第三話 突然誘拐される勇介
ゲームは楽しい。でも、集中しすぎて周りが見えなくなるのは良くない。
今日は剣道部があるため、親父との約束の手前休むわけにもいかず、顧問に事情を説明して少し練習メニューを軽くする事を許してもらった。高校に入ったばかりの頃は、親父との確執が酷くて嫌々剣道をやっていたため、俺のやる気の無さにブチ切れてよく怒鳴ってきた顧問も、バイトを始めて俺に金と余裕ができたあたりから、態度が良くなったと褒めてくれるようになった。俺もストレスが減り、気持ちの余裕からか実力が伸びてくると、自分の事のように喜んでくれる上、バイトの理由や家庭事情にも理解を示してくれる顧問は、母親の次に信頼と尊敬の念を抱く人物になっている。自身も剣道関係で学生時代に親といざこざがあったらしく、時々顧問の方が親父らしいと思う事さえあったのは不思議だった。
「佐野、体が温まったら少しは気分良くなったか?」
「はい、だいぶ楽になりました。もう少し動いたらいつもの練習に戻ります。ご心配おかけしました」
「無理はするな。大会も近いから、体を大切にしろ。練習は明日でも出来るが、万全の体調と健康な体がなければ話にならん。今日は無理をせず、遅れは明日取り返せばいいんだ。焦らなくていい。お前ならできるはずだからな」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
その日の部活を無事終了し、家路につく。昼休みに仮眠をとれた事と、顧問の計らいのおかげで体調は全快していた。
帰宅後、宿題を速攻で終わらせてエアガンの手入れをする。夏が近くまで来ており、湿気が多くなってきたので手入れは重要だ。木製の部品なんかはカビが生えても困るしね。夕食後、パソコンを開いてゲームにログインする。昨日アースを心配していたゲーム仲間はまだインしていないようだ。昨日の今日で少し不安になったが、俺の方が早くゲームにログインするのはいつもの事なので、気にせずゲームを遊ぶ。建物の屋上、給水塔の陰に潜んで敵を探す。前方800mくらいのところで、プレイヤーが動いた時に出る土煙のエフェクトが見えた。敵は課金アイテムのステルススーツを着ているのだろう。エフェクトは時々出るが、姿が全く見えない。エフェクトが出ている壊れた装甲車の陰に照準したまま、ゆっくりと呼吸する。適度にリアル志向も取り入れられたこのゲームでは、撃つ瞬間に手元がぶれると、それが照準にも反映され、弾が外れる。マウスをクリックする時、力んでマウスが動いてはダメなのだ。そういった仕様の関係で、このゲームのスナイパーは中級者以上の証だと言われている。敵が居るらしき装甲車の近くに味方が二人インしてきた。アタッカータイプの歩兵だ。戦闘中用の味方間チャット機能で、装甲車の陰の怪しいエフェクトの情報と、そこに照準中なので注意するように味方に指示しておく。近接戦をしている所に遠距離から狙撃支援をする時、目の前の敵に夢中になって射線を横切り、援護する側が味方も一緒に倒してしまう事がある。その為、緊迫した状況や、乱戦で余裕が無い時以外は、事前にスナイパーなどの援護職が狙っているという情報を教えて注意を促すのが暗黙のルールになっていた。味方もこちらの情報に感謝する意味の返答を返した後、一人が特殊な手榴弾で敵のステルスを解除し、もう一人が注意を引き付けるので援護し、あわよくば自分達に敵を倒させてくれないかと提案してきた。このゲームは単純に敵をたくさん倒せばいいだけではない。援護射撃や牽制、囮でも、敵を倒す戦闘に関わることが重要だ。もちろん敵を倒せば手っ取り早いが、敵と技量差がある時や、初心者など正面戦闘が苦手な場合でもちゃんと経験値が溜まるように、連係プレイをすれば連係した者達もちゃんと経験値が入る。おそらくこの二人はチームを組んでいるのだろう。片方のレベルがあまり高くないので、もう片方が支援してレベル上げをさせているといったところだろうか? ソロの俺にも支援を要請するあたり、援護してもらうことの大切さと、スナイパーがそれに向いているという事がよくわかっているようだ。俺は了解の返答をし、足を狙って足止めを手伝うと伝えた。二人が装甲車の近くの路地に移動し、手榴弾投擲のカウントダウンを開始する。それを聞きつつ、呼吸をゆっくりとしながら、敵が出てくるだろう場所の少し下を狙って待機する。カウントダウン終了と同時に手榴弾が投げられた。装甲車の陰で土煙のエフェクトがあったので、敵も気が付いたようだ。手榴弾がさく裂し、爆風や破片の代わりに特殊な粒子を散布、ステルススーツを無力化することに成功する。レベルの低い方が少しフライング気味に射撃を開始し、装甲車の陰からも応戦のため銃の発砲エフェクトが見えた。スーツが解除されて正体が見えた敵の足元にまずは1発。見事右足の膝あたりを貫通し、敵が膝から崩れ落ちる。レベルが高い方が武器を持つ右手を狙って援護射撃しているが、うまくいっていないらしく被弾してHPが減っていく。それを横目に見ながら素早く次弾装填の操作を行い、今度は武器を持つ右手に1発。若干ずれた為敵にダメージは無かったが、弾丸は銃に命中し、軌道が逸れた為味方のアタッカーは無事だ。敵も必死で持ち直そうとしているが、2対1の火力差は大きく、敵の撃破に成功した。思ったより敵の射撃が正確だった事と、レベルが低い方の味方が前に出過ぎていた為に少し焦ったが、レベルが高い方の味方は敵が倒れる直前に射撃を辞め、ちゃんともう一人に撃破させるという上級者の余裕を見せていた。2人から援護への感謝と、銃を狙撃するという射撃の腕を褒めるチャットが来たが、銃の件はまぐれなので適当に謙遜しておく。撃破のログが流れ、少しだが経験値が入った。こうやって経験値を稼ぐとゲーム内通貨が得られて、新しい銃や装備が買えるのだ。
「ふう・・・」
緊張が和らぎ、思わずため息が出たところで背後の違和感に気がついた。窓は締め切ったはずだが、風を感じる。ハッとして振り向くと、夢で見た黒い霧が部屋の中にできていた。窓は締まっていたが、風は霧から吹いているようだ。思わず椅子から飛び上がり、部屋の隅まで後退。一番近いエアガンとマガジンをつかみ、急いで装填する。その間も霧はゆっくりとこちらに近づいてくる為、焦りから装填がうまくいかない。
「なんなんだこいつは!!!」
焦りとイライラで絶叫するが、隣の部屋で料理をしているはずの母も、庭を挟んだ和室で寝ているはずの親父も来る気配がない。ようやく装填が終わり、エアガンを構えて狙いつつ、精いっぱいの虚勢を張った大声を出す。
「来るんじゃねえええええええええええええええええ!!」
尚も霧は止まらず、俺は撃った。弾は霧に命中したが全く効いた様子がない。竹刀で攻撃する方がいい距離だが、霧を挟んだ部屋の反対側だ。こんな時本物の銃があればと、心からそう思った。霧は確実に接近し、ある距離でいきなり止まった。風も止んだが、霧の中に吸い込まれるような感じの音が鳴っている。まるでトンネルのようだ。俺は恐る恐る霧を見つめる。動いたらいけないと本能的に感じていたが、このままにらみあっても埒が明かないとも思っていた。俺が迷っているうちに霧が縦に広がり、部屋全体を覆い始める。あっという間に天井に到達し、徐々に俺に迫ってきた。もうエアガンの先端が霧に入っている。思わずエアガンをひっこめると、エアガンの先端が砂のようになって崩れて行った。俺はパニックになり、必死で背後の壁を叩く。霧が俺に触れた時、俺は急激な脱力感に襲われて、そのまま霧の方向に向かって倒れ、意識を失った。
勇介が霧に取り込まれた後、霧はゆっくりと集まり、砂粒ほどの大きさまで小さくなった後、部屋の隅の床に落ちた。霧の粒が落ちた場所が一瞬紫色に光り、光が消えた後、勇介がネットで見た絵にそっくりな紫色の紋様が浮かび上がった。
第三話です。謎の霧に吸い込まれた勇介、タイトルの通り誘拐ですが、犯人は普通の人間とは思えません。次回から異世界生活の幕開けです。