第四十四話 村
子供は宝
「むぐう・・・」
「ん?」
翌朝、ミルのうめき声が聞こえたので目が覚めた。体を見ると当然のようにミルが抱き着いており、俺が抱き着き返した力が強すぎて苦しかったようだ。芋虫にうなされたせいだろうか? つらい思いをさせたお詫びに、できるだけ優しくミルの頭を撫でてやる。時々猫耳がピコピコと動いているが、周囲を警戒するような動きではなく、小さい子供が寝ている時にいきなりビクッと動くような、そんな感じの動きだ。ペタンとした耳を優しく撫でると、ミルの顔が苦しそうな物からとろけるような笑顔に変わってきたので、これで大丈夫だろう。あんまり見つめるのもよくないかと思って周囲を見回すと、すぐそばで寝ていたアリシアと目が合った。
「お、起きていたのか」
「別に動揺しなくてもいいんじゃないかしら? 抱き着き返していたのは今日が初めてじゃないもの」
びっくりした俺とは対照的にアリシアは淡々と告げてくる。確かにそうだが、アリシアの目が何か言いたそうだ。
「何か言いたそうな顔をしているぞ」
「そうね。ミルは本当にあなたを信頼しているんだって改めてわかったわ」
「どういう事だ?」
「獣人の、特に猫人とかは耳が敏感だから触られるのを嫌がるのよ。それこそ寝ていても飛び起きるぐらいね。でもあなたが触ってもそんな事は無いでしょう? それは家族でも難しいほどの事なのよ。あなたは特別って事なのかしら」
「ふ~ん。そう言えば初めの頃ミルの耳を触ったらいきなり声をあげられてビビったことがあったな」
「普通の獣人はそうよ。今のミルとあなたの状態が異常なのよ」
「まあ、普通は抱き着いて眠ったりしねえよな」
俺が同意すると、なぜかアリシアが一瞬目をそらした。
「そ、それもそうなんだけれど、ミルの場合はそうじゃないと眠れないみたいじゃない」
「なぜそこでアリシアが動揺するんだよ」
「あなたは寝ていたから知らないのかもしれないけれど、夜中にガサゴソと音がするのは結構怖いのよ?」
「ミルが俺の毛布に入った音か?」
「たぶんそうじゃないかしら? 焚火以外明かりがないのに、わざわざあなたの毛布で眠るために動くなんて普通じゃないわよ」
「猫人は夜目が利くんじゃねえのか?」
「奴隷商人もそう言っていたわね。でもそれをこんなことに使わなくても」
「それは否定しねえが・・・」
「ふふふ」
「朝から秘密のお話かい?」
アリシアと話していると、旦那さんと奥さんが話に入ってきた。そんな気配はなかったので若干驚く。
「いや、起きているならなんかしゃべれよ。いきなり話しかけてくるとかそれこそ怖えよ」
「ごめんなさいね。あんまり真剣に話し込んでいるようだったから」
「謝る事でもねえ気がするが、朝食食べてトイレ行ったら出発な」
奥さんの謝罪を適当に流し、さっさと朝食を作る。疲労で長時間眠っていたために昨日の夜は元気いっぱいだった男の子は、夜更かししたせいで夜の暗闇が怖かったのか奥さんにピッタリとくっついている。俺は朝食にスープを作ると、みんなが食べている間に近くの茂みへ行って簡易野外トイレを作った。この世界に来る前はトイレを作るところから始める生活なんて想像もしていなかったが、魔物が寄ってくるのでその辺に放置するわけにもいかず、こうして後始末ができるトイレの制作が必要だ。トイレの制作を終えて戻り、食べ終わった人からトイレに行かせる。ミルはアリシアが、男の子は奥さんが付き添って連れて行った。その間に毛布をしまうなど支度をする俺の横で、旦那さんが赤ちゃんのおしめを変えている。奥さん曰くおむつという物はないそうで、ボロ布をおむつのように使い捨てて交換するか、水が豊富に使えるなら洗って使いまわすらしい。さすがに排水用の水までは余裕がないので、今回の旅では使い捨てる方式をとっているんだとか。奥さんの持つカバンには布の塊が入っており、個々は古い服やズボンの切れ端だったが、量は結構あった。このぐらい持っておかないと帝国で金欠になった時におしめが変えられなくて不潔になり、赤ちゃんが病気になるだろうと心配した近所の人達にもらったらしい。中には下着っぽい物や鉢巻っぽいものも混じっていたが、布なら何でも使えるそうなので問題はないようだ。トイレに全員が行った事を確認し、変えたおしめも一緒に埋めてトイレの痕跡を消す。荷物を持って出発しようとしたら、当然のようにミルが一番大きなカバンをかっさらって行った。
「ミル?」
「はい?」
「俺が持つよ」
「大丈夫でしゅ!」
「いやでも・・・」
「大丈夫でしゅ!」
「・・・」
妙にやる気満々のミルに気圧され、俺は他のカバンと銃を背負い、剣を腰に差す。弾薬鞄はベルトに付くポーチのようにもなる小型の物だし、他は肩掛けカバンなので左右の肩にタスキ掛けだ。さながら旧軍の兵士のようだとチラッと思ったが、そんな事を話しても意味がないのでしばらくしたら忘れた。ちなみに、ミルがもともと背負っていたリュックは俺が背負っている。これに関してもミルが当然のように持とうとしたのだが、大きな荷物を運ぶのに両手がふさがるのは良くないと説得して俺が持つことになった。山を下りる時のように男の子を背負う必要が今はないことも理由だ。アリシアに形見が入ったカバンを持たせる手もあったが、アリシアは連日の長距離徒歩移動で疲れ切っている感じなので負担になるような事はあんまりやらせないようにしている。爺さん達もそれぞれ荷物を持っているし、帝国の町か村に入ったらそこで別れるつもりなので、荷物を預かったり預けたりもできない。太陽が真上を少し過ぎるころ、森の一部が開けて町の物と思われる壁が見えた。城壁というような高くて頑丈そうなものではなく、家の塀が高くなったような印象を受ける貧弱そうな壁だ。道なりに進んだ先に木製の門があり、騎士ではなさそうだが槍を持った人が町へ入る人と何か話していた。数分話した後、許可が下りて町に入れてもらえるようだ。今入って行った4人組は、たぶん昨日グール達の処理を手伝ってくれた男達だろう。俺達には気がついていなかったようだが、たぶん間違いない。
「お前らも王国の難民か?」
「そんなところだ」
「難民にしては身なりがいいようだが、嘘じゃないだろうな?」
「ここで嘘をついて何の得があるんだよ。町に入れなかったら困るのは俺らだぞ?」
「確かにそうだな。疑って悪かった。彼らもお前達の連れか?」
「ああ。山越えの前から一緒だ」
「そうか。お前らも難民か」
「はい。私達は王国の自由都市より参りました」
「そうか、長旅だな。ここは宿と酒場くらいしかない小さな村だ。国境越えの街道で国境に一番近いので難民であふれかえっているから、帝都や周辺の町から警備兵や衛兵、騎士団などがいろいろ来ている。俺達の食料がなくなるから、体力に問題がないならできるだけ早く別の町へ移動してくれ。病人やけが人が多くて健常者まで面倒みられんのだ」
「そうなのか。あんたらも大変だな」
「同情しろとは言わない。難民であるお前達の方が今つらいのはわかっているつもりだからな。だけど俺らも全員が聖者じゃないから、無償で食料を配ったりはできない。皇帝陛下のご命令でケガ人の手当てや病人の治療場所を提供はしているが、小さな村には多すぎるほど今は人がいるんだ。後から後から来る難民と徐々に増える衛兵達に村の食料がどんどん食い尽くされていて困っているし、変な奴らがいるから下手に子供を外に出せない。この間なんて村の娘が襲われそうになって村中大騒ぎになったばかりだ。みんなピリピリしているから、できるだけ早く移動しろよ。そのうち暴動が起きそうだからな」
「なぜそこまでいろいろと教えてくださるのですか?」
門番にしては異常に親切? な態度を不思議に思ってアリシアが尋ねた。ミルは怖がって俺の後ろへ隠れている。
「なに。同じ親としては、小さい子供達が安全な方がいいと思うからさ。うちの息子も同じくらいだ。親近感がわくよ」
そう言って門番は男の子の頭を撫でる。男の子はニコニコしているし、奥さん達も笑顔になっている。
「そうなのですか。ご忠告ありがとうございます」
「ありがとうございます」
アリシアが納得し、爺さん達がそろって頭を下げる。男の子はニコニコ笑顔でお礼を言っていたので、門番の顔が緩んでいた。
「子供は宝だ。死なせるんじゃないぞ」
「はい。きっと大切にします」
「お前達も、死ぬなよ」
「ああ。頑張って生きるさ」
なぜか戦時のような言葉をかけてくる門番と握手を交わし、村に入った。外から見て町だと思ったのだが、入ってみると意外と小さかった。今入ってきた門のところから反対側の門が見えている。そこら中に人がおり、様々な服装の人があちこちで動き回っていた。壁際に布を敷いただけの簡易寝台で寝転がり、頭に袋を載せている人や手足に包帯を巻いた人など、ケガ人や病人が確かに多い感じだ。道中の魔物によるものか、あるいは盗賊でもいたのか。俺達は出会わなかったが、麻痺毒を使う魔物がいるはずだし、前者の可能性が高いのだろう。入り口で詰まっていても意味がないので村の中へと入り、通りかかった人に宿屋がないか聞いてみたが、門番が言うように増える難民と対処する衛兵達で宿屋はパンクしているらしく、どこにも泊まれないとのことだった。体が無事な者や病人などの連れでない者は、皇帝陛下の命令で近くにある別の町や村へ速やかに移動するようにと言い渡されているらしく、門番が言っていた事情で食料補給もろくにできないまま出ていく人が多いらしい。水は補給できるとのことだったので村のそばを流れる川へ行って、持っている水入れすべてに満杯まで水を汲み、村にある唯一の商店で衛兵達が補給物資として運んできたらしい携帯食料を少し買って村を後にした。携帯食料はとにかく安さと保存性が売りだと店に居た若い男性が言っていたが、なんだか臭いがきつい気がするのでできれば食べたくない。爺さん達を含めても10日食べられる分は買い込んだはずだが、それでも1ヘイルしかかからなかった。まだ王国で買った食料が残っているし、水も補給できたから大丈夫だろう。村に入った門とは反対側の門を見張っていた門番の人によると、今から出れば日が暮れる前にここから一番近い村にたどり着けるそうで、今日村にたどり着いた正常な人達はその村にみんな向かったとのことだった。門番にお礼を言って道なりに街道を進む。ミルは人込みから離れたので安心し、俺から離れてくれた。村を歩く間中ずっと右手に抱き着いていたので、すれ違う人や宿屋の状況を聞いた人などからかなり変な目で見られてしまっている。傭兵風の一団が横を通った時などはミルの体が震えだしたので、彼らが舌打ちするのを聞きながら頭を撫で続ける羽目になった。彼らから見れば完全にいちゃついているように見えた事だろう。ミルの言葉もそうだが、怖がりな癖も何とか克服させてやらないといけない。日が傾いて夕方になった頃に木の粗末な柵に覆われた村が見えて来た。まさに村といった感じで、木造の小さな家が不規則に立っている。
「やっと着いたのね。もうクタクタだわ。早く眠れないかしら」
「とりあえず宿を探すか」
「おなかすいたー」
「もう少し待っていてね」
「はーい」
男の子の頭を軽く撫でながら奥さんが言う。村を覆う柵の切れ目に丸太で作った鳥居のような門があり、そこに設置された椅子に人が座っている。前の村と似たような服装だから、おそらく門番だろう。居眠りしているらしく、いびきが結構うるさい。
「おい、ちょっと聞いていいか?」
「んあ? 誰だお前」
「向こうの村から来たんだ。宿が空いているか知らないか?」
「そんなもん俺が知るかよ。お前ら難民か」
「そんなところだ」
「めんどくせえな。皇帝陛下の命令とかで村中難民でいっぱいだ。もともと何にもねえ村だから宿屋も1件だけ、そこはもう満室だから、お前らは外で寝てくれ。村人の家に入るなよ? こそ泥対策だから悪く思うんじゃねえぞ?」
「そういう事か。分かった。ありがとう」
いかにもやる気のなさそうな門番に一応礼を告げて村の中に入る。門の近くは人がまばらだったが、村の中心らしい広場には多くの人が集まっており、騎士らしい男が何かを持って指示を出していた。俺達の姿に気がついた騎士の近くに居る男がこちらへ走り寄ってくる。ミルが当然とばかりに俺に抱き着き、爺さんがニヤニヤしてアリシアが呆れた顔をする。前の村と同じだ。
第44話です。帝国の第一村人発見! 意外といい人でしたね(失礼)
たくさんの人が着の身着のままで隣の国へ逃げたら、近い町や村はこうなるだろうという想像からできたのが1つ目の村で見た状況です。現実世界で健常者を他の村へ追い出すことはないと思いますが、病院とその周辺に体調不良者やケガ人があふれる光景は被災地なんかで見られる光景に思います。話の最後に到着した2つ目の村はどんな村でしょうか、次回もお楽しみに




