第二十七話 夜逃げ
こっそりと逃げるはずが、こっそりではなかった。
アイに鍵を開けられないか問うと、思考能力強化のアシスト使用を推奨されたので許可する。鍵を見つめるだけでどうすれば開くのか分かり、近くに落ちていた木のかけらをカギ穴に差し込んで慎重にいじる。人生でピッキングをやる事になるなんて思いもしなかったが、なんとか成功した。鍵が開いた時にカチャリと音がしてしまった時は焦ったが、光点に動きが無いのをしばらく確認し、ゆっくりとドアを開けて部屋に入る。部屋は真っ暗だが、俺達の居る部屋と配置は同じなのでだいたいどこに何があるかは分かる。追手の男は俺とミルが寝る側のベッド、つまり、俺達の部屋から遠い方のベッドで寝ていた。いびきをかいているし、寝ているだろう。俺は慎重に近づき、男の首があると思われる場所に向かって、身体強化アシストの力も借りながら一気に剣を振り下ろした。カキンっと音がして剣先を見ると、首に落ちる寸前で短いナイフが間に入り、剣を止めている。
「ふむ。下級騎士を圧倒したと言うからどんな手練れかと期待したが、とんだ素人だな」
「っ!」
言うが早いか、もう一方の手に持ったナイフを俺の腹めがけて振って来た。反射神経強化アシストのおかげで難なくかわす。
「回避はまあまあか。さて、騎士を圧倒したという話が真か、試させてもらおうか」
「あいにく、遊んでいる時間も余裕も俺にはねえよ」
俺は入り口側に、追手は窓側に立って、お互いにタイミングをうかがう。思考加速のアシストも使用すると、相手がいつ攻撃をしてくるかがなんとなくわかった。タイミングを合わせて動くと、予想道りの形で相手が動く。奴の攻撃をかわし、出来上がった隙間に剣を差す。奴も避けようとしたようだが、身体強化アシストでスピードがある俺の攻撃をよけきれず、俺の剣で壁に串刺しになった。結構大きな音を立ててしまったせいか、下の階で人が何人か動いている。2人ほど外へ出て行ったので、兵士を呼ぶつもりかもしれない。奴はまだ死んでないらしく、ナイフを投げて来た。かわす事はできたはずだが、頬のあたりに痛みが走る。
「ぐふっ。最初の一撃は罠だったか。確かに、これなら騎士など相手になるま、ごぼっ」
「わりいな。俺も命がけなんだ。殺してしまって悪いが、死んでくれ」
「ごぼっ、ふん。俺が死んだところで何も変わらんぞ? 俺の死を受け、俺の仲間がここにお前達が居るこ、ぐふっ、居る事を掌握し、更に追手を派遣するだけだ。あの娘の親父を抱き込む為には、あの娘が必要だからな。せいぜい逃げるがいい、ぐふっ」
男はそう言うと静かになった。レーダーから光点が消えたので死んだようだ。身体強化アシストの力を借りて無理やり剣を引き抜き、ベッドの毛布で血を拭う。念の為服以外で奴が持っていた持ち物を全部回収して部屋を後にする。鍵をかけなおし、隣の部屋に戻るとミルが飛びついて来た。頭を撫でつつお嬢様の方を向くと、耳を押さえ、両目をつぶった状態で丸まっていたので肩をポンと叩いて全てが終わった事を教えてやる。抱き着いて離れないミルには悪いが、今は待ってやれない。
「ひぐっ、ぐすっ、ご無事で、よくぞご無事で・・・」
「・・・追手はどうしたの?」
「・・・始末致しました。下が騒がしいので今すぐ逃げましょう。ミルも、今は離れてくれ」
「ぐすっ、はい・・・」
荷物をすべて持って、急いで部屋から出る。階段を下りて様子をうかがうと、従業員達が寝間着姿であたふたしていた。入り口からは出られないので、水浴びに使った井戸の方へ向かい、庭の柵を乗り越えて宿を出る。宿泊料金は前払いしてあるので問題ない。柵を超えた頃、入り口側に光点が大量に集まったので、おそらく警備の騎士達が到着したのだろう。一番近い壁へと向かい、周囲を探して上る為の階段を見つけた。巡回している騎士に見つからないようにレーダーで位置を掌握し、タイミングを計って壁の上に上る。カバンからロープを出してミルの体を固定し、お嬢様も固定して壁から降ろす。一緒に降ろすのはミルが怖がらない為の対策だ。頭を撫でながらミルに何度も大丈夫だと言い聞かせて素早く降ろした。2人が地上に降りたのを確認し、俺は身体強化アシストの力を借りて壁から飛び降り、近くの木の枝に着地した。結構衝撃があり、木が揺れた音で巡回の騎士が何人かこちらへ向かっているようだが、すぐに木を降りてミル達に合流し、ロープを回収する。
「お嬢様、失礼致します」
「え? な、ちょ、なんでよ」
「ふぇ?」
「お静かに。ミル、走るから、離れないようにつかまれよ?」
「は、はい!」
暗い森の中でお嬢様を走らせるのは怖いので、身体強化アシストを使ってお嬢様をお姫様抱っこし、ミルの腕を掴んで俺につかまるように言う。ミルががっちりと抱き着いた事を確認し、お嬢様の口を塞いだ後、アシストの力に任せて全速力で森を駆け抜けた。ミルが怖がって俺にしがみついて来たが、今は痛いとか言っている場合ではないのでスルーする。むしろ悲鳴をあげなかった事を後で褒めてやるべきだろう。お嬢様は案の定悲鳴を上げたが、口を塞いでいるので声は遠くに届かない。しばらくすると気絶したらしく、お嬢様が俺にしがみつく力が弱くなって急に重くなったので、ミルが振り落とされないようにだけ注意しつつ2時間ぐらい走り続けた。アイからこれ以上このまま走ると危険だと警告が来たので速度を落とし、止まった場所の周辺で比較的安全な場所を見つける。とてつもなく大きな巨木で、一番下の枝はそれだけで普通の木ぐらいの太さがあった。一番下の枝でもゆうに10mくらいの位置にあるはずなのでそこに乗る。さすがに2人同時には無理だったので、ミルに散々大丈夫だと言い聞かせてから待ってもらい、先にお嬢様と荷物を運んだ。お嬢様が落ちないように気をつけてから、もう一度降りてミルを回収する。
「はぁ・・・。今日は疲れた」
「だ、大丈夫でしゅか?」
「結構無理したから、明日1日はここで休息が必要かもしれねえな」
「ご、ごめんなしゃい・・・」
「ミルが謝る事じゃねえよ。わりいが、ここは狭いから座ったまま寝てくれ。お嬢様が落ちないようにしなきゃいけねえしな」
なぜかミルが謝ってくる。体中が痛くて横になりたいが、枝はそこまで広くないので座って眠るしかなさそうだ。
「はい。それで、その・・・」
「ん?」
「や、約束・・・」
「ああ、そうか」
暗くて顔は分からないが、モジモジと動いているのは気配で分かるので、約束通り、ミルを抱きしめてやる。抱きしめた時にミルの体がビクッと震えたが、頭を撫でるとおとなしくしてくれた。片手はお嬢様の体が落ちないように支えているのでミルが体の上に乗る形になる。疲労で理性云々の問題は起きなかったが、この体勢でミルは眠りにくいのではないかと少し心配だった。
「ミル。眠りにくいんじゃないか?」
「い、いえ、そんな事は無いでしゅ」
「お前やお嬢様が落ちないように支えておいてやるから、安心して眠れ。大丈夫だ。怖くねえから」
「はい・・・」
頭を撫でていた手で背中をさすってやると呼吸が規則正しくなりはじめ、しばらくすると寝息が聞こえだした。今夜は少なくとも俺が起きている間はうなされる事無く、ミルは眠る事が出来たらしい。代わりにお嬢様が恐怖の表情を浮かべてうなっていたので、落ち着くまでしばらくの間頭を撫でる。俺もいつの間にか眠ったらしいが、追手との戦闘を延々と繰り返す夢にうなされた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
翌朝、目が覚めて周囲の状況を確認すると、起きていたお嬢様と目が合った。お嬢様はさっと目をそらし、ぶっきらぼうに言う。
「昨日はよくやったわ。さすがは護衛ね」
「ありがとうございます。お嬢様」
「またうなされていたようだけれど、やはり人を殺めるのはつらいのかしら?」
またしてもうなされているのが聞かれていたようだ。眠れなかったのかと心配したが、先に質問に答える。
「はい。敵であろうと人は人でございます。殺さなくて済むのであればそれに越したことはございませんが、昨日の奴のような類はこっそり逃げるなど不可能ですので、始末致しました。また眠れなかったのでしたら申し訳ございません」
「別にいいわよ。そのおかげで今私は無事なのだし、そこまで悪魔じゃないわ。それに・・・。昨日は私も、う、うなされていたから」
「はい、気が付いておりました」
「なんですって?」
「ミルが眠れるまで起きておりましたが、お嬢様がうなされているようでしたので、失礼ながら、頭を撫でておりました」
「~~~~っ!」
お嬢様の顔が急速に赤くなっていくのが分かる。恥ずかしいのは分かるのだが、振り返った時の目が恨めしそうな目だったのはなぜだ。俺の思案顔をどうとったのか、お嬢様は再びそっぽを向いた。対応の難しいご主人様だ。
「そ、そう。あ、頭を撫でるなんて。主人をみ、ミルのように扱うなんて、ぶ、無礼だわ」
「申し訳ありません。お嬢様」
「ふん。つ、次からは気を付けるのよ?」
「はい。お嬢様」
「うみゅ~」
「ミル、そろそろ起きろよ」
「ふぁい・・・」
寝ぼけているミルのほっぺたをつついて目を覚まさせる。珍しくお嬢様が俺の服を掴んでいるからどうしたのかと思ったら、自分が木の枝に乗っている事に気が付いて怖くなったようだ。周囲に敵意の反応が無い事を確認し、お嬢様を降ろしてやる。ミルも降ろして木から少し離れ、広くなっている場所で焚火をして干し肉を温める。干し肉はそのままでも食べられるのだが、食事が温かい事はそれだけでメリットがあるからだ。火を監視しつつ、追手や騎士から奪った持ち物を確認していく。まとめて持って来ていた為、細かい内訳は分からないままだった。
第27話です。単純に力押しで勝てるほど暗殺者さんは雑魚じゃなかった模様。剣道は人を斬るというよりスポーツ、武道的側面の強いものだと認識しています。ただ力に任せて剣を振り下ろせばいいものではありません。結局アイのアシストで勝ちましたが、今後の勇介にどんな影響があるか、次回もお楽しみに




