第四十話 降りるまでが登山
家に帰るまでが遠足、そう教わったのは、遥か昔
「さっさと通ってくれよ。俺達は疲れてんだ」
「わりいな。結構大所帯なもんでね」
まさか開口一番に癪に障る言葉を言われるとは思わなかったが、男性2人のおかげでこの場所の意味が理解できた。ようはある種の踊り場だ。降りる人と登る人が、この狭い道ですれ違えるように作られているのだろう。その後も何段かごとに似たようなえぐれた場所があり、たまに人がいて待ってくれている。こういうのは登りが優先なんじゃないかとも思ったが、俺達の人数だと途中で止まってもやり過ごせない事にすぐに気がついたので、他の団体が待ってくれる理由が理解できた。すれ違う団体も2人以上、大変な時で4人の団体とすれ違ったが、俺達よりは少ない団体ばかりだったので今のところ問題は起きていない。若い男性のみの団体が最も多く、夫婦か恋人っぽい男女のペアや、親子などともすれ違った。かなり下りたかなと考え始めたころ、道の先に台地らしきものが見えたので、少し足取りが軽くなる。宿屋があった場所と比べたらないに等しいものだが、今まで通ってきたすれ違い場所と比べると3倍近く大きい。岩壁側にえぐれると同時に崖側にも突き出ており、完全な踊り場だ。今まで下りて来た道はここで180°方向転換し、逆方向へと下りて行っている。マンションの階段がそうであるように、折り返し地点に広い踊り場があるようだ。端っこに身を寄せ合って少し休憩する。
「年寄りにはつらい坂じゃのう」
「フォッフォッフォッ。爺さんも歳を気にするようになったのかえ」
「少し休憩したらまた出発な。見張りはやっておくから、ゆっくり休んどいてくれよ。ミル、アリシア、大丈夫か?」
「はい・・・」
「まだ大丈夫だと思うわ。私はいいのよ。あの子は大丈夫かしら?」
そう言ってアリシアは男の子を見る。男の子は疲れ切ったようで眠っていた。半分くらい道を下りて来た頃、後ろで物音がしたので何があったか尋ねたら、男の子がぐずったので旦那さんがだっこしたと報告が返ってきた。旦那さんを見ると男の子を抱っこしたまま降りて来たせいで疲れた顔をしている。奥さんも疲れた顔をしているが、見比べると旦那さんの方が疲労度は高そうだ。
「次下りる時は俺がその子を連れて行くから、後ろの安全は任せたぞ?」
俺が男の子をおんぶして下りると言ったら、旦那さんが止めようと口を開く。しかし息が上がっているせいでうまく話せていない。
「いや、そんな、ゴホッ、そんなことまで、君に頼むわけには、ぜえ・・・」
「小さい男の子なら俺でもなんとかなるが、息が上がって動けない大人はさすがに担いで下りられねえよ。子供の事は任せろ」
「ぐぬう・・・」
「ごめんなさいね。あの場所で合流してから、あなたにばかり余計な負担をお願いしてしまって」
「あんまりここに長居するのもよくねえし、かと言って寝ているのを無理やり起こして歩かせるわけにもいかねえし、親は慣れない旅の疲労でフラフラ、だったら俺が運ぶしかねえだろ。別にいいさ。体力作りの一環だとでも思えばいいって」
「ありがとう。やっぱりあなたは優しい人なのね」
「わしの孫を頼むぞ?」
「ああ」
爺さんに念を押されたのでしっかりとうなずいてやる。話が決まったあと、俺に抱き着いているミルの方を見た。崖が怖いのかここに着いてから今まで以上に俺から離れなくなっている。頭を撫でながら、できるだけ優しい声で頼みごとをした。
「ミル。あの子を運んでこの後下りるんだが、あの荷物を背負ってだと正直自信がない。ミルにも荷物運びを手伝ってもらえねえかな? 全部運ぶ必要はねえが、そうだなあ・・・。銃だけでも持ってくれねえかな。我ながら情けない頼みですまん」
「ふぇ? わ、私がでしゅか? うぅ・・・」
うつむいていたミルが顔をあげ、俺の方を見て来た。俺はうなずいて意思表示をする。
「ああ。まさかアリシアに持たせるわけにはいかねえし、爺さん達はもっと論外だ。すまないが頼まれてくれねえか?」
そう言った瞬間。高速再生のように急速にミルが笑顔になり、ものすごい勢いで俺に迫ってきた。
「はい! はいはいはい! やりましゅ! やりましゅ!」
あまりの剣幕に思わず後ずさりしようとするが、ミルはもともと俺に抱き着いているため、距離は全く離れなかった。
「お、おう・・・。ありがとう。ミル」
「はい!」
ミルは大きく返事をするとニコニコ笑顔で鼻歌を歌いだした。そのあまりの変わりようにアリシアがこちらを見てくる。
「な、何よ。急に大声出して。どうしたのかしら?」
「大丈夫? 何かあったの?」
「いや、何でもねえよ。こっちの話だ」
適当にごまかし、出発の合図をして荷物を手に取ろうとすると、俺の荷物である一番でかいカバンがさっと目の前からかっさらわれ、ミルがさっさと背負う。まるで風船を持っているかのようにまったく重量を感じさせない。獣人おそるべし。
「ミ、ミル? 大丈夫なのか?」
「はい! お任せくだしゃい!」
満面の笑顔でニコニコと俺の顔を見てくるミルに若干驚きつつ、ミルが背負ってきた小さい方のカバンを前に持ち、カバンからロープと毛布を取り出す。男の子の下に毛布を敷き、毛布を持ち上げて男の子を背中に近づける。手が出ないように注意しつつ旦那さんに押さえてもらい、ロープを足の下などに通して固定した。即席のおんぶ紐だ。ゆっくりと立ち上がり、少し動いて男の子がつらくないか確認をする。お尻が落ち込みそうだと言う事でロープを追加し、もう一度確認してうまくいった。銃を肩にかけ、もう一つのカバンを持つ。このカバンもミルが持とうとしたが、これにはアリシアから預かっている大切な物が入っているのでやめさせた。ミルがあまりにも不安そうな顔をするので、もともとミルが持っていたカバンの方を渡してやると、また笑顔に戻ってくれる。
「じゃあ、下りるぞ?」
「はい!」
その後、ゆっくりとまた斜面を下りていく。やはりところどころ壁側にえぐれた場所があり、たまに人が待っていた。時々ミルに頼んで男の子の足に変な負荷がないか、冷たくなっていないかを確認してもらったが異常はなさそうだ。重量的にはカバンより重かったが、身体強化アシストを使用すれば疲れる事は無かった。空を見上げると太陽が真上に来ており、そろそろ昼時であると教えてくれたが、道の途中なので止まることなく下り続ける。若干日が真上から傾き始めた頃、ようやくこの坂道の終わりが見えてきた。雪はとっくに溶けており、少しぬかるんだ地面に代わっている。坂を下りると崖とほぼ直角に道が伸びており、森の中へと続いている。ここを下りる前に見た遺体が落とされたであろう場所は、下りる途中でそこだろうと思われる地点を通り過ぎたはずだ。今いる位置は、遺体が落とされた地点を中心に見た時、休憩した台地の反対側になる。山の斜面に沿って少し曲がりくねっているので直線ではないが、遺体が落とされた地点からも離れているはずだ。なぜ遺体が落とされた地点が分かったかというと、下りる途中で道端に何かが落ちている地点があったからである。まだ遠かったので何かは分からなかったが、反対側から登って来ていた男性2人組が、嫌そうな顔をして鼻を抑え、崖にけり落としていた。たぶん遺体の一部が道に引っかかっていたんだろう。俺達に気がついて少し下りたところのすれ違い地点に戻ってくれた男性達とすれ違った時、男性達が気持ち悪そうだったのでそう思ったのだ。後ろでミルが俺に近づいた気配がしたので、人間にはわからないが嫌な臭いがしていたのかもしれない。
「ふう。やっと広くて緩やかな道だな。みんな大丈夫か?」
「はい・・・」
「そろそろ休憩したいわね」
「年寄りにはつらいのう」
「フォッフォッフォッ。まだ大丈夫じゃ」
「私も休憩したいわ」
「ありがとう。君のおかげで無事に山越えができたよ」
「ミル、大丈夫か?」
「はい・・・うぐぅ・・・」
ミルの元気がないので再度尋ねると。鼻を抑えている。さっきの場所がよほどひどかったのかと心配して近寄ったら、チラチラと遺体が落とされた地点の方向を見ていた。やはり臭うのだろうか。
「嫌な臭いがするか?」
「はい・・・気持ち悪いでしゅ」
「わかった。休憩はもう少し先に進んでからにしよう。ミルが辛そうだ」
「ええ、わかったわ」
「仕方ないのう」
「あ、いえ、その、あの・・・」
「嫌な臭いのする場所にずっといるのは苦痛だろ。早く移動しようぜ」
「はい・・・」
ミルの頭を撫でて、カバンから包帯として買った布を出し、水を含ませてミルに渡してやる。火事の時にするものだが、効果があるだろうか? 煙を吸い込まない方法が臭いにどれほど効果があるかわからないが、気休めにはなるだろう。
「ふぇ?」
「これを鼻に押し付けとけよ。多少は臭いが軽減されるかもしれないぞ」
「はい。ありがとうございましゅ・・・」
ミルは鼻から手を放し、布を受け取って鼻に押し当てた。押し当てたはいいが、両手がふさがってしまってこれでは歩きにくいか。
「ちょっと貸せ」
「ふぇ? な、何を!?」
「どうしたの?」
びっくりして後ずさろうとするミルを捕まえて、包帯を鼻が隠れる位置で鉢巻のように結んでやる。盗賊がする口元を覆った覆面みたいになってしまったが、これで両手が使えるだろう。ミルにきつくないか確認し、手を放して落ちないか確認する。
「これで手が使えるだろ。何があるかわからねえから、手は自由にしておけ」
「はい・・・」
もう一度ミルの頭を撫で、みんなに出発の合図を出した。崖から離れることおそらく2時間くらい。日が傾き始め、もうそろそろ夕方だろうかと思っていたころ。不意にミルが抱き着いて来た。あまりにも突然の事だったので体勢が崩れそうになり、慌てて踏ん張る。あれからずっとおんぶしている男の子は無事だ。落ちていない。いったいどうしたというんだろうか?
第40話です。山の斜面は登るより降りる方が大変で事故率、死亡率も高いそうですね。階段も降りる方が辛いとお年寄りはよく言いますし、下山するだけでも大変なようです。最初この部分を書いた時は、道に腕だけが引っ掛かっていて主人公が驚愕、謝りながら崖下に落とすという設定でした。ただ、ミルやアリシアなどちょっとそういうのを見るのはよろしくない同行者がいた為、下から来たモブさんにお願いし、設定を消さずに主人公から遠ざけています。怖いですもんね・・・。
幸運にも筆者は人間の死体に近寄った事がないのですが、人間に限らず死体の腐臭は知らない人が想像しているより遥かに臭います。山の下に落とした死体の臭いを斜面を降りている時に感じるほどかはわかりませんが、鼻のいい獣人には体力的にというより精神的につらい道かもしれませんね。
次回に少し問題があるのでネタバレしておきますと、次話は少しグロイです。通知が来たと思って読む前に、心の準備をしておいてください。筆者は執筆後、誤字修正の為に読み直して吐いています()




