第四十二話 後処理の大変さ
トラブルで最も大変なのは、後処理。
「ぐすっ、ご無事で、よくぞご無事で・・・ひぐっ」
「心配させたな。別にケガとかはしてねえから安心しろ。守るって約束したもんな」
「はい、はい・・・ぐすっ」
「大丈夫かい?」
「ああ。ちょっと気持ち悪いが、吐いたからすっきりしたぜ」
「そ、そうなんだ・・・。しかし君がこんなに強いなんて思わなかったよ。家族を救ってくれてありがとう」
「ケガとかはしてないの?」
「返り血? かなんか浴びて手が汚れているだけだ。特にケガはしてねえよ」
「すごいわね。魔物相手に1人で戦って勝てるなんて」
奥さん達が口々にほめてくるが、今は喜ぶ気になれそうにない。そもそもあれは魔物なのだろうか?
「魔物なのか? あれ」
「たぶんグールなんじゃないかしら。人や動物の死体が腐ってできる魔物よ」
「どうりで臭いわけだ」
「どうするの? このままここに放置していったらダメなんじゃないかしら?」
「どうするったって、あんなの触りたくねえしなあ」
アリシアの指摘に後ろを振り返るが、5体の死体はすごい臭いを放っており、さらにグールから出たでかい芋虫が襲われた2人の方に向かって這って行っていた。到達した奴らは腹のあたりでモゾモゾと動いている。何が行われているかは正直想像したくないが、このまま放置するのは確かにまずい気がする。グールがアリシアの言うように死体から生まれる魔物なら、さっき殺された2人もそのうちグールになる可能性があると言う事だ。宿屋にはたくさんの人がいたから、これからどんどん下りてくるだろう。そんな道に死体を放置はできない。仮にグールにならなくても、虫に群がられている2人の遺体は哀れだったので、調理の時に使う点火器具で近くにあった枯れ枝に火をつけ、一番近いグールの死体から順番に火をつけて回った。虫に群がられているので触りたくないから、死亡時に行われる物の引継ぎも無しだ。装備を気にせず、遺体すべてに火をつけていく。5体全部に火をつけて燃え広がるのを確認した後、周囲を探して切り落とした腕を見つけて、それにも火をつけた。遺体に火がついたことで、遺体に移動中だった芋虫どもが遺体とは別の方向、崖側に向かいだしたので、拾った木の枝で見つかる限り全部つぶしておく。ペットボトルくらいでかい芋虫をつぶすのは気持ち悪いことこの上なかったが、火を近づけても逃げるばかりで、森に入ってしまっている奴は下手に燃やすと山火事になったりするかもしれないという考えからつぶす方法を選んだ。木の枝で叩いても弾力があって跳ね返るばかりだったので、最終的には剣で突き刺して殺していく。中身が出てきて剣に体液がまとわりついて来たのでまたしても吐き気に襲われ、森の中でこっそりと吐いた。森の中で殺した芋虫の死骸には周囲の土をかけて雑に埋め、他に芋虫の生き残りがいないか、あるいは遺体の一部が残っていないか探す。結局3時間ほど使って全部の作業を終わらせた頃、レーダーの端に道をこちらへ向かう光点が4つ映った。遺体の火はもう消えかかっているが、まだ煙が立ち上っている。光点が敵意感知レーダーの範囲に入っても反応しなかったので、警戒態勢を解いた。俺が作業をしている間、ミル達には作業が見えないように丘の反対側で待っていてもらっている。ミルは俺が視界から消えることにかなりの不安を覚えて俺に抱き着いた状態から離れようとしなかったが、アリシアがまた耳元で何かをささやいたらあっさりと離れて行ったので、大丈夫だと声をかけて以降作業が終わるまでしゃべっていない。遺体のそばに近寄ってちゃんと燃えたか確認していると、ミル達とは反対側、崖側の道からレーダーに映っていた4人が現れる。襲われた2人と同じように男性ばかりのグループで、みんな剣を下げているが服装は俺達とあんまり変わらず、前を歩く2人は俺と同じ革鎧を身に着けていた。先頭を歩く男が俺に気がつき、次いで足元にあるものを見て硬直している。ショウブみたいな葉の長い草で剣に付いた芋虫とグールの体液はふき取ってあるので、今は剣をしまい、銃も肩に担いでいるが、足元の黒い塊が何であるかは想像できたらしく、男達が警戒しているのが分かる。俺は手を振って敵ではないとアピールした。
「警戒する必要ねえよ。魔物に襲われたんだ」
男達はしばし固まったまま俺をにらんだ後、首だけを動かして何やら相談し、剣に触っていた手を放して近寄ってきた。
「それは災難だったな。何人やられた?」
「俺達は誰も死んじゃいねえが、あとから来た2人組が襲われたらしい。結果は見ての通りだ」
「死体は5つあるように見えるが?」
「グール? らしいぜ。3体いた」
「なるほどな。あんたが火魔法で倒したのか?」
「いや、剣とかで普通に戦ったよ」
「ほう。グール3体相手に1人で勝てるとは、兄ちゃん強ええんだな」
「運が良かっただけさ。実際にこの2人は救えなかったわけだしな」
「仲間以外の生死なんざいちいち気にかけんな。この国じゃそんなの気にしていたらやってけねえよ」
「ありがとな。気休めにはなったよ」
事情を聞いて一瞬悲しそうな顔をした男に一応お礼を言っておく。別の男は遺体に近寄って覗き込んだりしていた。
「所持品は剥いだのか?」
「あんまりにも状態がひどかったし、臭いがきつかったからろくにいじらずに火葬したよ」
「そうか。もったいねえ気もするが、グールに襲われたんじゃ仕方ねえよな」
「火葬したはいいんだけどよ。遺体をここに放置していいもんか迷ってんだ。なんか知らねえか?」
「別に死体なんざ、道端に置き去りでいいんじゃねえか?」
「王国では魔物が寄ってくるから埋めろって言われたんだけどよ。さすがに・・・な?」
「まあ、言いてえことはわかるが・・・」
火葬して異臭が和らいだとはいえ、黒焦げの遺体に触れるのはできれば遠慮したいという俺の気持ちは男にも伝わったらしい。
「じゃあ、一つ取引しねえか?」
「取引?」
「兄ちゃん達も王国から来たって事はあの宿に泊まったんだろ? 俺らもそうだったんだが、宿の持ち主だって野郎に有り金全部奪われちまってな。今一文無しで困ってんだ。そこでだ。俺達が死体を処理してやるから、金か食い物をくれねえか?」
「処理って、どうすんだよ。道のわきに運んでポイ捨とかてじゃ納得できねえぞ?」
「金をもらっといてそんな事はしねえよ。ちゃんと穴掘って埋めてやるさ」
「グールの分もか?」
「魔物も埋めなきゃいけねえのか?」
「グールは死体が元になる魔物らしいからな。死んだ今、これはただの人間の死体だろ」
「・・・それもそうか。よし、俺らもいい加減一文無しは御免だ。5体全部しっかり埋めてやる。これでどうだ?」
「お、おい、そんな勝手に・・・」
「俺嫌だぜ? 死体なんて触りたくねえよ」
男が持ちかけて来た取引に、他の仲間が不満を言い出している。男が仲間と言い合っている間に話し声を聞きつけたミル達が合流してきた。いきなり人数が増えた事で男達は最初動揺したが、俺の関係者だとわかるとまた話し合いを再開する。
「どうしたのかしら?」
「あのおっさん達が遺体を埋めてやるから代わりに金か食い物がほしいんだってさ」
「なぜそんな話に?」
「俺が触りたくないと態度で示したから・・・かな」
「まあ、その理由は分かるけど、どうして彼らなんだい?」
「あいつらが言い出したんだよ。なんでもあの宿に泊まるために全財産使い果たしたらしい」
「信用できるの?」
「わからん。今会ったばかりだしな。どう思う?」
「できるならお父様からいただいた大切なお金をこんな事に使いたくないわ」
アリシア達に事情を説明して意見を問うと、間髪入れずにアリシアが反論してくる。ミルは男達を怖がっており、俺の体に隠れていた。奥さんや旦那さんは俺が遺体に触りたくない気持ちは分かるらしく思案顔だ。爺さん達は成り行きを見守るつもりなのか?
「よお、こっちは話がまとまったぜ? 取引するか?」
向こうは話が終わったらしく、さっきの男が聞いてくる。
「報酬は後払いで、金と食料ならどっちがほしい?」
「先にはくれねえのか」
「詐欺防止のためだ」
「・・・俺達が埋めている間に逃げたりしないだろうな?」
「こんな爺さんや子供まで混ざっている集団にあんたらが追い付けないわけねえだろ。そんな無駄なことしねえよ」
「欲を言えば金と食料どっちもほしい所だが・・・」
「じゃあ、金も食料もやろう。ただし量はあまり多くないぞ? それでいいか?」
「どれくらいもらえるんだ?」
「うーん。どのくらいが妥当だと思う?」
量を聞かれたので爺さん達の方を向いて話を振ってみる。
「乾燥野菜を少しと干し肉のかけらを2つくらいでいいんじゃないかしら? お金は20フルもあればいいと思うわ」
「さすがに少なすぎやしねえか? お嬢さん?」
「あんまり高望みすると報酬がもらえなくなるわよ?」
「ぐぬう・・・」
男の反論はアリシアの正論に簡単に論破されてしまったようだ。さすがにかわいそうに思ったので、妥協案を提示してやる。
「じゃあ、人数分の干し肉のかけらと30フル、これでどうだ?」
「帝国へ行くんだから帝国の通貨でくれねえか?」
「王国の通貨は帝国じゃ使えねえのか?」
「使えねえことはねえんだが、レートがぐちゃぐちゃで使いにくいんだよ」
「帝国通貨だといくらぐらいが普通なんだろうか」
「やはりやめたほ・・・」
「平民が1日働いて10ヘイルが普通ってところだ。俺達は1日働くわけじゃねえが、作業が作業だし、な?」
普通の人が1日働いて10ヘイルか。4フルあったら安宿に泊まれることから考えると高い気もするが、時間はそんなにかからないだろう。かと言って嫌な作業をやって安い賃金なのも問題がある。
「じゃあさっき言った干し肉と1人3ヘイルでどうだ?」
「割に合わねえよ。もう少し何とかならねえか?」
「1人4ヘイル」
「うーん。頼むぜ! 俺ら本当に一文無しなんだって」
「じゃあ人数分の干し肉と5ヘイル。これ以上出すとこっちが割に合わない気がする」
「・・・まあ、変に粘るのもよくねえか。いいぜ。それで取引成立だ。作業が終わるまで逃げるなよ?」
「ああ、約束しよう」
適当に数字を言ったら却下されたので、妥協したら泣き落としされた。あんまりホイホイ条件をあげるのも問題があるので次で最後だと通告したら相手も納得してくれたようだ。後々計算したら2人の人間が1日働いた分の賃金を払った計算になったのでいい取引だったのか微妙だった。4人だから安いと考えるべきなのか、アリシアの顔から判断するに払い過ぎか。
「よし、決まったらさっさと終わらすぞ。お前らも早く手伝え」
「チッ、なんでこんな事・・・」
「わかったよ。肉が食えるなら頑張るさ」
「後で覚えていろよ」
最後の男は取引を言い出した男をにらみつけながら作業に入っていった。爺さん達には逃げないという意思表示のために丘の少し先で引き続き休憩してもらい、俺とミル、アリシアだけが残って作業を監視していた。
「甘すぎるわよ。こんな人達に干し肉を渡したら私達の分がなくなってしまうわ」
「アリシアだって最初は干し肉を提案していたじゃねえか」
「少し肉をちらつかせておけばやる気が出ると思ったからよ。庶民にとって肉は貴重な物のようだし。それなのにちらつかせるどころか差し出しちゃうなんて、何を考えているのかしら」
「いいじゃねえか。干し肉4つと少しの金で遺体が埋葬されて道も安全になるんだからさ。帰る時もここを通るんだぜ?」
「・・・お金を使い過ぎよ」
「そういえばカバンから甘い匂いのするものがあったよなあ? あれも金かかっているし、貴重なんだからお預けでいいよな?」
「ま、待ちなさい。言い過ぎたわ。ええ。あの人達は私達に代わって仕事をしてくれるんだもの。感謝しなければいけないわね」
アリシアが拗ねたのでお菓子の話を持ち出したら、途端に大慌てでおっさん達を擁護し始めた。年相応でいいと思うが、何か複雑だ。しばらくミルやアリシアと並んで作業を見ていたのだが、おっさん達は穴掘り用の道具を誰も持っていない関係で穴掘り作業が延々として進まず、こんなところで日が暮れるのも困るので、アリシアを爺さん達のところに向かわせて俺は結局手伝いをすることにした。荷物からスコップっぽいものを持ってきておっさん達に近づいた時は疑うような視線を向けられたが、持っている物が何かわかったようだ。わざわざ取引までしたのにとも思うが、魔物が襲ってきた地点で野宿をするのは怖い。それに、この辺りはグールのせいで遺体の臭いが充満しており、ミルがつらいだろうからできるだけ長居はしたくなかった。
第42話です。幸いにして筆者は実際に焼死体を見た事はありません。あってもテレビの中の話です。遺体を処理するにあたって、ユウスケ達では荷が重いと思っていたから登場した4人組です(笑)
あの山の上にあった宿で、通常の客は身ぐるみはがされた状態になっているという描写でもあります。命があるから思える話かもしれませんが、一文無しで他国へ渡るのは、現代では難しい行為ですよね。全くないかというとそんなことはないようですが・・・。 後処理は次回で終わります。帝国の街、着くのはいつやら・・・




