第四十五話 難民が泊まる村
難民の待遇は悪い場合が多い。金銭的にも、精神的にも。
「お前らも難民か」
「そんなところだ」
「お前ら一体何人いるんだよ。次から次へと来やがって!」
男の八つ当たりにミルがビクッと震え、俺に抱き着く力が強くなる。
「そんなの俺が知るわけねえだろ。バカじゃねえのか? 難民なんだから全容を把握できるやつがいるわけねえだろうが。俺達に当たるんじゃねえよ! 長旅で疲れてんだからいい加減にしてほしいぜ」
イラッと来たので俺は正論をぶつけて男を挑発する。さすがに疲れがたまっているし、早く横になりたい。
「な、何だと貴様、この私をバカだと? 何様のつもりだ!」
「は? お前バカだろ。難民だってさっき答えたじゃねえか。もう忘れたのかよ」
「くそ、難民の分際で無礼な! この場で叩き斬ってくれる!」
俺の挑発に顔を真っ赤にした男は、腰に差した剣を抜く。王都で手に入れた騎士の剣と比べて短い気がするし、鎧も簡素だからこいつは従者かなんかなんだろう。右手にミルが抱き着いている状況で戦うのはまずい。従者だとしても、帝国に難民として入るのに帝国の人間とトラブっていいのだろうか? 疲れているからなのか、さっきまでイライラしていたのに、冷静に考えてみるとかなり軽率な行動をとってしまったことに気がついた。男は剣を高く掲げ、今にも振り下ろそうとしている。
「おい! 何をしている!」
男の後ろから大声が聞こえ、男の体が固まった。3人ほどの人が走ってくる足音が聞こえ、その音を男も聞いて剣をしまい、道を開けてお辞儀をする。この男にとって、声の主か走ってきた人は目上の人と言う事か。走ってきたのはさっきの騎士らしい男と、俺達とそんなに変わらない服装の男女だった。3人とも中年で、爺さん達よりは若いが、お兄さんとは呼べない年齢だと思う。
「何をしていた!」
騎士らしい男が、さっきの男に向かって怒鳴りつけている。この男は俺と同い年か、少し上ぐらいだ。たぶん旦那さんより若い。
「お、大きな声を出してしまい申し訳ありません。この者があまりにも無礼な態度をとりましたもので・・・」
男は急速に汗をかき始め、俺に見える横顔は焦っていることを物語っている。男の事情説明に対して、騎士らしい男がこちらを見て来た。中年男性なのに目が鋭く、怖くはないが威圧感がある。ミルの抱き着く力が強くなり、左袖をアリシアが引っ張った。
「貴様は何者だ?」
「王国から参りました。難民でございます」
「ほう。大所帯だな」
騎士らしい男は俺の返答を聞いて、両サイドのミルやアリシア、後ろに居る爺さん達を見回す。
「後ろに居る家族は道中で会った赤の他人でございます。魔物から襲われるリスク軽減と引き換えに、こちらから食料と宿代を提供する協力関係にありました」
「確かに固まる事はある一定までの強さを持つ魔物から身を守る手段として有効だ。だが、我の見立てではその協力関係は後ろの家族にとってメリットが多いだけで、貴様にはメリットが少ないように思うが、何か理由があるのか?」
騎士らしい男が俺を頭のてっぺんからつま先まで見て、爺さん達を見た後そう言った。確かに爺さん達は守ってもらい、食料をもらい、宿代をもらい、俺に守られてばかりだったのは事実だが、騎士らしい男にはそれが見抜かれているのだろうか?
「私は帝国や王国との国境越えに際して必要な情報をあまり持っておりませんでした。この家族から情報を得ることで、他の難民の存在や国境地域の状況など、私の知らない情報を知ることができます。これは大きなメリットでございます」
「ほう。情報の重要性を理解するとは、なかなか学のある難民だな。貴様は本当に難民なのか?」
騎士らしい男が感心したようにうなずいた後、核心を突いたかのような表情で俺に問いかける。横でお辞儀したまま動かない男がニヤリと笑い。突然大声で騎士らしい男に話し始めたときは、こいつ失敗したなとこちらが笑いそうになってしまった。
「サムフェル様! この者は物腰や準備が整いすぎております! きっとスパイに違いありません! 直ちにこの場で斬り捨・・・」
「貴様に発言する許可をいつ与えた。場をわきまえよ。従者の分際で勝手に発言するなど従者として失格だ。黙っておれ!」
「ひいぃ」
騎士らしい男が従者の方を向き、今までで一番大きな声で怒鳴った。これには奥で集まっていた人達も何事かと振り向いてくる。後ろで奥さんが息をのむ音が聞こえ、男の子が泣き出したのか旦那さんが小声であやしていた。
「次に我に対して無礼を働いたら、この者より先に貴様を処刑するのでそのつもりで居ろ」
「き、肝に銘じます・・・」
従者の男は深々と頭を下げて謝罪する。10秒ほど従者をにらみつけた後、騎士らしい男がこちらに向き直った。
「話の腰が折れてしまった。貴様に問いたい事はあるが、今日は休むがよい。村の治安悪化を防ぐ為、村へ来た難民は中央の広場へ集まるように言い渡している。寝泊りも食事もそこで行え。水などの補給は明日の朝許可する。以上だ」
「ありがとうございます」
一方的に説明すると、騎士は背を向けて去って行った。従者の男は一度こちらをにらんだが、これ以上問題を起こすのもまずいとわかったのか何も言わずに騎士の後をついて行った。残された俺達へ、騎士の後ろで控えていた男女が近寄ってくる。
「あんた、世間知らずだろ。従者様にあんな態度とっちゃいけねえよ」
「さっきのやり取り聞いていたのか?」
「全部は聞いてないさ。だけど、従者様の怒りっぷりを見ればやべえ事したのはまるわかりだあ」
「先に八つ当たりしてきたのはあいつだ」
「それは分かっているわ。私も少ししか聞いていないけど、身分の高いお方にあんな態度をとってはいけないわ。騎士様が従者様の大声に気がついてくださったからよかったけど、もし気がつかなかったらあなた斬られていたのよ。後ろに居るその子はあなたにとって大切な人なのでしょう? もっと気をつけなくちゃ」
男性が俺の態度を注意し、女性がなぜかミルを見ながらそれを肯定する。ミルの抱き着く力がさらに強くなり、アリシアも袖を引っ張ってきたので、一歩間違えば自分が死んでいたかもしれないという事実に少し反省した。あの従者が近づいて来た時、俺達を見た途端敵意感知レーダーに引っかかったことで警戒し、気が立ってしまったことは否めなかったからだ。
「そうだな。もっと気をつけなくちゃな」
そう言ってミルの頭を撫でてやる。抱き着く力が少し弱くなったが、左手をアリシアがつかんだままなので若干やりにくい。
「わかってくれたならいいわ。騎士様のご命令があるから今日はもう無理だけど、明日の朝謝りに行きましょう? 私達もついて行ってあげる。この村で難民であるあなた達の世話役を命じられたの。私達にできる事があったら何でも言ってちょうだいね」
「謝りに行くのはいまいち気が進まないが、そういうのは大事だよな」
「ええ。恨みが残っていると何かと不便よ。特に帝国は騎士様の地位が高いから、それに連なる従者様ももちろん・・・」
「おいおい。あんまりよそ者にペラペラ話すなよお。だからお前が世話役になるのは反対だったんだよお」
何か言いかけた女性の言葉を男性がさえぎる。女性は不愉快そうに抗議しているようだ。
「あら、失礼しちゃうわ」
「夫婦喧嘩はよそでやってくれよ。俺はまだ構わないが、小さい子供達は早く寝かしてやりてえんだ」
視界の端で奥さんの足にしがみついていた男の子が座り込んだのが見えたので、若干イライラが再発しつつ先を促した。
「ごめんなさいね。この人ったらいつも・・・」
「なんだよお。お前だっていつもいつも・・・」
「ごほん!」
「・・・」
なおも言い争いを続ける2人に、大きく咳払いをして、チラチラと男の子の方を見ながら待つ。左肩に重みを感じて見ると、アリシアが俺の肩に頭を寄りかからせていた。まだ寝てはいないが、コックリコックリした結果こうなったようだ。左手をつかむ力が弱まったのを確認し、左手を回してアリシアを支えてやる。さすがにアリシアを見て目の前の男女は口論を中断してくれた。
「わるかったよお。ついてきな、あんたらの寝場所へ案内してやる」
「助かる」
アリシアは完全に眠ったようだ。俺と男性がやり取りをしている間に体が完全に俺に寄り掛かる格好になったので、そのままお姫様抱っこのように抱える。ミルがアリシアの状態に気がついて抱き着いていた右手を解放してくれたのはとても助かった。
「悪いな。ミル」
「いえ、お、お疲れのようでしゅから」
「ミルにも重い荷物を任せちまっているからな。悪いな」
「と、とんでもないでしゅ」
ミルがぼんやりとアリシアを見るので詫びたら、両手を振って大丈夫だとアピールしてきた。まだ怖いのか足は震えている。
「あとでゆっくり休めるはずだ。もう少しだから頑張ってくれ」
「はい・・・」
「爺さん達も大丈夫か?」
ミルにエールを送り、さっきから静かにしている爺さん達の状態も問う。男の子も心配だし、爺さん達も疲れているはずだ。
「孫は眠ってしまったようじゃ。せがれに背負わせるから気にしなくても大丈夫じゃ」
「やっぱり寝ちまったのか。そりゃあれだけ移動すれば疲れるよな」
「この子にとっては生まれて初めての長旅だもの、仕方ないわ。まだ4歳だしね」
「かわいいなあ。お子さんかあ?」
「はい。私と妻の子です」
寝てしまった男の子を抱っこしながら旦那さんが男性に答えている。男性は俺達の準備が整ったことを確認すると、広場の端へと案内してくれた。民家の壁がすぐそばにある位置だ。広場の中心には寒さ対策なのか魔物除けなのか、キャンプファイヤー顔負けの大きな焚火があり、そこから温かい光が俺達の寝る場所を照らしている。火から距離があるため実際はあったかくないが。
「あんたらはここを使ってくれよお」
「わかった。ありがとう」
「私達はあそこに見える家に住んでいるから、何かあったら遠慮なく言ってちょうだいね」
そう言って女性が俺達とは焚火を挟んで広場の反対側にある家を指さした。立ち去ろうとする女性に早速質問をする。
「騎士が食事も寝泊りもここでしろって言っていたが、他人の家に近いここで勝手に煮炊きして大丈夫なのか?」
「料理して何か作るつもりなの?」
女性が少し驚いた表情をし、男性が頭をかきながら何か言いたそうな顔をする。
「旅の間はそうしてきたからな。前の村で水もたっぷり補給したし、材料もまだ残っている」
「できる事ならやめてほしいなあ」
俺が説明すると、男性がチラチラと焚火の方を見ながら小声で言ってきた。小声でも聞こえる位置にわざわざ近づいてだ。
「何か理由があるのか?」
俺も小声で聞き返す。一番近くに居る難民は眠っていたが、聞かれたくない話なのだろうか?
「あんたらがたぶん今日最後に来た難民だから知らねえだろうけどよお。ここへ来た難民のほとんどは飲まず食わずなんだあ」
「なるほどな。そんな連中のそばで同じ難民の俺達が料理なんて作って食ったら・・・」
「そういうこったあ」
俺は男性の言葉を聞いて理解する。つまり今俺の視界に映っている他の難民は、腹も減っているし喉も乾いていると言う事だ。そんな中何も知らない俺達がいつものように水をぜいたくに使って干し肉入りのスープなんか作り出したら、食べ物の臭いに誘われて集まった難民達に何をされるかわからない。数人は分けてあげればいいかもしれないが、さすがに広場に居る全員分は足りない。となれば取り合いが発生し、ケンカが殴り合いに、殴り合いが殺し合いになり、村の人や関係ない難民まで巻き込んで大騒動になるだろう。その巻き込まれる人の中にアリシアやミル、爺さん達が含まれない可能性は低い。食べ物の恨みは恐ろしいと言うし、被害者が大勢出るだろう。アリシアを守る目的で始まったこの旅で、アリシアが危険になるのはまずい。
「ごめんなさいね。あなた達は何も悪くないんだけど、難民の受け入れで村に居る他の人達はかなり怖がっているの。余計なもめ事や暴動が起きないように、この村に居る間だけでいいから、我慢してくれないかしら?」
「そうだな。俺達ももめ事はごめんだ。明日の朝には補給ができるんだよな? それまで待てばいいんだろ?」
「ええ。食料はあんまりあげられないけれど、村の井戸を解放して水は補給できるようにするから、それまで、ね?」
「いいさ。森の中で寝るよりは安全だし、その安全の代償だと思って我慢するよ。爺さん達もそれでいいか?」
俺も小声で女性に同意し、爺さん達にも一応確認しておく。勝手に決めるのは良くないからな。
「わしらは構わんよ。一番食べさせてやりたい孫も寝ておるしのう」
そう言って爺さんが旦那さんの膝枕で眠る男の子の頭を撫でる。俺達側で最も文句を言う可能性が高いアリシアも寝ているし、俺は女性に了承したことを伝え、中年の男女はお礼を言った後去って行った。食事をとらないなら寝る以外にやる事は無いため、家の壁側に荷物を置いて、盗まれないように荷物を囲む形で毛布を置く。荷物を中心に家の壁から見て180°の半円状になった形だ。0°の位置に奥さんと赤ちゃんが、60°くらいの位置に旦那さんと男の子が、120°くらいの位置に爺さんと婆さんが、180°の位置に俺達3人が毛布を敷いている。アリシアはミルのしっぽを嫌がるので俺が間に入り、ミルは他の難民を怖がったので壁側で寝かせる。ミルは俺がアリシアを寝かせて自分の毛布に入ったら、当然とばかりに俺の毛布に入ってきて抱き着いて来たので、疲れる仕事を頼んだ分、優しく頭を撫でてやる。人がたくさんいる近くで寝るのは奴隷商館以来で、その時の倍以上の人が同じ場所に居るため、ミルは怖かったようだ。ミルが俺の毛布に入ってきて誰も使わないミルの毛布は、一人で寒いはずのアリシアにかけてやる。片手で毛布をうまくかけるのはそれなりの技術を必要としたので何回か失敗したが、ミルが離れてくれなかったため結局成功するまでトライする羽目になった。頭を撫でているうちに寝息が聞こえ始め、ミルが寝たのを確認して俺もちゃんと横になる。
「おかあしゃ~ん・・・」
久しぶりにミルの寝言を聞いた気がするが、別にうなされていたりはしなかったので聞き流して目を閉じた。
第45話です。この小説を投稿した時、最初に書いてあったプロットの半分くらいまで来ました。まだ半分と見ていいのか、もう半分と焦るべきかはちょっと悩みどころです。書くのが遅い私はもう半分だと考えるべきなんでしょうかね。男の子の年齢初公開ですが、4歳っていう年齢はなんとなくです。小さい子であれば問題なく、無邪気に楽しめるほどで、かつ自力で歩いたり喋ったりできるのはこのくらいかなと思っただけで、特にモデルがいるわけでもありません。次回もお楽しみに




