第四十六話 襲撃により騎士が
嘘をつくと自分に返ってくる
深夜。たぶん日付は変わっていると思うが、突然意識が覚醒して目覚めると、敵意感知レーダーに反応があったためアイが俺をたたき起こしたと報告してきた。音声アシストは切ってあるので、暗闇でも視界に映るウインドウ文字でのやり取りだ。レーダーによると広場の難民に紛れて俺達に敵意を向ける輩がいるようで、ゆっくりと俺達に近づいてくる。暗闇で相手は周りの様子がよく見えないのか、敵がいるらしい方向から時々うめき声が聞こえている。たぶん寝ている難民を踏んだのだろう。そのまま敵が進むと爺さん達にたどり着くはずだ。俺は手探りでミルの耳を探し出すと、ペタンと倒れている耳を起こし、口を近づけて小声で話しかける。ミルが突然声をあげたりしないかは心配だが、抱き着かれたままでは敵に対応できないので、仕方ない行動だ。
「ミル。すまないが起きてくれ。ミル?」
一瞬ミルの体がビクッと震え、俺が耳を持っている手を誰かの手がつかんだ。たぶんミルだろう。
「起きたか?」
「はい・・・なんでしゅか?」
「敵だ。爺さん達の近くに迫っているから、倒してくる。すまないが一度離れてくれ」
まだ寝ぼけているらしいミルの声に、俺は小声で事情を説明する。敵だという声にミルの体がもう一度ビクッと震えた。
「怖いのは分かるが、このまま爺さん達に敵が到達するのを見ているわけにはいかないだろ? すぐ戻ってくるさ。安心しろ」
そう言ってミルの頭を撫でる。抱き着いていた力が少し緩み、ガサゴソと音がした。ミルが頭を動かしたようだ。
「だ、大丈夫でしゅよね?」
「ああ。大丈夫だ」
「はい・・・」
ミルが抱き着くのをやめてくれたので、一度頭を撫でてからそっと離れる。毛布をゆっくり抜け出そうとするが、暗闇でよく見えない。アイに何とかならないか確認すると、視力強化アシストの延長として夜目が利くようにできないか試すとのことだったので、実行を許可する。少しすると視界が若干明るくなり、暗闇のはずだが、周りに眠る爺さん達や、遠くに難民達の輪郭が見えるようになった。赤外線カメラの映像ほどはっきり見えるわけではない。真黒な世界に、物の輪郭だけが見える状態だ。手元を見ると、さっきまで俺の顔があったあたりをミルが見つめていた。もう一度頭を撫で、輪郭の情報を頼りに毛布から抜け出す。ミルに毛布を掛けなおし、枕元に置いてあった剣をそっと取り出して、アリシアと爺さん達の横を通り過ぎ、敵の前に立った。敵は俺の行動にまったく気がついていないようで、キヨロキョロと首を左右に動かし、手を前であちこちに動かして周囲を探りながらこちらへ近づいて来ており、右手には小さなナイフが握られている。敵にとって誤算だったのは、誰にも気がつかれたり見られたりしないように焚火が消えた深夜を待って犯行に及んだら、予想以上に暗すぎて自分も周りが見えず、周囲の状況が分かりにくいという事と、俺の索敵と警戒能力が普通の人間ではありえないレベルであり、目もよく見えると言う事だろう。万が一誰か気がついて口封じに殺害してしまった場合、その時の音や悲鳴で騒ぎになり、2度目はおそらくない。1回きりの勝負のはずだが、こんなにも不利な状況で実行するなんてよほど頭が悪いのかもしれない。敵の輪郭から判断するにおそらく男だが、男はゆっくりと近づいてくる。時々立ち止まって地面に触れるまで手を下に下げ、周囲の地面を触ってまた歩き出しているので、寝ている俺達か、荷物を探しているのだろう。このままこっそり近づいて無力化するのは簡単だが、翌朝になってあの騎士に引き渡した時、なぜ気がついたのかとどうしてそんなに手際がいいのかを不審に思われる可能性がある。少し考えた挙句、俺は一度戻って剣を置き、代わりにカバンから料理用の点火道具を取り出した。筋書きとしては、深夜に目覚め、トイレへ行こうとするも暗くて見えず、明かりがほしいからと点火装置をつけたらナイフが見え、身の危険を感じて無力化した。という感じで行こうと考えている。中年の男女に言われて今日は料理をしていないので、この道具の存在は知られていない。俺はトイレの場所を知らないので探そうとするのは不自然ではないが、明かりをつける場所からあの小さいナイフが見えるのかや、ナイフが見えて身の危険を感じるのにとっさに無力化できる手際の良さなど、いろいろ突っ込みが来るであろう猿芝居だと思う。そうは思うが、今のところ他にいい案が思いつかなかった。ミル達を起こさないように配慮して静かにするのは不自然ではないので、音を立てずに点火道具を取り出し、タイミングを計る。男が近づき、爺さん達まであと3歩ほどのところへ来た時に立ち止まって地面を触ろうとし始めたので、そのタイミングで点火道具を起動する。すぐに火が点き、若干周囲が明るくなった。
「くっ・・・。な、なんだ?」
男が突然の光に目をやられ、両手を目の前に持ってきて目をかばう。自然とナイフが火の方を向き、バッチリ光ったのを確認。
「おい! お前こんな夜中にナイフなんか持って何してやがる!」
「あ、こ、これは・・・。く、くそう! らあああああああああ!」
体の位置を調整したおかげでちゃんとナイフが火に照らされて光ったので、考えていたセリフをできるだけ大声で男に向かって言うと、男は一瞬焦って言い訳しようとしたが、ナイフを見られたことに気がついて突撃してきた。しかし視力が完全には回復しておらず、足元の爺さん達につまずいて体勢を崩す。おれは男の顔が来る位置に膝を持って行って待機した。ほんの少し後に、男の顔面が俺の膝を直撃し、膝に衝撃が走るとともに、男から悲鳴ともうめき声とも言えない悲痛な叫び声が洩れる。
「がはっ」
男が鼻を押さえてうずくまるのを確認し、手から素早くナイフを奪って、自分の剣を抜いて男に向ける。時間にしてわずか数秒だが、男は制圧された。その頃になって難民の間から何事かと騒ぎが起こり、俺の後ろに建つ家をはじめ、広場の周囲の家から明かりが洩れる。壁にあけた穴に木の扉が付いた窓なので、枠と扉の隙間から光が漏れているのだ。あっという間に俺の周囲は明るくなり、男の姿もしっかりと見ることができた。レーダーによると、何件かの家から村人がこっちへ向かっている。
「お前は確か、騎士の従者だよな?」
鼻を押さえているので顔が隠れているが、服装から判断するに村に来た時俺ともめた従者の男だった。
「貴様ら! こんな夜中に何の騒ぎだ!」
騎士と村人達が広場にやってきて、騒いでいる難民達に怒鳴りつける。あっという間に広場は静かになり、従者の男が出すうめき声だけが広場に聞こえた。騎士が声に気がつき、剣を持った俺を見て自分の剣に手をかける。
「貴様、ゴルツに何をした!」
殺気がこもった低い声に爺さん達が震えあがるのが分かる。アリシアが俺のそばに寄ってきて、ミルがズボンをつかんできた。
「騎士様。この者が私を襲ってきましたので、応戦し無力化いたしました」
俺は剣を下ろし、騎士の方を向いて事実の一部を話した。あくまでも一部だが、嘘は言っていない。
「なんだと? ゴルツ、貴様何をしている」
「う・・・サムフェル様。こいつが、こいつが悪いのでございます!」
ゴルツというらしい従者の男は、騎士に問われ、鼻を押さえて泣きながら俺を指さして訴えている。そのあまりに情けない光景に、周囲の村人や難民からヒソヒソと声が聞こえだし、それに気がついた騎士が周囲をにらんで黙らせた。
「ここは目が多すぎる。お前達、ゴルツを連れてこい。貴様も一緒に来るのだ。他の者は速やかに眠れ!」
騎士は後ろに控えている他の従者らしい男達に命令し、俺についてくるように言って去っていく。難民達も村人達も騎士が去るとそれぞれ眠る為に行動し始めた。ヒソヒソと声は聞こえるが、ほとんどの難民は無関心を貫くようだ。ミルの頭を撫でて手を放してもらい、爺さん達に安心しろと言って、剣をしまってからついていく。ゴルツは両サイドから男達に支えられて運ばれていく。
「くそう。どうして、どうしてこんなことに・・・」
後ろに居るゴルツが、泣きながらそんなことを言っていた。騎士は村の中を進み、最も大きな家の中へ入って行く。俺もそこへ入り、後ろからゴルツが連れられてくる。室内には部屋がいくつかあり、一番奥の部屋に机と椅子が設置されていた。騎士用の臨時執務室ってとこだろうか? 机付きの椅子に騎士が座り、俺は向かい側の椅子に座ろうとしたが、従者に止められて椅子の横に立った。ゴルツは椅子を挟んだ反対側で、従者2人に両手を拘束されている。
「まったく。明日の朝詳しい事情を聴くつもりが、予定を早めることになろうとは、神は我に貴様と早く話すようお望みらしいな」
騎士はめんどくさそうにそう言うと、兜をとって机の上に置き、髪を整えてから俺の方をにらみつけた。
「それで? この者に貴様が襲われただと?」
「はい」
「その言葉、嘘偽りがないと誓うな?」
「誓います」
「・・・石は真実だと言っているか。ゴルツ、どういうことだ?」
やはり、今の質問は俺が嘘つきでないことを試すものだったらしい。騎士の視線を追うと、机の上に国境の町で見たのと似ている石が置いてあった。確か嘘をつくと嘘がバレるものだったはずだ。うつむいていたゴルツが顔をあげる。
「サムフェル様! ご、誤解でございます! 私がこの者を襲うなど、何かの間違いでございます。陰謀! そう、陰謀です!」
ゴルツは必死に訴えるが、先ほどの石が透明な色から赤い色に変化していく。同時に騎士の顔も怒りで真っ赤になる。
「貴様あ! 真実の石を前にしてなお愚かにも嘘を吐くとは何事か! 騎士である我に貴様は嘘を話すつもりなのか!」
「ひいい」
右のこぶしを机に叩きつけて怒鳴り散らす騎士に、ゴルツが悲鳴を上げる。騎士はゴルツから視線を俺へと向けて来た。
「非常に不愉快だがこの者の主張は信用できぬ。貴様が騒ぎのすべてを話せ。石の存在を忘れるでないぞ?」
石をチラッと見てから騎士は俺に事情説明を命令してきた。想像はついていた事なので、道中で考えた言い訳を話す。
「私が先ほどふと目覚めると、他の難民たちの方からうめき声が聞こえて来ました。不思議に思いましたので、寝床を抜け出して確認しようとしたのです。しかし真っ暗で何も見えず、料理用の点火道具を使って明かりをつけたところ、ナイフらしきものが光ったため賊だと思い大声をあげました」
嘘は言っていない。だいぶいろいろと端折っているが、全部真実だ。石も透明に戻り、騎士の顔が歪んでいく。
「それで? 続きを話せ・・・」
「声と光に反応した相手が襲い掛かってきましたが、途中に寝ていた私の仲間につまずいて体勢を崩し、転倒しそうになっていたため、無力化のチャンスと考えて膝を相手の顔が来る位置に突き出し、相手を無力化しました」
「・・・真実か。なんという事をしたのだ。貴様は我の従者なのだぞ? それが一介の難民を闇に紛れて襲うとは」
「申し訳ありません・・・」
ゴルツが観念したのか謝罪の言葉をボソボソと放つ。騎士は先ほどのように怒鳴ったりはしないが、困った顔をしていた。
「謝れば済む話ではない。此度の騒ぎで民衆を守る役目のある騎士の部下が民衆を襲ったという変えようのない事実ができてしまった。今後も増え続けるであろう難民への対処に不満のある村人達がこれ以上協力的でなくなると何かと都合が悪いのは貴様もわかっていたはずだ。それなのにこのような事を起こしておいて、ただで済むと思っているのか?」
「お、お許しくださいサムフェル様。どのような事でも致します。どうか、どうか命だけはお助けを」
「仮にも騎士の見習いである従者が命乞いなど恥を知れ! 貴様は我の顔に泥を塗ったのだ。死んで償うがいい!」
「そんな! どうか、どうかお助けください。サムフェル様!」
「黙らんか! このような無礼者今すぐ首をはねてしまえ!」
ゴルツの命乞いを怒鳴りつけ、騎士がゴルツに死刑宣告をする。ゴルツの動機とか、なぜ俺がうめき声程度で目覚めて確認しようとしたのかとか、細かい所は一切気にせずにゴルツの死刑を言い渡した騎士に若干引きつつ、事の成り行きを見守る。
「サムフェル様! どうか、どうかお助けください! 嫌だあああ、死にたくない! 助けてくれえええ!」
「お前! この無礼者の口をふさぎ、森へ連れて行って首をはねよ。お前達もついていけ」
「はい、サムフェル様」
なおも命乞いを続け、しまいには泣き叫びだしたゴルツに騎士が怒って指示を追加し、他の従者がゴルツの口を布でふさいでしゃべれなくする。両手を2人の従者につかまれて引きずられていくゴルツの後を追って、部屋に居た従者達が1人を残して全員出て行った。残った従者が扉を閉めると、騎士はどっかりと椅子にもたれてため息をつき、従者に飲み物を要求する。
「まったく、我が主も面倒な小僧をよこしたものだ。おかげで我があの者の家に死亡報告書を送らねばならんではないか」
「サムフェル様、この者がまだおります」
「そうだったな。貴様、名を何という」
「佐野勇介です」
第46話です。騎士の従者ゴルツ。たぶんこの小説で名前が出ていて死んだ珍しい登場人物です。逆恨みって怖いですよね。次回は騎士との会話から始まります。次回もお楽しみに




