第三十七話 山の上の宿
欲は限りない。だが、欲をかきすぎると痛い目を見る。
「お前達は全部で何人だ?」
「8人だな」
「大所帯だな。・・・じゃあ特別サービスして500フルでいいぜ」
「計算もできねえのかよ。一人50フルだとしても8人なら400フルだろ」
「は? 8人で400フルだなんて誰も言ってねえぞ? そこの姉ちゃんが抱いているのはガキだろ。そいつの分で50フル、そいつの分をちょろまかそうとした罰で50フルだ。何かおかしいか? あ?」
男は精一杯威圧した顔で俺を見てくる。例によって親父の10分の1も怖くないが、態度が癪に触ったので軽くスルーし、思いっきり膝蹴りを入れた。
ガンっ!
身体強化アシストで体に影響が出ないギリギリまで足を強化し、威力より速度を重視した1発だ。男を起点に雪がえぐれ、後ろの少し開いていた宿のドアが勢いよく開いた。ドアを開ける途中だった男性が衝撃でこけてしまったが、まあ仕方ないだろう。俺の目から見ても早すぎて足の動きが見えなかったので、周りには気がつかれていないと思う。男の鎧は思いっきりへこんでおり、腹のあたりが変形している。顔が青くなり、口を手で押さえた。
「ご、ぐ、ごばぁ」
「お、おい! 大丈夫か!?」
「え? 何だ? 何が起きたんだ?」
男はがっくりと崩れ落ちると、俺に土下座した体勢になり、雪の上に思いっきり血を吐いた。すごい音と男の行動で異変に気がついたテント販売担当の男が駆け寄り、近くにいた人が騒いでいる。誰も俺を見ていないから、気がつかれていないのは確実だな。
「おいおい大丈夫かよ。それで? いくらだって? え?」
俺はしゃがむと、ニコニコ顔で男に問いかける。もちろん、微塵も笑っていない作り笑顔だし、できうる限り殺気を放ってみた。殺気を放つなど厨二病感半端ないが、そういう生活を送るある人が親父の道場で剣道を習っていた時期があり、師匠の息子である俺にぜひお礼をと言う事で教えてもらったものを思い出してやってみたのだ。当時は習っても何の役に立つのやらと思っていたが、中学生になって不良上級生に絡まれた時に使ってみたら案外効果があったのを覚えている。男は俺の顔を一瞬見て顔面が白くなったので、ニコニコ顔で肩に手を置いてとどめを刺した。男は弾かれたように少し下がり、今度は本当に土下座をしている。
「も、申し訳ありませんでしたお客様! 私が間違っておりました。そうですよね。1人50フルなど高すぎましたよね。出過ぎたことを申し上げてしまい。誠に申し訳ありません。お詫びのしるしに、あなた様とお連れ様は当宿屋の施設使用料を全額無料にさせていただきます! ですからどうか、どうか無礼なわたくしをお許しください。どうか、どうかお願いです。殺さないで・・・」
男の急激な態度の変化に仲間の従業員はもちろん爺さん達やアリシア達、近くに居た人達全員が驚いている。
「え~? 本当にいいのか~? 無料なんてなんだか悪いなあ~」
俺は精一杯嫌味を込め、嫌な奴を演じつつも本当に無料でいいのか確認する。
「めめ、滅相もございません。あなた様に無礼な態度をとったわたくしの落ち度でございます。誠心誠意、命がけでサービスさせていただきます。どうぞおくつろぎくださいませ。そしてどうか、どうか無礼なわたくしをお許しください。どうか、どうか・・・」
男は雪の地面に額をこすりつけ、周りの視線などお構いなしに命乞いを始めた。両手を合わせて俺を拝みだした頃になって、ようやく周りが俺を見始める。こちらをチラチラ見ながらヒソヒソとあちこちで話し声が聞こえ、なんだか嫌な感じだ。
「この親父はこう言っているけど、ほんとにいいのか?」
俺は男に駆け寄ったテント販売担当の男に向かって問いかける。
「あ、いえ。さすがに全部無料というわけに・・・むぐ」
「ななな、何言ってやがる。男に二言はねえよ。申し訳ありませんお客様、わたくしの部下が無礼を働きました。お、お詫びのしるしにわたくし共が所持しております食料を提供いたします。長旅でお疲れでしょう。減ってしまった食料はわたくし共が補充いたしますので、ささ、どうぞ中へ。おい、お前! こちらのお客様を一番良い部屋にご案内申し上げろ。今すぐにだ!」
「は、はいただいま!」
やっぱり無料は宿からすれば問題発言だったようだが、最後まで言おうとしたテント販売担当の男は口をふさがれ、白を通り越して土気色になりつつある男が慌てて許しを請い始めた。食料の補給を受けられるのはありがたいので、特に文句はない。
「そうか、ありがとう。感謝するよ」
「はい! 当宿の全従業員総力をあげ、誠心誠意、命がけでサービスさせていただきます。あの者が案内いたします」
「どど、どうぞこちらへ・・・」
「アリシア、ミル、爺さん達も早く来いよ」
「は、はい・・・」
「わかったわ・・・」
「あ、ああ。すまない」
テント販売担当の男は俺が蹴った男に後頭部を鷲掴みにされ、雪に顔を押し付けられて無理やり土下座をさせられていた。そのあまりの光景に周りのヒソヒソ話がさらに加速し、案内を命じられた女性従業員はカチコチに緊張している。もはやおびえているといっていい態度で俺達を先導して宿屋に入っていった。ドアのところでさっきこけてしまった男性に近づき、そっと1フルを握らせる。男性は俺が近寄ってきて恐怖に顔をゆがめたが、俺が渡した物が何か分ると混乱した表情になった。
「先ほどひっくり返っていただろ」
「え? あ、はい・・・」
あまり話すとボロが出そうなのでさっさと男性から離れ、案内役を命じられている女性従業員の後に続いた。後ろでまたもめ事が起きているようだが、敵意感知レーダーには反応がないので無視して進む。さっきの「値引き交渉」の時はあの男だけレーダーに反応として映っていたが、蹴った直後からは反応が消えた。これであいつから文句や苦情が来る事は無いだろう。宿屋は3階建てだったようで、俺達は3階の部屋に案内された。3階だというのになぜか暖炉があり、部屋は暖かい。昔の日本家屋のように部屋の半分ぐらいが1段高くなっていた。女性従業員はドアを開けた後、ドアを入ってすぐ右側の壁にピッタリ張り付き、必死に気配を殺している。さっき何が起こったのか見てはいないと思うが、あの男の俺に対する態度から俺が相当怖いお兄さんだと感じているのかもしれない。今にも泣きそうな顔の女性従業員に近づき、いくつか気になる事を聞く。
「いくつか聞いてもいいか?」
「は、はい! ななな、なんでごじゃいましょう?」
俺が近づいてくる事に明らかに動揺し、噛んでしまっている。かわいそうなのでまずは安心させてやろう。
「別に何もしないから、怖がる必要ねえよ。聞きたいことがあってさ」
「はい・・・・。何でございましょうか?」
「ここは3階だろ? どうやって暖炉をここに? この建物は木造だと思ったんだけど」
「この建物はもともと土魔法で木材を覆ってできています。建物のほとんどは土魔法によるものでございます」
魔法で作ったとかまさにファンタジーだ。わずかに驚きつつどんどん疑問を聞いていく。
「排気とかどうしているんだ?」
「山に住む精霊の力を借りて浄化していただいていますから、普通の暖炉と違って煙突が必要ないのでございます。全ての部屋に暖炉が設置できているのは山に住む精霊のおかげでございます」
「なるほど。で、食料はどこからもらえばいいのかな?」
「あ、えっと、その。ここは基本的に泊まる場所を提供するだけなので、備蓄された食料は従業員用の最低限の物しかないのですが・・・。い、いえ、あの、申し訳ありません。オーナーが言ったのですから出さなければいけませんよね」
何だろう。すごく悪いことをしている気が今更ながらに起こってきた。女性従業員は目を泳がせているが、できる事なら食料を持っていってほしくないのは態度を見ればわかる。服の袖を引っ張られたので振り返ると、ミルが上目遣いにこちらを見ていた。破壊力がすごいのですぐに目をそらしたが、ミルが何を言いたいのかは言われなくてもわかるので、その通りにしてやる。
「ああ、やっぱいいわ。無駄に食料もらっても腐るだけだし、持ち運ぶ荷物が増えるのもだるいからな」
俺の発言で女性従業員はみるみる元気を取り戻し、営業スマイルだとしたら結構レベルの高いいい笑顔になった。
「ありがとうございます! お客様。こちらのお部屋は当宿で最も温かいお部屋でございます。就寝時にはそちらの一段高い部分に毛布を敷いてお休みください。暖炉の火に異常があるなど何か不都合な点がございましたら何なりとお申し付けください」
「異常って何か起こったりするのか?」
「危険性の高いものはほとんどございません。まれに山の精霊が気まぐれを起こすらしく、火が弱まることがございますので、その時は薪を追加させていただきます。他にご質問はございませんか?」
山の精霊って気まぐれ起こすのか。なんか面白いな。
「食料はいらねえけど水は補給したいんだよな。水が補給できる場所はあるか?」
「当宿の1階、入り口から入りまして右側の突き当りに当宿が管理する井戸がございます。夜には凍ることがございますので補給をなさるのは夜になる前かお昼過ぎがよろしいかと存じます。通常は利用料金が発生いたしますが、お客様は無料でございます。各部屋に毛布は付属しておりますが、足りない場合は井戸のある部屋と壁を挟んだ1つ隣の部屋に予備の毛布がございます」
聞かれていない追加の毛布置き場まで教えてくれたのは、食料をもらわないと言った事への恩返しだろうか。
「トイレや水浴び場はあるか?」
「トイレは階段脇、左側にございます。体に障りますので水浴びを控えるお客様が多いため、当宿に水浴び場はございません」
「やっぱり寒いからか」
「はい。暖炉の周辺以外は昼といえどもふもとにある町の真冬並みだと伺っております」
「なるほどな。自炊したりできる場所はあるか?」
「火の扱いに注意していただければこの部屋で行っていただいて構いません。火は暖炉の物をお使いください」
「わかった。君達従業員を呼びたい時はどこへ行けばいい?」
「1階の階段脇、トイレと反対側に従業員用の部屋がございます。そこに常時1名は常駐しております」
「そうか、ありがとう。助かったよ」
いろいろ情報をくれた女性従業員にも1フルを渡す。チップの習慣があるかは知らないが、感謝は大切だと思う。
「あ・・・」
「それじゃ、なんかあったら呼ぶから」
「はい! それではごゆっくり」
女性従業員は手に持たされた物を見て一瞬驚いた表情をした後、さっきの笑顔に戻って一礼し、部屋を出て行った。
「お父様のお金をそんなに簡単に人にあげないでほしいわ」
アリシアがいつの間にかそばまで近寄ってきており、小声で俺に抗議してくる。
「人間関係が円滑じゃないと生活が大変になるだろ。いつか王都に戻ろうって時にここはまた使うだろうし、いい投資になるはずさ。たった1フル渡した事でいつか帰る時にお金では買えない、いい出来事が起こるかもしれないだろ」
「意外とロマンチストなのね。女性従業員に1フル渡しただけで何が変わるというのかしら」
「それはわからないさ。未来がわかっているのもつまらないし、楽しみにとっておけよ」
「はあ、もういいわ」
アリシアはそう言うと俺が降ろした荷物から毛布を取り出し、自分が寝る場所へ敷いてセッティングを始めた。一段高くなっている場所で、最も暖炉に近い場所で眠るようだ。爺さん達も荷物を下ろし、アリシアに倣って一段高い場所へ毛布を敷いていく。爺さん達が固まって寝るのは普通なのだが、なぜかアリシアから距離をとって毛布を敷いていた。ミルは散々迷った挙句、爺さん達の中で一番暖炉の近くで寝るらしい奥さんの隣を寝床として選んだようだ。もちろんそこを選んだ理由は赤ちゃんが近くで見られるからであろう。赤ちゃんのおむつを替えているらしい奥さんの後ろから、赤ちゃんをずっと覗き込んでいる。俺も毛布を取り出すが、必然的にアリシアとミルの間で寝ることになった。一段高い場所の暖炉から遠い順に旦那さん、男の子、婆さん、爺さん、奥さん、赤ちゃん、ミル、俺、アリシアで眠る形だ。一段高い場所はL字に折れ曲がっており、爺さんと婆さんの寝るところが角で、旦那さんの寝る場所から手が届く位置に廊下と部屋を隔てる壁がある。みんな自分達の毛布を当たり前のように敷いているが、俺だけは部屋に備え付けの毛布を借りた。温かい部屋に置いてあっただけあって、さっきまでアリシアが羽織っていた俺の毛布とは雲泥の差だ。これならぐっすり寝られるし、凍死したりもしないだろう。
「部屋の毛布の方があったかいぜ? 爺さん達もその毛布は干して部屋のを使えよ」
「いや、しかし、君のお金で借りた部屋だからね。君達は使わないのかい?」
そう言って旦那さんがミルとアリシアを見た。ミルは目を泳がせているし、アリシアは疲れたのかぐったりしている。
「遠慮しないで使えよ。せっかく無料なんだから使わないと損するぞ。ほら、あったかいぜ?」
そう言って旦那さんに部屋の毛布を渡してやる。男の子がすかさず飛びつき、顔をこすりつけ始めた。
「あったかい!」
「本当だ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「ミル、手伝ってくれよ。アリシアの毛布もこれと変えようぜ」
「はい!」
爺さん達の毛布は旦那さんが取り出して交換し、ミルの毛布を取り換えて、隣に敷いた毛布にアリシアを一度移動させる。アリシアはすでに眠っていて起きないので、起こさないよう慎重に移動させた。移動を終わらせるとアリシアが敷いた毛布を部屋の物と取り換え、再びアリシアを移動させる。アリシアに毛布をもう一枚かぶせて作業終了だ。交換した俺達の毛布は暖炉のそばへ持っていって敷いておいた。暖炉から火が燃え移らないように若干離し、熱で温めておく。本当は干せればいいのだが、物干し竿なんて無いので床に置くしかない。爺さん達から回収した毛布も同様に敷いていく。部屋の床が毛布で埋まってしまったがまあいいだろう。爺さん達用の部屋備え付け毛布が若干足りなかったので旦那さんと一緒に1階へ降りて取りに行く。
「ミル、本当についてくるのか?」
「は、はい・・・」
「ふふふ。仲がいいわね」
「っ!」
奥さんの言葉になぜか過剰反応しているが、視界から俺が消えるとミルが不安になるのはいつもの事なので、深くは考えずに連れて来た。そわそわしているし、トイレに行きたいのかもしれない。1階に降りると、さっきの女性従業員に出くわしたので、お互い軽くお辞儀をして通り過ぎる。あの男はまだ外で客の選別をしているらしく、言い争う声がドアの向こうから聞こえていた。
第37話です。今日が更新日だという事は覚えていたのですが、更新する事は忘れていました(え
さすがに日本でこんな宿と従業員にあった事はありませんが、海外ではまだ時々見る光景のようです。日本は治安がいいって、こういうところにも表れそうですよね。
今後についての若干ネタばれな記事を活動報告として書いておきます。ネタバレが含まれるので、読むかはよく考えてからお願いしますね(^_^: 次回もお楽しみに




