第三十三話 親父の存在
認めたくない嫌な奴、でも、その行いには敬意を払うべき時もある。
国境の町に着くまでの旅での経験を踏まえ、食料や水は必要な量より多めに所持している。たとえ全部の食事を倍の量食べたとしても、予定に支障がなければ帝国まで食料が切れる事は無いはずだ。それを分ける分には問題ないだろう。特に水は、暖かいスープを飲みたがるアリシアの為に大量に持ち運べるようにしてあるから、スープを多少作りすぎても水がなくなったりはしない。途中の山小屋に井戸があって補給できるそうだが、そこが何らかの原因で使えなくても大丈夫な量を持っている。結果的に俺の持つ荷物量が増え、メルさんからもらった鞄だけでは持ちきれなくなってしまったが、小さいリュックを購入し、狩りの道具など通常は必要ない物や、カンテラなどの使う頻度が少ない物、薬などの軽い物を入れてミルに背負ってもらう事で問題は解決した。ミルは自分にも役割が与えられた事にかなり喜んでいたし、獣人故なのか疲れて不満を吐いたりはしていないので大丈夫だろう。寝ている間に食料を盗まれても困るし、満腹とはいかないまでも何か食べさせるほうがお互いの為だ。
「おいしい!!」
「よかったわね」
「ああ。久しぶりに暖かい物が食べられたよ。感謝している」
「野菜が柔らかくて食べやすいわい。フォッフォッフォッ」
「干し肉が入っているとは、お前さん達はいい食事をしておるのじゃな」
満面の笑みを浮かべる男の子の感想を聞いて、奥さんがほほ笑む。旦那さんは暖かいスープに感動しているらしい。泣くほどとはちょっとびっくりしたが、老婆達も問題なく食べられるようだ。やはり煮込んだのは正解だったらしい。
「普段何食べているんだよ」
「普段か? クズ野菜や豆、芋とかが入ったスープが主体だな。麦粥が食べられれば貧民街では結構いい暮らしだろう」
「そ、そうなのか」
「そんなに・・・」
「干し肉も高いからね、特別な日ぐらいしか食べられないよ」
「・・・」
気になって聞いてみたら、ホームレスに聞いたかのような答えが返ってきた。日本では健康食品の麦粥も、こちらでは高級食材なんだろうか? アリシアが絶句しているところを見るとそうではないのかもしれないが、ミルはうつむいているのでわからない。
「俺達の夕食は済んでいる。お代わりできる程は無いが、この鍋のスープは食べちまってくれよ。残しても腐るだけだ」
「ありがとう。厚意に甘えさせてもらうよ」
旦那さんのお礼を聞いた後、アリシアはまた眠り始めた。家族からは若干距離をとっているが、寝るのは問題なさそうだ。薪を焚火に追加して俺も横になる。ミルは赤ちゃんをチラチラと見ているようだ。赤ちゃんは寝ているので反応はない。
「抱っこしてみる?」
「ふぇ! い、いいいいえ、そそ、そんな、その、あの・・・」
「大丈夫よ。優しく扱ってくれればいいわ。ちょっとだけ、ね?」
ミルの視線に気がついた奥さんが、赤ちゃんの抱っこを勧める。ミルは最初断ろうとしたが、赤ちゃんの誘惑に負けたのか、恐る恐る手を伸ばす。奥さんが抱っこの仕方をレクチャーし、ミルの手をもってあちこち動かしている。ミルは手を握られて一瞬ビクッとなったものの、俺から手を放して両手で赤ちゃんを抱っこした。顔がだんだん緩んできたミルを眺めながら、俺は眠ろうとする。ミルが赤ちゃんのほっぺたをつついたり手を握ったりしていると、奥さんが俺をチラチラ見ながら謎の発言をした。
「あなたはいいお嫁さんになりそうね。お相手はもういるのかしら? うふふ」
「~~~~~~~っ!」
瞬時にミルの顔が赤くなり、ビクッと体が震えた衝撃で赤ちゃんが起きてしまった。泣きだす赤ちゃんに涙目になってあわあわしているミルを見て、奥さんが笑いながら赤ちゃんを受け取り、アイの翻訳がされない不思議な歌を歌って赤ちゃんをあやしている。完全にうつむいて落ち込んでしまったミルの頭を撫でてやると、倒れる勢いで俺に抱き着いてきた。何度も言い聞かせているので痛くなったりはしないが、奥さんの笑い顔が妙にイラッと来る。クスクス笑う声が聞こえるし、旦那さんや爺さんがニヤニヤと俺を見てくるが、スルーしてミルの頭をしばらく撫でた。泣いたりはしていないようだが、恥ずかしかったのか、泣かせてしまったことが悔しかったのか、俺から離れようとしない。アリシアと老婆はもう寝てしまっているし、男の子も横になっているので、おれもミルの頭を撫でながら眠った。相変わらず追っ手の男と戦闘をする夢を見たが、夢だとわかっているので気持ちは落ち着いている。自分の視点で戦っていた当初とは違い、幽体離脱したような状態で、夢の中にいる俺のやや後ろから戦闘を見物する。追っ手と俺の戦いを第三者として見学し、良かった動きや悪かった動きを探して、今の回避はこうするべきじゃないかとか、いろいろ考えた。日本にいた頃も、剣道で重要な試合や大会に出席すると、母が撮影したビデオを後日見せられ、この動きが違うとか、ここはもう少し腰を落とすべきだとか、踏み込みが甘いとかいろいろダメ出しをされ、ダメ出しがあった部分を親父が納得するまで延々と練習させられた。剣道以外の時間なので小さい頃はビデオ鑑賞が俺の休憩時間のようになっていたが、そのあとある地獄の無限ループトレーニングを思うと気持ちが沈み、それが原因で親父に怒られるという負の連鎖があった。嫌な記憶だが、復習の重要性がよくわかる事態だったので、勉強面ではそれなりに役に立ったのが癪だ。その復習技能は俺の体に染みついており、戦争映画を見るようになっても、何度も見返して動きを観察し、どういう動作が有効なのかを調べたり、今の行動は何が原因かを比較したりできるようになっていたりする。学年が上がるにつれて、親父のトレーニングが基礎になって様々な事がらで俺にとってプラスに働いていることに気がついた。中学の頃はその事実を認められなかったが、高校に入って、バイトを始めて、友人ができて、あるいは自由に使える金ができて、いろんな場面で認めるしかない事態が発生していたので、今はその事実を認めている。だからといって親父の存在を認めたりはしないが、その点では感謝すべきだろう。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
翌朝、体に重みを感じて目を覚ますと、昨日最後の記憶で見た体勢とさほど変わらない状態でミルが寝ていた。体勢的に横向きに寝ている俺の上に覆いかぶさっているが、家族が掛けてくれたのか、毛布はちゃんと背中にかかっていた。焚火はすでに消えており、反対側では家族が固まって寝ている。爺さんと老婆で1枚、旦那さんと男の子で1枚、奥さんと赤ちゃんで1枚の毛布にくるまって寝ていた。俺達が使っている毛布と比べてはるかにボロボロで、薄くて寒そうだ。ミルの状態を見るとただ俺に乗っかっているだけだったので、優しく下に降ろし、ミルに毛布を掛けなおして起き上がる。どんな感知能力かは知らないが、起き上がった途端服の袖を掴まれた。耳がピコピコ動いたので、起き上がった物音に気がついたのかもしれない。こうなると離れるのは難しいので、ミルやアリシア、爺さん達の毛布や持ち物に燃え移らない事を確認し、薪を追加した焚火にまた火をつける。火が燃え始めたのを確認し、周囲の状況を観察した。まだ周りは薄暗いので日が出始めた頃だろうか? 太陽がまだ出ていないからなのか、山登りをしているからなのか、森の中だからなのかは分からないが、まだまだ寒い。すぐそばで寝るミルも丸くなっているし、アリシアや奥さん達も寒そうだ。革鎧を一度はずし、鞄から予備の服として買った上着を取り出して着込み、革鎧を付け直す。持っている予備の毛布を全部取り出し、服を掴んでいるミルの手が変な方向に曲がらないように注意しながら、予備の毛布を各1枚ずつ爺さん達の毛布の上からかけてやる。狼系の魔物からとれる毛皮で作られたらしい俺達の毛布は、買った店だと普通の布の毛布より暖かくて安いという事だった。赤ちゃんが心配なので真っ先に奥さんと赤ちゃんにかけてやり、旦那さんと男の子のところへ、その次に爺さん達のところへ毛布を掛けた。端の方は手が届かなくて体全体にうまくかからなかったが、無いよりはマシだろう。アリシアには俺が羽織って、その上からミルが抱き着いた為に俺とミルに挟まれて温まっていた俺の毛布を掛けてやる。ミルだけ毛布1枚になってしまうが、丸まって眠る過程で俺の足を抱き込んでいるので、これで我慢してもらおう。本当に寒いとき、普通の毛布よりも仲間の体温の方が暖かいので温めるのに有効だと何かで読んだ気がする。雪山で遭難したわけではないのでそこまで大げさな話ではないが、俺にくっついているから大丈夫だろう。薄暗い関係でほかのグループはどうなっているか見えないのでレーダーで確認すると、敵意感知レーダーの端っこぎりぎりのところに人の反応がある。位置的におそらく昨日俺達をジロジロ見ていた男ばかりのグループだろう。俺達の前を進んでいたグループはレーダーの範囲外だ。魔物の気配はない。焚火に薪を追加しながら鍋を洗って片づけ、銃の状態をアイに問う。若干汚れが発生しているそうなので、視界に移るメニューっぽい画面から修復と整備のコマンドを選び、新品の状態にしておく。銃が端からきれいになっていく姿はまさにファンタジーだ。銃なのでファンタジー感は全くないけどね。
「うぐっ」
ミルがうめく。少し火に近すぎただろうか? 少し後ろに下がり、ミルの体を抱えて少し後ろに移動させる。ミルの背中側の毛布は確かに熱くなっていたが、思ったほど温度は上がっていなかった。念の為ほかの毛布も確認して、大丈夫な事を確かめておく。まだ日の出まで時間がかかるのだろうか? 時計は無いし、この世界の時間の進み方が日本と同じだともかぎらない。電気の明かりが無いからかもしれないが、この世界の人達は眠るのが早い。暗くなったら眠るという、田舎の老人のような生活をみんながやっている。ひょっとしたら1日が短かったりするかもしれない。しばし考えた後、眠りはしないが、寒いので毛布には入っておこうという事にした。ミルをくすぐって手が緩んだ隙に足を抜き、横になる。ミルと少し距離を置いて、ミルの毛布に入れてもらった。起きてはいないはずなのだが、またしても動いた音を感知したのか、俺が毛布に入るとすぐにミルの手が伸びてくる。手を誘導して服を掴むように持っていったので、とりあえずこれで安心するだろう。ミルの頭を撫でつつ、周りの音に注意を払う。暇だし、いつまでもミルの顔を見つめるわけにもいかないからだ。焚火のパチパチという音が一番大きく、森はほとんど音がない。時々風が吹くのか、草木の揺れる音がする。爺さんのいびきが地味にうるさい。ミルの寝息が聞こえるが、顔が笑っているので変な夢を見てうなされたりはしていないらしい。さらに耳を澄ますと、自分の心臓の音が聞こえることに気がついた。ゆっくりと脈打つ音が延々と続いている。落ち着いている証拠だ。時々レーダーを確認し、ミルの顔色を窺い、焚火の様子を見て、それ以外は目を閉じて過ごした。日本では体験できない。静かな朝だ。
第33話です。反抗期って親の存在がとにかくめんどくさいですよね。でも、親のおかげで生きていられるって言う絶対変えられない事実があるし、大人になって過去を見返すと、親の当時の対応、計らい、気遣いが、今の自分を形成するうえで重要な役割をはたしていたりします。非常に都合のいい話ですが、今は感謝するべきだと思う事もあるはずですよね。次回もお楽しみに




