第三十六話 山の上の宿
山で野宿はつらい、だから山小屋がある。
「上に建物が見えるな。こんなところに街でもあるのか?」
「たぶん中間地点にある宿屋なんじゃないかな。あの宿屋を過ぎるとあとは下り坂だと聞いているよ」
「てことはあれが山頂なのか?」
「いや。山頂はもっと高いんだけど、帝国へ抜ける谷沿いの道ではあそこの宿屋が最も高い位置にあるらしいんだ」
「なるほどな。山ではあるがまだ中腹ってわけか」
「やっと休めるのね。もうクタクタだわ」
「年寄りにはこたえるわい」
「婆さん、大丈夫かの」
「もう少しだ。ペースを上げる必要はねえが、あと少しだから頑張れ」
「はい・・・」
ゆっくり、ペースを変えずに上り続ける。俺達が建物に着く頃、後ろを歩いていたグループが建物を見つけたらしく歓声が上がっていた。建物のある位置は斜面ではなく、結構広い台地のようだ。一般的な小学校がすっぽり入るぐらいは広いだろう。道は3つに分かれており、ここからさらに山を登る道、建物に続く道、崖に向かっている道があった。さらに上へ上る道の方、山の斜面に近い所を見ると、建物へ入れる扉が見え、人が列を作っている。山へ登る道を見上げたが、途中で崖の反対側に消えており、山をグルっと回りながら緩やかに上っているのだと思う。登り切った場所でいつまでも止まっているわけにはいかないので、台地の一角に移動してみんなに待っていてもらう。崖へ続く道に行って先を確かめておくためだ。3つの道の中で下りるとしたらこの道だろうが、先が見えないのは怖い。崖に向かうと、そちら側の3分の2は本当に崖で、ほぼ垂直の崖が下まで続いていた。落差は何メートルあるかわからないが、落ちたら助からないのは想像に難しくない。崖の一部、山に近い方に来た道よりは緩やかな細い道ができており、そちらからもいくつかグループが登ってきていた。来る時に下りてくるグループとすれ違わなかったので一方通行なのかと思ったが、どうやら夜が近いので今晩はここで休み、明日下りる人ばかりだったからすれ違わなかったらしい。みんなのところに戻り、明日下りる道を確認してきた事を伝えた後、宿屋に向かう。短時間とはいえ俺が視界から消えて不安になったミルが抱き着いてきたが、いつもの事なので頭を撫でて安心させてやる。宿屋は結構大きな木造の建物だが、利用者が多すぎて収容できないようで、宿屋の周りにはカマクラとテントっぽいものがたくさんできていた。そのさらに外側では、木の板っぽいものに毛布を敷いて人が普通に寝ているという驚くべき光景が広がっている。凍死とかしないのだろうか?
「あれは、大丈夫なのか?」
「私にはわからないよ。たぶん宿代が払えず、簡易寝具も借りられない人達なんだろう。いくらかかるのかわからないが、下手すれば私達もああなりかねないね」
「自分達でカマクラとか作っちゃダメなのかね」
「カマクラ? 何だいそれ」
「あの白いやつだよ。雪と氷を固めて作るやつで、中で焚火をすれば結構あったかいと思うぜ」
「でも、氷なら溶けちゃうんじゃないのかい?」
「そりゃ溶けるけど、俺の故郷とかだと中で焚火しても大丈夫だったぜ」
「不思議だね」
「とりあえず、宿屋に泊まれるか聞いてみるか」
旦那さんと会話しながら、宿屋にできた列の方へ向かう。近づくにつれて、何やらもめている事が分かった。
「おい! 1泊食事無しで50フルなんていくらなんでも高すぎだろ。しかも個室じゃなくて雑魚寝でその値段って、おかしいぞ!」
「帝都の宿屋並みじゃねえか、ぼったくる気かよ」
「嫌なら外で寝ればいいだろ。1泊30フルで雪の部屋、20フルで布の部屋を貸してやるぜ?」
「こんな寒い中外で寝られるもんか! 頼む、有り金全部出すから宿に入れてくれ!」
「ほう。有り金全部っていくらあるんだよ」
「じゅ、10フルだ! 俺の全財産だ!」
「話にならねえな。とっととそこどけよ。次の奴が客になれるか聞かねえといけねえんだから」
「そんな、横暴だ! 役所に訴えてやる!」
「やりたきゃやれよ。こんなところに騎士様なんざ来ねえさ。暗い山を下りるのがどれだけ危険か、馬鹿でもわかるよな? あ?」
「くっ、くそう。足元見やがって」
「こっちは商売なんだ。泣き落としにほいほい応じていたら商売にならねえんだよ。高けえ金払ってもあったかい室内で寝たいっていうやつは大勢いるんだ。金のないやつは失せろ。俺を恨むんじゃねえぞ? 自分が貧乏なことを恨みな。ハハハハハハ」
「・・・なんていうか、やっぱこういうやつらはどこにでも居るんだな」
「私達難民の弱みにつけ込むなんて、ひどいわ」
「さすがに50フルは払えないな。君がさっき言っていたカマクラの作り方、教えてくれないか?」
もめている男と宿屋の従業員らしい男の会話を聞いて、列に並んでいた人の半分以上が並ぶのをやめた。おそらく並ぶのをやめた人は難民なのだろう。さっき歓声を上げていた俺達の後に続くグループも、今の言い争いで顔面蒼白になっている。従業員らしい男はなおも詰め寄る男を蹴飛ばし、列に並ぶのをやめていなかった人に向き直って話していた。その奥では別の男が木の棒と布を持っており、金と引き換えに客に渡している。あれがテントの材料なのだろう。カマクラは作れるだろうか? 仮に作れたとして、中で眠っても大丈夫なほど防寒性能はあるのだろうか? そもそも日没までに全員が入れる分を作れるとは思えないし、俺は作り方がよく分かっていない。中で焚火をするならただ雪を積み上げるだけじゃだめだ。溶けて天井が落ちてきても困るし、排気をちゃんとしないと死んでしまう。大人である旦那さん達は危なくなったら出られるだろうが、体の弱い爺さん達や自力で動けない赤ちゃんは危険だ。アリシアはここに着くかなり前から寒いことに文句を言っており、俺達の中で最も厚着をしている。そんなアリシアがカマクラで寝ることを良しとするかも問題がある。いざとなれば説得できるだろうが、朝になったら凍っていましたでは話にならない。この旅はアリシアの安全が最優先であり、安全かよくわからないカマクラは危険なのではないだろうか? 迷っていると、ミルが服の袖を引っ張ってきた。振り向いて顔を見ると、何か言いたげにチラチラと奥さんを見ている。
「どうした?」
「あ、あの、あの人達も一緒に、その・・・」
奥さんを見ていると思っていたが、どうやら赤ちゃんが気になるようだ。宿屋に入るなら、爺さん達も一緒にと言う事か。
「爺さん達の分も俺達が払えって?」
「はい!」
ミルは言いたいことが伝わったのがうれしいらしく、ニコニコしている。
「そんな、そこまでしてもらうわけにはいかないよ。50フルだぞ?」
「無理をしてはいかんよ。いくらお金に余裕があっても、これだけの人を泊めようとしたらお金が無くなってしまうじゃろ?」
「私達は自分で何とかするわ。あなた達は気にせず宿屋で泊まって。できる事なら、この子達だけでも連れて行ってくれると嬉しいのだけど」
「多くを求めてはいかん。わしらは気にするな。これまでの恩だけでも返しきれぬのに、これ以上世話になるわけにはいかんよ。フォッフォッフォッ」
「大丈夫なのかしら? 50フルはかなり法外な値段よ。みんなの分も払ったらお金が足りなくならないかしら」
「いや、金の心配はいいんだけどよ。雑魚寝だっていうし、場所があるかどうか・・・」
50フルが全員の料金なのか一人当たりなのかはわからないので、最悪のケースを想定して一人当たりで計算する。赤ちゃんはさすがに金をとられないだろうから除外したとしても、爺さん達と俺達で合計8人、400フルだ。おっさんから始めて金をもらったとき、4フル出せば安宿なら1泊食事付きで泊まれると教えてもらったから、軽く10倍以上の金がかかる計算になる。人数が増えているのでその分増えていると考えてもかなり高いだろう。爺さん、婆さん、旦那さんは断ろうとしているし、奥さんもできれば子供達をと言っているが、裏を返せば自分は宿に泊まらないと言っている事になる。男の子は不安そうな顔で奥さんのズボンにしがみついているから、仮に子供だけ連れて行ったとしても、例によって男の子がぐずり、他の客の迷惑になるだろう。あの従業員の態度からして、うるさい事を理由に金を払ったにもかかわらず真夜中に放り出される可能性もある。かと言って奥さんの頼みを断ると赤ちゃんが心配だ。ミルも不安だろう。アリシアもお金の心配はしているが、チラチラと赤ちゃんに視線が行っている点はミルと変わらない。アリシアも赤ちゃんの事が気がかりなのだ。この家族を引き離すのは得策ではない気がする。
「いや、本当に私達は大丈夫だから」
「いいって。ここまで助けておいて今更な気もするし、赤ちゃんの事も気になるからな。俺達が何とかするよ」
「大丈夫なのかい?」
「でも、50フルよ?」
「大丈夫だって」
「本当なのかしら?」
「アリシアも心配するなよ。さすがに放置はまずいだろ?」
「本当にあなたは優しい人なのね。ありがとうございます」
「ああ、まだ若い者にもこんな子がおったとは。この世も捨てたものではないのう」
「感謝するぞ、いい少年じゃな。フォッフォッフォッ」
「ああ、なんとお礼を言ったらいいか・・・」
「とりあえず早く並ぼうぜ。せっかく決めても場所がありませんじゃ意味ねえからな」
「ありがとう。ありがとう」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
高校生の俺に向かって散々頭を下げてくる大人4人という光景は若干人目を集めた為、すぐにやめさせてとっとと列に並ぶ。俺達の番が来るまでにも従業員らしい男は散々客ともめていた。でかい荷物は邪魔になるから1人分の料金を追加で払えとか、暖炉の近くと部屋の中心部は温かいから料金が違うとか、何かと理由をつけて値上げしては客と衝突していた。俺達の前には20人は並んでいたと思うが、半分以上は何らかのいちゃもんをつけられて値上げされ、「払えないなら外で寝てどうぞ」という一言に反論を全部つぶされていた。嫌な予感しかしないが、俺達の番になる。
第36話です。山の上、国境越えの中間地点に到着しました。なにやら宿の従業員がめんどくさそうな人ですが、勇介達はどう乗り切るのでしょうか。次回もお楽しみに




