たあたりから態度が変わったので、あとでミルにお礼を言わなくちゃな。なんならさっき宣伝していたお芝居でも見せてやろうか。
「さて、押し売りの連中が離れたはいいけど宿がどこだかわからねえな」
「さっきの人達の誰かに聞けばよかったじゃない。特に最後の人なんかしばらくついて来ていたのに」
「ああいう連中は頼って貸しを作ると厄介なんだよな。めんどくせえから通行人に話しかけるか」
アリシアの指摘はもっともだが、あの状況で宿を探しているとか言い出したら宿屋の客引きが押し寄せてひどい目にあうだろう。
「あ、あの・・・」
「ん?」
声のした方へ振り向くと女の子が道端に立っていた。見た感じ俺達とそんなに変わらない年だと思う。服がボロボロで、汚れている。変な臭いとかはしないが、元の世界で見かけたら道の反対側に移動するぐらいには汚かった。道は広いのだが、人は多いし馬車っぽいものもたくさん通るので、俺達は道の端を歩いている。この子も押し売りなんだろうか?
「や、宿、探しているんですよね?」
「ああ、そうだけど?」
「私が働いている宿へ、いかがですか?」
「宿屋の従業員なのか?」
「小間使い・・・です」
「ふーん。どうする?」
服がボロボロで、汚れもひどい女の子の現状を見ると、宿の質はあんまり高くなさそうな気がする。安いに越した事は無いが、ボロボロの宿を選ばなければならないほど金に困っているわけでもない。と言う事でこの中で最もそういうのを気にするアリシアと奥さんに視線を向けて聞いてみる。アリシアは貴族令嬢だから、奥さんは赤ちゃんがいるからだ。衛生面は重要だしね。
「見るだけ見てみて、変なところだったら別のを探したらどうかしら? もう暗くなるわよ」
「そうね。一度見てから決めてもいいと思うわ」
アリシアに言われて空を見上げると、もう夕焼けが終わるころだった。もうすぐ日が沈むだろう。
「わかった。じゃあ一応宿に案内してくれ。泊まるかどうかは部屋を見てから決める。それでいいか?」
「はい!」
客が捕まってうれしいらしく、女の子は笑顔になって先導してくる。
「こちらです!」
案外すぐ近くだなと思って見てみたが、想像通りの古い木造家屋だった。想像していたようなボロボロな建物ではなかったが、汚いのは一目瞭然だ。隣の食事処っぽい建物と比べたら迷わず回れ右をするレベルには汚いが、部屋を見ると言ったのでとりあえずついていく。宿のドアを開けて元気よく女の子が入った途端、宿の奥から巨漢がドシドシと音がでそうな足取りで出て来た。
「おい! 客を捕まえて来いって送り出してからどれだけ待ったと思ってやがる! まさかてめえサボってたんじゃねえだろうな?」
「ひぐっ!」
開口一番女の子を怒鳴りつけた巨漢は、力任せに女の子を殴った。あまりの大声に赤ちゃんが泣き出し、男の子が起きてしまったらしく旦那さんがあやしている。殴られた女の子が俺の方に吹っ飛ばされてきたので受け止めてやると、受け止めた手に血が付いた。口を切ったようだ。女の子は泣き言ひとつ言わず、すぐに土下座して巨漢に許しを請い始める。
「ごめんなさい! 遅くなりました。お客さんを連れて来たので、お願いですから許してください!」
「あ? 客だと?」
そう言って巨漢は女の子のすぐ後ろで唖然と自分を見上げる俺達を始めて見た。
「チッ。客か、次はもっと早く捕まえて来いよ?」
「はい、はい、ごめんなさい」
「いつまでそうやってんだよ。とっとと受け付けしろ!」
「ひぐっ!」
謝る女の子の頭を巨漢が思いっきり蹴り上げ、女の子がまた俺に吹っ飛ばされてくる。俺に受け止められた女の子は力が入らないのか動かない。その様子を見てさらに巨漢が女の子に手をあげようとしたので、さすがに見ていられず女の子をかばう。
「何の真似だ? あ?」
「客が来ているのに目の前で暴力とかどういう宿なんだよ。こんなんで商売になるのか?」
「部外者が口出ししてんじゃねえよ! 客は客らしく金払って寝ていろ!」
巨体の力に任せた大声に男の子が大泣きをはじめ、赤ちゃんをかばうように奥さんが後ろを向く。ミルは俺の背中に抱き着いており、アリシアも袖を引っ張ってくる。みんなが今何を思っているかは聞くまでもないだろう。
「出よう。こんな暴力的な従業員の居る宿じゃまともなわけねえよ。他のを探そうぜ」
「そうね」
「ああ」
アリシアと旦那さんがすぐに同意したので、みんな背を向けて外へ出ようとする。女の子を抱えたままの俺は周囲を見回し、椅子があったのでそこに女の子を連れて行こうと動いていると、宿の奥から別の従業員がものすごい勢いで走ってきた。敵意感知レーダーには引っかかっていないので敵ではないが、スピードがスピードだけにみんな身構え、俺も女の子を片手で支えて剣を抜こうとする。走ってきた別の従業員は巨漢の脇をすり抜けて俺達の前に立つと、巨漢とは違った種類の大声で話しかけて来た。
「お、お客様! お待ちください! なぜ! なぜ帰られるのですか!」
「いや、この状況で俺達が泊まるなんておかしいだろ。案内してきた仲間に客の前で暴力振るうし、そいつは客に対する態度悪いし、挙句誤解で暴力振るっておいてこの子に謝りも無しかよ。そんな意味不明な連中の宿なんか誰が泊まるか!」
あまりにも状況を見ていなさすぎるこの従業員に、半ば八つ当たり的な勢いで問題点を述べ、クレームを入れる。
「ヘズ、君またこの子を殴ったのかい? あれほどお客様の前で暴れるなって言ったじゃないか」
「こいつ、客を捕まえて来いって言ったのにいつまで経っても戻ってこなかったんだぜ? サボってやがったんだろ」
「サボるような暇を与えたのは君だろう? この件はパパに報告しておくからね」
「あ、大将、それは勘弁してくれ」
クレームを言うと、走ってきた従業員が俺達を放置してヘズというらしい巨漢を注意し始めた。ちょうどいい機会なのでアリシア達に目配せして出口の方へ向かおうとすると、片手で支えていた女の子が俺の服をつかんでくる。
「大丈夫か?」
「うぅ・・・ぐふっ」
女の子は顔色が悪く、吐き気に襲われているのか口を手で押さえた後、俺の肩をつかんで立ち上がろうとして失敗した。
「きゃっ」
「おいおい、無理すんなよ。あそこの椅子まで運ぶから、少しおとなしくしてろ」
とりあえず女の子を支えなおし、剣から手を放して椅子の方へ運ぼうとする。肩を貸せば歩けるかと思ったが、足がガクガクでとてもじゃないが歩けそうに見えず、仕方なくお姫様抱っこして椅子へ運んでいく。背中に抱き着いたままのミルはついてくるが、アリシア達は俺を置いて外へ出ようとしている。爺さんがドアノブに手をかけてひねった音で走ってきた従業員は俺達の事を思い出したらしく、巨漢を放置して真っ青な顔で走り出し、驚く旦那さん達をすり抜けて爺さんとドアの間に割って入った。
「お待ちください! な、なにも出ていく必要ないではありませんか! この肉団子の粗相はお詫びいたしますので、どうか、どうか出て行かないでください! お願い致します!」
「どいてちょうだい。気分が悪いの。こんなところにお金を払って泊まるなんていやなのよ」
「そ、そんな、おい! ヘズ! お前のせいでお客様が帰ろうとしているじゃないか! 何とかしなさい!」
「チッ。お前ら、入っておいて何もせず出るつもりか? そりゃあねえんじゃねえか? おい」
そう言って今度は巨漢がドアの方へ回ろうとする。巨漢が敵意感知レーダーに引っかかったので、俺は足で近くの棚を蹴った。
第52話です。区切りが悪いので区切りのいいところで最初は切ろうと思ったのですが、切ってみると2300文字しかなく、さすがに短すぎるのでちょっと中途半端な場所で切れてしまっています。申し訳ございません。日本にこんな宿はない事を切に願います。さすがに怖いですもんね。次回もお楽しみに




